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Archive for the ‘金の鎖、銀の鞭’ Category

遅鈍

昼休みの事務所内は閑散としている。
もともと分室のような役割の部署だけで借りている部屋なので、人も机も少ないのだが、午後〇時半を過ぎたこの時間、事務所にいるのは君と三人の女性社員だけだった。
もっとも同じ空間内にいるのは事実だが、君と女性たちとの間の距離感は太陽と冥王星くらい隔てられている感覚だ。
要するに、君は今ひとりで自分の机で黙々と昼食をとっているのだが、彼女たちは少し離れた場所にある応接コーナーに集ってソファを占有し、君のことなど完全に無視しながらランチタイムを楽しんでいるのだった。
ちなみに君の昼食は近くのコンビニで買ってきたカップ麺とおにぎりだが、彼女たちは、デリバリーのピザだ。
君のところまでペパロニとマッシュルームのピザの食欲を刺激する良い匂いが漂ってきて、それは事務所内に充満しているくらいだが、君にそのおすそ分けはない。
「少しどう?」とか「食べますか?」とか、そんな誘いは一切ない。
Lサイズのピザの他に、ポテトだのチキンだのといったサイドメニューもテーブルに載っているから量的には君に少しくらい回ってきても支障はなさそうだが、彼女たちの意識の中に君は入っていないから仕方ない。

君はピザのいい匂いを嗅ぎながら、ヌードルを食べ終え、スープを全部啜った。
ランチタイムは五分ほどで終了した。
君はペットボトルのお茶を飲みながら、ちらりと応接コーナーを覗き見る。
女性社員たちは、三人とも美人だ。
営業職なので、すっきりとしたスーツ姿だが、今はランチタイムでリラックスしているからか、ふだんお客さんたちに見せている態度とは全く違って行儀も言葉遣いも悪い。
しかし、そのギャップが逆に魅力的だ。
三人とも今はジャケットを脱いでいて、そのシンプルなシャツの胸の隆起にどうしても目がいってしまう。
また、M男で足フェチの君にとって、彼女たちはパンプスを脱いでソファで横座りしながら談笑しているから、投げ出されたストッキングに包まれた足に心を惹かれる。
美人の足なんて、悶絶の対象だ。
許されることならその足元に馳せ参じて跪き、おみ足を掲げ持ってその爪先に鼻先を埋めてみたい、と激しく夢想するが、無論その願いは叶わない。
というか君がM男であることは誰にも知られていないことなので、そんなことはできない。
君が変態M男であることを知っているのは、この世でSMクラブの女王様だけだ。
普段の日常生活の中で君がマゾ性を滲ませることはない。
よって社内でも、当然のように君は普通に暮らしている。
心のうちでは自分よりも若くて綺麗な同僚の女の子たちにマゾ性を開陳してバカにされたいとか罵倒されたいとか嘲笑されたいとか、そういう願望を抱いているが、現実化はしない。
本心を告白すれば、ひとりで残業している時など、不埒な考えが頭をよぎることがしょっちゅうある。
例えば、彼女たちの椅子の座面に顔を押し付けて匂いを嗅ぐとか、ゴミ箱に何気なく捨てられたペットボトルを拾ってその口をしゃぶるとか、シンプルにダイレクトにロッカーを漁るとか、そういうことをしてみたくなる誘惑には抗いがたいものがある。
しかし今のところ辛うじて我慢できている。
もしもそんなことをしてバレたら大変なことになるので、その恐怖心が君の妄想にブレーキをかけている。
もっとも、深夜の事務所内でひとりきりの時に多少のことをしてもバレはしないだろうが、やはり怖い。
特に、やはりロッカーは危険だと思う。
そもそもロッカーにはさすがに鍵がかかっているから、それをこじ開けようとすれば証拠が残ってしまう。
ただ、それでも、例えば事務所内で羽織っているカーディガンを抱きしめて鼻を埋めて匂いを吸い込むとか、事務仕事をしている時に履いてるスリッパの中敷を舐めたりその匂いを嗅ぐとか、やってみたいことは山のようにある。
でも、怖い。
よって、君にできることがあるとすれば、せいぜい前述した椅子の座面に顔を埋めるとかゴミを拾うとかその程度のことだろう。
しかし、それでも、本当にそんなことをしたら何かのタガが外れてしまいそうで、極度に気弱で臆病者の君は、結局何もできない。
これまでにチャンスは何度となくあったし、これからもあるだろうが、多分君は先へ進むその一歩を踏み出せないままだ。
君にできることは唯ひとつ、眩しい彼女たちを物欲しげな目で盗み見しながら、破廉恥な妄想の翼を広げることだけだ。
そして夜、自室に戻ってオナニーをする。
或いは、オナニーで我慢ができなければ、風俗へ行く。
その場合の風俗は、ヘルスだったりイメクラだったりSMクラブだったり、選択肢は様々だ。
その時の気分によって、変わる。

今日はSMクラブだな──君はペットボトルのお茶を飲みながら密かに思う。
まだ給料日までは間があるが、仕方ない。
こんな風にストッキングの足先を無遠慮にちらちらと見せつけられては、どうしようもない。
クラブへ行って、女王様に罵られバカにされながら足の匂いを嗅がせていただき、鞭を打たれ、最後は派手に自慰を披露しながら屈辱の中で果てる……それくらいしないと気持ちの疼きが治りそうにない。
こんなことをつらつらと考えている間にも、君の貧相なペニスはズボンの中ですでに勃起している。
もちろん彼女たちからその卑猥な股間は見えやしないが、むしろ君は見られたい、見せたい、と思ってしまう。
仮性包茎の君のペニスは、たとえ最大まで勃起しても自力では皮は剥けない。
そんなペニスを彼女たちが見たら、露骨に小馬鹿にし、きっと鼻で笑うだろう。
それはマゾの君にとって、魅惑のシチュエーションだ。
君は、そんなことを考えながら、ズボンの上からそっとペニスを握った。
そしてコンピュータの画面を見ているフリをしながら、彼女たちの方をちらりと盗み見て、軽くしごいた。

「でもさあ、ある意味、超失礼な話よね」
不意に女の子のひとりがそう言った。
君は密かにペニスを触っている自分に気づいて咎められたのかと思い、瞬間的に硬直した。
しかし、そうではないようだった。
そもそも君など彼女たちは最初から眼中にないのだから、冷静に考えたら咎められるはずがないのだった。
では、何に対して女の子がそう言ったかというと、どうやら見ていた携帯電話の画面に表示されているニュースについてのようだった。
それがどのようなニュースなのか、別の女の子たちの反応で、離れている君にもわかった。

「確かに、中身よりパンツなんてバカにしてるわ」
「本物の女が目の前にいるのに『パンツを脱いでよこせ』なんて頭おかしい」
「だいたいパンツなんかどうすんのよ、汚いだけじゃん」
「まったく、変態のやることはわからんわ」

