ブリリアント・ナイト

気温も湿度も高い六月の雨の夜は、人の理性を呆気ないくらい簡単に狂わせる。
肌に粘りつくように体を押し包む梅雨の夜の暑気に、君はうんざりしながらも、ひどく悶々としていた。
もう限界だった。
体と心が酷く疼いている。
筋金入りの変態マゾである君は今、激しく渇望している。
きつく縛られて激しく叱責され鞭で打たれたい。
そして女性のあらゆる体液に塗れたい。
人としての尊厳など情け容赦なく踏み躙られ、嘲笑われ、晒し者になりたい。
そんなマトモな人間の思考とは到底思えない、淫らで救いのない欲望が、壊れて制御不能に陥った噴水の水みたいに溢れ出して止まらない。

蒸し暑さに滲み出た汗のせいでシャツが肌に貼りついていて不快だった。
君は歩きながら何度も額や首筋の汗をハンカチで拭った。
上着はもう脱いでいるし、タイもとっくに外した。
今夜は三時間ほど残業をし、職場の近くにあるセルフサービスのうどん屋でかき揚げを載せた冷たいうどんと五目ご飯の夕食を済ませてきたため、時刻は既に十時に近い。
雨は、昼過ぎから降り出し、夕方からは雨脚がかなり強くなった。
しかし気温は下がらず、むしろ湿度が増して、エアコンが効いていない戸外はまるで熱帯のジャングルみたいに蒸した。

君は今、街中の舗道を傘を差して歩いているが、周囲の人たちも一様にうんざりした表情で、蒸し暑さにその足取りは重い。
短いスカートを穿いた女性が君の前を歩いている。
そのハイヒールで完結している、むっちりとした脚を、傘の下から凝視しながら君は歩いていく。
こんな日だから靴の中やスカートの中の下着は相当蒸れているだろう。
パンティなんて、もうこんな夜の時間だから、一日の汚れをたっぷりと吸い込んで、いろいろな沁みが生々しい匂いと共に染み込んでいるに違いない。
そんなことを想像しながら歩いているうちに、君はどうしようもなく昂ってきて、ムラムラしてきた。
スボンの中でペニスが勃起する。
しかし君は正真正銘変態マゾだから、たとえば前をゆくその女性を暗がりに連れ込んで押し倒してレイプしたいとか、そんなことは考えない。
そうではなく、そんなことを考える破廉恥な自分を美しい女性から叱責され、惨めで恥ずかしい姿を晒しつつ、とことん責め抜かれ、歪んだ快楽のどん底に叩き落とされたい、と思う。

前を歩いていた女性が角を曲がって君の視界から消えた。
その瞬間、君は、これからSMクラブへ行こう、と決心した。
このまま自分も角を曲がって今の女性を尾行することも可能だったが、帰宅ルートを外れてまでそんなことをしても仕方ないし、かといってこのまま自宅に帰るのはもう不可能だった。
いったんその気になると、一刻も早くプレイに溺れたくなった。
君は人気のない路地を見つけると、そこに入って立ち止まり、携帯電話を取り出した。
クラブの電話番号は適当な個人名で登録してある。
予約に必要な会員番号と名前は、いちいち会員証を確認しなくても、もう暗記している。
名前というか苗字で登録されているが、それは仮名だ。
SMクラブの会員登録で本名を申告する人がどれだけいるのか知らないが、身分証の提示まで義務づけているようなクラブではないから、君はふつうに仮名を使っている。
そもそも時間単位で完結する関係に名前なんてとくに必要がない。
どうせプレイ中は「おまえ」呼ばわりだし、たとえば「ポチ」でも問題は何もない。
どのみちタイマーが鳴ってクラブを出たら終わる関係で、それ以上には発展しない。
君は電話帳からクラブの番号を選び出して、発信した。
そしてプレイルームと女王様の予約を申し出た。
しかし、今夜は混み合っている、と言われ、予約は零時半スタートしか空いていなかった。
プレイルームだけでなく、出勤している女王様もフル回転で、その時間まで空かないらしかった。
仕方ないので、君はその時間で予約した。
女王様はクラブに着いてからアルバムで選ぶことにし、君は会員番号と名前を告げて、電話を切った。

