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Archive for the ‘金の鎖、銀の鞭’ Category

名残の風

夕暮れ。
君は今、出張先の地方都市にいる。
得意先回りを終えて、借りっ放しのレンタカーを滞在中のホテルの駐車場に止め、エンジンを切ったところだ。
助手席のシートに置いたブリーフケースを持ち、車から降りる。
いったん部屋に戻り、シャワーを浴びるつもりだった。
もう九月も終わりだが、まだ暑い。
一日中動いて、汗をかいたから、夕食前にさっぱりしたかった。

君は部屋に戻ると、早速シャワーを浴び、ベージュのチノパンにグリーンのポロシャツという軽装に着替えると、財布と電話だけを持って再びホテルを出た。
ホテルはJRの駅の近くにあり、食事のための店は駅ビルの中にたくさんある。
ホテルから駅までは、徒歩で五分ほどしかかからない。
君はホテルを出ると、ブラブラと駅に向かって歩く。
夕方になると、さすがに気温が下がって、ちょっと涼しくなる。
駅前のこの辺りはこじんまりとしたオフィス街で、そろそろ仕事を終えた勤め人がビルから出てきて駅に向かいかけている。

駅ビルに入ると、ちょうど帰宅途中の人々で混み合っている。
人口十万人程度の地方都市だが、人々の雰囲気は都会と大差ない。
特に若い女の子なんかは、学生だろうが社会人だろうが、垢抜けている。
ほとんどの女の子が夏のいでたちで、薄着の色気を振りまいている。

まだ残暑が厳しい九月の女たちは挑発的で、変態M男の君は悶々と狂いそうになる。
君は魅力的な女の子たちに対して、心の中で叫ぶ。
どうしてそんなに肌を露出するのだ!
ノースリーブのシャツを着て、見えそうで見えない腋で「お預け」を食わせながら、一体何がしたいのだ!
女に縁のない自分のような男をそんなに挑発して面白いか!
楽しいか!
薄着のシャツで胸の隆起を見せつけて、全くイヤらしい女どもだ!
その柔らかそうな膨らみを揉みしだかれたいのか!
どいつもこいつも見せつけるだけ見せつけて、しかし決して触らせてはくれない。
そんなの、生殺しじゃないか!
もしもこのまま混み合う列車に乗り込んだら、どうなる?
一日活動して汗をかいた女体に密着したら、どうなる?
薄着の女の後ろに立てば、たちまち拷問が始まる。
サラサラとした美しい髪がすぐ目の前で揺れて、その髪や体からは良い匂いがして、手を伸ばせば簡単に手が届く位置にボリューム感をたたえた素敵な女体が存在する。
たまらず後ろから両手を回してその大きな胸を大胆に揉みしだき、そのままスカートをたくし上げ、尻や太ももを撫で回しつつ、髪に顔を埋め、深呼吸する。
そうしながら、もう片方の手を下半身に這わせ、弄りながら、その手を下着の中へ滑り込ませ、指先で陰毛をかき分け、すでに蜜が滴り始めている熱い亀裂を擦り、そのまま挿入する。
ぬるりとした感触が指先を包み込む。
その頃には、きっと女は淫乱にも蜜を溢れさせながら、咥え込んだ指をぐいぐいと締め付けるだろう。
全く女はスケべだ!
街はスケべな女だらけだ!
メスの匂いをプンプンと振りまきながら、常に発情状態じゃないか!

君はそんなM男らしからぬ、やたらと威勢の良い妄想の翼を広げながらコンコースを進み、やがてエスカレーターで二階の食堂街へ上がった。

夕食は、とんかつにした。
生中を一杯だけ飲み、とんかつ定食を君は平らげた。
腹が減っていたので、無料のご飯とキャベツのお代わりをした。
そして、完全に満腹になった。

精算を済ませて店を出ると、君は駅ビルを出た。
軽い酔いのせいか、地方都市にいるという開放感のせいか、君は歩きながら、少し酔いが覚めたらデリでも呼ぼうかという気持ちになっていた。
先ほど、駅ビルの中を歩きながらなまじかスケべな妄想をしてしまったので、無性にムラムラしていた。
健全な男なら、女の子をナンパしてアバンチュールを楽しもうと思うのかもしれないが、君には無理だ。
ナンパができるような度胸はないし、むしろ引っ込み思案で気弱な性格で、知らない女の子に声をかけるなんて絶対にできない。
そもそも見た目もパッとないし、話術に長けているわけでもない。
加えて正真正銘の変態M男だし、モテる要素が皆無で、ナンパなんて夢のまた夢だ。
君にはデリヘルがせいぜいだ。
君にとって女体は常に通貨と引き換えでようやく手に入るものだった。
しかし、宿泊先のホテルにデリが呼べるかどうかはわからなかった。
ホテルに戻ったらネットで確認しよう、と君は思いながら、ホテルに向かって歩いた。

駅前の通りを渡ってホテルへと続く道に足を踏み入れた。
表通りから一本入ると、オフィス街のこの辺りは、既にすっかり日が暮れて人気もまばらだった。
めっきり人通りが少なくなっている街路を君は歩く。
別に治安の悪さを感じるような場所ではないが、周囲は閑散としている。
小規模なオフィスビルにも、明かりが灯っている窓はもう少ない。
車も滅多に通らない。

前方にコンビニの明かりが見えた。
その一角だけが、煌々と明るい。
君は飲み物とスナック菓子でも買い込んでおくか、と思いながら、自動ドアを通って入店した。
すると、店内は空いていたが、雑誌のコーナーに派手な女の子がひとりいて、君の目を惹いた。
大柄で、デニムのホットパンツに紺色のTシャツという格好で、何気なく後ろを通ると、香水のいい匂いがした。
即座にペニスが勃起する。
Tシャツはぴったりと体に張り付いていて、大きな胸の隆起が目立った。
柔らかそうなおっぱいが美味しそうだった。
執拗に揉んで、舐めて、乳首に吸い付いたら、夢のようだろう、と想像する。
スポーツでもやっていたのか、筋肉質で、がっしりとした体躯だった。
そんな大柄な彼女に小柄で貧弱な自分が抱きついたら、それはまるで巨木に止まる蝉みたいな感じになって、M的にかなり魅力的でユーモラスな構図になりそうだな、と君は想像した。
もっともそんな風に求めても、まるでアイガー北壁に挑む命知らずの素人登山者みたく明らかな実力不足故にまるで歯が立たず、どうせ呆気なく跳ね返されるのがオチで、到底互角になんか渡り合えやしないことは火を見るより明らかだった。
彼女が少し前かがみになり、下の棚の雑誌を手に取った。
その際、ホットパンツの腰があらわになり、パンティーの黒いレースがちらりと覗いた。
ホットパンツはローライズのため、少し動くと、簡単に腰のあたりの肌が露出してしまうのだ。
(なんてスケべな女だ!)
君は内心でそう叫びつつ、しかし同時に変態M男としても激しく反応して、(ああ、跪きたい、罵倒されたい、嘲笑されたい)と身悶える。
彼女は素足に踵の高いサンダルを履いていて、爪先に覗く赤いペディキュアが塗られた足の指が、まるでキャンディのようだった。
君は思わず、床に這いつくばって指に舌先を伸ばし、しゃぶり尽くしたい、そしてその姿を侮蔑されたい、と激しく切望する。
ただしもちろん、そんな雰囲気は微塵も滲ませない。
君は雑誌をめくっている彼女の背後を平然と通り過ぎ、コーラとポテトチップを手に取った。

先に彼女が店を出た。
結局雑誌は買わず、ビールと煙草だけを購入したようだった。
君も続いて精算を済ませ、彼女の後を追うように店を出た。
そして、特に理由もなく、彼女の後方である程度の距離を置いて、ついつい尾行を始めてしまった。
別に彼女をどうこうしようという考えなんか何もなかった。
そもそも君はM男だから、何もできない。
それにどう贔屓目に見ても君より彼女の方が大柄だから、非力な君では太刀打ちできそうになかった。
ただ単に、出張先の夜、非日常的な町で、暇だったのだ。

君はビニール袋を提げて歩く彼女の後ろに続きながら、それにしても素晴らしい尻だ、と思う。
ダメージデニムのホットパンツに包まれた肉感が、歩を進めるたびに躍動する。
君の破廉恥な勃起は、もう全く萎える気配がない。
ズボンの下で、仮性包茎の短小ペニスは、健気にそそり立っている。
君は、さりげなくポケットに手を突っ込んでそのままペニスを握りながら、あの尻に顔面から突っ込みたい、と思う。
或いは、顔の上に座ってもらって、そのまま押し潰されたい。
そんなことを夢想しながら、さらに脚も舐めるように鑑賞する。
むき出しの、むっちりとしたラインが素敵だった。
決して細くはなく、極めて挑発的だ。
日焼けした小麦色の肌が、その魅力を一層高めている。
君はその脚を物欲しげに眺めながら、抱きつきたい! と思う。
後ろからおもむろに抱きついて、そのまま尻の肉の谷間に顔を押し込み、深呼吸したい。
そして、そんなことをする自分を、まるで虫でも払うかのように邪険に彼女に振り解かれ、口汚く罵られたい。
この一日の終わりがけの時間帯、尻の谷間に鼻先を突っ込めば、きっと素晴らしい香気に包まれることだろう。
胸いっぱいにそれを吸引し、陶酔し、耽溺したい。

そんなことを思いながら、尻や脚に吸い寄せられるように歩いていると、唐突に彼女が前方の角を曲がった。
彼女の後ろ姿が視界からふっと消えた。
ずっと彼女の尻や脚ばかりに気を取られて歩いていたから、もう自分がどこにいるのかすらわからなくなっていることに、君は今更ながら気づいた。
そろそろ尾行を切り上げてホテルに戻る頃合いかもしれないな、と君は思った。
彼女の体を鑑賞し続けることは魅力的なだったが、その先に何かがあるわけではない。
しかし、ここであっさりと切り上げるのもなんだか勿体無い気がしたので、君は、もう少しだけ、と自分に言い聞かせて、彼女が消えた角を曲がった。

すると、思いがけず目の前に彼女が立ちふさがった。
なぜか彼女は角を曲がった先で君を待ち受けるように、振り返り、腕を組んで仁王立ちしていたのだ。
あまりに咄嗟のことで、君は心の底からびっくりし、どうしたらいいかわからなかった。
どうにかギリギリで衝突を回避し、慌てて立ち止まる。
ほんの一メートルほどの距離で対峙すると、改めて彼女の背の高さを思い知らされた。
彼女の顔は、君より頭ひとつぶん高い位置にあって、鋭く冷めた視線が君に注がれている。
その目で、君は呆気なくマゾとして覚醒してしまった。
激しく挙動不審に陥りながら、恐る恐る気弱な視線で彼女を見上げた。
「なんで尾けてくるわけ?」
彼女は腕組みして君を睥睨したまま詰問する。
君は突然そんなことを言われて混乱する。
予想外の出来事に戸惑い、怯えながら、どうにか口を開いた。
「い、いいえ、別に尾けてなんかいないです」
自然と敬語で、緊張のあまり声を上ずらせながら、必死に言った。
しかし真正面から彼女の冷徹な視線を受け止める勇気はなく、君は俯き、地面を見つめた。
「どうして目を見て答えられないんだ? あ? 何か疚しいことでもあるのか?」
「いいえ……」
彼女の口調の厳しさに気圧されながら、恐る恐る君は顔を上げた。
その目にはありありと恐怖が滲んでいて、彼女はそんな君をせせら笑った。
「くそキモい顔して、何キョドってんだよ」
彼女はそういうと、ふっと侮蔑の微笑を消して、冷たい目で君を見下ろすと、おもむろに右手を伸ばしてきて胸倉を掴み、そのまま引っ張り上げた。
君はされるがままに爪先立ちになり、かすかに抵抗を示す。
「や、やめてください……」
消え入りそうな、情けない声で懇願すると、彼女が語気を強めて言った。
「やめろ? それはこっちのセリフだろ、こそこそと尾けてきやがって、そっちこそやめろ、クソ変態」
彼女はそう吐き捨てると、そのままぐいっとさらに君を引っ張り上げ、左手でいきなりパシンッと強烈なビンタを張った。
そして続けざまに、ぺっと君の顔に唾を吐いた。
生ぬるい感触が顔面を伝う。
「申し訳ございません!」
反射的にそう謝罪の言葉を述べたが、当然、君はもう既にフル勃起だった。
彼女は、君の謝罪の言葉など意にも介さず、胸倉を掴んだまま、今度は膝を股間に叩き込んだ。
「うげっ」
君は呻きを漏らし、たまらず体を折った。
彼女の手が放されると、君はそのまま蹲った。
彼女は膝に伝わった君の勃起の感触に気づき、唇の端を歪めて嘲笑する。
「お前マゾかよ、ちんこカチカチじゃねえか、キメえ」
そう言い、彼女は依然として股間を手で押さえながら蹲ったまま動けない君の頭をサンダルの底で踏んだ。
「謝れ、おら」
「も、も、申し訳ございません……」
君は額を地面に擦り付けながら、必死に謝罪した。
踏まれれば踏まれるほど、侮辱の言葉を浴びせられれば浴びせられるほど、救いようのない勃起は強度を増していく。
それでも君の目にはいつしか涙が滲んでいて、泣き声になっている。

──なんて夢のような展開など、起きるはずがなかった。
君が彼女の後ろ姿を追って角を曲がった先には、もう誰もいなかった。
ただ見知らぬ、暗い街路が続いているだけだった。
彼女の姿はもうどこにもなかった。
街灯も疎らな暗い路地は、無人だった。
車も通らない。
静まり返った街路に、すっと風が吹いた。
微かに、彼女の香水の匂いを感じた。
君は道の真ん中に立ち尽くしたまま、未練がましく、その名残の風の匂いを嗅いだ後、まるで何かを断ち切るように、くるりと踵を返した。

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カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