どうやら『四十代の男が二十代の女性のパンティを奪おうとして捕まった』というネットニュースを彼女たちは見ているようだった。
そのニュースについて、当然君は何時間も前にチェック済みだった。
だから彼女たちの反応だけでどのニュースについて言っているのかすぐにわかった。
この犯人の心情について、君にはよく理解できた。
はっきり言って自分と同類だと感じた。
この犯人と自分との違いがあるとすれば、それは、その妄想というか願望の成就に向けて行動するか、しないか、できるか、できないか、それだけだった。
君には、その行動力がない。
とてもではないが、そんな勇気はない。
君には地位も名誉もないが、こういう犯罪で前科者にはなりたくない。
もちろん、街中などで例えばミニスカート姿の美人の女性を見る度に、不埒な妄想は抱く。
正直なところ、いくらM男の君だって、まずはパンティではなく、とりあえずは人並みにおまんこに憧れる。
単純に「おまんこを舐めたい」とか「おっぱいを吸いたい」とか「太腿に抱きついて執拗に撫で回しながら頬ずりし舐めまくりたい」とか「お尻に顔を押し込み匂いを嗅ぎまくりたい」とか思う。
そして「やりたい」とも思うが、その欲求はおそらく他の男より少々希薄だろう。
というのも、君の場合はそもそもM男だし、素人童貞で基本的に経験が圧倒的に少ないから、謙って「やらせていただきたい」とか「やり方を教えていただきながらリードされたい」とは思うが、それよりもやはり「跪きたい」という衝動の方が強い。
だから美人に対する君の妄想は専ら、目の前に跪いて尻を抱えるように下半身に縋り付きながら、スカートをたくし上げつつ顔を突っ込み、パンティを引き摺り下ろし、そのままおまんこに吸い付き、むしゃぶりつくすというパターンだ。
ただ同時に、自分のような変態マゾにおまんこなんて贅沢極まりないし烏滸がましいという気持ちも湧いて、それ故に、自分なんておまんこそのものではなくそれを包むパンティで十分だ、いやそれでも十分すぎる、という若干の卑屈さを内包した屈折した思いが生まれて、羨望の対象がおまんこから下着に変更される。
そして、おまんこを望むことが無謀で無理ならせめてパンティを欲しい、と胸を掻き毟るように思い焦がれる。
しかし、「くれ」なんて交渉はできないし、ましてこのニュースの犯人のように「奪う」なんて暴力的な行動に出ることは、絶対にできない。
だからこの手の犯人については「アホだなあ」と思うと同時に、その行動力については正直「羨ましい」と感じてしまうのも事実だった。
尤も捕まってしまっては元も子もないし、世間的には決して許されない悪質な犯罪だから、そういう勇気を君が持ち合わせていないことは、むしろ良いことではある。
ただ、一匹の変態としては、君の場合はまだギリギリでストッパーがかかっているだけで、内面的には、この手の犯罪の犯人と君に差異はほとんどない。
むしろ資質としては、同じだ。

「しかし、この犯人、まんまとパンツを奪えたら、何するつもりだったんだろ?」
「履くとか?」
笑いが起き、別の女の子が言う。
「やっぱあれでしょ、被る?」
大爆笑が沸き、侮蔑の言葉が放たれる。
「で、匂いを嗅ぎながらハアハア?」
「キモー、まじ死ねって感じだわ」

そんなやりとりを、君は耳をダンボにして心密かに興奮しながら聞いていた。
とはいえ、彼女たちのいる位置と君の席は数メートル離れているので、君は表面上の平静は崩さず、何も聞こえないふりを装っている。
しかし、可愛い女の子たちの口々から吐かれる侮蔑の言葉の数々やパンツだの変態だのというキーワードに、変態M男の君は図らずも激しく高ぶってしまっている。
と、同時に、女性の下着をただの汚れ物として話している彼女たちに対して、君は心の中で反論する。

「いやいや美しい女性が履いていらっしゃるパンティは聖なる布です。汚いだけなんて、そんなことはありません。むしろその『汚れ』こそが崇高なんですよ!」

そう思いながら彼女たちをチラ見する。

「例えば、今みなさんが履いていらっしゃるパンティなんて、僕にとっては憧れの対象ですよ! もしも許されるなら、僕だってそのニュースの犯人みたいに奪いたいですよ!」

三人とも、若くて美しい。
職場の同僚でなければ、君なんか同じ空間内の同じ空気を吸うことすら叶わないレベルだ。
存在としてのステージが違う。
だから、可能ならもちろん彼女たちのパンティを入手したかった。
もしもいただけるのなら、ありがたく頂戴して使いたい、と君は思う。
その際、できれば、三人の前で使っている姿を披露したい。
全裸で跪き、仮性包茎のペニスを晒しながら、匂いを嗅いでシコシコする。
そしてその姿を盛大にバカにされる……それはM男として最高のシチュエーションだろう。

たまらず君はズボンの中に手を入れて直接ペニスを握った。
すると象の鼻のように余った皮の中から汁が滲み出ていて、君の手のひらがヌルヌルと湿った。
君はそっと皮を剥き、自分の我慢汁をローションのように使いながらゆっくりとペニスをしごいた。
上目遣いで、さりげなく彼女たちを見る。
心の中で(今みなさんを見ながらシコっているんですよ)と呟きながらペニスを弄る。

と、その時、不意に女の子のひとりが何気なく君に視線を向けた。
瞬間的に目が合ってしまい、君は慌てて視線を逸らした。
まるで心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような緊張感が君を貫く。
君はフリーズし、静かにズボンから手を出すと、わざとらしいかもしれないとは思ったが、素知らぬふうでペットボトルを持ち、お茶を飲んだ。
もちろん、もう彼女たちの方は一切見なかった。
しかし、そんな君の空々しい努力は、次の瞬間、木っ端微塵に砕け散ってしまった。

「何コソコソと聞き耳たててんだよ」

いきなりそんなふうに言われて、君は動転してしまった。
しかし、その時点では、まだ君は惚けることを続けた。
その台詞が自分に向けられているとは全く認識していない雰囲気を繕いながら、君はペットボトルのキャップを閉める。
そんな君を見て、女の子は苛立たしげに棘のある口調で言う。

「シカトこいてんじゃねえよ、おめえしかいないだろ、うちらの他にここには」

確かにその通りだった。
彼女たちが自分たち以外に向けて何か言うなら、その対象は君しかありえなかった。
君は覚悟を決めて顔を上げた。
そして恐る恐る彼女たちの方を見る。
その目はキョドっていて、M男特有のマゾ感が剥き出しだったが、君は混乱のあまり自分では気づいていない。

「お前もこのパンツ男と同類か? うちらの話を盗み聞きして興奮してんのか? つか、パンツ欲しいのかお前も」
「い、いいえ」
君は椅子に座ったまま硬直しつつ、首を横に大きく何度も振った。
決して室内が暑いわけでもないのに、汗がどっと噴き出してきた。
年下の女の子たちに対して、無意識のうちに謙っている。

