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春先交差点

暦の上ではもう春かもしれないが、まだまだ寒い。
確かに少しずつ陽は長くなってきていて、ほぼいつも通りの午後六時に勤務を終えてビルを出ると、ついこのあいだまではもう暗かったのに、この頃ではまだ明るい。
しかし風は真冬のように冷たい。
身を切るような寒さとはこういうことをいうのだろう、と君は夕暮れの町を歩きながら思う。
日中が若干春めいて温かい日だと、余計に黄昏時の風の冷たさが身にしみる。
君はコートの襟を立て、ブリーフケースのショルダーストラップを肩にかけて、両手をコートのポケットに入れて歩いていく。
冷たいビル風が正面から吹きつけていて、君は若干前屈みになりながら、肩を強張らせ、眉間に皺を寄せる。
寒風が君の髪を煽る。
思わず君は息を止め、その風が吹き去るのを待つ。

午後六時の君は、どこにでもいる、ごくありふれた勤め人の風情だ。
グレーのコートの下は背広姿で、革靴を履き、ブリーフケースを肩にかけているのだが、そんな人間は、ぐるりと見回すだけで無数にいる。
君の場合、もともと華がないから、とくに金回りが良いようには見えず、可もなく不可もないといった感じで、目立たず、夕方の風景にとけ込んでいる。

しかし、実際の君は街の中でも特に異質な存在で、服装や雰囲気こそ似たような人は多いが、そういう人たちとは根本的に違う部分がある。
確かに外見は変わらない。
むしろ君の方が他の人たちより地味なくらいだ。
それでも、コートの下が違う。
君のコートの下は、やはり他の人たちと同じように背広だが、君の場合、コートの前のボタンをすべてきっちりと留めていることをいいことに、ズボンのジッパーを全開にし、性器を丸出しにしているのだ。
君は職場のビルを出る際にトイレに立ち寄り、おしっこをした後、ズボンの中へしまわずにコートで隠したのだが、外へ出たら一気に勃起してしまい、状態はそのまま持続している。
つまり君は、コートによって隠されているから外からは見えないものの、普通の顔で街中を平然と歩きながら実際にはコートの中で性器を露出して興奮している、筋金入りの変態なのだった。
しかも、コートのポケットは穴が開けてあって手を突っ込めば直に触ることも可能になっている。

君は地下鉄の駅へ向かってゆっくりと歩いていく。
歩きながら君はコートのポケットに突っ込んだ両手でさりげなく性器を弄る。
玉袋ごと完全にズボンの外に出しているのだが、君は睾丸を軽く握った後、そのまま茎をしごいてみた。
勿論、周囲の誰も君のそんな破廉恥な行為には気づいていない。
しかし君は多くの人が行き交っている街の歩道で平然と性器をスボンから出し、しかも擦っているのだから、冷静に考えれば、完全に変質者だ。

前方から綺麗なOLが近づいてくる。
君はコートの前を一気に開きたい衝動に駆られるが、じっと堪えた。
さすがにこんなに人通りの多い場所で前を開けて性器を露出することはできない。
しかし君は可能であれば開陳し、綺麗なOLから侮蔑の視線を浴びたいと願い、その場面を夢想する。
マゾの君にとって女性に軽蔑されることほど興奮することはない。
君はしばしば、おそらく露出狂には二種類のタイプがあるのだろう、と考える。
ひとつは、女性に見せつけて、叫び声などを上げさせ、優越感のようなものに浸るタイプ。
もうひとつは、女性に見せつけるところまでは前者と同じだが、その結果として、女性から罵倒されたり馬鹿にされたりすることを願うタイプで、君は明らかにそちらのタイプだった。
OLとすれ違う。
甘い香水の香りが冷たい空気の中に漂い、君はポケットの中で勃起したペニスをぐっと握りしめた。
むろんそのOLは何も知らずそのまますれ違って去っていく。

