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外はどしゃ降り

いまにも雨が降り出しそうな、どんよりと曇って湿度も気温も高く蒸し暑い六月の夜、一日中妙にムラムラとしていた変態M男の君は、仕事の合間の休憩時間に、いつも利用しているSMクラブにプレイの予約を入れた。
その際、女王様を指名したら、午後十一時のラストでなければ空きがないと言われ、君は承諾した。
明日もまだ平日なのでほんとうならもう少し早い時間が良かったが、空いていないなら仕方なかった。
べつの女王様で妥協するという選択肢もあったが、クラブのウェブサイトを見てすっかりその気になってしまっていたので、初めて指名する人だったが、他には考えられなかった。
その女王様は、サイト上では口許こそ手で隠していたが、一応ほぼ顔出ししていて、かなりの美人のようだった。
若干気になったのは、対応コースがSとMと両方になっていることだった。
こういう女王様は、普段の君なら避ける。
たいてい「ナンチャッテ」の人が多いからだ。
いつもの君は、Mコース専門の人しか指名しない。
しかし今回は、女王様のビジュアルの魅力の誘惑に負けた。
Sコースを受ける人でも、ちゃんと「女王様」をやってくれる人ならべつに問題はないと判断した。
どのみち風俗である以上、SMプレイは「ごっこ」なのだ。
互いに互いの役割を演じて楽しむ、それができればいいのだ。
どれだけそれらしく演じられるか、それが肝要で、その点、女王様も同じだ。
だから上手に役割を演じられるなら、とくに問題はないのだった。
ただし、今回の女王様を指名するのは初めてだったので、どういうタイプの人かはわからなかった。
そこは、賭けだった。

君は少しだけ残業をして、事務所近くの店でひとりで夕食をとると、それから書店や家電量販店をぷらぷらし、カフェに入って読書で時間を潰した。
これからプレイをするのに、お酒は論外だった。
人にもよるだろうが、君の場合、酔っ払ってしまったら勃つものも勃たない。
だから冷たいキャラメルフラペチーノが無難だった。

やがて十時半近くになり、まだ少々早かったが、君はクラブへと向かった。
相変わらず夜の街は蒸し暑く、空を見上げると、灰色の分厚い雲が低く垂れ込めていて、いつ雨が降り出してもおかしくない雰囲気だった。
湿った風にも雨の気配がある。
ただ今日の君は、ブリーフケースの中に折りたたみ傘が入っているので、いつ降ってきても構わなかった。

クラブの近くまで来て腕時計を覗くと、午後10時43分だった。
君は(早いけど待てばいいか)と思いながら、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
ボーイの声に迎えられて、君は中に入った。
待合室には先客がひとりだけいて、君が足を踏み入れた瞬間、ちらりと見られた。
そのとき、君は吃驚して、一瞬フリーズしてしまった。
それは相手も同じようだった。
君を認めて固まり、すぐに目をそらして俯いた。
君は心臓を鷲掴みにされたような硬直状態に陥ったが、なんとかその先客とは離れた位置に足を進めた。

待合室にいた先客は、知り合いだった。
同僚というか、同じ仕事場の隣の課の課長で、二歳ほど年上の人だった。
君はすぐにその人だとわかったし、相手もすぐに君だとわかったようだった。
それほど親しいわけではないが、もちろん顔も名前も知っているし、会話はする。
なんとも気まずいムードが、さほど広くもない待合室に生まれた。
しかし、そんなふたりの逡巡など知る由もないボーイは、君を彼から離れたソファへと誘い、君が坐ると、お茶を持ってきて、君の傍に片膝をついて跪いた。
「いらっしゃいませ、ご予約のほうは?」
知らない店だったらフリーのフリをして予約済みの事実をもみ消すところだが、そうもいかず、予約を入れた会員としての名前を告げた。
もちろん偽名だが、この際、そんなことは些細な問題だった。
どのみち彼にはバレている。
ボーイは名前を聞いて頷いた。
「いつもありがとうございます、ご予約は承っております」
そして君が予約を入れたメニューを確認する。
「女王様コース、60分でございますね。それで、指名はアリサさん」
そこで君は唾をごくりと飲み込み、言った。
「いや、MコースじゃなくてSコースですよ?」
するとボーイは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに「失礼いたしました」と頭を下げた。
君はこっそりと同僚の方を盗み見た。
当然いまのボーイとの会話は耳をダンボのようにして聞いているはずだったが、そんな素振りは一切見せず、テレビの方を見ていた。
その視線は全く動かない。
ボーイが、重ねて言う。
「えっと、でしたら、ご指名のアリサさんはSもMも対応できるので、そのままということで?」
「はい」
君が頷くと、料金の提示があり、君はそれを支払った。
SコースなのでMコースよりも割高だったが、仕方なかった。
ボーイはそれを受け取り、事務室のほうへ去った。