いったん自宅へ戻るには少々時間が足りなかったので、君はクラブに近い地下鉄の駅まで移動すると、その付近のカフェで時間を潰した。
そして少し早かったが零時過ぎにクラブに入り、プレイ可能な女王様のアルバムを見て初めての女王様を選び、時間まで待合室で過ごした。
零時半より十分ほど早く、君はプレイルームへと案内された。
女王様は前の客を送り出してから、そのままルームで待機しているとのことで、君はひとりで三階のルームまで階段を上がっていった。
ドアを開けると、既にボンデージを着ている女王様に迎えられた。
君よりかなり若いが、君よりかなり体格の立派な、美しい女王様で、君はどきどきしながら「よろしくお願い致します」と言った。
「よろしく。どうぞ」
女王様に促されて君はルームの中へと進み、緊張しながらベッドに腰掛けた。

シャワーをひとりで終えた君は、全裸のまま、股間を手で隠しながら椅子に座る女王様の前まで進み、跪いた。
「ご調教、よろしくお願いいたします」
額を床につけると、女王様はその後頭部を無言のままヒールの底で踏んだ。
こうしてひれ伏す瞬間、君はいつも精神が解放されるのを感じる。
もちろん今夜もそうだった。
シャワーを浴びている時からもう勃起し始めていたペニスは、まだ何もしていないのに、もう完全に反り返っている。

それから君は緊縛された。
赤いロープで亀甲縛りを全身に施され、直立不動になって、鞭を受ける。
縛られて身動きが殆ど取れないのに、君は自由になっていく。
鞭を打たれ、その跡が赤く肌に刻まれていく度に身も心も軽くなって、魂の強張りが弛められていくのを感じる。
亀甲縛りの姿で受ける激しい鞭は、かろうじてまだ残っていた男としてのプライドと理性を木っ端微塵に打ち砕き、君はマゾ豚へと堕ちていき、飛翔する。
君は年甲斐もなく叫び、鞭の痛みから逃れるために身を捩り、「お許し下さい」と眼に涙を滲ませて哀願するが、それが聞き入れられることはない。
全身から汗が噴き出し、体に赤みが差して上気する。

調教は進み、じきに君は床と水平に下向きで吊られた。
高さ一メートルほどの上空で、君は浮いた。
そのまま赤い蝋燭を垂らされ、更に鞭を打たれた。
その度に君の体はゆらゆらと揺れて、ロープが肌に食い込んだ。
君は強烈な不安定感の中で、されるがままだった。
女王様は蝋燭や鞭を置くと、君の体の下でしゃがみ、まるで牛の乳でも絞るように君のペニスを無造作に握るとそのまま擦った。
「あーん」
君は快感によがった。
大きな鏡が壁にあって、君の全身が映っている。
吊られたままペニスをしごかれてよがっているその姿は、正視に耐えられるものではなかったが、そんな自分の姿を見てマゾの君は更に昂っていく。

やがて女王様はいったん君の側を離れた。
そして君の後方へ移動し、その位置は君からは死角になった。
君は水平に吊られたまま、沈黙の時間を過ごす。
じきに女王様は戻ってきた。
その時には、股間にペニスバンドを装着していて、君の顔の前に立つと、「しゃぶれ」とそのディルドを君の口に突っ込んだ。
君はそれを必死にしゃぶった。
そのサイズは、君の勃起のマックスより太くて長かった。
それを君は丁寧にしゃぶった。
吊られたままなので手は使えず、君は頭を前後に振りながら必死に口だけで咥え続ける。
額から滲み出た汗がポタポタと流れる。

