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ささやかな祝福

狭い階段を地下へと降りていき、その部屋に一歩足を踏み入れて扉が閉じられた瞬間、彼女の雰囲気や態度が一変した。

「この糞豚、何を偉そうに突っ立ってんだ? あ? さっさと跪け」

黒い革のロングコートに身を包んでいる彼女はいきなりそう言い放つと、左手で君のシャツの胸元を摑み、右手でビンタを張った。
その豹変ぶりに、君は(いきなりか)と苦笑気味に感じつつ、照れたような、バツが悪いような、曖昧な笑みを浮かべながら、答える。
「あ、は、はい」
そう言いながら緩慢な動作でおざなりに膝をつこうとすると、彼女は冷徹な表情のまま、激しくビンタを浴びせ、無造作に胸倉を摑んだまま君を床にねじ伏せた。
「生意気な糞豚だな、おまえ」
そう吐き捨てながら君の頭をブーツの底で容赦なく踏んだ。
その彼女の本気さに、君は即座に態度を改め、百パーセントのマゾモードに突入した。
というより、墜ちた。

「申し訳ございません、女王様、申し訳ございません」

君は頭を踏まれたまま跪き、両手を床について体を小さく丸めながら、ひたすら謝罪の言葉を述べた。
心の中で苦笑を滲ませたような数秒前までの余裕はもう微塵もない。
そして頭から足がどけられると、君は上を見上げ、怯えきった小動物のような眼を女王様に向けながら、必死に言った。

「ほんとうに失礼致しました、女王様、どうか、どうかお許し下さい」

もう君は、完全に一匹のマゾ豚と化している。
そんな君に対して女王様は何も答えず、冷ややかに無慈悲な侮蔑の眼で見下ろす。
その視線に、君はたちまち勃起する。
女王様がつと身を屈め、無言のまま、立て続けにビンタを放った。
左右から連続して繰り出される平手打ちに、君の顔は無様に歪んで、瞬く間に頬が赤く染まる。
君は歯を食いしばってその連発に耐えた。

部屋の外は零下の夜で、粉雪が舞い、痺れるような寒さだったが、室内も冷え冷えとしている。
地下にあるこの部屋は、それほど広くはない。
ただし調教のための部屋なので、床は固いフローリング、壁は打ちっ放しのコンクリートで、その壁面には、大きな鏡や十字の磔台がある。
女王様はビンタを止め、君を見下ろして訊く。
「豚の分際でなんで服なんか着ているの? 生意気に」
そして命じる。
「さっさと裸になりなさい」
「はい、女王様」
君は急いで服を脱ぎ始める。
まず上着とズボン、続いてシャツ、靴下、そしてパンツ一枚になった。
そのパンツは白い女性物の小さなショーツで、既に勃起している君のペニスは、ユーモラスにその先端を臍の辺りまで突き出させていた。
「さすが変態」
女王様は君の下着を鼻で笑った。
「すみません」
君は謝罪し、そのパンツも脱いだ。
その瞬間、勃起した性器が跳ねるように突き出た。

そうして全裸になって改めて跪くと、女王様はすかさず君の髪を摑んで立たせ、壁に取り付けられている十字の磔台へと君の背中を押し付けた。
「手、挙げて」
「はい、女王様」
君は命じられた通り、両手を水平に持ち上げて、自ら磔になる。
その君の手首を、磔台に付属している手枷で女王様は拘束した。
続いて女王様は君の足許にしゃがみ、揃えて立っている君の両足首も足枷で固定した。

君の体は、十字で磔となった。
そそり立つペニスが、前方へと突き出ている。
君はもう全く身動きが取れない。
拘束は手首と足首だけなので、腰くらいは動かすことが可能だが、その部分だけ動かせても、どのみち全身の自由は剥奪されているから、ほとんど意味がない。
女王様が君の目の前に立ち、君を睨みつける。
踵の高いブーツを履いているせいもあるが、もともと君よりも背の高い女王様の顔は、頭ひとつ分くらい高みにある。
自然と君はその美しい顔を見上げる格好になる。
しかし女王様の眼に気圧されて、君はオドオドとしてしまう。

