砕破

三ヶ月ほど前、君のいる部署にひとりの若い女性が配属された。
派手な雰囲気の美しい女性で、学生時代には水泳をやっていたということで背が高く、肩幅も広く、筋肉質のその体躯は逞しさを漂わせていた。
変態M男の君は一目見て虜になってしまった。
もちろんM男としてだ。
とはいえ当然その性質は秘密だから、心の裡では悶々と憧れを募らせつつも、それを表に出すことはできなかった。
だから君はあくまでも毅然とした態度で仕事の先輩として女性と接した。
それはかなり難しいことではあったが、職場でM男の自分を曝け出すわけにもいかないので、君は本性を殺し、平然とした振りを頑張って演じた。

その代わり、妄想は激しかった。
勤務中の職場では、こそこそと彼女に視線を向けては舐めるように体を眺め、帰宅すれば彼女を女王様、或いはS女性に設定して自慰に励んだ。
彼女に対する変態M男としての欲望は果てしなかった。
蒸れた足の臭いを嗅ぎたい。
足の指をしゃぶりたい。
ムレムレのパンティが欲しい。
パンプスの匂いを嗅ぎたい。
あのボリュームのある尻で顔面騎乗されたい。
肉感的な脚に触れたい、頬擦りしたい、そしてできることなら盛りがついた犬みたいに勃起したペニスを擦りつけて腰を振りたい。
延々とマンコとアヌスにご奉仕したい。
目の前で全裸で跪いてオナニーを晒し、見られながら嘲笑われたい。
顔に唾を吐きかけられたい。
蔑まれ、ビンタされたい。
ペニスを踏まれたい。
腋の匂いを嗅いで執拗に舐め回したい。
聖水を飲みたい、浴びたい。
彼女専用の便器になりたい。
そして舌をトイレットペーパーとして使っていただきたい。
……そんなことをひたすら考えながら職場での君は物欲しげに彼女の脚のラインや仕事用のパンプス等を盗み見し、スカートに包まれた臀部をこっそりと視姦した。
ブラウスの下で大きく隆起する柔らかそうなバストにも当然惹かれたが、胸元に視線を向けると彼女と目線を合わせてしまう怖れがあるため、異常なまでに気弱な君に腰から上を見つめる勇気はなかった。
あの体を自由にしている男はいるのかな? まあいるだろうなあ、羨ましいなあ、あの体のどこでも好きな場所を好きなだけ触ったり舐めたりできるなんて、なんて贅沢なんだ、しかも彼氏ならセックスだってできるのだから、夢のようだよなあ。
君は絶対に手が届かない彼女に対して際限のない妄想を炸裂させながら、ただ地道に日々を過ごした。
毎日毎日飽きもせず、彼女の下半身を密かに凝視しながら、どんなパンティを穿いているのだろう? と夢想の翼を広げた。
自分には絶対に縁がないとわかっているから、妄想が彼女の体ではなくその股間を包む下着に向けられるあたりが、いかにも君らしいといえば君らしい話だった。
デートしたいとか付き合いたいとか、そんなことは全く考えなかった。
というより、考えられなかった。

そんな或る日、どんな因果か、君は彼女とふたりきりで残業になった。
君は極度に緊張しつつも、そこは社会人の先輩としてなんとか平静を保ちながら、どうにか無事に仕事を終えた。
時計を見ると、既に午後十時を回っていた。
君はデスクの上を片付けながら、さりげなく彼女に言った。
「お疲れさま、コーヒーでも飲む?」
「はい、ありがとうございます」
彼女は屈託のない笑顔を向けてこたえた。
君はその笑顔の眩しさに戸惑いつつ、照れ隠しに付け加えた。
「まあ、自販機のコーヒーだけどね」
「ですね」
「砂糖とかミルクとかいる?」
「いえ、ブラックでお願いします」
「わかった」
君はそう言って席を離れると、廊下にある自販機へ行き、紙コップのコーヒーを買った。

熱いコーヒーが注がれたふたつの紙コップを持ってデスクに戻った君は、そのひとつを彼女の前に置いた。
「はい」
「奢りですか?」
無邪気な口調で彼女が訊き、君は頷く。
「もちろん」
「ごちそうさまでーす」
彼女のそんな親しげな返事に君は妙に背中がこそばゆいような感じを憶えながら、コーヒーを一口飲んで、何気なく会話を振った。
「疲れたね」
「そうですね、でも、コーヒーを奢ってもらっちゃったし、ある意味ラッキーです」
少しだけ砕けた口調で彼女は笑った。
君もつられて笑った。
ただ君にとって、こんな風に綺麗な女の子とふたりきりで話すなんてほとんど経験のないことだったから、ぎごちなさが滲まないように気をつけることに必死だった。
それはまるで悠然と湖面を進む水鳥が、実は水の中で激しく足を動かしていることに似ていた。