入道雲、光る

2017/08/19 2件のコメント

「明日、海に行きましょう」

昨夜、飼い主の女性からそう言われて、君は一晩のうちに準備をし、今、彼女を後部座席に乗せて車を走らせている。
いかにも夏らしい、素晴らしい晴天の日だ。
空は真っ青に晴れ渡り、雲ひとつない。
高速道路は空いていて、日差しはギラギラと眩しいが、エアコンが効いた車内は快適な温度と湿度に保たれていて快適だ。
しかも、美しい飼い主の女性との旅だ。
楽しくないはずがない。
だがしかし、正直なところ、君の心はそれほど浮き立ってはいない。
それどころか、奴隷の分際で生意気なのだが、いまいちこの旅行に気乗りがしていないのだ。
理由は、はっきりしている。
この旅行は、実は飼い主の女性と二人きりではないのだ。
今は二人だが、現地で女性の友人と合流することになっている。
その友人は女性だが、君は面識がない。
しかし、まあそこまでは、いい。
問題は、その先だ。
なんと、その女性も、奴隷を同行してくるというのだ。
君は正真正銘紛れもなく変態M男だが、ゲイ的資質は微塵もない。
マゾの中には平気な者もいるらしいが、君には信じられない。
君は女性から与えられる侮蔑や屈辱や恥辱ならどんな種類のものでも歓びとともに受け止めるが、少しでもそこに「男」という要素が加わると、途端に気持ちがしぼむ。
M男の中には、他のM男と絡める者もいて、そのことを武勇伝のように語れる者もいるが、君には無理だ。
だから、今回のこの旅行は、いまいち気分が上がらない。
上がらないどころか、沈んでしまう。
飼い主の女性もそういう君の資質は知っているはずなのだが、今回はあえて何も言わない。
ただ「今回の海は、友達と一緒よ。心配しないで、友達は女性だから。でもね、その友達も奴隷を連れてくるの。どんな奴隷かしら? 私も知らないのよ、まあ、お前も楽しみにしていなさいね」と言うだけ言って、君に支度を命じたのだった。
ちなみに、目的地は、普段暮らす街から二百キロほど離れた湾の中に浮かぶ小さな無人島だ。
飼い主の女性の友人がその島を所有していて、自由に使えるらしい。
ただし、未開発の小さな島なので、電気も水もなく、無論宿泊施設等もないので、そこで夜を越すことは難しく、デイキャンプのような感じで滞在する予定だった。
キャンプの道具はすでに用意してくれているらしいから、こちらは、この後、待ち合わせ場所である港の近くにあるスーパーマーケットで物資を調達することになっている。
ホテルは、その島の対岸近くの町で二泊取ってある。
島への往復には海上タクシーを使う。
友人の女性がいつも使っている馴染みの海上タクシーがあるらしい。
島は、本土の海岸から見えるくらい近くにあるので、乗船時間は十分もないとのことだ。
このように、プランだけを考えたら、夢のような旅行だ。
飼い主の女性の友人だという女性が奴隷さえ連れてこないならば、君は今頃心の底から歓喜を爆発させながら運転しているはずだ。
しかし現実は厳しい。
君は目的地に近づくにつれて気分が暗く落ち込んでいくことを自覚している。
とはいえ、もちろん、そんな気持ちを表に出すことなど許されるはずがないから、君は平静を保ちながら運転に集中している。

高速を降りて国道を五分ほど走ると海に出た。
そして海沿いの県道に入り、さらに三十分ほど進むと、スーパーマーケットがあった。
君はその駐車場に車を止めて、飼い主の女性とともに店に入った。
平日の午前中という時間のせいか、広いスーパーマーケットは空いていて、君はカートを押しながらバーベキューの食材や飲み物を調達した。
肉や野菜、ジュースやビールなどを手に取りながら、しかしやはり君の心は沈んだままだった。
そんな君の様子を不審に思ったのか、飼い主の女性が訊いた。
「どうかしたの? 気分でも悪いの?」
「いいえ、何ともありません、すみません」
君は頭を下げ、精算をするためにレジへと向かった。
これから男の奴隷と絡むことになるかもしれないと思うとどうにも憂鬱でたまらないのだ、なんて言えるはずがなかった。

その後、待ち合わせの場所である小さな港へと向かった。
車は、海上タクシーの事務所の敷地内に止めることができるらしい。
君は住所を入力済みのナビの指示に従って県道を外れ、古びた街並みの中に入っていった。
狭い路地を進むと、じきに視界がひらけて、不意に港に出た。
その辺りでナビの案内が終了し、フロントガラスの先に、海上タクシーの看板が見えた。
その建物に隣接する空き地のようなスペースに一台だけ小型の青いクーペが止まっていた。
「あ、もう来てるみたい」
飼い主の女性がその車を見て、言った。
どうやら青いクーペは友人のものらしかった。
君の緊張がにわかに高まる。
飼い主の女性の友人とはどんな人だろう、という楽しい気持ちに支えられた期待のような感情はあったが、それ以上に君の脳裏に重く暗くのしかかってくるのは、同行者である奴隷の存在だ。
どんな顔をして会えばいいのだろう、と不安になる。
最も、もしかしたら、それは向こうも同じかもしれない。
ただ、向こうは案外男が相手でも平気な性質の、M男として突き抜けた、ある意味ハイレベルな猛者かもしれない。
そういう相手だと、それはそれで君は困惑してしまう。
とはいえ、もう逃げ場はない。
そもそも最初から、この旅行が決まった時点から君に逃げ場などない。
君には、拒否権などない。
飼い主の女性に対して、男の奴隷一緒なんて嫌です、なんて口が裂けても言えない。
飼われている分際で、そんな選択の自由など存在しない。
どんなことであれ、君には常に「受け入れる」という選択肢しかないのだ。

青いクーペの隣に車を止めて荷物を降ろしていると、事務所からよく日に焼けた体格の良い初老の男性が出て来て、飼い主の女性の苗字で「──さん?」と君に問いかけた。
「はい、そうです」
そう君が答えると、男性は友人の女性の名前を告げ、言った。
「──さんは、朝一で来られて、もう島に渡っています。で、ご友人のカップルが到着したらお連れするよう言われているんですが、すぐ出られます?」
「ええ、はい」
「じゃあ、船へどうぞ」
男性は、君が車から降ろした荷物の中で最も大きな、食材を詰め込んだクーラーボックスをひょいと持つと、飼い主の女性と君の前に立って海の方へと歩き出した。
「私の友達の顔合わせは島までお預けね」
飼い主の女性が妙に意味深な雰囲気を込めて小さく笑いながら言った。
君は、どう答えたらいいものか考えあぐねながら、曖昧に「はい」と頷いておいた。
乾いた埠頭を歩いていると、強い日差しのせいで、汗が噴き出してくる。
歩きながら飼い主の女性は携帯で電話をかけていて、会話の断片が聞こえてくる。
「……うん、今着いた……これから船に乗るところ……食べ物とか飲み物とかはどっさり仕入れて来た……わかった」
女性の会話は続いている。
君はハンカチで額の汗をぬぐい、男性について行った。
煌めく海の先に、小さな島影が横たわっている。
「これから渡るのは、あの島ですよ。今日は海も穏やかだし、五分もかかりません」
男性は振り向き、君に言った。

凪の海はキラキラと輝き、船の舳先が白い飛沫を上げる。
湾内はほとんど波がなく、ぐんぐんと島陰が近づいてくる。
海上タクシーは港を離れてほんの五分ほどで島の反対側へと回り込んだ。
そして小さな入江へと回り込むと、やがて、こじんまりとした桟橋が見えてきた。
それはコンクリートで固められた、簡単な「船着場」という趣きだった。
実際、この海上タクシー以上の大きさの船は着けられそうにない。
そこに、人影が見えた。
派手なピンクの水着を着た女性がひとり、日差しの中に立っている。
「あ、迎えにきてくれたんだわ」
君の隣に立っていた飼い主の女性が言った。
すでに何度もこの島を訪れている彼女は続ける。
「あの先、ちょっとした森を抜けていくと小さな砂浜に出るのよ」
「そうなのですか」
そう答えながら、しかしもう君は気もそぞろだった。
ついに島に着いてしまう。
もともと逃げ場はなかったが、とうとう追い詰められてしまった。
船を操舵している男性が君たちに声をかける。
「ちょっと揺れるから何かに掴まってください」
「はい」
船は減速し、桟橋に接岸した。
船体が、古タイヤを取り付けた岸壁に横付けされ、男性がロープを岸の杭に巻きつけて船を舫いだ。
「到着です、足元、気をつけてください」
男性はそう言いながら手慣れた様子で荷物を下ろす。
飼い主の女性の友人が、船のそばまで来て、「いらっしゃい」と言った。
背の高い美人で、大きなサングラスをかけ、派手なピンクのビキニを着ている。
足元はビーチサンダルで、爪には綺麗に真紅のペディキュアが塗られている。
「久しぶり」
船を降りて飼い主の女性が言い、君も続けて言った。
「初めまして」
「どうも」
小首を軽く傾げて微笑しながら女性は答えた。
「それじゃあ、夕方、また迎えに来ますんで、電話ください」
海上タクシーの男性がロープをほどきながら言い、女性はこたえた。
「はい、お願いします」
「それでは」
海上タクシーが桟橋を離れた。
飼い主の女性が、友人に訊く。
「で、奴隷は?」
「ビーチにいる、で、この子が例の?」
「そう、私の犬」
「ははは」
女性は軽く笑い、言った。
「犬のくせに生意気に服着てるのね、うちのはもう犬らしくマッパよ」
「すみません」
君は俯く。
「とにかく、行きましょう」
「ちょっと待って」
飼い主の女性が言い、君を見る
「やっぱり裸の方がいいわね、犬なのだから、脱ぎなさい」
「はい、失礼致します」
君は一旦荷物を降ろし、手早く服を脱いだ。
友人の女性がその様子を、腕組みして見つめている。
その視線のせいか、裸になった時、君の性器はすでに半ば勃起していた。
しかし仮性包茎のため亀頭のほとんどが皮に包まれている。
「ははは、半勃ち、しかも恥ずかしそうに皮被ってる」
女性が嘲笑する。
「申し訳ございません」
いきなりの洗礼に君は全身が真っ赤に染まるのを自覚しながら反射的に股間を手で隠す。
その手を、飼い主の女性がぴしゃりと平手で叩く。
「何、してるの」
「申し訳ございません」
弾かれたように君は手を退けて頭を下げる。
強い日差しのせいで全身から汗が噴き出してくる。
「素直なワンコね」
友人の女性が笑いながら言い、飼い主の女性を促した。
「いつまでもこんなところにいても仕方ないし、行きましょうか」
「そうね、首輪とリードは後でいいわね。こいつもあなたの奴隷と早く会いたいだろうし」
「うちのはもう全身に日焼け止めを塗って準備万端のはずよ」
そう言って、付け加えた。
「あ、この子も、さすがにこのままだとまずいから、うちのに日焼け止めを塗らせるわ」
「ありがと。いっそ、お互いに塗らせてもいいわね」
「手を使わせず、体で塗り合いっこさせるとか?」
「それ、面白そうね」
飼い主の女性も軽やかに笑いながら同調し、君に言った。
「じゃあ、行くわよ」
「はい」
そうこたえ、両手に荷物を持ちながら、男同士で裸で日焼け止めを塗り合うなんて……と、そのおぞましい光景を想像して、君の心は深く沈んだ。
しかし、支配者層の女性ふたりは君の消沈など意にも介さず、森の中の小道を進んで行く。
君は、陰鬱な気持ちを拭い去れないまま、木漏れ日の小道を、トボトボとその二人の後を追った。

やがて唐突に森が途切れて、空と海が広がった。
光が横溢する。
君は思わず目を細めた。
ビーチはさほど広くない。
しかし湾の外に向けて開けているし、砂はサラサラと細かくて白く、降り注ぐ日差しが一段と眩しくて、開放感が凄まじかった。
ふたりの女性が立ち止まり、ビーチを見渡した。
「うちのはどこかしら」
友人の女性が呟くと、バーベキューコンロが設置してあるエリアで、テーブルをセッティングしている人影があった。
「あ、いた」
女性は言い、鋭く指笛を吹いて、声をかけた。
「こっちにいらっしゃい」
反射的に君はその人影の方を見た。
そして次の瞬間、驚倒してしまった。
そこにいたのは、全裸の女性だったのだ。
どういうことだ?
君の脳内は激しく混乱する。
しかも全身をオイルで光らせた体は肉感的で、かなりの美人だ。
しかし奴隷であることは確かなのか、首輪をつけている。
小走りで駆けてくる彼女の大きなバストがたわわに躍動する。
その光景に、君は恥ずかしげもなく勃起してしまう。
女性に飼われている奴隷という立場の君にとって、裸の女体なんて全く縁がない。
裸の女性が君たちの前に来た。
そして君を見て大きく目を見開き、左手で胸を、右手で股間を隠した。
顔を真っ赤にして俯いている。
「うちの子、一丁前に照れてるのかしら?」
友人の女性はそう言うと、ビーチチェアの上に無造作に放ってあった電動バイブを手に取ると、スイッチを入れ、裸の女性に命じた。
「手を退けて、足を開いて立ちなさい」
「はい」
女性が命令に従うと、その股間にバイブを差し入れ、膣の中に埋めた。
「ああん」
裸の女性が切なげな熱い声を漏らす。
「後でこのマゾ犬と交尾させてあげるから、しばらくバイブで我慢してなさい」
「は、は、はい……」
息を殺しながら裸の女性が頷く。
(交尾!?)
何気なく発せられたその言葉に君が激しく反応を示すと、飼い主の女性が、君の勃起に気づいて呆れたように言った。
「もおう、こいつもフル勃起よ、困ったものね、この変態たちは」
裸の女性は「落としたらお仕置きだから」と飼い主に言われて、律動するバイブをキュッと咥え込み、腰をモジモジとさせながら、かろうじて立っている。
(この美しい女性とセックスできるのか!?)
君が内心でマゾ豚にあるまじき分不相応な歓喜を爆発させていると、友人の女性が唐突に君に言った。
「ねえ、ちょっと」
「は、はい?」
君はふっと我に帰り、何だろう? と訝しみながら彼女を見た。
「あたし、おしっこしたくなっちゃったんだけど、この島、トイレはないのよね。どうしよう?」
彼女が探るような目で君を見つめる。
君は生唾をごくりと飲み込み、どうするべきか、と問いかけるように飼い主の女性を見た。
飼い主の女性は、顎を軽くしゃくった。
君は、女性に向かって言った。
「よろしければ、僕の口をトイレとしてお使いください!」
「いいの?」
「はい!」
「じゃあ、早くして、もう漏れそうなのよ」
「わかりました、お待ちください」
君は砂の上で仰向けに寝て、「どうぞ」と言い、大きく口を開いた。
背中の砂が焼けるように熱かったが、君は堪えた。
強い日差しが垂直に降り注いで君の目を射抜く。
その眩しい視界が影で覆われる。
女性が躊躇することなく君の顔を跨いだのだ。
君はさらに大きく口を開いた。
もちろん、浅ましいと思ったが、目も大きく開いた。
噴き出した汗が流れて目に入り、慌てて指先で素早く拭う。
女性が水着のショーツを脱いだ。
高まる期待に君の貧相なペニスは限界まで猛々しくそそり立つ。
女性はショーツから片足だけ抜いて、腰を落としてきた。
君の目前に、涼やかな隠毛に包まれた股間が迫り、その奥に、ピンクの亀裂が開く。
そして、勢いよく尿が放出された。
それはまるでホースの先を指で潰して迸らせた水のように、君の口に鋭く注ぎ込まれる。
苦味のきつい、濃厚な尿だった。
君は必死に喉を鳴らして飲むが、あまりの水量に追いつかず、たちまちゴボゴボと溢れさせてしまう。
大量の尿が口元から流れ出て、顔の周囲の砂を濡らす。
女性が放尿を続けながら君を見下ろす。
「何よ、詰まってるの? このトイレ」
笑いながらそう言うと、大きく腰を前後に揺すった。
温く苦い尿が君の顔面を盛大にぶちまけられる。
それはすぐに顔面だけでなく、上半身のほとんどを濡らした。
君はたまらず目を閉じたが、しかし口は開いたまま、必死に飲んだ。
飼い主の女性の笑い声も聞こえてきた。