「もういいわ」
女王様はそう言うと、君の口からペニバンを引き抜き、君の体を床に下ろすと、四つん這いのまま尻だけを高く掲げさせ、たっぷりとローションを尻の穴に垂らすと、バックからディルドを挿入した。
「あーん」
君は貫かれた瞬間、あられもない声を上げて仰け反った。
女王様はそのまま君の尻を両手でがっちりと掴みながら、最初はゆっくりとピストンし、そのうちに速度を速めて、ガンガンと腰を使って突き始めた。
「あんあんあんあん」
君は小刻みに尻を振りながら女のように喘いだ。
女王様が背後から君に覆い被さり、乳首を抓る。
君はその刺激に、ああん、とよがる。
何かが君の中で音を立てて壊れていった。
女王様が君を突きながら、手を君の股間へと回してペニスを握り、擦った。
腰を叩き込む速度と擦る手の速度を合わせて女王様が前後に動く。
君の体は大きく揺れながら、壮絶な快感を貪る。

射精の衝動が君の中でせり上がってきた。
しかし絶妙なタイミングで女王様は手を止め、ペニバンを君の尻の穴から引き抜いた。
汗塗れの君はぐったりと床に伸びた。
息が完全に上がっている。
そんな君の体を女王様はもう一度きっちりと縛り直し、両手を背中で縛った。
それからルームの隅からガラス製のボウルを持ってくると、まだ横たわっている君を再び蹴って命じた。

「お座り」
「はい!」

君は跳ね起き、その場で土下座をした。
すると、女王様は、正座している君の前に、手に持っていたガラス製のボウルを置いた。
そしてボンデージのショーツを脱ぐと、君に背を向けてボウルを跨ぎ、中腰になった。
次の瞬間、股間から聖水が迸り出て、ボウルの中に溜まっていく。
アンモニア臭がもわっと立ち昇る。
聖水は勢いが良過ぎるせいか、盛大に撥ねて床も濡らし、君の膝まで飛んだ。
じきに放尿が終わると、女王様は更に腰をしっかりと落とし、黄金を産み落とす。
艶めいた黄金が白い尻の間から捻り出されて、そのままボウルの中の聖水に沈んでいく。
それは神々しい光景で、君は眼を見開いてその降臨に吸い込まれている。
黄金の強い香りが聖水のアンモニア臭を凌駕して高貴な芳香を形成していく。
君は大きく鼻孔を広げてその至福の香りに酔いしれる。
黄金と聖水の拝受は君にとって光栄の極みだった。

やがて女王様は黄金を出し切り、ティッシュで股間を拭うと、それも一緒にボウルの中に落とした。
そしてショーツを穿いて君を振り返ると、ヒールの爪先でボウルを君のすぐ前まで押しやり、冷淡な口調で言った。
「食べなさい」
「はい、ありがとうごさいます」
君は額を床につけて礼を述べた後、言った。
「いただきます!」
両手を背中で縛られているため床に手を突いて体を支えることは不可能なので、そのまま体を折ってボウルに屈み込む。
ボウルの中の小さな黄金色の桃源郷に顔を近づけると、壮絶な芳香が君を貫いた。
君は一瞬静止し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
美しい女性の体内を通過することによって濾過され高貴な物質へと変容を遂げた黄金は、まるでキャラメルコーティングされたみたいに輝きながら、金色の液体の中に沈んでいる。
君は、そのボウルに突っ伏した。
そして大きく口を開き、聖水になかば没した柔らかい黄金を狂ったように猛然と貪る。
少しバランスを崩した瞬間、君は顔面からその黄金色の溜まりに突っ伏してしまう。
それでも君は一心不乱に犬食いする。
スピードは決して緩めない。
非現実的な夢のような食感と香気に、君の感覚は爛れ、麻痺していく。
君はもう何も考えていないし、考えない。
世界が君から剥がれていく。
睫毛に温い金色の飛沫が飛んで、視界が煌めく。

この地平で最も孤独な夜が、華やかに昏く煌めく。

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