君はお茶を飲んだ。
味なんか全くわからなかった。
待合室にはふたりだけで、重苦しい空気が沈殿していた。
控えめな音量で流れているテレビのバラエティ番組の空虚な騒ぎ声だけが響いていた。

何分くらいそんな生き地獄のような時間が続いたのか、よくわからなかったが、じきに再びボーイが現れて、同僚の方に言った。
「お待たせしました、ご案内です」
奥のドアが開いて、彼が指名した女王様が私服で現れた。
大きなキャリーケースを引いている。
同僚はボーイに促されて席を立った。
当然、君の方は一切見ない。
女王様が、君の前を通り過ぎてから、その後ろに続いていた同僚を振り返って言った。
「荷物、持ちなさい。これからおまえを調教するための道具が入っているのだから」
どうやらもうこの時点からプレイは始まっているらしかった。
同僚は、内心ではこのままふつうに早く出て行きたかっただろうが、わざと周りに聞こえるように命令された以上、従わないわけにもいかず、「はい」と素直にキャリーケースを受け取った。
「いってらっしゃいませ」
恭しく頭を下げたボーイに見送られて、ふたりは待合室から出ていった。
頑なに俯いて押し黙ったまま通り過ぎて行った同僚を見送りながら、君は変な優越感のようなものを胸に抱いていた。

同僚の姿が消えて漸くひとりなった君は、深く安堵の吐息を漏らした。
しかし心のうちでは、(どうしよう……)と思っていた。
それはたぶんお互い様の困惑だっただろうが、まさか知っている人とこんなところで会うなんて、想像したことすらなかった。
君は正直、今夜予約を入れたことを後悔していた。
半日前に戻って、半日前の自分に「今日はやめておけ」と忠告することができたらどんなにいいか、と思った。
それにしても、彼がマゾとは意外だった。
普段の彼は、全くそんな風には見えない。
そしてつい、今頃どんな痴態を晒しているのだろう? と思い、全裸で勃起を晒しながら縛られて鞭を打たれている姿を想像し、すぐに「やめろ」と自分を嗜めた。
一応こちらは「Sコース」で誤魔化したが、呑気に構えていられるような余裕はない。
こんな場所で遭遇してしまった以上、実はMだとバレない保障など、どこにもないのだ。
だいたい端から見たらいかにもわざとらしいというか、かなり苦しいコース変更だと自分でもわかっていた。
SMクラブで店の人間がSコースとMコースを間違えて受けるなんて、通常ありえることではない。
だから、おそらく彼も相当怪しんだはずだ……。
そんなことをつらつらと考えていた君のもとに、再びボーイが来て、言った。
「すみません、アリサさん、ちょっと押してまして、もう少し遅れそうですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
君は頭を縦に振って承諾した。
今更少しくらい遅くなったって、どうでもよかった。

結局、さらに三十分近く待合室でテレビを見て過ごし、ボーイに案内された。
「ほんとうにお待たせしてしまって申し訳ございません、アリサは四階のルームで用意しておりますから、どうぞ」
「どうも」
君はソファから立ち上がり、「いってらっしゃいませ」とボーイに見送られて、待合室を出た。
そしてひとりで階段を上がり、四階のルームへと向かった。
建物内は静まり返っていた。
プレイルームの防音は完璧なので、何の物音もしない。
どれだけの部屋が現在使われていて、どんな人たちがどんなプレイをしているか、それはわからなかったが、重いドアの向こうではそれぞれいろいろなことが行われているのだろう、と想像すると、なんだか興奮してしまった。

四階につき、開いていたドアをくぐると、ウェブサイトで見た女王様が、そこにいた。
背が高く、スタイルの良い美人だった。
女王様は君を迎え入れて、言った。
「お待たせして、ごめんなさい」
「いいえ、構いませんよ」
君が部屋に入ると、女王様はドアを閉めて鍵をかけた。
そしてベッドに並んで腰を下ろした。
壁は全面鏡になっていて、落ち着かない気分になる。
君は隣に坐った女王様に、言った。
「実は……あの……変な見栄を張ってSコースで入ったんですけど……ほんとは、えっと、ぼく、Mなんです……」
しどろもどろになりつつ君が言うと、女王様は軽く笑った。
「でも、もったないないじゃん、今更お金は戻ってこないわよ」
「料金はいいんです、ただ、女王様をお願いしたいのです」
君は気弱な目で女王様を見つめてそう言うと、女王様は含み笑いを漏らした。
「いいわよ」
そして、ふっと冷たい顔になると、いきなりがらりとモードを変えて、強い口調で命じた。
「シャワーを浴びていらっしゃい」

