No Name

今夜、君は生まれて初めてSMクラブの客となった。
ずっと自分のM性には気づいていたし、自慰のネタもその系統が殆どだったが、実際にプレイをするのは今夜が初めてだった。
なんとなく、リアルなSMプレイ、そしてSMクラブというリアルな場所が、イメージとして怖かったのだ。
それでも、もう我慢が限界だった。
妄想だけでは、どうしても自分を満たせなくなってきていた。
だから、週末の夜の今夜、君は勇気を振り絞ってSMクラブを体験してみることにした。

風俗情報誌やインターネットで事前のリサーチを嫌というほど重ねた結果、君はクラブを決め、終業後、食事を済ませてからラブホテルにひとりで入ると、口の中がカラカラに乾いてしまうくらい緊張しながらクラブに電話をかけた。
ホテルは、そのクラブのウェブサイトに推奨ホテルとして記載されていた中の一軒だった。
現在ではほぼ店舗型が壊滅状態なので、他のヘルスやソープといった風俗のようにふらりと店へ行くことはできず、事前の電話が必須で、SMクラブといっても、実質的にはデリバリーだ。

電話はすぐに繋がり、愛想の良い、明るい声音の男が出た。
君は初めての利用であることを告げ、既にホテルにインしていることとそのホテル名を言って、これから来てもらえるか訊ねた。
電話の向こうの男は、もちろん可能です、とこたえ、ご指名の希望とかございますか? と君に訊いてきた。
君は風俗情報誌のそのクラブのページを開きながら、気になっていた女王様の名前を言い、できればこの人がいいのですが、と要望を述べた。
その女王様は専門誌やSMのウェブサイトのグラビアにも出ている人で、君は密かに、初めてのプレイはぜひこの女王様で、と憧れていた女性だった。
すると男は手許にある出勤表かスケジュールを確認しているのかペラペラと紙を捲る音が聞こえた後、「すぐはちょっと無理ですが、四十分後なら大丈夫です」とこたえた。
君は希望通りの相手とプレイできることに心の中でガッツポーズをしながら、「構いません」と承諾した。

今、その憧れの女王様が君の目の前にいる。
女王様は黒革のボンデージに身を包み、ベッドの端に坐って脚を組んでいる。
君はその足許で、全裸で正座している。
初めてのリアルなSMプレイに、君の緊張は尋常ではなかったが、性器は素直なもので、まだ何もしていないうちから完全にそそり立っている。
女王様はそんな君の顔と勃起したペニスを交互に冷ややかに眺めながら、口許に嘲笑を滲ませている。
その軽蔑の視線に晒されただけで、君は顔を真っ赤にさせてしまっている。
女王様の手には赤い革の首輪がある。

「それで何になりたいんだったけ?」

女王様は首輪を手の中で弄びながら、君に訊ねた。

「え、えっと……」

君は自分よりも遥かに年下の女王様に対して小声で口ごもりながら、恥ずかしさで俯いてしまう。
すると、女王様は君の顎に手をかけて前を向かせると、そのままピシャリとビンタを張った。

「大きな声ではっきりと言いなさい」

「すいません!」

君は咄嗟に背筋をぴんと伸ばし、体を硬直させた。
それは、生まれて初めて女性から張られたビンタだった。

「犬とか豚とかになって、変態扱いされたいです」

君は必死になって言った。
女王様が君のオドオドした目をじっと覗き込んで、さらに訊く。

「犬とか豚……で、どっちがいいの?」

「えっと、どちらでも……というか、ペットとか家畜とか、そういう下等な動物として扱われたいんですが……」

君は激しく混乱しながらなんとかそれだけを言うと、改めて女王様を卑屈じみた目で見上げた。

「あのね」
女王様は静かだが威圧感のある声音で言う。
「犬と豚、ペットと家畜、それって同じ動物でも全く別物でしょ? ペットとしての犬と家畜としての豚では、ぜんぜん存在が違うわよ。ペットは、時には厳しく躾をしながら時には愛でたりもするもの。だけど家畜は、躾なんかしないし、愛でたりもしない」

「あ、はい、そ、そうですね」

君は下唇を舐めて困惑したまま、辛うじてそうこたえた。
これまで、ペットと家畜の違いなんて、深く考えたこともなかった。
犬も豚も、君にとっては単なる人間以下の存在という認識で、ほぼ同義だった。
だから、どちらになりたいのか、とそんな風に訊ねられても、咄嗟に返答ができなかった。
君が返事に窮していると、女王様は言った。

「ペットと家畜の明確な違いって、何かわかる?」

「すいません……わからないです」

君は素直にそうこたえた。
実際、よくわからなかった。
すると、女王様はいったん首輪を傍らのベッドに置いた。

「ペットと家畜の違い、それは、一言でいうなら、名前を付けるか、付けないか、よ。ペットには名前がある。だけど家畜にはいちいち名前なんか付けないでしょ?」

「そうですね、はい」
君が頷くと、女王様は続けた。
「そして、名前を付けるとは、その相手に対して責任を負うことだから、ペットと家畜ではこっちの気構えも違ってくるの。わかる?」

「はい、わかります」

「で、おまえはどっちになりたいの?」

再度、女王様は訊いた。
君は正直、それでもまだ決めかねていたが、しかし決断の時は迫られていた。
ここで更に言い淀めば、プレイがまだ始まってさえいないのに早々に奴隷失格の烙印を押されてしまいかねない、と君は思い、言った。

「家畜になりたいです!」

「そう」

女王様は冷たく微笑むと、すっと立ち上がり、続けざまに君の頬を往復ビンタで十発近く打った。

「おまえは人間以下でペット以下の名前すらない家畜にまで落ちたいド変態でドMな豚というわけね?」

「はい!」

君は反射的に四つん這いになり、眩しげに女王様を見上げた。
頬が熱い。
その顔に、女王様は絶対零度の視線を注ぎ、ペッと唾を吐いた。

「汚らわしい豚っ」

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カテゴリー:金の鎖、銀の鞭
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