For You

君はもう何年も同じSMクラブに通い、同じ女王様を指名してプレイしている。
他の女王様とプレイする気持にはならない。
彼女以外の女性に跪く気にはなれない。
彼女だけを崇拝している。
心構えとしては、個人奴隷のつもりだ。
実際、女王様にも「おまえは特別な存在」と言われていて、遅い時間の予約になっても融通を利かせてもらえる。

日に日に彼女に対する気持は高まるばかりだ。
とはいえ勿論、マゾとして奴隷として、分は弁えているつもりだ。
だから「付き合いたい」とか「奴隷として飼われたい」とか、そんな烏滸がましいことは望まない。
クラブへ赴き、代金を支払ってプレイをし、別れる。
それだけだ。
彼女の本名も住所も知らない。
知っているのは営業用の携帯電話の番号だけだ。
考えてみれば、否、考えるまでもなく、空虚な関係だ。
それでも君は彼女への想いが抑えきれない。
そこで君はブログを書くことにした。
そのブログでは、自分の変態性やマゾ性を隠すことなく開陳し、一匹の奴隷として支配者である彼女への気持を綴る。
そして、そのブログのアドレスは彼女にだけ伝え、他の誰にも読ませない。

或る夜、君はブログを開設した。
タイトルは仮として『For You』にした。
女王様にこのことを話して、許可が出たら『For My Mistress』とか、マゾ奴隷らしいものに変えるつもりだ。
その夜は、結局タイトルを付けたそこまでで、記事は書かなかった。
今度のプレイの時に「ブログを作っても良いか」と伺いを立て、お許しがでたら改めて想いのすべてを文章にぶつけるつもりだった。
そしてそれから三日後、クラブへ行き、プレイの後、女王様にこの話をした。
すると彼女はあっさりと「いいよ」と許可した。
たたしタイトルについては「変えなくていい」と言った。
君は「ご許可、ありがとうございます」と礼を述べ、「最初の記事をすぐ書きますのでアップしたらご連絡させていただきます」と頭を下げた。
「待ってる」
女王様は言い、プレイの時間は終了した。

その夜、君は早速記事を書き始めた。
タイトルは既に決めていた。
『隷属の誓い』
これ以外は考えられなかった。
それから三日かかって君は最初の記事を書いた。
言い回しとか誤字脱字とか何度も確認し、深夜に公開した。
そしてブログのアドレスをメールで女王様に伝えた。
勿論、時間も遅いし、女王様の手を煩わせることはしたくなかったので、『返信は不要です』と記しておいた。