じきに放尿が止まった。
まるで南の島の通り雨が唐突に去るように、不意に水流が途切れた。
女性が腰をあげる。
君は、目を開いた。
そして尿でぐしょ濡れの顔のまま、体を起こした。
飼い主の女性が腕組みしたまま君を見下ろしている。
排尿を終えた女性はショーツを戻し、尻の部分に指を入れて位置を整えている。
バイブを咥え込んだままの女奴隷は、尿と砂に塗れたままの君のそばでまだ快感に耐えている。
君の勃起はまだ全く萎えることがない。

君は、凪の海を見た。
いつのまにか水平線近くに入道雲が湧き上がっている。
尿塗れの濡れた体を、海からの小さな風がそっと撫でた。
口の中に残る芳醇な苦味が鼻から抜けて、君は誰にも知られず微笑みを浮かべる。
日差しが熱い。
夏だな、と思う。
汗が止まらない。

入道雲は、もくもくと暴力的に立ち上がり続けている。
そして、睫毛に止まった金色の雫で、その先端が鋭くきらりと光る。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

For You

2017/07/14 2件のコメント

君はもう何年も同じSMクラブに通い、同じ女王様を指名してプレイしている。
他の女王様とプレイする気持にはならない。
彼女以外の女性に跪く気にはなれない。
彼女だけを崇拝している。
心構えとしては、個人奴隷のつもりだ。
実際、女王様にも「おまえは特別な存在」と言われていて、遅い時間の予約になっても融通を利かせてもらえる。

日に日に彼女に対する気持は高まるばかりだ。
とはいえ勿論、マゾとして奴隷として、分は弁えているつもりだ。
だから「付き合いたい」とか「奴隷として飼われたい」とか、そんな烏滸がましいことは望まない。
クラブへ赴き、代金を支払ってプレイをし、別れる。
それだけだ。
彼女の本名も住所も知らない。
知っているのは営業用の携帯電話の番号だけだ。
考えてみれば、否、考えるまでもなく、空虚な関係だ。
それでも君は彼女への想いが抑えきれない。
そこで君はブログを書くことにした。
そのブログでは、自分の変態性やマゾ性を隠すことなく開陳し、一匹の奴隷として支配者である彼女への気持を綴る。
そして、そのブログのアドレスは彼女にだけ伝え、他の誰にも読ませない。

或る夜、君はブログを開設した。
タイトルは仮として『For You』にした。
女王様にこのことを話して、許可が出たら『For My Mistress』とか、マゾ奴隷らしいものに変えるつもりだ。
その夜は、結局タイトルを付けたそこまでで、記事は書かなかった。
今度のプレイの時に「ブログを作っても良いか」と伺いを立て、お許しがでたら改めて想いのすべてを文章にぶつけるつもりだった。
そしてそれから三日後、クラブへ行き、プレイの後、女王様にこの話をした。
すると彼女はあっさりと「いいよ」と許可した。
たたしタイトルについては「変えなくていい」と言った。
君は「ご許可、ありがとうございます」と礼を述べ、「最初の記事をすぐ書きますのでアップしたらご連絡させていただきます」と頭を下げた。
「待ってる」
女王様は言い、プレイの時間は終了した。

その夜、君は早速記事を書き始めた。
タイトルは既に決めていた。
『隷属の誓い』
これ以外は考えられなかった。
それから三日かかって君は最初の記事を書いた。
言い回しとか誤字脱字とか何度も確認し、深夜に公開した。
そしてブログのアドレスをメールで女王様に伝えた。
勿論、時間も遅いし、女王様の手を煩わせることはしたくなかったので、『返信は不要です』と記しておいた。

女王様のためだけにブログを開設して以来、君は舞い上がってしまい、仕事も手につかなくなってしまった。
とはいえ、社会生活を放棄するわけにはいかないから、一応は平常心を装って過ごしたが、一日中彼女のことを考えるようになってしまった。
これまでももちろん崇拝する気持ちが強く、何毛ない平凡な日常の中でふと女王様のことを考えることはあったが、その頃とは気持ちの濃度が違ってきた。
濃度の違いというか、単純に君の内部で静かに、しかし劇的な変化が起きたのだ。
女王様は営業用に、ブログとツイッターとインスタグラムをやっているので、これまでの君はコソコソと覗いていたのだが、なんだかそれらを見ることが辛くなってしまった。
というのも、当たり前のことだが、彼女はプロの女王様として毎日いろいろなM男とプレイしていて、オンライン上には君の知らないM男たちと色々なプレイに興ずる様子がアップされる。
それを見ることが辛くなってしまったのだ。
無論、見ず知らずのM男たちに嫉妬のような感情を抱くことは間違っているし、そもそも意味がないというか、そんな感情を抱く資格など自分にはないことくらい君はよくわかっていた。
女王様を独占するなんて、おこがましいにもほどがあるし、ありえない話だ。
女王様は君だけのものではない。
君にとって女王様は唯一の存在だが、女王様にとっての君はたくさんいる客の中の一人に過ぎない。
ただ、そういうことは、理屈では分かりすぎるくらいわかっているのだが、感情の点でどうしても引っかかってしまうのだった。
仕事中など、ふとした瞬間、今頃女王様は何をしているのだろう、と考えてしまうと、もうダメで、頭がおかしくなりそうになった。
クラブに出勤中ならばどこかのM男と色々なプレイをしているだろうし、プライベートの時間なら、彼氏や旦那がいて、普通の女としてセックスをしているかもしれない。
もしかしたらM男に小便を飲ませて稼いだ金で子供にミルクを与えているかもしれない。
いずれにせよ、SMプレイにしろセックスにしろ、君の与り知らないところで、君の知らないペニスが彼女の前にそそり立っていることだけは間違いない。
だとしても、その詳細について、君に知る手立てはないし、そもそも彼女を詮索する資格などない。
しかしその想像が、君を苦しめた。
ただ、それは単なる自縛にすぎず、実は解除することなど簡単なのだが、君は無間の地獄に自ら身を投じて苦悶した。
そんなこと想像しなければいいのに、つい君は想像してのたうちまわった。
そして君は苦しくなる度に、その淫らな幻影を振り払うかのように、いきり立つペニスを狂ったようにしごき上げた。
そういう時、君はたまらなく女王様に会いたくなった。
しかし、お門違いの嫉妬心に突き動かされながら週に何度もクラブへ通って「しつこい」と思われたら元も子もないから、会いたいけれど会えなかった。
そんなに通いつめたら、ドン引きされかねないし、最悪、警戒されてしまうかもしれない。
ただでさえ風俗嬢と客の関係というのは、客の勘違いからストーカー的な問題に発展しかねないイメージがあるから、適度な節制が重要になるはずだった。
そもそも、幸か不幸か、君には先立つものがなかった。
彼女と会うためには、常に数人の諭吉が必要で、残念ながら君の財布には肝心なその諭吉がそんなにたくさんいなかった。
故に、君は耐えた。
いや、正確には耐えるしかなかった。
その代わり、プレイ時に撮らせてもらった彼女の尻や足の指の画像をおかずにして、ひたすらオナニーをした。
まるで発情期の猿のように、君は毎日毎日彼女とのプレイを夢想して自慰に励んだ。
これまでも君はほぼ毎日のように自慰をする人間だったが、おかずはその時々で色々だった。
SMの映像や画像を使う際でも、その時の夢想の相手は色々な女性だったし、一般的なAVを使う際は、普通にAV女優が相手だった。
その状況が一変した。
君にとってのオナニーの対象は、いつしか女王様だけになってしまった。
こんなことは初めてだった。
だいたい、一人の女王様にこれほど固執するというか傾倒すること自体が初めてのことで、君はそんな自分自身に対して若干戸惑った。
しかし、どうしようもなかった。
この歪みを内包した熱い感情は、恰もいったん坂を転がり始めた雪の球のように、ひたすら加速しながら大きくなっていくだけだった。
だから君は、彼女に対する気持ちが沸き起こってくるたびに、知らない男たちの幻を振り払うかの如く、いきり立つ貧相なペニスを狂ったようにしごき続けた。
仁王立ちする女王様の股の間で跪き顎を上に向けて大きく口を開きながら飲む聖水、椅子に足を組んで座る女王様の足元に平伏しながら投げ出された足を両手で掲げ持ってむしゃぶりつく足の指……そんな記憶の断片を呼び起こしながら、君はひたすら己を擦り上げた。
そして精液を放出すると、少しだけ平静さを取り戻すことができた。

そんな苦しい毎日の中、最初の記事をアップしてすぐ君は二本目を書き始めた。
一本目の記事について女王様の反応を知りたかったが、こちらから催促できることではなかったし、そもそもメールは送ったが本当に見てもらえたかどうかすら不明だったので、そのことについては考えないようにして、キーボードを叩いた。
二本目の記事のタイトルは『初めてお逢いした夜のこと』にした。
内容はそのまま、初めて指名してプレイした時の気持を、下書きとしてテキストエディタに綴った。
その記事をローカルで書いている途中、ブログを公開してちょうど一週間が経過した夜、コメントが付いた。
君は自分のブログを開いた。
すると、コメントは女王様からだった。
それはそうだろう、彼女にしかブログの存在を知らせていないのだから、彼女以外からコメントなど付くはずがない。
検索エンジンのロボットも弾く設定にしてあるから、偶然何者かがアクセスすることもないはずだった。
それでも、まさか書き込んでもらえるとは思っていなかったので、君は心の中で小躍りしながらコメント欄を開いた。
するとそこには短いメッセージが書き込まれていた。

『わたしです。
この度、クラブを退店しました。
SMから引退することにしました。
もう女王様もやりません。
さようなら。』

君はそれを読んで呆然となった。
やがて我に返り、深夜だったが、我慢できずに女王様の営業用の携帯電話にかけた。
しかしその回線は既に使われていなかった。
無情に流れるガイダンスを君は未練がましく最後まで聞いて、切った。
そのまま眠れぬ夜を過ごして、翌日、なんとか仕事に行き、勤務時間中だったが、君はトイレの個室からクラブの営業開始時刻を待って店に電話した。
そして何も知らない風を装って指名予約しようとしたのだが、あっさりと「彼女は退店しました」と言われた。
「どこか別の店に移ったのですか?」と食い下がってみたが、店員は「いいえ、詳しくは知りませんが、業界から上がったみたいですよ」とさらりと告げた。
そして「他の女の子はどうですか?」 と勧めてきた。
しかし君はとてもではないが到底そんな気にはなれず、「またにします」と電話を切った。

どうしたらいいかわからなかった。
君は夢遊病者のような、魂の抜けたゾンビのような足取りでトイレから出ると、とりあえず洗面台で冷たい水を出し、顔を洗った。

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越境者

君はこれまでに二度、越境している。
一度目は、もう随分以前だ。
「大人」と呼ばれる年齢になってさらに時間が経った頃、君は一度目の越境を果たした。

あれは雪がちらつく二月の寒い夜だった。
その日、君は仕事を終えて既にいったん帰宅していたのだが、午後十時を過ぎた頃、突如、不退転の決意で部屋を出た。
唐突に、SMクラブへ行こう、と思ったのだ。
急に思い立ってそのまま行動に走ったきっかけは、わからない。
ただそれまでの君は妄想系の変態M男で、実践経験は全くなかったのだが、その夜、何かが変化した。
理由は思い当たらない。
風俗雑誌等で街の盛り場にSMクラブがあることは情報として知っていたし、その店の広告を見れば在籍する女性が多く掲載されていて憧れを抱いていたし、実際にそのクラブの前を(たまたま通りかかっただけ)という風を装って徒歩で通過したことが何度もあった。
だから場所や大まかな料金体系等については既に承知していたのだが、なかなか踏み出せないでいた。
やはり心のどこかで、妄想だけで済ますことと体験することの間には明確な違いがあり、現実的に経験してしまうと正真正銘真性のM男になってしまいそうで、二の足を踏んでいた。
そもそも君は、風俗の店へ行ったことすらなかった。
ヘルスもソープも未経験だったから、そういうレベルでいきなりSMクラブはあまりにハードルが高すぎるという意識もあった。
そんな状態なのに、なぜあの夜、君がいきなりSMクラブの門を潜ろうと思ったのか、それは雪が降っていてひどく寒く、こんな夜なら街にも人は少なく、クラブも空いているのではないか、と考えたからかもしれなかった。
もともと行きたいという気持ちは高まっていたのだから、足りないのは実行に移る動機付けだけだった。
今ではもう全く考えられないことだが、当時はSMクラブへ行くということに尋常ではない背徳感というか、人としての後ろめたさみたいなものや恥ずかしさを君は感じていて、できる限りクラブ周辺の路上で他人に会いたくなかった。
その点、降りしきる雪がヴェールの役割を果たしてくれるのではないか、と思った。
雪の中、傘を差して徒歩で店に近づき、さっと入ってしまえば、誰にも見咎められることがなさそうで、それが君に安心感を与えた。
それ以外にも、君の背中を押す要因はいくつかあった。
まず、給料が出た直後で懐に余裕があった。
それから、当時たまたま数日にわたって多忙を極めており、自慰をしない日々が続いていたから、充分に溜まっていた。
そして、風俗情報誌を買ったばかりで、気分が密かに盛り上がっていた。
こういったいくつかのピースがひとつにぴったりとはまって、君がついにSMクラブデビューを果たす、という一枚の壮大な絵を完成させた。