フロアには君と彼女しかおらず、照明もほとんど落とされて、ふたりのデスク周辺の一角だけ蛍光灯の明かりに照らされている。
君はささやかな幸福みたいなものを感じながら、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
もう仕事は終わっているのだから、このコーヒーが空になったら、この楽しい時間も終わるのだ。
そう思うと、緊張しすぎていてたいして話題は弾まないのだが、未練がましく時計の針の刻みを少しでも遅らせようと、君はちびちびとコーヒーを飲み続けた。
そうしていると、リラックスしてきたのか、彼女は若干椅子を後ろに引いて足許にスペースを作ると、脚を組んだ。
スカートの裾が捲れ、ストッキングに包まれたむっちりとした太腿が誇示される。
君は思わず凝視してしまいそうになったが、どうにか理性でその眼の動きを抑制した。
彼女は思わせぶりにスカートの裾を下に引っ張って直しながら、君を見つめ、不意に言った。
「人に言ってもあまり信じては貰えないんですけど、わたし、時々、他人の考えていることがわかっちゃうんですよ」
「え? そうなの?」
君は冗談だと思い、笑いながら相槌を打つくらいの気持で話を合わせた。
すると、彼女は、含み笑いを滲ませるようにしながら、続けた。
「やっぱり信じてませんねえ。でも、まあ、確かに信じられないですよね。ただ、これは本当のことなんですよ。なんていうか、もちろん周囲の人すべての考えていることがわかるわけじゃないんですよ。そんな事態になったら気が狂っちゃいますから。そうじゃなくて、どういえばいいのかなあ、何かしら自分に向けられた思念みたいなものとか、そういうものをラジオが電波を受信するみたいに感じると、無意識のうちに相手のその周波数を探し始めて、やがてそれを完全に捉えると、その瞬間から、ぶわーとその人の考えていることが自分の中に流れ込んでくるようになるんです」
そう一息に説明して、彼女は君をじっと見つめた。
話の途中から君は完全に自分が落ち着きをなくしていくことを自覚したが、気の利いた台詞を挿入することもできず、どうしようもなかった。
それにいつのまにか彼女の眼からは、これまでの年下の部下が年上の先輩に少し甘えているという風なムードが完全に消滅していて、代わりに、その瞳の奥には冷たく燃える青い炎が静かに揺らめいているような威圧感を宿していたから、余計に君は何も言えなかった。
君は紙コップを置き、ごくりと生唾を飲み込んだ。
何かジョークのようなもので返さなければ、と思ったが、何も浮かばず、喉がカラカラに渇いた。
慌ててさりげなく紙コップを持ち、コーヒーを飲もうとしたが、もうほとんど空だった。
そんな君の様子を、彼女はまるで完全に戦意を喪失した蛙を弄ぶ蛇のような余裕の微笑みで見据えていて、すっと笑みを消すと、それまでに職場では一度も見せたことのないような冷酷な眼で、君を睥睨した。
彼女の雰囲気が、がらりと変わっている。
彼女は脚を組み直すと、腕組みし、片方の唇の端を持ち上げつつ、まるでゴキブリかドブネズミでも見るような眼で君を見つめ、言った。
「だから」
もう口調が全く違う。
彼女はそこでいったん言葉を切り、不意に手を伸ばして君のタイを持つと、そのままぐいっと引き寄せて、続けた。
「全部バレバレなんだよ、てめえ、ドMのくせに偉そうに」
そしてペッと君の顔に唾を吐き、力一杯にビンタを張った。
「キモいんだよ、ったく」
その一瞬の出来事で、君が職場で毎日精一杯演じている普段の偽りの像は完全に砕破された。
彼女は立ち上がり、君が座っている椅子を蹴飛ばした。
「豚が生意気に椅子に坐ってんじゃねえよ」
「すいません」
椅子から転げ落ちた君は、咄嗟にM男としての反応を示してしまい、次の瞬間、そのまま条件反射的に土下座していた。
彼女はそんな君の髪を左手で無造作に摑んで引っ張り上げながら、右手で更にビンタを張り、命じた。
「服脱げよ、変態M男なんだろ? 変態がなんで服なんか着てんだよ」
「申し訳ございません!」
君はいそいそとその場で着ているものを全部脱いだ。
そして最後に靴下を脱ごうとしたら、彼女が止めた。
「靴下だけ穿いてろ、そのほうが見た目、面白い」
「はい」