「とりあえずちょっとこっち来い」

女の子のひとりが人差し指を立ててくいっくいっと動かした。
「は、はい」
君は戸惑いながらも椅子から立ち上がると、いそいそと自分の席を離れて彼女たちの許へと歩いた。
勃起しているペニスが歩行の邪魔だった。
君は不自然に見られないよう、ズボンの履き心地や皺でも直すようなふりをして股間の膨らみを誤魔化しながら応接セットに近づいた。
君を呼んだ女の子がテーブルを押してどかし、スペースを作ると、君に向かって顎をしゃくった。
「座れ」
「は、はい……」
床に座るのか? と困惑しながら、しかしわざわざスペースを作ったということはそこへ座れという意味だろうから、三人のうち二人が並んで座っているソファの前で、君は腰を下ろした。
正座か胡座か少しだけ迷ったが、Mの性か、ごく自然に正座を選択していた。
差し向かいのソファに座っていた女の子が立ち上がり、テーブルに座ると、君は三人にL字で囲まれた。
君の目の前にパンストに包まれた六本の脚が聳える。
君は生唾を飲み込みながら、しかしじっと凝視したい気持ちをぐっと堪えつつ、床の空いたスペースに無理やり視線を落とす。

正面に座る女の子が、前屈みになって君を見下ろし、冷徹な眼で見つめながら、鋭い口調で詰問する。
「おまえ、うちらの話を盗み聞きしながら、何してた?」
「べ、べつに何も……」
まさかペニスを弄っていたなんて正直に言えるはずがないから、君はそう惚けた。
「何も? おめえなあ、さっき目が合った時、なんか机の下でモゾモゾとやってただろ? つか、今もどうせチンポ勃ってんだろ、あ?」
女の子はそう言うと、おもむろに君の股間へと手を伸ばし、そのままむんずとペニスを握った。
「うわっ、マジでカチカチじゃねえか、キメーな」
「勃ってんの?」
「なんで?」
「この状況で普通勃つか?」
「つかガチでM男か」
口々に女の子たちが好き勝手なことを言い、君を侮辱する。
君はそのきらめく侮蔑の言葉の数々に一層マゾとして昂りを覚えてしまい、女の子の手の中でますますペニスの硬度を高めてしまう。

「誰がチンポ勃てていいって言った?」

いきなり女の子が勢いよくビンタを張った。
君はどうしてこんな状況に陥っているのか全く理解できていないまま、それでもとにかく必死に謝罪の言葉を並べた。

「すいません、申し訳ございません、お許しください」

「そもそも何勝手にチンポ勃ててんだよ、おまえにそんな権利あるのか?」

テーブルに座っていた女の子が君の頭をストッキングの足で小突いた。
顳顬の辺りにストッキングに包まれた足の指の感触が伝わり、仄かに蒸れた香りが漂った。
自分の足の匂いに自覚があるのか、その女の子は、そのまま足を君の鼻の下に突きつけ、押し上げるように圧する。
君の鼻は、まるで豚のそれのようにひしゃげた。
「足はヤバいでしょ、足は」
隣の女の子が言い、爆笑が降り注ぐ。
爪先の香気が君の鼻腔を突き抜け、君のペニスはズボンの下で限界まで反り返った。
妄想ならともかく、現実にこの仕打ちは屈辱的すぎた。
しかしマゾとして明らかに君は覚醒していた。
それでも認めるわけにはいかなかった。
職場でM男であることをカミングアウトするリスクはあまりに高すぎる。
だからとにかく今は謝り続けて嵐が去るのをじっと待つしかない、そう思った。
もっともその決意は、風前の灯火だった。
だとしてもM性をここで派手に解放することはできない、その思いだけを君は心に固く決めながら、頭を下げ、額をカーペットの床に擦り付けた。

「どうかお許しください」

「あのなあ」

女の子のひとりが君の髪を無造作に掴むと、そのまま持ち上げて前を向かせ、正面から君を見据えた。

「おまえの態度や物言いには全く心が籠っていないし、誠意というものが微塵も感じられんのだけれど?」

そう言い、女の子はいきなり君の顔に、ペッと唾を吐くと、命じた。

「脱げ」

そして続ける。

「何もやっていない、チンポも勃てていないと言うなら、証明しろ」

もう逃げられない、君はそう思って観念した。
勃起はまだ全く萎えていない。
それどころかむしろマックスの状態を維持していて、今にもズボンの股間を突き破りそうな勢いだ。

「グズグズするな、ったく、何やらせてもトロいな、おまえは。本当に何もかも遅くて鈍い。イライラする、ほら、さっさとしろ」

横から君は頭を叩かれた。

「は、はい、すいません……」

君は意を決して立ち上がると、ベルトに手をかけた。

「失礼いたします」

勢いよくズボンを、そしてパンツを下ろす。
跳ねるようにペニスが躍り出る。

「うわ、マジで脱いだ」
「やっぱ勃ってる」
「やべえ、必死に勃ってんのに小っせえ、つか皮被り」
「ホーケイかよ、こいつ」

女の子たちは手を叩いて爆笑する。
君はさりげなくペニスに手を添えて、そっと皮を剥いて亀頭を露出させた。
それを見て、女の子たちは苦笑する。

「わざわざ剥かんでもええわ」
「すみません……」

君は起立したまま項垂れた。
女の子がテーブルの上に転がっていたマジックペンを持つと、君に命じた。

「ちょっと座れ」
「はい」

君は腰を落とし、膝で立った。
もはやその仕草はSMクラブでのプレイ中の君とまるで同じだった。
違うのは、まだ上はシャツを着ていることと、首輪やリードを装着していないことくらいだった。
マジックを持った女の子が君の前でしゃがみ、その常人の名残であるシャツを呆気なく脱がすと、胸に大きく乱暴に落書きした

『丸出ダメ男』

縦に大きく書かれたその歪な文字に三人は大笑いし、そのうちのひとりが唐突に座ったまま腰を浮かせて器用にパンティを脱ぐと、それを君の頭に被せた。
淡いピンクの小さなパンティだった。
縁の部分にレースが施されていて、シンプルながらセクシーさも兼ね備えている。
そして半日履かれていたであろうその布は温かく、官能的な香りを内包していた。
女の子はクロッチの部分が鼻や口元を覆うように調節すると、「よし」と独りごち、「一丁前の変態の出来上がりだ」と自賛した。

君はもう限界だった。
ペニスの先端から透明な汁が溢れている。
「チンポが涎垂らしてる」
女の子たちが笑い、パンツを仮面のように顔に被せた女の子が君の陰嚢を下から足の甲で蹴って言う。

「オナニーしたいんだろ? 我慢せずにやれよ、うちらに見られながらパンツの匂いを嗅いでシコシコしたいんだろ? どうせおまえがマゾで変態ってことはもともとわかってんだから、今更無理すんな、やれよ」

この間にも、女の子たちは携帯電話で君の写真を何枚も撮っている。
君は、もうどうにでもなれ、という半ばヤケクソのような気持ちになって心のリミッターを華麗に振り切ると、次の瞬間、いきり立つペニスを握っていた。

「すみません、ありがとうございます! 失礼します!」

君はパンティを頭に被ったまま、その股間の香気を吸い込みながら膝で立ち、猛然と自慰を開始した。
顔を覆う柔らかいパンティの布地の感触と香りが最高で、君は顔面の筋肉を弛緩させながら恍惚の表情を浮かべている。
三人の女の子たちはそんな君の様子に大受けしながら、それぞれ写真やムービーを撮っている。
「マジでシコってる、ありえねえ」
「普通オナニーって一人でこっそりとするもんじゃないの?」
「めっちゃ盛ってる、受けるー」
「ていうか、おぞましい、ただひたすらキモい」
女の子たちの罵倒の言葉に君の興奮はさらに沸騰し、君は半眼になりながら口を半開きにし、猛然とペニスをしごき上げる。
左手でパンティを強く顔に押し付けながらひたすら布地に染み込んだ匂いを吸引し、右手でペニスを擦って擦って擦り続ける。
そして君は、ほんの一分もしないうちに、華々しく射精して、濃厚な精液を盛大に噴射した──。