シャワーを終えてブースから出てくると、女王様はボンデージに身を包んで椅子に脚を組んで坐っていた。
君は全裸のままその足元に進み、跪き、ひれ伏した。
それだけのことで君は呆気なく完全に勃起する。
額を床につけて、ご挨拶を述べる。
「ご調教、よろしくお願いいたします」
女王様のヒールの靴底が、無言のまま君の後頭部に置かれ、プレイが開始された。

プレイが盛り上がり、三十分以上の時間が経った頃、君の首に首輪をつけ、リードを繋いでいた女王様が、四つん這いの君の尻に「尻尾よ」と更にバイブを突っ込んで、言った。
「じゃあ、ちょっとお散歩に行くわよ」
そして、君をドアの方へと引っ張っていった。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい」
君は四つん這いのまま踏ん張って女王様を見上げた。
一瞬、素に戻り、先ほど待合室で遭遇した同僚のことを思い出してしまった。
どこでプレイしているのかわからないが、もしも会ってしまったら最悪だ。
「外へ出るなんて恥ずかしいです」
「マゾ豚が何言ってるの、おまえなんかすでに存在自体恥ずかしいんだから……ほら、さっさと行くわよ」
君の尻をケインでピシッと叩いて女王様が促した。
それでも君は抵抗した。
そうしながら、素早く頭の中で時間を計算した。
先にプレイを開始した同僚が待合室を出て行ったのは、自分より三十分以上前で、そしてこちらのプレイも開始からもう三十分は経過している。
ということは、彼はすでにプレイを終えている可能性が高い。
そんな君に、女王様が言う。
「心配しなくても今夜はもう誰もいないわよ」
その言葉に安心して、君は意を決すると、ドアを開けた女王様に続いて部屋の外に出た。

外に出ると、確かに人の気配はなかったが、大きな雨音が響いていた。
とうとう降り出したのだ。
しかも、相当などしゃ降りだった。
「すっごい雨」
女王様が外を眺めて言い、行くわよ、と君の尻を蹴って、君に階段を下りるよう命じた。

全裸を外気に晒すと、どうにも落ち着かない気分だった。
しかし尻にバイブを咥え込んでペニスを勃起させている君は、妙な開放感を味わっていた。
雨音に包まれているという感覚も、良かった。
君は女王様に引かれて階段を四つ足で降りて行った。

そして三階に辿り着いた時、思いがけないことが起こった。
不意にプレイルームのドアのひとつが開いたのだ。
それには女王様も素で驚いたらしく、「あらっ」と小さな声を上げた。
君は四つん這いのまま止まり、ドアの方を見上げた。
すると、まず女性が現れ、男性がその後に続いた。
その男性を見た瞬間、君は完全に固まった。
きちんと服を着た同僚がそこにいたのだ。
一瞬にして勃起が完全に萎えた。
あれほど大きかった雨音がすうっと遠のく。
同僚は君を見おろして目を見開き、しかし「見てはいけないものを見てしまった」という気まずさを滲ませつつすぐに君から目をそらして階段へと向かった。
彼とのプレイを終えた私服の女王様が君を見下ろして軽やかに笑う。

「何やってんの、超変態」

君は固まったまま視線をコンクリートの床に落としていた。
ついさっきまでは猛々しくいきり勃っていたペニスも、今やすっかり項垂れている。
君の女王様がリードを引っ張って笑う。
「ああ、見られちゃったねえ」
そして、鉢合わせした女性に言った。
「延長?」
「じゃなくて、なんか盛り上がっちゃって、どうせラストだし」
「そっか。もう誰もいないと思ってた」
「ごめん」
「ううん、いいよ」

激しい雨音が響く中で交わされるそんな会話を、君は女王様の足元で尻にバイブを挿した四つん這いのまま聞いていた。
ペニスは縮こまり、仮性包茎のそれは、亀頭の殆どが皮に被われている。
同僚は階段を踊り場まで降りて自分の女王様を待っている。
君はちらりとそちらを見てみたが、同僚は手持ち無沙汰の様子で外を眺めていた。

同僚の相手をした女王様が、君の顎の下にパンプスの爪先を差し入れて、ぐいっと上を向かせると、君の顔にぺっと唾を吐いた。
そして憐れむような口調で「あらあら、びっくりしちゃったのね、かわいそうにチンチンもこんなに小さくなっちゃって……象の鼻みたい」とパンプスの先で君のペニスをつついて言った後、「変態のワンちゃん、じゃあね」と小さく手を振って、踊り場で待っている同僚の方へ降りていき、すぐにふたりとも視界から消えた。
同僚は、踊り場を曲がって更に下へ向かうために君の視界から消える瞬間、一度だけ君を見た。

君は咄嗟に目をそらし、女王様の脚の陰に頭を隠した。
その刹那、思いのほか強い風が吹き、全裸の君の体にひんやりとした雨がざっと降りかかった。

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