そうと決まれば、君の行動は素早かった。
勇気を振り絞って自分を奮い立たせながら、財布と傘だけを持って部屋を出た。
ぼったくりが怖かったから身分証明書の類は持たなかったし、現金も必要最小限にしておいた。
携帯電話も置いていった。
ただし情報誌に入会金無料のクーポンが付随していたので、それだけは切り取って財布に入れた。
予約の電話はしなかった。
予約をすれば確実だろうが、しなかったことには理由がある。
それは、もしかしたらそれでも店の前でビビってしまい、結局行けないなんてことになるかもしれなかったからだ。
そうなると、予約は具合が悪い。
だから君は飛び込みで向かった。
もっとも結果的に、そういう心配は杞憂に終わった。
あんがい君はスムーズに入店してしまった。
粉雪が降りしきる、クラブのある通りに人気は少なく、君は傘で顔を隠すようにして黙々と歩きながら店に近づくと、さっとドアを開けて中に入った。
店の中は無人だった。
ドアを潜るとそこは待合室のようなスペースになっていて、ソファが並んでいた。
壁が鏡張りになっていて恥ずかしかったが、君の背後でドアが閉まると、すぐに事務室から黒服の、やや年配の男性が出てきて、柔和な笑顔で「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
「ご予約は、おありですか?」
そう訊かれて、その時点で君はもう心臓が裏返りそうなくらい極度の緊張状態に陥っていたが、店員の優しげな雰囲気に少しだけ気持ちの強張りが解けて、こたえた。
「えっと予約はしていません、初めてなもので」
すると店員はソファを勧めた。
「そうですか、こんなお足元の悪い中、わざわざありがとうございます」
そう言い、君がソファに座ると、いったん去り、すぐに飲み物を持って戻ってきた。
「どうぞ」
烏龍茶の入ったカップをテーブルに置き、君の足元に傅いた。
「それでは、簡単に当店のシステムを説明させていただきます、ご承知でしょうが、当店はSMクラブでございまして、コースはお客さんが責めるSコースと、お客さんが責められるMコースがございますが、どちらにいたしましょう?」
君は気恥ずかしさが内心で爆発することを自覚しつつ、小声で短くこたえた。
「Mで」
「かしこまりました、女王様コースですね」
店員は確認のために復唱し、続けた。
「申し訳ないのですが、Mコースですと、現在混み合っておりまして、早くても三十分後のご案内になってしまいますが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
今更やめるなんてできなかったので、君は頷いた。
「構いません」
「では、何分のコースにいたしましょう? 60分、90分、120分、とございますが」
店員は料金を提示した後、付け加えた。
「あと、別途プレイルームの使用料と、当店は会員制でございますから初回に限り入会金をお願いいたします」
君は、承知した、というように頷いてから、こたえた。
「60分で」
「かしこまりました」
そして君は、たぶんこのタイミングでいいだろう、と思いながら、言った。
「あのう、これ、使えますか?」
財布から入会金無料のクーポンを取り出して、示した。
「大丈夫ですよ、では」
店員はそれを受け取り、プレイ料金の総額を告げた後、女性の写真が入った何枚かのハードのクリアファイルを、トランプのように扇状に広げて見せた。
「今、ご案内できるのはこちらの女の子たちになります」
何枚のファイルが出てきたか、完全にテンパっていた君はちょっと思い出せないが、確か四、五人だったと思う。
君はファイルを吟味した。
クリアファイルには写真と身長や年齢等簡単なプロフィールが入っていて、可能なプレイが記されていた。
君はやがて一人の女性を選んだ。
本当は密かに雑誌でチェック済みの意中の女性がいたのだが、彼女のファイルはその渡された中にはなかった。
店員に、君は選んだ女性のファイルを見せて、言った。
「この人で」
「かしこまりました」
店員は頷いてファイルを回収し、料金を受領すると、訊いた。
「領収書は必要ですか?」
「いらないです」
君がそうこたえると、店員は立ち上がった。
「それでは、しばらくお待ち下さい」
店員は頭を下げ、いったん事務室へ戻った。
待合室の隅の上空にテレビがあって、ニュース番組が小さな音量で流されていた。
君はがらんとした、鏡張りのためにどこか淫靡な待合室にひとり取り残されて、完全に手持ち無沙汰だった。
烏龍茶を飲み、テレビを見た。
別にニュースなんか見たくはなかったが、他にすることもないので、仕方なかった。

肝心なプレイについて、実は君はあまり覚えていない。
というのも、緊張と興奮が尋常ではなかったからだ。
よって、記憶はコマ切れで、うまく繋がらない。
女王様は優しく綺麗な人で、ファイルの写真と髪型が全然違ったから、初対面の瞬間はびっくりしてしまったが、女性の方から「写真と全然違うよね、最近、髪切ったのよ」と言って場を和ませてくれたことはよく覚えている。
そしてプレイが始まる前に、君は「SMプレイは初めてなのです」と正直に言い、「基本的に『お任せ』でお願いしたいのですが」と付け加えた。
すると女王様はベテランらしく快諾し、いざプレイとなった。
女王様は君にシャワーを使うよう命じた。
君は部屋の隅で裸になると、シャワー室で体を流した。
その間に、女王様は着替えていた。
シャワー室から出てくると、女王様はボンデージ姿だった。
生の『女王様』を見て、君は呆気なく勃起してしまった。
君は簡単に体を拭くと、バスタオルを置き、既に足を組んで椅子に座っている女王様の前へ全裸で進み、ごく自然に跪いた。
その瞬間、君は確かに一度目の越境を果たした。

その夜、クラブを出ると、雪はいちだんと激しくなっていた。
君は痺れるような寒さの中、人気の絶えた街路を歩きながら、(ついにマゾプレイを体験してしまった!)という昏い興奮に包まれていた。
心地よい疲労感と、まだ夢の中にいるような倦怠感に浸りながら、鞭やビンタの痛みに火照って熱い体に、霏霏と降る雪や空気の冷たさが快かった。

あの初めての夜から、かなりの年月が流れた。
君はM男として場数を踏み、それなりに経験を重ねてきた。
失敗もたくさんした。
すべてのM的体験は風俗だったから、合わない相手も居たし、しっくりこないプレイもあった。
しかしもちろん素敵な相手は多くいたし、満足のゆく素晴らしいプレイもたくさんあった。
ただ、これだけマゾとしてプレイを続けていると、さすがにマンネリ感は否めなくなってきた。
SMクラブでのプレイは、バリエーションは幾つかあるが、ベースは限定的だ。
鞭、緊縛、吊り、蝋燭、ビンタ、アナル、言葉責め、匂い系フェチプレイ、唾や聖水等の体液享受、そして自慰……ほとんどがこれらの組み合わせでコースが組み立てられる。
無論、相手や状況の違いでひとつとして同じプレイはないのだが、君はこの頃、なんとなくマゾとしての限界みたいなものを感じていた。
かといって、クラブを離れて素人相手となるとリスクが高いし、エゴと言われようが相手はプロでなければMとして自らを委ねることが怖い。
たいしたものではないが、君にもそれなりに常人的な社会生活がある以上「プレイ」以外のSMは難しい。
すべてを投げ打って誰かの奴隷になってすべてを捧げるとか、シチュエーションとしての憧憬は抱くが、現実的には無理だ。
映像作品に出演してみたい気持ちもある。
しかしそれも、もしもの身バレを考えるとあまりにハイリスクで、踏み出せない。
そもそも君の場合、自分がマゾであることは認めるが、それをプレイ相手の女王様以外に知られることを、絶対に望まない。
だからSMバー的な場所も気後れして行けないし、SM系のパーティなんて以ての外だ。

そんな、或る意味マゾとして「ひきこもり」的な君だが、ついに二度目の越境を果たした。
それは、つい昨日のことだ。
尤も午前零時を過ぎたから便宜的に厳密に「昨日」といったが、時間の経過を基準にするならほんの数時間前のことだ。
だから、感覚的にはまだ「今夜」と呼んだ方がしっくりくる。
SMクラブでのプレイ以外にMとして覚醒する機会のない君が、雁字搦めで不自由な狭い世界の中に生きつつ、今夜、越境した。

今夜の君は、いつもの君とは少し違っていた。
ある決意を胸に秘め、SMクラブへ向かったのだ。
新しい未知のプレイに挑戦して自らの殻を打ち破りたいという激しい渇望を決意に変換して君はクラブに予約の電話を入れ、決してもう短いとは呼べなくなってきた自分のM人生に於いて生まれて初めてのオプションを追加した。
記念すべき相手は、初めての女王様を指名した。
広告やウェブで顔出ししている、ハードな責めで評判の高い人気の美人女王様だ。
プレイ前に君はオプションについて「初めてなのです」と正直に告白した。
女王様は「大丈夫?」と妖艶に微笑みながら訊き、君は「頑張ります」とこたえた。
それ以上、女王様は何も言わなかった。

プレイが開始され、君はいつもより激しく責められた。
それは君のリクエストだった。
自分よりも体格的に勝る女王様に苛め抜かれ、ボロ雑巾のように満身創痍になることを熱望した。
そのために、あえてハード系の女王様を選択したのだ。
そしてその希望通り、君はボロボロになった。
散々小突き回され、やがて君は仰向けにぶっ倒れた。
その顔を、女王様が跨ぎ、おもむろにショーツを下ろした。
そして、そのまま尻を落とす。
君は肩を弾ませて荒い息を吐きながら、迫り来る女王様の股間を、吸い寄せられるように凝視した。
陰毛の茂みの奥にピンク色の亀裂が覗き、その先に、可憐な蕾があった。
その蕾が収縮し、君は息を詰めた。
次の瞬間、蕾が一気に開いて、黄金色に輝くクリームが出現した。
それはにゅるにゅると音もなくしなやかに、まるで神の使いである聖なる蛇の降臨の如く産み出され、やがて自らの重みに耐えきれなくなったのか、ごく自然にちぎれて君の顔の上に落下した。
その刹那、君は二度目の越境をした。
君はついにリアルに人間便器となった。
聖水なら今まで数限りなく浴びたり飲んだりしている。
しかし黄金は初めてだった。
憧れはあったが、これだけは絶対に無理、と君はずっと思っていて、どうしても勇気が出せなかったのだが、今夜の君は果敢に挑み、華やかに跳躍した。
そして、全面的に受け止めた。
ただ、その触感は異次元の感触で、初めから分かっていたことではあったが、想像以上の香気に、さすがの変態M男の君も嘔吐きそうになってしまい、必死に息を止めた。
本当は「食べたい」とまで思っていたし、この先にはそれがまだ待っているだろうが、今夜の君はひとまずそこまでで、それ以上先へ進むことはできなかった。
画像や映像といった二次元では、いくらでも妄想で食べられるが、現実的な三次元となると「臭い」というファクターが厳然と存在していて、その障害の威力は君の想像をはるかに凌駕していた。
口と鼻を開いて息をしたら瞬間的にリバースしてしまうだろう、と思いながら君は、なんだか、限界の境界を押し広げたが、するとすかさず更に新しい限界が出現したような、そんな感じを抱いたが、達成感は覚えていた。
女王様は、君のそんな混乱を上空から見下ろして冷笑した後、聖水を盛大に注いで君の顔を流した。
まるでホースの先端を指で潰して放水するかのような強い勢いで降り注ぐ聖水に、君は目を閉じた。
暖かい水流に黄金が君の顔の上を流れていく。
あらかた流れ落ちると、君は大きく口を開け、尚も注がれ続ける聖水を飲んだ。
やがて聖水が止まった。
君が一息つくと、女王様はいっそう尻を落として君に命じた。
「食べることもできない役立たずのクソ便器、食べられないならせめて舐めて綺麗にしろ」
「はい!」
君は仰向けのまま顔だけを起こすと、女王様の汚れた蕾に舌を伸ばした。
苦味が舌先を痺れさせたが、耐えられないほどでもなかった君は、唇を窄めて蕾に吸い付き、舌を尖らせてその奥へと挿し入れて入念に舐めた。
まるでキツツキが木を啄ばむように、君は頭を上下に動かしながら舌を出し入れし、その後、蕾の皺のひとつひとつを丁寧に舌先で辿った。
そうしながら、君は無意識のうちに、既に限界までそそり立っていたペニスを握り締め、気づくと擦り始めていた。
女王様はそんな君を冷ややかに見下ろし、嘲笑った。
尻の穴の汚れを舐め取りつつ自慰をする憐れなマゾ豚……それが君だった。
「堕ちるところまで堕ちたな」
女王様が侮蔑の響きを滲ませながら吐き捨て、君は、否、と思った。
堕ちたのではなく、むしろステージを一段上がってまた一歩高みに近づいたのだ、と思った。
君は嘲笑を浴びながら、聖水と黄金の残滓に塗れさせた顔を女王様の股間に張り付かせ、一心不乱に舐め続けた。
そしてじきに呆気なく、そのまま華々しく射精した。

射精を果たした後ももしばらく君は動けず、漂うアンモニア臭の中、仰向けで呆然としていた。
顔を拭うことすらせず、そのまま聖水と黄金に塗れていた。
そんな君を見て、女王様は軽やかに笑った。
「なかなか壮絶ね」
「すみません」
君はようやく体を起こすと、椅子に座った女王様の前に跪き、ひれ伏した。
「御調教、ありがとうございました」
女王様は君の後頭部を無言のままパンプスで踏み、その足を床に下ろした。
無事にプレイは終了した。
女王様が言った。
「シャワーを浴びていらっしゃい」
「はい」
君は立ち上がると、シャワー室へ向かった──。