やがて昼休みは終わった。
女の子たちはピザを食べ散らかしたまま「片付けておいて」と君に言い残して、得意先回りに出かけて行った。
君は射精を終えるとあっさりと解放された。
そして、半ば放心して脱力状態のまま自分の出したものや性器をティッシュで拭っていると、パンティを取り上げられた。
貰えるかと思っていたのだが、それは甘かった。
女の子は「こんなもん、もう履けんし」と言いながらパンティを回収すると、それをビニール袋に入れ、ロッカーから新しい下着を取ってきて履いた。
女子のロッカーには実にいろいろなものが入っているものだ、と君はぼんやりと思った。
新しいパンツまで常備されている。
ちなみに君に与えた下着は、もう捨てるらしかった。
ただ、事務所内のゴミ箱に捨てると君が拾うかもしれないから、外でコンビニかどこかで捨てる、と女の子が言っていた。

静まり返ったひとりの午後の事務所で、すでに身支度を整えた君は、彼女たちのランチの残骸を捨てて応接コーナーを片付けてから、自分の席に戻った。
見た目はもう普段の君だが、胸の落書きは油性のペンで書かれているので、シャツの下でそのままだった。

それにしても、これからこの職場で自分はどうなってしまうのだろう。

期待と不安と後悔が入り混じった複雑な心境を抱えながら、君は溜め息をついた。

いくら避けがたかった成り行きとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
しかし、起きてしまったことは今更どうしようもない、なるようにしかならないだろう──。

君は、開き直るようにそう思いながら、もう温くなってしまっているペットボトルのお茶を飲み干した。
喉がカラカラだった。

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カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

フキンシンな朝

「この人、痴漢!」

突然、朝のラッシュアワーで混み合う満員電車の列車内に女子高生の高い声が響いた。
そして次の瞬間、君の右手が誰かに掴まれ、そのまま上へと持ち上げられた。

「えっ!?」

君は激しく戸惑い、混乱する。

(お、おれ? え? な、なんで?)

君の手を掴んで持ち上げたのは、すぐ前で背中を向けて立っていた女子高生だった。
彼女が振り返り、君の右腕を掴みながら、天井へ向けて掲げたのだ。
君はぎゅうぎゅう詰めになりながら、不自然な格好で右手だけを上げた状態で、周囲を見回す。
ほとんどすべての乗客から非難と好奇が入り混じった無遠慮な視線が自分に向けられていて、君は動揺する。
確かに、ずっと目の前にグレーのカーディガンを着た170センチ近い長身の女子高生がいて、シャンプーか香水か不明だがいい匂いが漂ってくるし、単に背が高いだけでなく細身というよりパワー系の逞しげな体躯だったため、変態M男の君としては破廉恥に勃起し、ひたすら悶々としていたことは紛れもない事実だが、触ってはいない。
手を伸ばせば簡単に届くから短いスカートに包まれた尻や剥き出しの太ももに何気なく手のひらを這わしたい誘惑には駆られていたが、理性でかろうじてその衝動を必死に抑えていたのだ。
勃起が治らないペニスをいかにも柔らかそうな尻や太腿の量感に押し付けたり埋めたりしたいと夢想したことも否定はしないが、実行には移していない。
だから、完全に冤罪だった。
この女子高生が誰か不埒な者に触られたのは事実かもしれなかったが、その手は君のものではなかった。
よって、君はまだ手を掴まれたまま、声高に抗議した。

「違います、そんなことしていません!」

大きく首を振って否定するが、しかし女子高生は怖い顔で君を睨みながら言い返す。

「うるせえ、とぼけるな、変態!」

可愛い女子高生から罵倒されるなんて、これがイメージプレイならM男の君にとっては願ってもいない夢のような展開だが、現実となると話は違った。
本当にやってはいないのだから、決して認めるわけにはいかない。
現実社会での痴漢認定なんて、社会的に死を意味する。
君は腕を振り解こうともがきながら、精一杯男らしく何度も言って無罪を主張する。

「痴漢なんかしていないって、離してくれってば」

しかし周りの人々の視線は恐ろしいほど冷たい。
君は「違う違う」と首を振りながら手を下ろそうとするが、思いの外女子高生の力は強く、君は逃れることができなかった。
とにかく恥ずかしくて仕方なかった。
顔から火が出そうだった。
自分でも顔どころか服で見えない全身まで真っ赤になっていることが自覚できた。
この恥ずかしさは、SMクラブでのプレイにおいて女王様の前で破廉恥な姿を晒すこととは根本的に別種の恥ずかしさだった。
プレイなら、例えば全裸で首輪だけをつけて四つん這いになり、勃起したペニスを晒しながら女王様にリードを引かれてお散歩している姿なんて、相当に恥ずかしい。
しかもその様子を壁の大きな鏡でちらりと見たりすると、自らのあまりに無様な姿に、強烈な恥ずかしさを覚える。
しかしその羞恥心は即座に歓びに置換される。
女王様プレイでは、あえて恥ずかしい姿を晒し、あえてその恥ずかしい姿を自分でも再確認することによって、さらなる歓喜を貪るのだ。
しかし今の状況は違う。
楽しい要素など微塵もない。

「逃げも隠れもしませんから、とにかくこの手を離してもらえませんか」
君はそう言ったが、女子高生は無視し、掴んだ手は離さなかった。

そうこうしているうちに、列車の速度が落ち始めた。
次の停車駅が近づいたのだ。
やがて列車が停止し、ドアが開いた。
「降りろ」
手を掴んだまま女子高生が言い、ドアへ向かって人混みをかき分け進み始める。
まるで連行されるみたいで格好悪かったが、君としてもこんな針のむしろのような車内からは逃げ出したかったので、大人しく従って、腕を引かれながら列車から出た。
まだ降りるいつもの駅より随分手前だったが、そんなことは構っていられなかった。

プラットホームも大勢の通勤通学の人々で混雑していた。
君は女子高生に手を引かれて歩きながら繰り返す。
「ほんと誤解です、触っていません」
なぜか丁寧語で否定する君を女子高生はあっさりと無視しながら、ずんずんと進んでいく。
「黙ってついてこい」
女子高生は君の主張など全く聞く耳も持たず、そのまま改札を抜けた。
ずっと腕を掴まれたままで、駅員の近くも通ったのだが、女子高生は君をそういう立場の人間に引き渡すことはせず、コンコースに出た。
(このまま交番かどこかに連行されてしまうのか?)
君は困惑しながら、それでも釈明だけは諦めず、女子高生の背中に向かって言い続けた。
「ほんとに触っていません、とにかく話を聞いてください」
なぜ本当にやってもいないのに、しかもはるか年下の女の子に対してこうも謙って丁寧語で釈明しているのか意味不明だったが、君はマゾの性か、ごく自然にそうしていた。
周囲の人々が(何事だろう?)という好奇の目で君たちを見る。
女子高生に手を引かれて進む冴えない年上の男という構図は、十分人目を引いた。
しかも女の子の方が背が高く、傍目にも明らかに威圧的だから余計だった。
「うるせえな、とにかくついてこい」
女子高生はちらりと振り返り、君を冷めた目で一瞥してそう吐き捨てると、腕を掴む手に力を込めながらやがて駅の建物からも出た。