いつもの駅からいつもの地下鉄に乗り、いつものターミナル駅でいつもの私鉄の急行に乗り換え、きみは自宅にもっとも近いいつもの駅に到着する。
午後七時十二分。
多くの人たちと一緒に改札を抜けてそれほど広くもない駅前広場に出ると、バス乗り場にはちょっとした列ができている。
君はここから自宅まで、三十分弱、歩く。
いつもならバスを使うが、今夜は、このままコートの下で露出しながら歩きたい気分だった。
急行に乗っている間、わざわざロングシートに座っている若い女性の前で吊り革に掴まって立ち続けていたのだが、ちょうどコートの中の勃起がシートに座る女性の顔の前になって、興奮が尋常ではなかった。
まさかその女性も目の前に立つ男がコート一枚の下で破廉恥に性器を露出しているなんて想像すらしていないだろうから、その気持ちのギャップも君にとっては興奮材料のひとつだった。
そのように君はいつもの列車に揺られながら、コートの前を開いてしまいたい、という歪んだ欲求と戦い続けていたため、こうして列車を降りてからもなかなかバスでまっすぐ帰宅する気にはなれなかった。
それは冷たい空気の中を歩いて気分をクールダウンさせたかったわけではない。
むしろ誰もいない、人通りのないところで、一度だけでいいからペニスを出してしまいたかったのだ。
確たる理由があるわけではなかったし、勿論それが犯罪行為であることは百も承知していた。
もしも捕まれば公然猥褻あたりの罪に問われるだろう。
だから、絶対に他人の目には触れない場所を選び、しかも一瞬だけ外に出すことができればそれでいいのだった。
それだったら、たとえは変だが、露出といっても立ち小便みたいなものだ、という都合の良い解釈が成り立ちそうだった。

君は自宅への道をぶらぶらと歩いた。
駅から離れるにつれてだんだん人通りが絶えていき、住宅街に入り込むと、君の周囲は無人になった。
人がいないだけではなく、車も通らない。
街灯も疎らで、君は歩きながら、そろそろいいかな? と思った。
そして、君はさりげなく前後左右に素早く視線を走らせて誰もいないことを何度も慎重に確認してから、コートの前ボタンを開いて大胆に性器を露出させた。
空気の冷たさで一瞬のうちに縮みあがるかと思ったが、そんなことはなかった。
むしろ剥き出しになっている敏感な亀頭を冷たい夜の空気がそっと撫でた瞬間、君のペニスは更に限界まで激しく勃起した。
君はそのまま右手で怒漲を握り、素早くスライドさせた。
もう半ば理性のタガが外れてしまっていた君は、恥も外聞もなく、せっかく露出したのだから、このまま手早く放出してしまおうと思ったのだった。

その刹那、歩いている道と交差する一方通行の細い道から、人影が現れた。
君は心底から吃驚して思わず無意識のうちに「あっ」と声を漏らしてしまった。
その人影は、制服姿の女子高生だった。
勃起を握りしめたままの君と無防備な女子高生が思いがけず小さな交差点で鉢合わせとなり、至近距離で対峙した。
時間がフリーズする。

女の子が、君の股間を見た。
その彼女の視界には、完全に勃起しているペニスが入ったはずで、君の心中では警察に通報されても何の言い逃れもできない事態に陥ってしまったことに対する恐怖心が爆発したが、同時に少しだけ、彼女がどんな反応を見せるか、期待のようなものも君は抱いてしまった。
しかし女の子はおそろしく冷淡だった。
悲鳴など上げず、驚いたような反応すら示さず、かといって怒り、非難めいた言葉で詰問するわけでもなかった。
女の子は、一瞥しただけですぐにペニスから視線を外し、君の顔を見た。
そして平然と小声で言った。

「フン、露出狂の変態糞オヤジか、死ねよクズ」

女の子はすれ違い様に、君をあからさまに見下し、そう吐き捨てると、そのまま行ってしまった。
その目は、まるでゴキブリかドブネズミでも見るかのような目だった。
彼女は君を人間としては見ておらず、ほとんど無視していた。
それはそれでマゾの君にとっては甘美な感覚だったが、午後七時過ぎの大人としては、年端のいかない小娘に存在を全否定され、生きている資格がないと宣告されたようで、絶望的な気持ちになった。
君は一瞬にして我に返り、壮絶な気恥ずかしさを憶え、自身の惨めさを突きつけられて、俯き、震えた。
自分自身が情けなかった。

勃起が、一瞬にして、萎えた。
君はそそくさと性器をズボンの中にしまい、ジッパーを引っぱりあげると、急いでコートの前を閉じ、その場から逃げ出すように駆け出した。

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