人は時に、自分でも思いがけずボーダーを軽々と超えることがある。
境界線には高いフェンスが聳え、電流が流れる有刺鉄線まで巻かれていて、それを越えることは決して容易いことではない。
境界線の向こうとこちらでは、完全な別世界だ。
そんな境界線を越えた瞬間、越境者は既成の枠を超えたスペシャルな存在となる。
ただし、誰かから尊敬されるようなことはない。
なぜなら、特に他人にはそのことを告げないからだ。
ほとんどの人は他人に知られることなく越境を果たす。
その後の生き方は、様々だ。
行ったきりの者もあれば、戻ってもう二度と向こうへは行かない者もある。
或いはどちらかに軸足を置きつつ、自由に往き来する者もある。
どの生き方が正しいのかなんてわからないし、そもそも正否を求める問題ではない。
正しいとか正しくないとか、そういう価値観すら軽やかに越える者が、越境者なのだ。

この先、君はあと何度、越境していくだろう。
それは君自身を含めて、誰も知らない。
誰にも、わからない。

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地図にない道

M男は、S女性を、女王様を、異性の「女」として見ることができなくはないが、S女性や女王様がM男を異性の「男」として見ることはまずない。
M男には一応「男」という文字が付いてはいるが、それには単なる識別のための文字以上の意味はなく、女性にとってM男は「男」ではない。
かといって「女」ではないから、とりあえず「男」という文字が付いているだけだろう。
別の言い方をするなら、人間だが人間ではない、つまり最初から「人」対「人」という関係の対象ではないのだ。

無論全てがそうだと言い切れないかもしれないが、たいていのS女性には、だから、M男とは全く関係のない恋人や旦那といった異性の「男」がちゃんといる。
そして恋人関係や家庭を築いている。
その男の前で女王様は「女王様」ではなく、ひとりの「女」だ。
よって必然的にM男を相手にしている時の「女王様」とは全てが違う。
男の前ではノーマル、或いは寧ろMになってしまう女王様もいて、それは普通のことだ。
男のペニスとM男のペニスも違う、別物だ。
男のペニスは愛しいし、挿れたり舐めたりしゃぶったりすれば感じるが、M男のそれは単なるオモチャであって、それ以上でもそれ以下でもない。
だからM男の前では常に冷徹で厳しい「女王様」であっても、彼氏や旦那の前では従順な子猫になってしまう「女」になることに、矛盾はない。
寧ろ正常だろう。
そもそもM男だってそうだろう。
中には完全に真性で、崇拝対象に男女の拘りすらなく、異性に対して一切「好き」という感情を抱くことがない筋金入りのマゾもいるかもしれないが、多くのM男にそこまでの覚悟や悲壮感はない。
M男としてS女性や女王様を崇拝するが、誰でもいいわけではないし、S女性や女王様を彼女や嫁の対象とは考えないだろう。
そういう相手は別に作り、それなりに生活を営みながら、時々その世界から離脱して「女王様」に「M男」として仕える。
だから、好きな相手の前では「女」になるS女性や女王様のように、好きな相手の前では「M男」ではなく「男」になり、もしかするとマゾとは真逆な尊大で亭主関白的に振る舞う者もあるかもしれない。
そして、それにも矛盾はない。
ただM男の場合は、女王様と違って、「女王様」を「女」として見てしまう場合が、時にはあるかもしれず、それが女王様とM男の違いでもある。

「女王様」は「M男」に対してまず恋心なんて抱かないが、「M男」は「S女性」や「女王様」に恋心を抱いてしまうことがある。
しかしそれはたいてい悲劇だ。
まず報われることがない。
「女王様」と「M男」は、常に等号(=)では繋がらない。
どんな状況であっても「女王様」が常に上位にあって、不等号(>)でしか繋がらない関係なのだ。

わかりやすい喩えでいうなら、「女王様」と「M男」は、人間とペットの関係に近い。
飼い主がどれだけペットの犬や猫を可愛がり、愛おしく思っても、彼氏や旦那に対する気持ちとは当然違う。
そしてそれは違っていて当然だから、間違いではない。
ペットの犬や猫に対して、愛し合いたいとか付き合いたいとか結婚したいとか家族を築きたいとかなんて、考えないし、考える者があるとしたら、それは明らかにおかしい。
つまり、そういうことなのだ。

ただし厄介というか難しいという微妙というか、これが逆に「S男」と「M女」の場合は、この限りではないことがある。
S男がM女に恋心を抱き、M女がS男に恋心を抱いて、プレイとは別に、相思相愛になることもあり、それはそれでなぜか矛盾がない。
それが同じSとMであっても、女性上位か男性上位かで違ってくることのひとつだ。
そういう意味に於いては、S男とM女の関係は、もしかしたらS女とM男の関係より、一般的な男女関係における「幸福」という終着駅に辿り着ける可能性は高いかもしれない。
M男が女王様を対等な立場の異性同士として想ってもまず報われることはないだろうが、M女はもしかしたらS男に対して報われることがあるかもしれないし、その逆も然りだ。
少なくとも、M男よりは、S男もM女もその成就の可能性がある。
それでも、もしかしたらM男を恋愛の対象として見る女王様もいるかもしれない。
M男を財布代わりとして確保し、表面上はM男と恋愛関係を築くということも、女王様がその気にさえなれば可能だろう。
だからこれはあくまでも可能性の問題だ。

だがしかし、やはり多くのS女性や女王様は、「M男」は恋愛対象の選択肢にはなく、ふつうの男を選び、ふつうに好きな相手の前では「女」になるだろう。
だからM男は身勝手にも、時折、慕う女王様に対して、せめてレズビアンであってほしい、なんて都合の良いことを考えたりする。
しかし、その希望的観測も、たいていは叶うことがない。
女王様は「女」として、好きな男の前ではかわいい「女」となって、その時は、たとえ親しい間柄のM男がいたとしても、そのM男のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。
尤も、忘れはしないかもしれないが、ひとまずM男のことなんかはどこかに仕舞い込み、ドアを閉め、鍵をかけてしまうだろう。

中には、寝盗られ属性というか、女王様が「女」として知らない「男」と普通に男性上位的なセックスをしていることを夢想して興奮するタイプのM男もいる。
しかもその場合、淫らでふしだらで卑猥な行為を、女王様は知っていても男は気づいていないという設定のもと、たとえば寝室のクローゼットなどの中から「見せつけられたい」と願い、その状況を想像して自身のM的感覚を全開にするM男も、珍しくはない。
それでも、ここからが微妙なのだが、相手の男にM男である自分を認識されることには抵抗を示す者が、少なくはない。
つまり、たとえばセックスしている様子をクローゼットの中から女王様のみに認識されつつ「見せつけられる」ことには盛るが、相手の男も承知していて、クローゼットの中ではなく、ベッドサイドで犬のようにお座りをさせられつつ見せつけられるという構図になると、たとえM男でも複雑な感情を抱いてしまう者が多いだろう。
S女性や女王様との関係の中に別の「男」が登場することに、強烈な拒否反応を示すM男は多い。
これが「男」ではなく、同じ立場の「M男」であっても、尻込みしてしまうM男は、それほど特殊ではない。
要するにそれは、たとえば二人の女王様がそれぞれ奴隷のM男を連れて同じ空間でM男同士を会わせる、という状況だが、逆にいうと、そういう別の「男」の登場に何の蟠りもなくなると、M男としては一クラス上のステータスに上がるのかもしれない。
そして、自分と同じM属性ではなく、S男やノーマルの男にも抵抗がなくなれば、M男としてのランクは相当上位に達しそうだ。
とはいえ、それなりに一般的な社会生活を送りながら、M男としてそこまでステータスを上げることは、なかなか難しそうだ。
そもそもいくらM男といっても、殆どの場合、たとえエゴマゾと揶揄されようとも、跪く相手が誰でもいいというわけではない。
男は論外としても、仮に女であっても、跪きたい相手と跪きたくなんかない相手が存在する。
M男といっても、多くはそういうものだ。
だいたいが大前提として、M男ほど身勝手で貪欲で我儘で浅ましい者はいない。
絶対に「やりたくないこと」や「やられたくないこと」を無理やり「やらされたい」わけではなく、自分が「やりたいこと」や「やらされたいこと」を形式上「やらされる」という形で「やらされたい」と思っているのが、たいていのM男だろう。

いずれにしても、S女性や女王様は、M男を「男」としては見ない。
その最もわかりやすい例というか、象徴する行為が、所謂スカトロ系のプレイだろう。
本来、人にとって、というか特に女性にとって、排泄という行為は、羞恥心と背中合わせだ。
必ずしも全ての女性がそうだと言い切れないが、たいていの女性にとって排泄している姿というのは、人には見られたくないものだし、見られることは恥ずかしいはずだ。
排泄は、人間であれば老若男女、誰でもしていることではあるが、ふつうはアンタッチャブルな行為として、個室に籠もって、ひとりで、密かに済ます。
だから女性を辱める効果的な手段として、しばしば排泄行為は利用される。
つまり、人前でうんこをさせて、羞恥心を煽るのだ。
正確にいうと、させるだけでは足りない。
ひり出している様子を撮影し、それを後から本人に直視させることで、効果を倍増させるのだ。
そうして屈辱的な気持ちに突き落とし、その結果、女を服従させるというのは、トラディショナルな方法のひとつとなっている。
人前でうんこをさせ、それを本人にも見せつければ、どんな気丈な女でもあらかた落ちる。
この場合、自然排泄ではなく浣腸による強制排泄だと、一層被虐感が強められるだろう。
もちろん、うんこなんて、そんなに恥辱を煽るほどのものか? という意見はあるだろう。
実際、テレビのCMなんかでも、便秘解消のサプリなどの効果として「いっぱい出た」とか「毎朝、どさっとすっきりです」とか、女性がカメラの前で堂々と笑っているが、ほとんどが女性であることを半ばもう放棄しつつある年齢層の人が多いし、微妙にギリギリまだ女として魅力のある熟女も時々は登場するが、そういう人の場合は表現がソフトになり、間違っても「ドッサリ出た」なんて口にしない。
それに、ここからが肝になるのだが、たとえそういう風に平気で便秘を人前で話題に出来ているとしても、ではその出しているところを見せてくれ、と言われて、素直に見せられる女性がどれだけいるのか、ということだ。
わかりにくければ、ちょっと想像してみればいい。
たとえば、世間や周りの人間たちなど完全に見下している高慢なインテリの美人ニュースキャスターが、浣腸された状態で生放送のニュース番組に出演し、カメラの前で派手に糞便を撒き散らしてその一部始終が全国放送で流されてしまったら、最悪の場合、自殺してしまうかもしれない。
もちろん、どんな知的で勝気な美人だって、うんこくらいすることは視聴者のすべてが知っている。
しかし、それを見せるとなれば、話が違ってくる。
つまり、口ではいくらでも言えても、その行為を見せること、見られることは、全然話が別なのだ。
そしておばさんたちでさえそうなのだから、若い女性となれば、やはり話題にすることすら滅多になくなる。
女同士のざっくばらんな会話の中なら平気だろうが、女性は異性の前でうんこの話なんかまずしない。
アイドルとか女優なんて、昔から、おしっこはもしかしたらするかもしれないが、うんこはしないことになっている。
要するに、それほど排泄というのは、デリケートな行為なのだ。
普段どれだけ着飾り、化粧をしたり香水を振りまいたり、煌びやかなアクセサリーを身につけたり、素敵なレストランで豪華な食事をしたり、クールなバーでカクテルグラスを傾けているとしても、一皮剥けば、どんなに気取った美人であろうと、トイレの個室では尻を丸出しにして犬や猫や猿や熊など自然界の動物と同じように糞尿を排出する。
時には、鼻がひん曲がるほど強烈に臭くて太いアナコンダのような一本糞を捻り出したり、殺人的な悪臭を放つ下痢状の軟便を勢いよく噴出させることもあるだろう。
そういう事実を突きつけることで恥辱感を最大限に煽るのが、排泄命令という責めだ。
それくらい人前での排泄には強力な破壊力がある。
ただし逆にいうと、排泄を見られることに何の恥ずかしさも感じない相手には、全く通用しない。
そして、それを考える時、女王様とM男の関係の特殊性が浮かび上がる。
女王様は、M男の前で排泄することに、何の抵抗もない。
おしっこなんて、当たり前のようにぶっかけるし、飲ませる。
うんこでさえ、ボウルや皿に、或いは直接M男の顔を跨いで尻を落とし、鼻や口に捻り出す。
それはどういうことを意味するかといえば、M男を人間としては全く見ていない、という明らかな証拠だ。
M男サイドとしても、女性が排出する排泄物は、所詮「おしっこ」や「うんこ」なのに、崇拝する女性から与えられるものであればそれは「聖水」や「黄金」と呼んで崇めるから、もはや通常の「排泄行為」とは意味合いが違っている。
女王様にとって、M男なんて男である以前に、人間ですらないという認識だから、平気で排泄できるし、映像作品として残すことも弱みにはならない。
もしも少しでもM男を「人間」と思ったら、その前で排泄なんかできない。
おしっこくらいなら、ファッションヘルスのオプションにもあるくらいだからハードルは低いかもしれないが、やはりうんこは難しいだろう。
しかしM男は人間ではないから、そこに葛藤は生じない。
いくら女王様でも、彼氏とか好きな相手の前では、一人の可憐な女性として、その前で排泄するなんてできないだろう。
尤も長年連れ添った夫婦とかなら、今更どうってことないかもしれないが、「男」と「女」という感覚が残っている状態の関係で、女が男にうんこを見せることはなかなかできないだろうし、できないどころか、実行に移せば羞恥プレイになってしまいかねない。

だから、このような様々な事実を鑑みると──いや、本当はわかりきっていることなので最初から鑑みる必要など全くないのだが──M男がS女性や女王様に対して恋心を抱くことは無駄というか、無謀だとわかる。
それは、女王様を異性として想うなんておこがましいとか、M男として身の程を弁えるとか、そういうレベルの話ではない。
犬や猫が飼い主のことが大好きで、飼い主もペットの犬や猫のことを愛していても、それ以上の展開は存在しない。
女王様とM男も、同じだ。
主従関係の先に、展開はない。
それだけのことだ。