このままでは確実に遅刻してしまいそうだった。
しかもこの状況では職場に連絡の一本も入れられそうにない。
というか、いつもの列車をこうして知らない途中駅で降りてしまった時点で、遅刻は既にほぼ確実だった。
無断の遅刻は、かなり印象が悪い。
無断欠勤よりはマシだろうが、大人の社会では、遅刻も欠勤も無断である時点でそう大差ない。
君は内心(困ったことになったな)と困惑していたが、どうしようもなかった。
手を振り払って逃げようと思えばできるかもしれないが、それではやってもいないのにやったと認めたことになってしまいそうだったし、そもそもこの女子高生は可愛い顔をしている割にかなりの力で、強引に振りほどこうとしても、もしかしたら無理かもしれなかった。
となると、もしも振りほどこうとして無理だった場合、状況は最悪になる。
また、振りほどいたはいいが再度捕獲されてしまった場合も同様だ。
その場合、下手すると、女子高生が叫ぶかどうかして周囲の人間がそれに気づき、集団によって取り押さえられてしまうようなパターンも考えられて、そうなったらもう状況としては、そもそも冤罪なのに「王手」どころか「詰み」で「投了」になってしまう。
だから、ひとまず今は従っておいた棒が得策のように思えた。
無断遅刻が良くないことだとしても、それだけでクビになるわけでもない。
むしろ冤罪で「痴漢認定」されてしまうことの方が、事態としては深刻だ。

駅前広場の片隅に、交番があった。
君は普段なら気にも留めないその建物に、なぜか心がざわめいて俄かに緊張感を覚えた。
しかし女子高生はなぜかそちらへは向かわず、道路を渡ると、人気の少ない方へと進んだ。
そして周囲に人がいなくなり、小さな児童公園に入ると、ようやく足を止めた。
古い建物に囲まれた、エアポケットのような小さな公園だった。

公園は無人だった。
遊具はブランコと滑り台と鉄棒くらいで、あとはベンチがいくつか置かれていた。
ただどれもあまり使われている様子はなく、公園全体の雰囲気として、鄙びて見えた。
植え込みの樹木も手入れはされておらず、木立が深く、公園の奥へ進むと、通りからの視界は簡単に遮られた。
女子高生はそんな奥まった場所まで進むと、初めて君の手を離し、腕組みをして君の前に立った。
君より十センチほど背が高いのか、自然と君を見下ろす格好になる。
彼女は、射抜くような冷たい目で見据える。
君はその鋭い目線に怯え萎縮すると同時にMとしての暗い歓喜を心の深部で爆発させてしまう。
怖いのに昂る、それはマゾとしての不可思議な心情だった。
女子高生は、すでに大人の男としての威厳みたいなものを放棄し、すっかり萎縮してしまっている君を睥睨しながら、言った。

「警察に突き出されたくなかったら、金出せ、変態の痴漢野郎」
「そ、そんな……」

君は身に覚えのない言いがかりに戸惑ったが、マゾとしてこの迫られている状況に興奮し、勃起し、M男の血を滾らせてしまっている。
それでも、僅かに辛うじて残されていた社会人としての理性が(やってもいないのに認めたら終わりだ、絶対に怯んではいけない)と激しく警鐘を打ち鳴らしていた。
「でも、本当に触っていないんですよ、誤解なんです」
むしろ警察に行ってちゃんと釈明した方がいいのではないか、という思いが、ちらりと脳裏をよぎった。
しかし痴漢の冤罪はとても多いと聞くし、やっていないことを証明することはかなり難しい。
水掛け論になりがちだし、そうなると、この女子高生はかなり可愛いし、逆に君は女気などまるで感じられないM男だし、どうにも不利のような気がしてならなかった。
「払うのか? 払わないのか? はっきりしろや、あ?」
女子高生がいらだたしげに唇の端を歪めながら、おもむろに君の胸ぐらを掴んだ。
そのまま持ち上げられると、君は爪先立ちになった。
「や、やめてください」
詰め寄る女子高生の迫力に君は恐怖を感じながら首を振った。
ここはもうお金を払った方が無難だ、と観念した。
どう考えても不条理だが、仕方なかった。
ただ、本当に痴漢なんかしていないことだけは事実だし、そこは譲りたくなかった。
だから君は頭をフル回転させて、ギブ・アンド・テイクに近いような或る折衷のアイディアを捻り出し、提案した。
「わ、わかりました」
君は小刻みに首を縦に振ってひとまず「降伏」の意思を示した。
すると女子高生は不快そうな、まるで汚い虫でも見るような目はそのままに、君を解放した。
「じゃあ、さっさと出せ」
「でも、ちょっと待ってください」
君は女子高生の機嫌を伺うように恐る恐る言い、いったん言葉を切ってから、意を決して続けた。
「ただ、僕は本当に痴漢なんかしていないんです、でも、証明できませんし、お金は払います、それでも、本当に……」
「うっせえな、舐めてんのかおめえ、あたしが嘘ついて因縁つけているとでも言うんか?」
「い、いいえ、そうではないです」
本心ではそうではないかという気がしていたが、君はひとまず彼女の機嫌を損ねないよう、滅相もないという風に少々大袈裟に否定し、改めて言った。
「ただ、本当に触っていないことだけは確かなんです、ですから、痴漢の慰謝料や示談金みたいな意味でお金を払うのではなく……」
君は生唾をごくりと飲み込み、若干声を上ずらせながら、勇気を振り絞って言った。
「お金を払う代わりに、いま履いていらっしゃるパンティを売ってください」
「はあ?」
目を瞑り、胸を張ってそう言った君に、女子高生は呆れ果てたように顔を顰めた。
「ふざけんな、変態!」
女子高生は呆れた後、激昂した。
「アホか、おめえ」
しかしもうここまで踏み込んだ以上、今更引くに引けない君は、めげずに食い下がった。
「そう言わず、お願いします、お金は払います」
「バカか、絶対嫌だわ、死ね」
「お願いします!」
君は頭を深く下げて懇願する。
「パンツとか、アホだろ、おめえマジもんの変態か、本気で警察行くぞ」
「だったら」
君はひとまず半歩引くような意味で、別の提案を示した。
「せめて靴下をお願いします」
そう必死に食い下がると、パンツから靴下にアイテムが変更されたからか。僅かに女子高生の態度が変化した。
「じゃ、一万。靴下なら一万で売ってやる」
「本当ですか!」
君は瞳を爛々と輝かせながら確認する。
「マジで靴下に一万払うのか、お前、これ四足千円だぞ」
「はい!」
「でも、三日目だぞ、いま履いてるの」
「最高じゃないですか! ぜひお願いします!」
「最高とか、まじキメえ、でも一万なら売ってやるわ」
「ありがとうございます!」
「パンツはなくなると困るけど、靴下くらい履いてなくても別にいいしな」
女子高生が独り言のように言い、その小さな言葉のかけらに敏感に君は反応を示し、訊く。
「え? もしも代わりにパンティを用意したら売っていただけるのですか?」
すると女子高生は即座に却下した。
「調子こくな、ド変態、殺すぞ」
「申し訳ございません!」
君は謝罪し、上着の内ポケットの中にある財布に手を伸ばした。