と、いきなり女王様は君の顔に勢いよく唾を吐いた。
その唾は君の右の頬、眼のすぐ下あたりに付着し、そのまま下へとゆっくりと垂れていくが、手足を縛られている君はそれを拭うことなど出来やしない。
女王様は立て続けに何度も唾を吐きかけた。
すぐに君の顔面は女王様の唾塗れになる。
その唾が顔の表面を流れ落ちていくときの感触が、君は無性に擽ったかったが、どうにもできない。
君は唾塗れのまま、ただ磔になって拘束され続ける。

ひどく惨めで無様な格好だった。
唾塗れの自分の顔は正視に耐えないし、こんな状況でも猛々しく勃起しているペニスは卑屈で卑猥だった。
君はそんな哀れな自分の姿と、否応なく壁の大きな鏡で対峙する。
目を逸らそうと思えば逸らすことはできるが、鏡はほぼ壁一面を占めるほど大きいので、どこへ視線を外しても完全に自分の姿を視界から追いやることは不可能だった。

まだこの部屋に入って数分だというのに、君はもうすっかり日常の世界を離脱し、マゾ豚として覚醒している。
今夜、世間はクリスマスイブで、先ほどまで君もその華やかな街角に身を置いていたが、既に今の君には何の関係もない。
君にとっての世界はこの狭い地下室内だけで完結している。

いつのまにか女王様は長い鞭を手に持っていて、君に接近し、顔をぐっと近づけた。
化粧か香水か、いずれにせよ素晴らしい芳香に君は包まれ、陶然となる。
すぐ数センチの距離に迫った女王様の美しい顔、そして真っ赤な口紅が塗られたセクシーな唇に、君は唾をごくりと飲み込む。
「こんな変態な格好を晒して嬉しいの?」
女王様が訊き、君は大きく頷く。
「はい、女王様、とても嬉しいです」
「そう、じゃあもっと変態らしい体にしてあげなきゃね」

そう言うと、女王様は数歩、後方へとさがり、鞭を振るった。
鞭の先端がしなやかに空気を切り裂き、君の体にヒットする。
「うぎゃあ」
壮絶な痛みが冷えきっている肌を襲い、君はたまらず叫び声をあげてしまう。
しかしそんなことで鞭は止まない。
女王様は何の躊躇もなく、まるでライオンやゾウを操るサーカスの調教師のように、大胆に鞭を振る。
鞭は、縦横無尽に空間に踊り、君の全身を的確に打ち据えた。
瞬く間に、君の体に赤く鞭の跡が刻まれていく。
女王様による鞭のコントロールは完璧で、そのため顔面だけは無傷だったが、君は恥も外聞もなく泣き叫んだ。
むろん、ここは世界から隔絶された地下室なので、泣こうが喚こうがその声はどこにも届かない。
それくらい君だってわかっていたが、涙も絶叫も理屈とは関係なく、君から迸り出る感情の一端だった。

不意に鞭が止んだ。
君は肩で大きく息を吸い、吐いた。
女王様の唾と混ざり合った涙は流れるままだった。
まるで磔台に付属している手枷に体重を預けるように、君は脱力した。
もうすっかり青息吐息だった。
そんな君を、女王様は冷徹に見下ろしている。

その時、ドアが開いた。
そして、もうひとり、背の高い、美しい女性が入室してきた。
「あらあらド変態が一匹」
君を一瞥して、女性はそう軽やかに言った。
その女性の登場は、君にとって全く予想外の展開で、女王様以外の誰かにこんな破廉恥な自分の部分を見られることに、激しく戸惑った。
こういう瞬間、ふと君は常人のモードに戻りそうになる。
しかし女性は女王様と同じくらい美人だったし、革のミニスカートから伸びる脚が魅力的すぎて、すぐに君は戸惑いを忘れ、マゾ豚として不躾に凝視してしまった。
女性は、ピンク色のピーコートを着ていて、足許はロングブーツだった。
そして黒いストッキングに包まれた脚は長く肉感的で、抱きつきたい衝動に駆られた。
太腿を抱き込み、温かい脚に頬擦りし、できればブーツを脱がさせていただいて、その中の爪先の芳香を吸い込み、許されるのならそのまま爪先にキスをさせていただきたい、と思わずにいられなかった。
そんなことを夢想する君の視線に気づいた女性が憐憫の眼で君を見据えて言う。