女王様のためだけにブログを開設して以来、君は舞い上がってしまい、仕事も手につかなくなってしまった。
とはいえ、社会生活を放棄するわけにはいかないから、一応は平常心を装って過ごしたが、一日中彼女のことを考えるようになってしまった。
これまでももちろん崇拝する気持ちが強く、何毛ない平凡な日常の中でふと女王様のことを考えることはあったが、その頃とは気持ちの濃度が違ってきた。
濃度の違いというか、単純に君の内部で静かに、しかし劇的な変化が起きたのだ。
女王様は営業用に、ブログとツイッターとインスタグラムをやっているので、これまでの君はコソコソと覗いていたのだが、なんだかそれらを見ることが辛くなってしまった。
というのも、当たり前のことだが、彼女はプロの女王様として毎日いろいろなM男とプレイしていて、オンライン上には君の知らないM男たちと色々なプレイに興ずる様子がアップされる。
それを見ることが辛くなってしまったのだ。
無論、見ず知らずのM男たちに嫉妬のような感情を抱くことは間違っているし、そもそも意味がないというか、そんな感情を抱く資格など自分にはないことくらい君はよくわかっていた。
女王様を独占するなんて、おこがましいにもほどがあるし、ありえない話だ。
女王様は君だけのものではない。
君にとって女王様は唯一の存在だが、女王様にとっての君はたくさんいる客の中の一人に過ぎない。
ただ、そういうことは、理屈では分かりすぎるくらいわかっているのだが、感情の点でどうしても引っかかってしまうのだった。
仕事中など、ふとした瞬間、今頃女王様は何をしているのだろう、と考えてしまうと、もうダメで、頭がおかしくなりそうになった。
クラブに出勤中ならばどこかのM男と色々なプレイをしているだろうし、プライベートの時間なら、彼氏や旦那がいて、普通の女としてセックスをしているかもしれない。
もしかしたらM男に小便を飲ませて稼いだ金で子供にミルクを与えているかもしれない。
いずれにせよ、SMプレイにしろセックスにしろ、君の与り知らないところで、君の知らないペニスが彼女の前にそそり立っていることだけは間違いない。
だとしても、その詳細について、君に知る手立てはないし、そもそも彼女を詮索する資格などない。
しかしその想像が、君を苦しめた。
ただ、それは単なる自縛にすぎず、実は解除することなど簡単なのだが、君は無間の地獄に自ら身を投じて苦悶した。
そんなこと想像しなければいいのに、つい君は想像してのたうちまわった。
そして君は苦しくなる度に、その淫らな幻影を振り払うかのように、いきり立つペニスを狂ったようにしごき上げた。
そういう時、君はたまらなく女王様に会いたくなった。
しかし、お門違いの嫉妬心に突き動かされながら週に何度もクラブへ通って「しつこい」と思われたら元も子もないから、会いたいけれど会えなかった。
そんなに通いつめたら、ドン引きされかねないし、最悪、警戒されてしまうかもしれない。
ただでさえ風俗嬢と客の関係というのは、客の勘違いからストーカー的な問題に発展しかねないイメージがあるから、適度な節制が重要になるはずだった。
そもそも、幸か不幸か、君には先立つものがなかった。
彼女と会うためには、常に数人の諭吉が必要で、残念ながら君の財布には肝心なその諭吉がそんなにたくさんいなかった。
故に、君は耐えた。
いや、正確には耐えるしかなかった。
その代わり、プレイ時に撮らせてもらった彼女の尻や足の指の画像をおかずにして、ひたすらオナニーをした。
まるで発情期の猿のように、君は毎日毎日彼女とのプレイを夢想して自慰に励んだ。
これまでも君はほぼ毎日のように自慰をする人間だったが、おかずはその時々で色々だった。
SMの映像や画像を使う際でも、その時の夢想の相手は色々な女性だったし、一般的なAVを使う際は、普通にAV女優が相手だった。
その状況が一変した。
君にとってのオナニーの対象は、いつしか女王様だけになってしまった。
こんなことは初めてだった。
だいたい、一人の女王様にこれほど固執するというか傾倒すること自体が初めてのことで、君はそんな自分自身に対して若干戸惑った。
しかし、どうしようもなかった。
この歪みを内包した熱い感情は、恰もいったん坂を転がり始めた雪の球のように、ひたすら加速しながら大きくなっていくだけだった。
だから君は、彼女に対する気持ちが沸き起こってくるたびに、知らない男たちの幻を振り払うかの如く、いきり立つ貧相なペニスを狂ったようにしごき続けた。
仁王立ちする女王様の股の間で跪き顎を上に向けて大きく口を開きながら飲む聖水、椅子に足を組んで座る女王様の足元に平伏しながら投げ出された足を両手で掲げ持ってむしゃぶりつく足の指……そんな記憶の断片を呼び起こしながら、君はひたすら己を擦り上げた。
そして精液を放出すると、少しだけ平静さを取り戻すことができた。

そんな苦しい毎日の中、最初の記事をアップしてすぐ君は二本目を書き始めた。
一本目の記事について女王様の反応を知りたかったが、こちらから催促できることではなかったし、そもそもメールは送ったが本当に見てもらえたかどうかすら不明だったので、そのことについては考えないようにして、キーボードを叩いた。
二本目の記事のタイトルは『初めてお逢いした夜のこと』にした。
内容はそのまま、初めて指名してプレイした時の気持を、下書きとしてテキストエディタに綴った。
その記事をローカルで書いている途中、ブログを公開してちょうど一週間が経過した夜、コメントが付いた。
君は自分のブログを開いた。
すると、コメントは女王様からだった。
それはそうだろう、彼女にしかブログの存在を知らせていないのだから、彼女以外からコメントなど付くはずがない。
検索エンジンのロボットも弾く設定にしてあるから、偶然何者かがアクセスすることもないはずだった。
それでも、まさか書き込んでもらえるとは思っていなかったので、君は心の中で小躍りしながらコメント欄を開いた。
するとそこには短いメッセージが書き込まれていた。

『わたしです。
この度、クラブを退店しました。
SMから引退することにしました。
もう女王様もやりません。
さようなら。』

君はそれを読んで呆然となった。
やがて我に返り、深夜だったが、我慢できずに女王様の営業用の携帯電話にかけた。
しかしその回線は既に使われていなかった。
無情に流れるガイダンスを君は未練がましく最後まで聞いて、切った。
そのまま眠れぬ夜を過ごして、翌日、なんとか仕事に行き、勤務時間中だったが、君はトイレの個室からクラブの営業開始時刻を待って店に電話した。
そして何も知らない風を装って指名予約しようとしたのだが、あっさりと「彼女は退店しました」と言われた。
「どこか別の店に移ったのですか?」と食い下がってみたが、店員は「いいえ、詳しくは知りませんが、業界から上がったみたいですよ」とさらりと告げた。
そして「他の女の子はどうですか?」 と勧めてきた。
しかし君はとてもではないが到底そんな気にはなれず、「またにします」と電話を切った。

どうしたらいいかわからなかった。
君は夢遊病者のような、魂の抜けたゾンビのような足取りでトイレから出ると、とりあえず洗面台で冷たい水を出し、顔を洗った。

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カテゴリー:金の鎖、銀の鞭
  1. 匿名
    2017/07/2722:49

    最高です。

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