君は体のいいカツアゲから起死回生の一手で逆転に成功した。
まさに「禍を転じて福と為す」だった。
一万は確かに高すぎるが、こんな可愛い女子高生の生脱ぎ、しかも三日も熟成された逸品なら、プレミア価格としてなんとか納得できた。
そんなことを思いながら、君は財布から一万円札を抜き出した。
ただしその一万を抜くと、君の財布の中に紙幣は千円札が二枚だけになってしまった。
女子高生は、君が差し出したそのなけなしの一万円札をひょいと摘まみ取ると、無造作にたたんでそのままスカートのポケットに入れた。
そして、立ったまま器用に足を片方ずつ上げて靴を脱ぎ、続いて履いていた紺色のハイソックスを脱ぎ始めた。
短いスカートの裾が大胆に何度も捲れて、むっちりとした太腿が何度もむき出しになった。
もちろん君はその一挙手一投足をじっと凝視していた。

「ほれ」

やがて脱ぎ終えた靴下を女子高生は君に手渡した。
「ありがとうございます」
君は頭を下げて謝辞を述べ、その靴下を受け取った。
もう何度も洗濯されているらしい徹底的に穿き込まれた紺色のハイソックスは、爪先が僅かに湿り気を帯びていて、しっとりと温かかった。
君はまるでデリケートな宝物でも扱うかのように両手で大事そうにその靴下を持った。
「マジでキモいわ、こいつ」
女子高生はそう吐き捨てると、「変態菌が移りそうだわ」と言い、君に釘を刺した。
「この後、三分はここにいろ、一緒になりたくないから」
心底から滲み出る嫌悪感を隠そうともせずにそう言い捨てると、女子高生は君をその場に残し、さっさと歩き出した。
そして一度も振り返ることなく、すぐに公園から出て行ってしまった。

君は周りに誰もいないことを確認すると、両手で包み持った靴下を鼻先まで掲げ、そっと香りを吸い込んだ。
芳しい香気が鼻腔を挑発し、君の勃起は限界までそそり立った。
公園の端に、トイレがあった。
あまり綺麗ではなかったが、君はその中に駆け込むと、もどかしげにパンツのジッパーを下ろしてペニスを引っ張り出すと、左手で靴下を持って鼻先をその芳醇な布に埋め、右手で激しくペニスをしごき始めた。
脱ぎたての靴下の官能的な爪先の感触に耽溺しながら、君は半眼になって陶酔する。

不謹慎な朝、君はささやかな幸福に浸った。

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名残の風

夕暮れ。
君は今、出張先の地方都市にいる。
得意先回りを終えて、借りっ放しのレンタカーを滞在中のホテルの駐車場に止め、エンジンを切ったところだ。
助手席のシートに置いたブリーフケースを持ち、車から降りる。
いったん部屋に戻り、シャワーを浴びるつもりだった。
もう九月も終わりだが、まだ暑い。
一日中動いて、汗をかいたから、夕食前にさっぱりしたかった。

君は部屋に戻ると、早速シャワーを浴び、ベージュのチノパンにグリーンのポロシャツという軽装に着替えると、財布と電話だけを持って再びホテルを出た。
ホテルはJRの駅の近くにあり、食事のための店は駅ビルの中にたくさんある。
ホテルから駅までは、徒歩で五分ほどしかかからない。
君はホテルを出ると、ブラブラと駅に向かって歩く。
夕方になると、さすがに気温が下がって、ちょっと涼しくなる。
駅前のこの辺りはこじんまりとしたオフィス街で、そろそろ仕事を終えた勤め人がビルから出てきて駅に向かいかけている。

駅ビルに入ると、ちょうど帰宅途中の人々で混み合っている。
人口十万人程度の地方都市だが、人々の雰囲気は都会と大差ない。
特に若い女の子なんかは、学生だろうが社会人だろうが、垢抜けている。
ほとんどの女の子が夏のいでたちで、薄着の色気を振りまいている。

まだ残暑が厳しい九月の女たちは挑発的で、変態M男の君は悶々と狂いそうになる。
君は魅力的な女の子たちに対して、心の中で叫ぶ。
どうしてそんなに肌を露出するのだ!
ノースリーブのシャツを着て、見えそうで見えない腋で「お預け」を食わせながら、一体何がしたいのだ!
女に縁のない自分のような男をそんなに挑発して面白いか!
楽しいか!
薄着のシャツで胸の隆起を見せつけて、全くイヤらしい女どもだ!
その柔らかそうな膨らみを揉みしだかれたいのか!
どいつもこいつも見せつけるだけ見せつけて、しかし決して触らせてはくれない。
そんなの、生殺しじゃないか!
もしもこのまま混み合う列車に乗り込んだら、どうなる?
一日活動して汗をかいた女体に密着したら、どうなる?
薄着の女の後ろに立てば、たちまち拷問が始まる。
サラサラとした美しい髪がすぐ目の前で揺れて、その髪や体からは良い匂いがして、手を伸ばせば簡単に手が届く位置にボリューム感をたたえた素敵な女体が存在する。
たまらず後ろから両手を回してその大きな胸を大胆に揉みしだき、そのままスカートをたくし上げ、尻や太ももを撫で回しつつ、髪に顔を埋め、深呼吸する。
そうしながら、もう片方の手を下半身に這わせ、弄りながら、その手を下着の中へ滑り込ませ、指先で陰毛をかき分け、すでに蜜が滴り始めている熱い亀裂を擦り、そのまま挿入する。
ぬるりとした感触が指先を包み込む。
その頃には、きっと女は淫乱にも蜜を溢れさせながら、咥え込んだ指をぐいぐいと締め付けるだろう。
全く女はスケべだ!
街はスケべな女だらけだ!
メスの匂いをプンプンと振りまきながら、常に発情状態じゃないか!