とはいえ、いくら君がせっせと小理屈を捏ねくり回し、わざわざ一見難解そうでその実、べつにたいしたことは述べていない面倒臭い言い回しを駆使しながら、さもM男が、さもSMプレイが、常人には理解しがたい選ばれし者のみが享受できる高尚で崇高な趣味であるかのように主張してみても、所詮君は単なる一匹の破廉恥な変態マゾだ。
可愛い女の子や美しい女性の前で恥ずかしい姿を晒して昏い歓びを感じる、憐れな存在だ。
女性の前に跪き、罵倒や侮蔑の嘲笑を浴びて嬉しく感じながら、蒸れた足だの腋だのの匂いに歓喜し、着用済みのパンティやソックスに異常なほど思い焦がれつつ執着し、犬のように首輪をつけてリードを持たれて引かれたり、鞭を打たれたり、縛られたり、吊られたり、唾を吐きかけられたり、ビンタをされたり、蹴られたり、尻で顔を押し潰されたりして昂り、時にはトイレにもなり、挙げ句には、本来はひとりで他人に知られずこっそりと済ますべき自慰を堂々と披露して惨めに果てる、救いようのないマゾ豚なのだ。

それでも、君は構わない。
君はたったひとり、孤独と手を携えながら、前へ進む。
果たして君がどこに辿り着くのか、そもそもどこかに辿り着くことがあるのかどうか、それすらわからない。
しかし、君は行く。
君にはもう、退路などないのだ。
あるのは、先へと続く不確かな、地図にない道だけだ。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

桜流しの雨

寒い、曇天の深夜、今にも雨が降り出しそうな気配だが、かろうじてまだ持ち堪えている。
満開の時期を少しだけ過ぎた桜の巨木の下に、君は全裸で立った。
着ていたものや所持品はまとめて近くの地面に置いてある。
雨の予感を孕んだ、冷たく湿った風が吹く度に、はらはらと花びらが舞い散って、君は震えた。

「お許しください」

奥歯がガチガチと鳴るのを抑えながら、君は懇願した。
寒さと惨めさと恥ずかしさのため、ペニスは完全に縮みあがりながら、陰毛の茂みに中に半ば埋もれている。
せめて股間くらいは手で隠したいが、両手は体の横にピタリとつけて立っているように厳命されているため、それは叶わない。

「許すわけないだろ、どアホ」

ピンクのウルトラダウンのジャケットにダメージデニムのホットパンツを履いた女の子が、腰に巻いていた革のベルトを引き抜くと、それを鞭にして、まるで君に見せつけるように、勢いよく虚空で振ってみせた。
ひゅん、と空気を切り裂き、怯える君を見て彼女は笑う。

「お仕置きが必要でしょ」

女の子はそう言うと、君に近づき、いきなりベルトを叩きつけた。
鞭に見立てられたそのベルトは夜の中でしなり、まるで漆黒の蛇のように獰猛に君に襲いかかる。
パシッ、という乾いた音が響いて、君の体にヒットする。
たちまち赤い跡が刻まれる。

「うぎゃー」

君は絶叫した。
冷え切った体に打ち据えられた革のベルトの痛みは、尋常ではなかった。
しかし君の絶叫など意にも介さず、女の子は続けて何度も自由に君を打つ。
その度に君は体を左右に捩り、地面の上で跳躍する。

「申し訳ございません、どうかお許しください」

君は鞭の乱打に耐え切れず、目に涙を浮かべながらその場で土下座をすると、額を土の地面に擦り付けた。
微細な小石が額の肌に食い込んで痛かったが、そんなことに構ってはいられなかった。
普段から奴隷を調教していて様々なテクニックを習得しているS女性や、鞭を振るうことを生業とするクラブの女王様ではない、若い女の子が遊びの延長で打つ鞭は容赦ないだけでなく、危険と背中合わせだった。
君は何度も目や耳に当たりそうになるのを避け続けたが、もう限界だった。
身体中ににミミズ腫れのように跡が刻まれていて、痺れるように痛かった。
もちろん変態M男である君にとって鞭は、日常的なツールだ。
躾の一環として、そして時には罰として、君はしばしば鞭に打たれる。
SMクラブへは、金を払ってわざわざ自分から鞭に打たれに行く。
そんなことは、とうてい常人には理解できない感覚だろう。
普通の人は、お金を出していじめられになんか行かないし、鞭打ちとは無縁だ。
一般的な社会生活を送っていて鞭に打たれる機会なんて、まずない。

しかしそこそこキャリアのあるM男としてそれなりに鞭は経験していても、革のベルトの衝撃は想像以上だった。
気づくと君は本気で泣いていた。
それを見て女の子はせせら笑った。
「お前、いい歳ぶっこいてマッパで泣いてんのかよ」
そう言って、地面で体を丸めながら跪いている君の背中に、ひときわ強烈な勢いでベルトを振り下ろした。
「うぎゃーーーー」
たまらず君は転がった。
股間を丸出しにして七転八倒している君を見下ろして、女の子は爆笑した。
「超おもしれえ」
君は息を切らしながらどうにか再びひれ伏すと、改めて哀願した。
「どうか、どうかお許しください」
すると女の子はようやくベルトを下ろし、髪をかきあげた。
「まだ許さんけど、とりあえず疲れたからやめてやるわ」
「ありがとうございます」
君は地面に額をつけたまま、安堵して礼を述べた──。

君は、彼女とは今夜が初対面だった。
しかもまだ出会ってから、小一時間しか経っていない。
尤も、この邂逅のきっかけが、果たして「出会い」と呼んでいいものか、かなり怪しかった。
というのも、最初に彼女を見かけたのは、帰りの電車の中だった。
君は車内に乗り込んだ瞬間、すでにドアの近くに立っていた彼女を見て、一目で、素敵だ、と思った。
美人で、派手で、背が高く、太ってはいないが痩せてもおらず、ダウンジャケットを着ていても隆起が目を引くくらい胸が大きくて、君は自分の分を弁えながら、絶対に一生自分には縁のない別世界の住人だと自覚しながら、それでも見惚れてしまった。
だから、常に視界に彼女が入る位置で吊革に掴まり、チラチラと観察した。
大きな胸は、揉むと柔らかそうだった。
顔を埋めて溺れたら天にも昇る心地だろうな、と君は思った。
短いホットパンツから伸びる脚のラインが肉感的で素晴らしかった。
足元のごついブーツも、君の妄想をかき立てた。
今、あのブーツを脱げば、きっと素敵な芳香が匂い立つはずだ。
そう思うと、何もかもを投げ捨てて足元に跪き、調教を請いたくなった。
しかし、そんなこと、できるはずもなかった。
君は、あまり直接じろじろと見ていたら不審がられ気づかれるかもしれないと思い、時々視線を外し、暗いガラスの映る彼女の姿を、反射越しに眺めた。
あんな女の子にセックスを教えてもらえたら最高だろうな、と君は夢想した。
君はM男であると同時に、セックスに関しては何年も前に一度だけソープで一回経験したことがあるだけの素人童貞でもあるので、素敵な女性を見ると、セックスを「教えてもらいたい」という気持ちになりやすいのだった。
間違っても「やりてえ」みたいには思わない。
というか、「やりてえ」と思っても経験のほとんどない君には、そもそもやり方がわからない。
尤も、経験豊富な女の子を相手に、もぞもぞしながらどうしたらいいかわからず何もできないままにオドオドし続け、その様子をあからさまに嘲られ小馬鹿にされるという構図は、M男としては充分に魅力的だ。
しかし残念ながら君は基本的に気弱で、大前提として素人の女の子に声をかけたりすることができないので、そういう状況まで辿り着けない。
プロの女性なら、お金さえ払えば君でもいろいろできるかもしれないが、商売で君を相手にする女性たちにとって君はあくまでも「お客さん」だから、基本的にみな優しく、君が期待するような本気で屈辱的な行為は望めない。
厳しく責めてくれるのはSMクラブの女王様くらいだが、女王様は君に体を許すことがない。
つまり、君は四面楚歌なのだ。

やがて車内にアナウンスが流れ、列車が減速して、「普通」しか止まらない小さな駅に到着した。
その駅で、彼女は下車した。
君は、もっと長く見ていたかったのに、と後ろ髪を引かれる思いで、ドアから出て行く彼女の背中を見送った。
揺れる栗色の髪がホームの明かりを受けて煌めき、その瞬間、特に何も考えず本能的に君もドアに向かっていた。
君が降りるいつもの駅はまだ先だったが、衝動的に君は彼女を追ってしまっていた。
もちろん、だからと言って彼女に声をかけようとか、そんなことは微塵も考えてはいなかった。
だいたいそんなことできるはずがない、と自分でもわかっていた。
では、なぜ一緒に降りてしまったのか、その理由は簡単だった。
何をするというわけでもなかったが、もう少し彼女の姿を目に焼き付けたかったのだ。
プラットホームで距離をとって後ろについて歩いて行くと、ホットパンツに包まれた窮屈そうな尻のボリュームが圧巻だった。
歩くたびに躍動し、君を挑発した。
彼女の数メートル後方の空気の中には、彼女の香水の残り香が漂っていて、君は密かにそれを吸引した。
女の子はICカードで改札を抜けた。
君は定期で外に出た。
周囲に下車客は少なかったが、彼女はまったく君の存在に気づいていないようだった。
女の子は駅前広場を横切るように歩きながらバッグから電話を取り出して、画面を弄り、すぐにまたしまった。
君は冷たい外気に包まれてコートの襟を立てた。
その時ようやく、自分は何をやっているのだろう、と冷静な気持ちを取り戻した。
駅の時計を見ればもう午後十一時に近く、まだ週の半ばで明日は休みというわけではなく、しかももう少ししたら雨が降り出しそうだというのに、全然知らない駅で途中下車をして、絶対に触れ合うことなど叶わない別世界の住人である美人を、目的もなく尾行している。
その「尾行」という言葉がごく自然に脳裏に浮かんだ瞬間、君は自分が怖くなった。
これではまるで変質者ではないか、と思った。
君には、自分は紛れもなく変態のM男だが決して変質者ではない、という自負があった。
しかし見ず知らずの女性を「尾行」している自分は、「変態」のボーダーラインを軽々と超越し、「変質者」の領域に足を踏み入れているのではないか、と思った。
君は人気もなく、明かりも乏しい街路を歩きながら、気づかれる前にもうやめよう、と思った。
それでも、数メートル先で揺れる尻を眺め、香水の残り香に包まれていると、なかなか踏ん切りがつかなかった。

と、その時、女の子が歩調を緩め、バッグの中を弄って携帯電話を取り出した。
その際、電話と一緒にハンカチのような小さな布がバッグから出て、はらはらと地面に落下した。
しかし女の子はそのことに気づかず、電話を耳に当て、通話しながら歩いていく。
話の内容は聞こえてこないが、何やら楽しそうな様子は雰囲気から伝わってきた。
君は、彼女のバッグから落下した物体のところまで辿り着いた。
それは案の定、ハンカチだった。
一瞬、使用済みのパンティかパンストだったら良かったのに、と君は残念に思ったが、そんなものが無造作にバッグの中に入っているはずがなかった。
君は足を止め、地面のハンカチを見つめながら、思案した。
道路の先を見ると、女の子は通話を終えて、再び電話をバッグに入れながら遠ざかっていく。
もしかしたらこのハンカチはあの女の子の汗を吸っていて、匂いを嗅ぐと幸せになれるかもしれない、と君は考えた。
どう見ても彼女が気づいている様子はないから、このままポケットに入れて失敬してもわからないだろう、と思った。
しかし、それをすると厳密には「犯罪」になってしまうのではないか、とも思った。
それに、もしかしたらこのハンカチは彼女にとって何か思い出があるとか特別なものかもしれない。
であるならば、拾って、彼女に声をかけて、「落ちましたよ」と手渡した方がいいかもしれない。
いくら異性とは緊張してまともに話せない気弱な君でも、落し物を拾って渡すことくらいはできそうな気がした。
ひとまず君は屈んでハンカチを拾い上げた。
そして匂いを嗅ぎたいという衝動をぐっと我慢しながら、立ち上がり、前方へ目を遣った。
どんどん女の子の背中が遠くなっていっていた。
君は匂いを嗅ぐ代わりに、コートの中に手を入れてズボンのジッパーを下ろした。
続いてコートの中で半ば勃起し始めていたペニスを引っ張り出すと、改めてハンカチを入れて、ペニスをそのハンカチで包んだ。
そのままゆっくりとシコる。
たちまち完全に勃起し、たまらなく快感だったが、いつまでもやっていられることではなかった。
君は名残惜しかったが、ペニスはコートの下で出したまま、ハンカチだけを取り出した。
ハンカチには、ペニスの先端から滲み出た透明な汁が付着していた。
君は想定外の事態に焦り、急いでハンカチを擦り合わせてそれを誤魔化した。

そうしている間に、気づくと前方から女の子の姿が消えていた。
君は慌てて適当にハンカチを持つと、急ぎ足で先へ進んだ。
小さな交差点が連続していて、その度に足を止めては、左右に視線を走らせた。
しかしなかなか彼女の姿は見えなかった。
どうしよう、と困り果て、探すことを諦めようとした時、緩いカーブの先に横たわる川の土手の上に彼女の姿が見えた。
土手の上に道があるのか、桜並木が見えた。
ほぼ満開の桜たちが、夜の中で仄白く咲き誇っている。
その圧倒的な無言の美しさに、彼女の姿はまったく負けていなかった。
君はふと足を止めて、まるで夢のような光景だ、としばし見惚れた。
とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかず、君は急ぎ足になると、土手へ向かった。
そして、どこかに階段があるかもしれなかったが、わからなかったので、君は草が生える土手を強引に駆け上がった。

土手の上は、歩行者と自転車のための遊歩道になっていた。
その道に沿って桜の木が植えられていて、先に広がる河川敷の公園までそれは続いていた。
遊歩道も公園も、ひっそりと静まり返っている。
公園は芝生が敷き詰められた広場で、野球場やゲートボール場やテニスコート等が併設されていたが、照明は落とされ、どこも無人だった。
君は、こんなところで背後から突然声をかけたら思いっきり警戒されるのではないか、と心配になった。
不埒な気持ちは一ミクロンもなかったから、不審がられたら心外だった。
しかし、ハンカチが落ちてからもう随分経っているし、遅くなればなるほどなんだか怪しくなりそうな気がして、君は勇気を振り絞ると、少し歩速を速めて彼女の背後へ距離を詰めた。
そして、街灯の光のエリアから外れた場所で、一度ゴクリと唾を飲み込んでから、君は声をかけた。