君はほぼ全裸になって彼女の前で改めて跪いた。
当然性器は勃起している。
しかし仮性包茎のそれは、まだ亀頭の大半を包皮が包んでいる。
それを見て、彼女がせせら笑う。
「変態らしい貧相なチンポだわ」
そう言うと、椅子に坐り、いきなり君の目の前にパンプスの爪先を突き出した。
「ほら、おまえが毎日毎日妄想してるわたしの足だよ、どうしたい?」
君の眼を覗き込んで彼女が訊く。
「蒸れて臭い足が大好きなんだろ、おまえ」
君は極度に怯えながらも、M男らしい浅ましさを全開にしながら、言った。
「ご奉仕させていただきたいです」
「は? ご奉仕って何?」
焦らすように彼女が訊き、君は答える。
「はい、ストッキングの爪先の素敵な香りを嗅がせていただいたり、できればストッキングを脱がさせていただいて、生のおみ足を舐めさせていただきたいです」
「ふーん」
彼女は鼻で嗤い、命じる。
「じゃあ、やれ」
「ありがとうございます!」
君は眼を爛々と輝かせながら「失礼します」と彼女の足を持ち、顔を近づけながらまずは丁寧にパンプスを脱がせた。
もうその瞬間から爪先付近から濃厚な芳香が立ち昇っていて、靴を足から取ると、君の興奮の針は一気にメーターを振り切った。
「ああ、素晴らしいです~」
君はうっとりとなりながら爪先に鼻先を埋め、猛然と香気を吸引した。
足の裏、湿り気を帯びた柔らかい指の付け根に鼻を強く押し付けながら、熟しきった甘酸っぱい果実を想起させる魅惑の芳香を貪る。
「超キモい、だけど超笑える」
女性は手を叩いて笑う。
君は両手で彼女の足の踵を掲げ持ち、ひたすら香りに陶酔する。
長い間夢想し続け、憧れ続けた彼女の蒸れた足の臭いに、君はただ酔いしれていた。

しばらくそうしていると、彼女が更に言った。
「そろそろストッキングを脱がせて舐めろ」
「はい!」
女性がまず自分でスカートの下からストッキングをくるくると巻いて脱ぎ、途中から君に預けた。
君はその動作を受け継ぎ、するりとストッキングを足から抜き取った。
いちだんと香気が強まり、白く可憐な足の指の出現に君は息を飲んだ。
爪には赤いペティキュアが塗られている。
「失礼します!」
君はいったん彼女の足の指のほとんどを一気に口に含み、それから改めて一本一本入念にしゃぶり尽くしていく。
その様子を見下ろしながら、彼女は呆れたような表情を浮かべている。
君は足の指を口一杯に頬張りながら、彼女を見上げて懇願する。
「このままオナニーをさせていただいてもよろしいでしょうか、どうかご許可をお願い致します」
捨て犬のような眼でそう哀願する君の必死さに彼女は大笑いしながら答える。
「ほんとに超変態だな、おまえ、まあいいわ、勝手にシコシコしろよ」
「ありがとうございます!」
君は礼を述べると、いっそう腰を浮かし、左手で彼女の足の踵を持って指をしゃぶりながら、右手で完全に勃起しているペニスを握り、勢いよく擦り始めた。
余り気味の包皮が激しく上下して亀頭の頭が覗いたり引っ込んだりする。
それを見て彼女が爆笑し、その降り注ぐ笑い声の中、君はやがて壮絶に射精した。
それでもそのまま発射したら彼女にかかってしまうので、放出の瞬間にはペニスを床に向けることは怠らなかった。
その結果、濃密な精液はカーペットの床に直線で飛んでそのままべっとりと付着した。
「おめえ、いくら興奮しまくりといっても早すぎだろ」
彼女は笑いながら君の頬にまたビンタを炸裂させた。
「申し訳ございません」
君は言い訳のしようがなく、ただそう謝罪の言葉を述べると、項垂れた。

射精を果たすと、君はこの展開があまりに唐突すぎたとはいえ、SMクラブ以外で自分のマゾ性を開示してしまったことに恐ろしさを憶えていた。
ついに一線を越えてしまった。
床に落とした視線の先には、カーペットに付着した自分の精液が蛍光灯の光を受けて生々しく光っている。
いくら証拠を突きつけられたうえで流れに乗せられたような出来事だったとはいえ、よりによって職場でこんな姿を晒してしまうなんて、この先どうしたらいいんだ……。
虚しく存在する自分の精液を見つめながら君がまるで絶望の断崖絶壁に佇むようにそう後悔の念に頭を悩ませていると、彼女は君の髪を掴んで顔を上げさせ、眼を覗き込みながら、まるで君の混乱を見透かしたように、言った。

「わたしの奴隷になるのよ」

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カテゴリー:金の鎖、銀の鞭
  1. 匿名
    2015/05/1209:52

    最高ですね!弱みを握られたこの男性がどんなふうに堕ちていくのか、妄想が膨らみます。

    • nk
      2015/05/1419:34

      感想をどうも。こういう風に本性がバレるパターンは、もしも現実なら、と想像すると、その様子をちょっと覗き見してみたくなります。

      • MM
        2015/05/3011:07

        返信ありがとうございます。5つほど下の後輩女性からタメ口をきかれてドキドキしたことはありますが、職場で実際に本性がばれたらいたたまれないでしょうね。是非後日談を読ませていただきたいです!

      • nk
        2015/06/0119:55

        どうも。お話はいつも単発で、基本的に続きは考えないのですが、何かネタが浮かんだら試してみます。

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