君はそんなM男らしからぬ、やたらと威勢の良い妄想の翼を広げながらコンコースを進み、やがてエスカレーターで二階の食堂街へ上がった。

夕食は、とんかつにした。
生中を一杯だけ飲み、とんかつ定食を君は平らげた。
腹が減っていたので、無料のご飯とキャベツのお代わりをした。
そして、完全に満腹になった。

精算を済ませて店を出ると、君は駅ビルを出た。
軽い酔いのせいか、地方都市にいるという開放感のせいか、君は歩きながら、少し酔いが覚めたらデリでも呼ぼうかという気持ちになっていた。
先ほど、駅ビルの中を歩きながらなまじかスケべな妄想をしてしまったので、無性にムラムラしていた。
健全な男なら、女の子をナンパしてアバンチュールを楽しもうと思うのかもしれないが、君には無理だ。
ナンパができるような度胸はないし、むしろ引っ込み思案で気弱な性格で、知らない女の子に声をかけるなんて絶対にできない。
そもそも見た目もパッとないし、話術に長けているわけでもない。
加えて正真正銘の変態M男だし、モテる要素が皆無で、ナンパなんて夢のまた夢だ。
君にはデリヘルがせいぜいだ。
君にとって女体は常に通貨と引き換えでようやく手に入るものだった。
しかし、宿泊先のホテルにデリが呼べるかどうかはわからなかった。
ホテルに戻ったらネットで確認しよう、と君は思いながら、ホテルに向かって歩いた。

駅前の通りを渡ってホテルへと続く道に足を踏み入れた。
表通りから一本入ると、オフィス街のこの辺りは、既にすっかり日が暮れて人気もまばらだった。
めっきり人通りが少なくなっている街路を君は歩く。
別に治安の悪さを感じるような場所ではないが、周囲は閑散としている。
小規模なオフィスビルにも、明かりが灯っている窓はもう少ない。
車も滅多に通らない。

前方にコンビニの明かりが見えた。
その一角だけが、煌々と明るい。
君は飲み物とスナック菓子でも買い込んでおくか、と思いながら、自動ドアを通って入店した。
すると、店内は空いていたが、雑誌のコーナーに派手な女の子がひとりいて、君の目を惹いた。
大柄で、デニムのホットパンツに紺色のTシャツという格好で、何気なく後ろを通ると、香水のいい匂いがした。
即座にペニスが勃起する。
Tシャツはぴったりと体に張り付いていて、大きな胸の隆起が目立った。
柔らかそうなおっぱいが美味しそうだった。
執拗に揉んで、舐めて、乳首に吸い付いたら、夢のようだろう、と想像する。
スポーツでもやっていたのか、筋肉質で、がっしりとした体躯だった。
そんな大柄な彼女に小柄で貧弱な自分が抱きついたら、それはまるで巨木に止まる蝉みたいな感じになって、M的にかなり魅力的でユーモラスな構図になりそうだな、と君は想像した。
もっともそんな風に求めても、まるでアイガー北壁に挑む命知らずの素人登山者みたく明らかな実力不足故にまるで歯が立たず、どうせ呆気なく跳ね返されるのがオチで、到底互角になんか渡り合えやしないことは火を見るより明らかだった。
彼女が少し前かがみになり、下の棚の雑誌を手に取った。
その際、ホットパンツの腰があらわになり、パンティーの黒いレースがちらりと覗いた。
ホットパンツはローライズのため、少し動くと、簡単に腰のあたりの肌が露出してしまうのだ。
(なんてスケべな女だ!)
君は内心でそう叫びつつ、しかし同時に変態M男としても激しく反応して、(ああ、跪きたい、罵倒されたい、嘲笑されたい)と身悶える。
彼女は素足に踵の高いサンダルを履いていて、爪先に覗く赤いペディキュアが塗られた足の指が、まるでキャンディのようだった。
君は思わず、床に這いつくばって指に舌先を伸ばし、しゃぶり尽くしたい、そしてその姿を侮蔑されたい、と激しく切望する。
ただしもちろん、そんな雰囲気は微塵も滲ませない。
君は雑誌をめくっている彼女の背後を平然と通り過ぎ、コーラとポテトチップを手に取った。

先に彼女が店を出た。
結局雑誌は買わず、ビールと煙草だけを購入したようだった。
君も続いて精算を済ませ、彼女の後を追うように店を出た。
そして、特に理由もなく、彼女の後方である程度の距離を置いて、ついつい尾行を始めてしまった。
別に彼女をどうこうしようという考えなんか何もなかった。
そもそも君はM男だから、何もできない。
それにどう贔屓目に見ても君より彼女の方が大柄だから、非力な君では太刀打ちできそうになかった。
ただ単に、出張先の夜、非日常的な町で、暇だったのだ。

君はビニール袋を提げて歩く彼女の後ろに続きながら、それにしても素晴らしい尻だ、と思う。
ダメージデニムのホットパンツに包まれた肉感が、歩を進めるたびに躍動する。
君の破廉恥な勃起は、もう全く萎える気配がない。
ズボンの下で、仮性包茎の短小ペニスは、健気にそそり立っている。
君は、さりげなくポケットに手を突っ込んでそのままペニスを握りながら、あの尻に顔面から突っ込みたい、と思う。
或いは、顔の上に座ってもらって、そのまま押し潰されたい。
そんなことを夢想しながら、さらに脚も舐めるように鑑賞する。
むき出しの、むっちりとしたラインが素敵だった。
決して細くはなく、極めて挑発的だ。
日焼けした小麦色の肌が、その魅力を一層高めている。
君はその脚を物欲しげに眺めながら、抱きつきたい! と思う。
後ろからおもむろに抱きついて、そのまま尻の肉の谷間に顔を押し込み、深呼吸したい。
そして、そんなことをする自分を、まるで虫でも払うかのように邪険に彼女に振り解かれ、口汚く罵られたい。
この一日の終わりがけの時間帯、尻の谷間に鼻先を突っ込めば、きっと素晴らしい香気に包まれることだろう。
胸いっぱいにそれを吸引し、陶酔し、耽溺したい。

そんなことを思いながら、尻や脚に吸い寄せられるように歩いていると、唐突に彼女が前方の角を曲がった。
彼女の後ろ姿が視界からふっと消えた。
ずっと彼女の尻や脚ばかりに気を取られて歩いていたから、もう自分がどこにいるのかすらわからなくなっていることに、君は今更ながら気づいた。
そろそろ尾行を切り上げてホテルに戻る頃合いかもしれないな、と君は思った。
彼女の体を鑑賞し続けることは魅力的なだったが、その先に何かがあるわけではない。
しかし、ここであっさりと切り上げるのもなんだか勿体無い気がしたので、君は、もう少しだけ、と自分に言い聞かせて、彼女が消えた角を曲がった。