「すいません」

その声は若干上擦り、緊張のせいで自分でも少し震えているように思ったが、なんとか君は言った。
すると、女の子は足を止め、怪訝そうな顔で振り向いた。
無言のまま、君を値踏みするように見る。
君は「何か?」とか「はい?」とか、何かしら言葉の反応があるものだと勝手に想定していたので、無言で見つめ返されて緊張の針が一気にレッドゾーンまで振れてしまった。
それでも、声をかけて呼び止めた君がいつまでも黙っていることは不自然だったので、女の子の視線に怯えつつも、小声で「あのう」と言った。
そして反応を伺うような視線を彼女に向けつつ、ハンカチを差し出した。
「こ、これ、落ちましたよ」
ついに吃ってしまい、君はそれを誤魔化すように急いで付け加えた。
「あなたの、ですよね?」
女の子は君を見つめたまま、手を伸ばしてそれを受け取った。
「そうね」
彼女は言うと、君に訊いた。
「あたし、これ、どこで落とした?」
君は、とりあえず「ありがとう」くらいは言って貰えるとばかり思い込んでいたので、不意にそんなことを訊かれて混乱した。
どこで? と問われても、落ちたのはもうかなり前だし、場所なんて正確にはわからなかった。
だから、君はしどろもどろになりつつ、こたえた。
「どこかとかはちょっとわからないですが、バッグから落ちたのを見たもので……」
「電話に出たときかな?」
女の子は独り言のように言って小首を傾げた。
「ですね、たぶん」
君が同意すると、女の子は急に訝しげな顔をした。
「でも、電話がかかってきたのってもう五分以上前だし、もしかしてずっとつけてきたの?」
そう言われて君のパニックは頂点を迎えた。
最も恐れていた点を指摘されてしまった。
君はもうまともにこたえることかできず、渇ききってしまっていた唇を忙しなく舐めながら地面に視線を落とした。
「えっと、そのお、別につけてきたとか、そういうことじゃないんですけど……」
完全に挙動不審に陥りながら、君は必死に言葉を並べた。
内心ではこの状況が恐ろしくてたまらなかったが、M男としてはどうしようもなく昂ぶってしまい、あろうことかコートの下でペニスがムクムクと勃起を始めた。
女の子はそんな君を冷静に見下ろしながら、何気なくハンカチを広げた。
すると、先ほど君が付着させてしまった透明な汁の滲みが布地を透かしていて、女の子は怪訝そうな顔でその染みと君の顔を交互に見た。
君は裁判官が下す判決を待つ罪人のような心持ちで女の子の一挙手一投足に意識を向けていた。
女の子は、ハンカチを自分の鼻先に近づけ、その染みの部分の匂いを軽く嗅いだ。
そして次の瞬間、明らかに眉間に皺を寄せて唇の片方の端を苛立たしげに持ち上げながら君を睨み、鋭い口調で詰問した。
「お前、拾ったはともかく、そのあと、何した?」
女の子の迫力に君は完全に気圧され、体を硬直させた。
同時に、勃起も限界を迎えた。
「こんな汚いもん、もう要らんわ」
女の子は穢らわしそうに口元を歪めながらハンカチ無造作に丸めて桜の木の根元に放り捨て、それでもそのまま君が何もこたえられないでいると、君に歩み寄り、コートの胸元を掴んで捻り上げた。
「何したか正直に言わないと、警察に突き出すぞ、あ?」
君は射るような強い目で睨まれ、「警察」という単語にすっかり怯えながら、しかしコートの下ではペニスをそそり勃たせつつ、体を震わせた。
「おら、何とか言えよ」
女の子がコートの胸元を掴んだまま君を前後に揺すった。
体格通り、凄まじい力だった。
非力な君は、いいように揺さぶられながら、ただ恐怖を感じていた。
何度目か揺すられた時、コートのボタンが弾け飛んだ。
すると、コートの前がはだけて、ズボンから露出したままのペニスが彼女の視界に入った。
それを見て、女の子は激昂した。
「てめえ、変態かよ」
そう言って勢いよく君を突き飛ばした。
君は呆気なく地面に転がり、そのまま土下座をして許しを請うた。
「すみません」
もうとにかくひたすら謝って許して貰うしかなかった。
こんなところで性器を露出させてしまった以上、どんな言い訳ももう通用しない。
どこからどう見ても単なる変質者だ。
しかも女の子はおそらくハンカチに付着している染みが何であるかわかっていそうだった。
ということは、落としたハンカチを拾って親切に届けたといえば聞こえがいいが、実際には、延々と列車から尾行していて、たまたま落ちたそのハンカチを拾い、それでペニスを包んでオナニーをしてシミを付着させ、しばらくさらに尾行した末に手渡しながら卑猥な性器を堂々と開陳した、ということになり、事情を何も知らない他人が判断すれば、どう考えても変質者以外の何者でもない感じだった。
加えて、タイミングが悪いことに、露出したペニスは完全に勃起していた。

「ムカつくわ、マジで」

女の子は吐き捨てると、胸倉を掴んだまま君を土手の上の遊歩道から引き摺り下ろし、野球場のベンチの裏へ連れ込み、一本だけ立っている桜の巨木の根元で君を突き飛ばした。
その場所はどこからも死角になっていて、仮にジョギングや犬の散歩をしている人が遊歩道を通りかかっても見えないし、たとえ大きな声を出しても距離があるから届きそうになかった。

「全部脱げ、変態!」
女の子は凄まじい剣幕で君を蹴りつけながら命じた。
「はい!」
君はこれ以上女の子を怒らせないことだけを考えながら、彼女の命令に従い、急いで服を脱ぎ始めた。
恐怖心と寒さで、ペニスは一気に勢いを失って項垂れた──。

「お前なあ、いい加減、ハンカチに何つけか正直に言えよ」
ベルトを腰に戻し、ひれ伏している君の髪を掴んで引き起こすと、女の子は問うた。
満身創痍で泣いている君は、しゃくりあげながら、こたえた。
「すいません、チンポを包んでシコって我慢汁をつけてしまいました……本当に申し訳ございません、でも……」
「でも?」
女の子が、髪を掴んだまま君の前で股を広げながらしゃがんで、間近から君を冷たい目で見つめた。
「い、いえ、あの、決してわざとじゃなかったんです……我慢汁をつけて汚すつもりはなかったんです……」
必死に君は言ったが、女の子は君の言葉を全否定した。
「つもり、とかどうでもいいんだよ、やったこと自体キモいし、そもそも言い訳すんじゃねえよ、ド変態の糞マゾが」
そう言ってビンタを張った。
「申し訳ございません……」
君は項垂れた。
その視界に、足を広げてしゃがむ女の子の太腿の内側が飛び込んできた。
更に、その太腿と、裾とは呼べないほど極度に短いデニムのホットパンツの裾の僅かな隙間に、ワイン色のレースのパンティがちらりと覗いて、君は思わず生唾を飲み込んで凝視してしまった。

「何、見てんだよ、豚!」
女の子は立ち上がると、すかさず右足を上げて後方へ引き、勢いをつけて君の股間を下から抉るように蹴った。
ブーツの硬い甲が君の陰嚢を直撃し、君はたまらず飛び跳ねて絶叫した。

「うぎゃーー」

翻筋斗打って倒れこむ。

「おもしれえ」

女の子は爆笑すると、蹲っている君を無理やり引っ張りあげ、命じる。
「足広げて、膝で立て」
「はい……」
君は恐る恐る言われた通りの姿勢をとった。
すると女の子は再び君の股間を蹴り上げた。
脳裏に白い光がスパークする。

「アゥッーーーー」

君は呻いて華やかに跳躍した。
そして股間を手で押さえながら前へとつんのめり、そのまま倒れて体を丸めた。

その時、唐突に雨が降り出し、いきなり凄まじい豪雨になった。
強い風が吹き、桜の花びらが一斉に舞い散って、夜を白く染めた。

「うわっ、すごい雨」

女の子がベンチの屋根の下へ駆け込んだ。
しかし君は動けなかった。
股間の痛みに耐える君の裸の体を、冷たい雨が激しく容赦なく叩いた。
風と雨によって枝から強引に引き千切られた大量の花びらが、濡れた君の体に降りかかって貼りついた。

君は動けないまま、桜流しの雨に打たれ続ける。
そして傾いた視界の中、ベンチの軒下で雨宿りをしている美しい女の子を見る。
白い雨の幕の向こうに霞む、濡れた髪や肩を手で払っている女の子は、幻のように素敵だった。
君は体を丸めながら、すっかり萎えてしまっているペニスをそっと握り、思う。

いつになるかしれないが、もしもこの後、無事に解放されたら、先ほど女の子が捨てたハンカチを拾って帰ろう……。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

春の雪はまだ止まない

季節外れの大寒波が襲来し、三月の日本列島は震え上がった。
もうそろそろ冬物の衣服はしまおうかと考えてしまうくらい温い日々が続いていたのに、一気に真冬に引き戻されてしまった。
その寒さのぶり返しは、なまじか小春日和を経験してしまっていたので、余計に厳しく感じられる。
しかも、昼を過ぎると、雪まで降り始めた。
その雪は「舞う」というより「降る」という量で、街は瞬く間にうっすらと白く染まった。
ただし、軽い雪ではあったので、何センチも積もることはなく、公共交通機関網の混乱にまでは至らなかった。

君はそんな日だったが、終業後、交通事故で入院している同性の友人の見舞いのため、国立の大きな病院へ向かった。
定時で職場を辞すと、地下鉄を乗り継ぎ、駅からは傘を差して十分近く歩き、病院に着いた。
その徒歩の間に、体はすっかり冷え切ってしまい、病院に着くと、君は病室へ向かう前に自販機で熱いコーヒーを買って、ひとまずロビーでそれを飲んだ。
外来の診察の時間が終わっている大病院のロビーは、照明が若干落とされ、閑散としていて、あまり居心地の良い感じではなかった。
尤も健康な人間にとって病院なんて、もともとそんなに印象は良くなくて、できれば近づきたくない場所ではある。
時々、看護師や医師がロビーを行き交い、見舞い客が出入りする様子を眺めながら、君はコーヒーを飲んだ。
そして紙コップが空になるとそれをゴミ箱に捨て、友人の病室へ向かうためにエレベーターまで歩いた。
時間帯的なものか、エレベーターは六基のうち四基が止まっていて、二基だけが動いていた。
ボタンを押すと、すぐに箱が来て、ドアが開いた。
君は乗り込むと、七階のボタンを押した。
エレベーターの中は君だけだった。
壁にレストランや喫茶室の案内が掲げられていたが、腕時計を見ると六時半で、営業はもう終わりのようだった。
七階について箱から出ると、病棟は少しだけざわついていた。
夕食の時間がそろそろ終わりなのか、廊下に配膳のための大きなワゴンが出ていて、介護士の人たちが忙しげに動き回っている。
君は館内案内で病室の位置を確認すると、目的の部屋へ向かった。
途中にナースステーションがあり、多くの看護師の姿があった。

見舞いを終えた君は、病院の建物を出ると、粉雪が降りしきる寒い雪の中、駅へ向かって傘を差して歩き出した。
念のためなのか、チェーンを装着したタクシーがジャリジャリと音を立てながら、ゆっくりと道路を走っていく。
こんな天候だからか、交通量は少ない。
バイクの自損事故で大腿骨など複数の箇所を複雑骨折して入院していた友人は絶対安静の割に元気そうだった。
薬のせいか痛みもあまりないらしく、個室ということもあって、他人に気兼ねすることなく小一時間、君は友人と話をして過ごした。
お菓子を差し入れ、見舞いの品としてクロスワードパズルの本を渡した。
君は人気のない街路を歩きながら、この後、どこかで簡単に夕食をとったら、風俗へ行こう、と思った。
君は筋金入りの変態M男だが、しかし今夜はSMクラブという気分ではなく、M寄りだが、女の子のコスチュームを選んでプレイできるイメクラへ行きたいと考えていた。
コスチュームは白衣を選びプレイをするつもりだ。
病院にいる間に、病棟で立ち働き、ナースステーション等に集っている看護婦さんたちを見ていたら、不謹慎にもそんな気分になってしまったのだ。
むっちりとしたお尻を包み込む窮屈そうな白いズボンの下にうっすらとパンティラインが透けて浮かんでいたり、こてんぱんに穿きこまれたソックスの爪先がサンダルの先からチラリと覗いていたり、そんな看護婦さんたちを見ていたら、たまらなくなってしまったのだ。
もちろん、だからと言って本職の看護婦さんたちとどうこうなんてできるわけがない。
だから疑似体験できるイメクラで、女体に溺れたくなったのだ。
それでも、君のベースはMだから、責めることは難しく、責められたい気持ちが強い。
だからソフトMコースのあるイメクラが、今夜の君にとっては、本格的なSMクラブより「気分」なのだった。
とはいえ正直、これだけ寒いと流石の君でも、やはり今夜はこのまま家に帰ろうか、という気持ちにもなった。
しかし、逆に言うと、こんな日だからこそ店は空いていて、可愛い子とプレイできるのではないか、という期待も持てた。
それに、どうせ店のある繁華街は、帰り道の地下鉄沿線途中にあり、駅から徒歩五分ほどだ。
だから、やはり行くことに決めた。
君は駅まで戻ると、蕎麦屋でたぬきそばといなり寿司のセットを食べてから、地下鉄に乗って繁華街へ向かった。

雪が舞う極寒の繁華街は、人通りが少なかった。
酔客の姿も疎らで、君は慣れた足取りで、裏通りにあるイメクラへ向かった。
通りに入ると、前方に店の派手な電飾看板が見えた。
店は地下にあり、君は狭くて急な階段を下りていく。
初めての客を安心させるように、各種コースの料金が階段の壁にも掲示されている。
君はいつも60分のソフトMイメージコースだ。
お金のないときは、イメージではなくヘルスコースを選ぶ。
そちらだとコスチュームや「ごっこ」的なサービスがないので、若干安い。
しかし今夜の気分は、必ずしも財布の中身に余裕があるわけではなかったが、イメージのソフトMコースだった。
コース名に「ソフト」と付いているが、「ハード」のコースが設定されているわけではない。
どのみち「ソフト」しか存在しない。
ちなみにイメージコースにはSコースもあるが、もちろん君は一度も経験がない。
尤もSコースはMコースより更に料金が少し高く設定されているので、君にとってはありがたいことではあった。