「なんか気色の悪い生き物が気持悪い顔と眼でわたしの脚を必死にガン見していてキモすぎるんだけど」
「申し訳ございません」
咄嗟に女性の脚から視線を外して床に落としながら君は謝罪した。
「と言いながら、鞭で打たれまくった後だというのに、未だに発情しっ放しでチンポおっ勃ててるんだから、筋金入りの変態マゾだな、おまえは。どうせ『気色悪い』とか『キモい』とか言われて余計に興奮しちゃってるんだろ」
完全に君を小馬鹿にしきった口調で女性は言った。
「す、すいません……」
確かにその通りだったので、君は俯き、そうこたえた。
すると、女性はつかつかと君に歩み寄ってきて、いきなりブーツの甲で君の陰嚢を下から蹴り上げた。
「うぎゃあ」
君は不自由な体勢のまま跳ねた。
その君の様子を見て女性は可笑しそうに笑い、それから、君の女王様のほうを向いた。

「これ、持ってきたわ」
女性は手に持っていた、綺麗にラッピングされた小さな箱を、君の女王様に差し出した。
「ありがと」
女王様は言い、受け取ると、その包みを開けた。
外した包装紙はそのまま床に落とした。

箱の中身は、白い小さなホールケーキだった。
ケーキの上には苺が載っていて、チョコレートの家も置かれている。
女王様は箱から出したケーキを床に置くと、おもむろにそれを跨いでショーツを下ろし、放尿を始めた。
股間の亀裂から勢いよく尿が噴出し、湯気を立ち上らせながら、ケーキに注がれた。
尿の勢いによって、ケーキは形を崩した。
ケーキの表面の一点を集中的に放尿が直撃し、まるでそこに穴が開いたように崩れて、尿が溜まった。
やがて女王様が放尿を終えると、続いて、ケーキを持ってきた女性も同じように放尿を始めた。

強いアンモニア臭がケーキの甘い匂いと絡み合いながら、狭い室内に立ちこめる。
君は磔になったまま、その現実離れした夢のような光景を、ただじっと見守っている。
女性の放尿は長く続いた。
しかも、女王様よりも濃い色をしていて、臭いも強かった。
じきに、その女性も排尿を終了した。
女性の股の下で、ケーキはすっかり原型を失ってしまっている。
苺は崩れたクリームの中に埋没し、チョコレートの家は半ば溶けてしまっている。

女王様が君の首に首輪を装着し、リードを持った。
そして手枷と足枷を外して、君を磔台から解放した。
首輪とリードを取り付けられた君は、ごく当然の行動として、そのまま床に四つん這いになった。
女王様は、そんな君をケーキのところまで引いていき、言った。

「ほら餌よ、さあ、食べなさい」

尿の中に没したケーキを、君はじっと見つめた。
強いアンモニア臭が鼻孔を突き抜ける。
それはとうてい食べ物とは思えない状態だった。
ケーキとしての形は完全に崩壊しているし、クリームもスポンジも充分過ぎるくらい尿を吸収してしまっている。
しかし君には「食べる」という選択肢しかない。
女王様と女性は、腕組みをしたまま、嘗てはケーキだった物体の向こう側で君を見下ろしている。

「いただきます!」

君は四つん這いのままケーキに突っ伏し、がつがつと犬食いする。
複雑な味覚と香りのハーモニーが君を貫く。

「さすが変態、美味しそうに貪り食ってるわ」
顔中をベトベトにさせながらひたすらケーキを頬張り続ける君を見下ろして、女王様があからさまに嘲笑う。
「もはや人間じゃないわね、まさに豚」
女性も軽蔑の響きを隠すことなくそう言って笑う。

ふたりの美しい女性たちの笑い声は、変態マゾとして薄暗く湿った日陰の道の端をひっそりと歩む君にとって聖夜のささやかな祝福となり、イルミネーションの光を浴びた粉雪のように、きらきらと煌めきながら降り注いでいる。

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