女の子はマジックミラー越しに選ぶシステムだ。
コースやコスチュームを選び、料金を支払ってしばらく待合室で待っていると、お待たせしました、とボーイに呼ばれ、別室へ向かう。
するとそこには大きなマジックミラーがあって、君が着席すると、室内の照明が落とされ、賑やかな音楽が大音量で流れ出して、ガラスの向こうに女の子たちの姿が浮かび上がる。
この瞬間が、君は大好きだった。
一気に気分が上がる。
女の子は七人いて、みんな同じOL風の極端にスカートが短い制服を着て、二列で椅子に座っている。
列には段差があるので、後ろの列でもちゃんと見える。
君は女の子たちを見ていった。
胸につけた名札に、源氏名が手書きされている。
「如何ですか?」
隣で傅いているボーイが訊いた。
君は、前の列の右端の大柄な女の子を選んだ。
「じゃあ、向かって右の端の人で」
源氏名で「〇〇ちゃん」と呼ぶのが恥ずかしかったので、君はそういう言い方をした。
「かしこまりました」
ボーイは恭しく頭を下げて、照明や音楽をコントロールしている人に合図を送った。
すると天井の照明が戻ってガラスの向こうが見えなくなり、音楽が止んだ。

──それから一時間後、君は満たされた気持ちでプレイルームを出た。
待合室の手前まで女の子に送られ、そこで接客はボーイに受け継がれ、君は「ありがとうございました」と頭を下げた彼に「どうも」とこたえて店を出た。
狭い階段が地上へとまっすぐ伸びている。
出口の四角く小さく切り取られた空は暗く、白い雪片が風に巻き上げられるように吹っ飛んでいた。
「寒っ」
君は思わず呟き、コートの襟を立てた。
プレイは濃厚だった。
君はエッチな看護婦さんに散々責められ、いろいろな部分を触り、いろいろな部分を舐めた。
大柄な女の子の体は柔らかく、その肉感に君は耽溺した。
そして互いに性器を貪る69の態勢で、君は呆気なく撃沈した。
女の子が君の顔を跨ぎ、君は下から、大きくて柔らかく豊かな尻を抱きながら股間に顔を埋めて性器を舐め尽くしながら、ペニスをしゃぶられ、しごかれ、イッた。
濡れやすい女の子で、果てた時、君の口の周りはベトベトだった。
君はプレイ内容を思い出すとニヤけてしまいそうだったので、思考を中断し、強烈な寒さの中、一段飛ばしで階段を早足で駆け上がった。
実際、寒くてたまらず、さっきまで熱り勃っていたペニスも、射精を果たしたせいもあるが、すっかり縮み上がってしまっている。

君は一気に階段を上りきると、そのまま路上へ飛び出した。
飛び出したといっても、歩道があることはわかっていたので、車に撥ねられる心配はなかった。
しかし君は、車ではなかったが、歩行者とぶつかってしまった。
「すいません」
君はすぐに謝った。
そこにいたのはこんな時間のこんな場所には不似合いな制服姿の女の子の二人組で、そのうちの一人と君はぶつかってしまい、女の子が「痛っ」と言いながら尻餅をついていた。
地面は雪のせいで濡れていて、女の子は手をつきながら「冷たっ」と言った。
「すいません、大丈夫ですか?」
君はもう一度謝って訊いた。
もちろんワザとではなかったし、不可抗力な出来事だったが、いきなり飛び出した君の不注意であることだけは確かだったので、君は、相手は自分より明らかに年下の女の子だったが、丁寧に対処した。
とはいえ、この寒さの中、女の子たちのスカートの裾はふたりとも極端に短く、そのためむっちりとした太腿が剥き出しになっていて、君はつい視線を向けてしまった。
尻餅をついている女の子なんて、立ち上がろうとするために無防備に膝を立てたから、スカートの奥に水色のパンティまで見えてしまった。
君は、慌てて、女の子たちから目を逸らした。
本心としては見ていたかったが、この状況でそんなことは許されなかった。
女の子が立ち上がり、「べちょべちょじゃん」とスカートの尻を気にした後、その場に立ち尽くしている君に向かって、歩み寄った。
「てめえ、ナメてんのかよ?」
そう言い、睨んだ。
連れの女の子も、君を取り囲むようにして立ちながら、一歩進みでる。
「ふざけんなよ、おい」
君は想定外の彼女たちの怒りに、戸惑いながら、更に謝罪の言葉を述べた。
「本当にすいません」
深く頭をさげる。
完全に君の不注意でぶつかって彼女は転んだのだから、謝る以外ない。
しかし、こんな風に恫喝されるみたいに怒りを露わにされると、恐怖を覚えた。
もちろん怒りはもっともだったが、君はまるで因縁をつけられカツアゲに遭っているような気持ちになった。
君は自分よりはるかに年下の女の子たちに怯えながら、しかし謝罪すること以外何をどうしたらいいかもうわからず、立ち尽くす。
幸か不幸か、誰も通り掛からない。
君はふたりの女の子たちに取り囲まれながら、上目遣いで恐る恐る彼女たちを見て、また「すいません」と言った。
女の子たちは腕組みをして、君を見つめている。
その視線のプレッシャーに耐えられなくて、君は地面に目を落とす。
女の子のひとりが、そんな君に言った。
「ていうか、この階段から飛び出してきたってことは、カネ払って抜いてきたところかよ」
小馬鹿にしたような響きを含ませて、女の子はせせら笑った。
君に突き飛ばされた方の女の子が、すかさず店の看板のキャッチコピーを読み上げる。
「エッチなお姉さんがイジメてあげる、だって」
手を叩いて笑い、君に訊いた。
「エッチなお姉さんにイジメられてきたのかよ、おい」
「は、はい……すいません」
「こいつ、Mかよ」
「M男? きめえ」
女子たちは口々に罵った。
君はただ好きなように言われ続けた。
いくら突き飛ばした負い目があるとはいえ、イメクラの利用を揶揄される謂れはなかったし、あまりに屈辱的な状況だったが、マゾとしては悪くないと感じるもうひとりの自分もいて、結局君は再び頭を下げた。
「すいません、申し訳ございません」
しかし、いくら君がM男でも、これ以上ここに留まることは耐えられなかったし、尻餅をついた女の子も特に怪我もなくもう大丈夫そうだったので、君は最後にもう一度だけ「すいませんでした、失礼します」と頭を下げて、この場から足早に立ち去ろうとした。
すると、ぶつかってはいない方の女の子がすかさず君の上着の裾を後ろから掴んで引き留めた。
「ちょっと待てって」
君は引っ張られて足を止めざるを得ず、離脱を諦めると、恐る恐る振り向いた。
依然として通りは無人だった。
凍えるような寒さの中、雪だけが舞い落ちている。
君が突き飛ばした女の子が、君の上着の袖を掴み、顎をしゃくった。
「ちょっと、来い」

君は裏通りから更に雑居ビルの間の狭い路地へと連行された。
「すいません、許してください」
君はふたりのどちらにということもなく、言った。
強引に振り払って逃げようと思えば逃げられそうな気はしたが、穏便に対処しないともっと酷いことになるかもしれなかったから、君は抵抗を断念した。
どうしても、突き飛ばして彼女たちの怒りの原因を作ったのはあくまでも自分、という負い目が拭いきれないため、強気の行動には出られないのだった。
だから君は必死に詫びた。
「本当にすいません、どうかお許しください」
しかし二人とも完全に無視して、聞く耳を持たなかった。
「ぶつかって突き飛ばしておいて何だよ、黙ってついて来い、M男」

君は薄暗い路地の突き当たりまで連行され、ドン、と背中を押されると、そのまま足元を蹴りで掬われて、尻から落ちた。
地面は濡れていて、たちまちパンツまで冷たさが染みた。
「ナメやがってよ」
女の子たちは、揃ってローファーの底で君の肩辺りを蹴って踏んだ。
君は恥も外聞もなく土下座すると、深々と頭をさげた。
「申し訳ございませんでした」
精一杯の誠意を示すつもりで、君は荒れたアスファルト舗装の地面に額をつけた。
そんな君の前に、君が突き飛ばした女の子がしゃがみ、髪を掴んで引っ張り上げた。
視線が上がると、君の目に、たまたまM字開脚になっている女の子の股間に覗く水色のパンティが飛び込んできて、咄嗟に視線を外した。
この状況でそんな部分を凝視してしまったら、火に油を注ぐことになりかねない。
「ていうか、イメクラってJKコスか?」
わざと脚を大きく開いて君を弄ぶように女の子が訊いた。
「い、いいえ」
君は小さく首を横に振った。
「看護婦さんです」
君はアホみたいに正直に否定した。
「どっちにしろ、きめえし」
女の子は吐き捨て、君の顔を至近距離から見つめると、唇を不快そうに歪めた。
君はその視線に怯え、一瞬だけ見つめ返した後、すぐに地面に目を落とした。
正直なところ、M男としての君はこの状況に昂ぶっていた。
通常なら、完全に勃起しているところだ。
しかしあまりに寒いし、先ほど抜いたばかりなので、流石の君でもペニスは漲ってこない。
それでも、気分としてはM男モードのスイッチが入ってしまっていた。
君は地面に両手をついて土下座したまま女の子を見上げ、訊いた。
「あのう、どうしたら許していただけますでしょうか……」
すると、腕組みして見下ろしていたもうひとりが言った。
「あのなあ、そんなもん、ちょっと考えりゃわかるだろ、誠意を示すんだよ、せ・い・い」
そう言って、君の肩を蹴る。
君はすぐにその「誠意」が「カネ」を意味していると悟り、こたえた。
「わかりました、お待ちください」
君は上着の内ポケットから財布を取り出し、中を見た。
しかし、財布の中身は寂しいものだった。
給料日前だし、イメクラの支払いの後だし、中にはもう二千円しか残っていなかった。
しかし、無いものは無いので仕方なく、君はそのなけなしの千円札二枚を抜き出すと、目の前の女の子に差し出した。
「すいません、これだけしか無いのですが……」
すると、女の子は二枚の千円札を奪い取るように手にした後、君の髪を掴んだまま、その頭を何度も揺さぶった。
「シケてんなー、マジで。つか、こんだけじゃ誠意なんて微塵も感じられんわ」
そう言うと、いきなりビンタを張った。
続けざまに何発か往復ビンタを連発し、黙って頬を打たれている君に訊く。
「お前、Mだからビンタされて嬉しいんだろ?」
女の子は更にビンタを張り、ぺっと君の顔に唾を吐いた。
君は、背筋をピンと伸ばしながら、反射的に肯定してしまった。
「はい!」
それは、日常を偽る仮面が剥がれ落ち、まるで蛹から蝶が飛翔するようにマゾの本性が出現した瞬間だった。
代金を支払うことで提供される「プレイ」ではないリアルなM的状況に、君は昏い興奮を覚えていた。
「ありがとうございます!」
君はビンタの礼を述べた。
「マジでキメえ、こいつ」
腕組みして立っている女の子が顔を顰めて言い、君を蹴り飛ばした。
君は為す術もなく後方へと転がった。
しかしすぐに体勢を立て直して正座をする。
「もしかして、おめえ、この状況で勃ってんのか?」
「い、いいえ」
君は頭を振った。
普通なら当然勃起しているが、寒すぎて勃っていない。
というか、正確には、勃たない。
「見せてみろ」
君を蹴り飛ばした女の子が命じた。
「えっ?」
「いいから、立って、下を全部脱げよ」
「ここで脱ぐのですか?」
「はあ? ここ以外、どこがあんだよ? あ? お前アホか?」
「すいません……」
「すいません、じゃなくて、さっさと脱いで起立しろ」
君は観念して頷いた。
「はい、失礼します」
君は立ち上がると、ズボンのベルトを外し、パンツと一緒に引き下ろした。
そして手を体の横にピタリとつけて起立した。
しかし案の定、ペニスは萎えたままだった。
しかも仮性包茎なので、いつもより寒さでいっそう縮こまっているペニスは、包皮が完全に亀頭を包み込んでいる上に、周囲の陰毛を咥え込んでいる。
それを見て二人は爆笑した。
「おい、お前のチンコ、毛を食ってるぞ」
バンバンと両手を大きく叩いて女の子たちは笑った。
「つうかさ、お前、失礼じゃね? 女の子の前で出してるのに萎えたままなんて?」
「は、はい……」
しかしそうは言っても、鋭い刃物のような寒風が雪とともに吹きつけていて、いくら君でもどうにもならなかった。
「とりあえず、ここで跪いて、シコれ」
君が突き飛ばした女の子が命じた。
「はい」
君は地面に膝をつくと、完全に萎んでいるペニスを右手で持ち、ひとまず皮を剥いた。
しかしすぐに元に戻ってしまう。
君は何度も皮を剥き、扱いた。
それでも、一向に勃起する気配がない。
君は焦り始めた。
痺れるように寒いのに体に汗が噴き出てきた。
君は必死に扱く。
なかなか勃起させられない焦燥感が、女の子たちに対する恐怖と緊張感によって更に増幅されて、君はパニックに陥る。
情けない目で女の子たちを見上げながら、謝罪する。
「す、すみません……勃たないです……」

女の子たちは並んで立ち、君を冷徹な目で見下ろしながら、腕組みしている。
君は縋るような憐れな目を女の子たちに向けた。
大人の男のプライドなんて最早微塵もない。
しかし女の子たちは慈悲の欠片も君には与えない。

「は? いいから勃つまで必死に扱け、全力で」
君が突き飛ばした女の子が冷淡に命じる。
そして、もうひとりが、言う。
「で、絶対に出せ、出すまで、帰さんから」

「は、はい……」

君は、無明の淵の底に突き落とされながら、たとえようのない惨めさに打ちひしがれつつ、みすぼらしいペニスを扱き続ける。

「しかし虚しくねえのかな、こいつ」
「それも含めて嬉しいんじゃね?」
無残で無様な自慰を眺めて笑いあう女の子たちの侮蔑の言葉が煌めきながら君を翻弄する。

鋭い風が孤独な路地を吹き抜けていく。
雪片が踊るように舞う。

「それにしても情けない姿だな」
「人間じゃねえよ、マジで」
女の子たちの嘲る声が君に降り注ぐ。

春の雪はまだ止まない。
一向に止む気配がない。

君は依然として縮こまったままのペニスを侘しく一心不乱に扱く。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