すると、思いがけず目の前に彼女が立ちふさがった。
なぜか彼女は角を曲がった先で君を待ち受けるように、振り返り、腕を組んで仁王立ちしていたのだ。
あまりに咄嗟のことで、君は心の底からびっくりし、どうしたらいいかわからなかった。
どうにかギリギリで衝突を回避し、慌てて立ち止まる。
ほんの一メートルほどの距離で対峙すると、改めて彼女の背の高さを思い知らされた。
彼女の顔は、君より頭ひとつぶん高い位置にあって、鋭く冷めた視線が君に注がれている。
その目で、君は呆気なくマゾとして覚醒してしまった。
激しく挙動不審に陥りながら、恐る恐る気弱な視線で彼女を見上げた。
「なんで尾けてくるわけ?」
彼女は腕組みして君を睥睨したまま詰問する。
君は突然そんなことを言われて混乱する。
予想外の出来事に戸惑い、怯えながら、どうにか口を開いた。
「い、いいえ、別に尾けてなんかいないです」
自然と敬語で、緊張のあまり声を上ずらせながら、必死に言った。
しかし真正面から彼女の冷徹な視線を受け止める勇気はなく、君は俯き、地面を見つめた。
「どうして目を見て答えられないんだ? あ? 何か疚しいことでもあるのか?」
「いいえ……」
彼女の口調の厳しさに気圧されながら、恐る恐る君は顔を上げた。
その目にはありありと恐怖が滲んでいて、彼女はそんな君をせせら笑った。
「くそキモい顔して、何キョドってんだよ」
彼女はそういうと、ふっと侮蔑の微笑を消して、冷たい目で君を見下ろすと、おもむろに右手を伸ばしてきて胸倉を掴み、そのまま引っ張り上げた。
君はされるがままに爪先立ちになり、かすかに抵抗を示す。
「や、やめてください……」
消え入りそうな、情けない声で懇願すると、彼女が語気を強めて言った。
「やめろ? それはこっちのセリフだろ、こそこそと尾けてきやがって、そっちこそやめろ、クソ変態」
彼女はそう吐き捨てると、そのままぐいっとさらに君を引っ張り上げ、左手でいきなりパシンッと強烈なビンタを張った。
そして続けざまに、ぺっと君の顔に唾を吐いた。
生ぬるい感触が顔面を伝う。
「申し訳ございません!」
反射的にそう謝罪の言葉を述べたが、当然、君はもう既にフル勃起だった。
彼女は、君の謝罪の言葉など意にも介さず、胸倉を掴んだまま、今度は膝を股間に叩き込んだ。
「うげっ」
君は呻きを漏らし、たまらず体を折った。
彼女の手が放されると、君はそのまま蹲った。
彼女は膝に伝わった君の勃起の感触に気づき、唇の端を歪めて嘲笑する。
「お前マゾかよ、ちんこカチカチじゃねえか、キメえ」
そう言い、彼女は依然として股間を手で押さえながら蹲ったまま動けない君の頭をサンダルの底で踏んだ。
「謝れ、おら」
「も、も、申し訳ございません……」
君は額を地面に擦り付けながら、必死に謝罪した。
踏まれれば踏まれるほど、侮辱の言葉を浴びせられれば浴びせられるほど、救いようのない勃起は強度を増していく。
それでも君の目にはいつしか涙が滲んでいて、泣き声になっている。

──なんて夢のような展開など、起きるはずがなかった。
君が彼女の後ろ姿を追って角を曲がった先には、もう誰もいなかった。
ただ見知らぬ、暗い街路が続いているだけだった。
彼女の姿はもうどこにもなかった。
街灯も疎らな暗い路地は、無人だった。
車も通らない。
静まり返った街路に、すっと風が吹いた。
微かに、彼女の香水の匂いを感じた。
君は道の真ん中に立ち尽くしたまま、未練がましく、その名残の風の匂いを嗅いだ後、まるで何かを断ち切るように、くるりと踵を返した。

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入道雲、光る

2017/08/19 2件のコメント

「明日、海に行きましょう」

昨夜、飼い主の女性からそう言われて、君は一晩のうちに準備をし、今、彼女を後部座席に乗せて車を走らせている。
いかにも夏らしい、素晴らしい晴天の日だ。
空は真っ青に晴れ渡り、雲ひとつない。
高速道路は空いていて、日差しはギラギラと眩しいが、エアコンが効いた車内は快適な温度と湿度に保たれていて快適だ。
しかも、美しい飼い主の女性との旅だ。
楽しくないはずがない。
だがしかし、正直なところ、君の心はそれほど浮き立ってはいない。
それどころか、奴隷の分際で生意気なのだが、いまいちこの旅行に気乗りがしていないのだ。
理由は、はっきりしている。
この旅行は、実は飼い主の女性と二人きりではないのだ。
今は二人だが、現地で女性の友人と合流することになっている。
その友人は女性だが、君は面識がない。
しかし、まあそこまでは、いい。
問題は、その先だ。
なんと、その女性も、奴隷を同行してくるというのだ。
君は正真正銘紛れもなく変態M男だが、ゲイ的資質は微塵もない。
マゾの中には平気な者もいるらしいが、君には信じられない。
君は女性から与えられる侮蔑や屈辱や恥辱ならどんな種類のものでも歓びとともに受け止めるが、少しでもそこに「男」という要素が加わると、途端に気持ちがしぼむ。
M男の中には、他のM男と絡める者もいて、そのことを武勇伝のように語れる者もいるが、君には無理だ。
だから、今回のこの旅行は、いまいち気分が上がらない。
上がらないどころか、沈んでしまう。
飼い主の女性もそういう君の資質は知っているはずなのだが、今回はあえて何も言わない。
ただ「今回の海は、友達と一緒よ。心配しないで、友達は女性だから。でもね、その友達も奴隷を連れてくるの。どんな奴隷かしら? 私も知らないのよ、まあ、お前も楽しみにしていなさいね」と言うだけ言って、君に支度を命じたのだった。
ちなみに、目的地は、普段暮らす街から二百キロほど離れた湾の中に浮かぶ小さな無人島だ。
飼い主の女性の友人がその島を所有していて、自由に使えるらしい。
ただし、未開発の小さな島なので、電気も水もなく、無論宿泊施設等もないので、そこで夜を越すことは難しく、デイキャンプのような感じで滞在する予定だった。
キャンプの道具はすでに用意してくれているらしいから、こちらは、この後、待ち合わせ場所である港の近くにあるスーパーマーケットで物資を調達することになっている。
ホテルは、その島の対岸近くの町で二泊取ってある。
島への往復には海上タクシーを使う。
友人の女性がいつも使っている馴染みの海上タクシーがあるらしい。
島は、本土の海岸から見えるくらい近くにあるので、乗船時間は十分もないとのことだ。
このように、プランだけを考えたら、夢のような旅行だ。
飼い主の女性の友人だという女性が奴隷さえ連れてこないならば、君は今頃心の底から歓喜を爆発させながら運転しているはずだ。
しかし現実は厳しい。
君は目的地に近づくにつれて気分が暗く落ち込んでいくことを自覚している。
とはいえ、もちろん、そんな気持ちを表に出すことなど許されるはずがないから、君は平静を保ちながら運転に集中している。

高速を降りて国道を五分ほど走ると海に出た。
そして海沿いの県道に入り、さらに三十分ほど進むと、スーパーマーケットがあった。
君はその駐車場に車を止めて、飼い主の女性とともに店に入った。
平日の午前中という時間のせいか、広いスーパーマーケットは空いていて、君はカートを押しながらバーベキューの食材や飲み物を調達した。
肉や野菜、ジュースやビールなどを手に取りながら、しかしやはり君の心は沈んだままだった。
そんな君の様子を不審に思ったのか、飼い主の女性が訊いた。
「どうかしたの? 気分でも悪いの?」
「いいえ、何ともありません、すみません」
君は頭を下げ、精算をするためにレジへと向かった。
これから男の奴隷と絡むことになるかもしれないと思うとどうにも憂鬱でたまらないのだ、なんて言えるはずがなかった。

その後、待ち合わせの場所である小さな港へと向かった。
車は、海上タクシーの事務所の敷地内に止めることができるらしい。
君は住所を入力済みのナビの指示に従って県道を外れ、古びた街並みの中に入っていった。
狭い路地を進むと、じきに視界がひらけて、不意に港に出た。
その辺りでナビの案内が終了し、フロントガラスの先に、海上タクシーの看板が見えた。
その建物に隣接する空き地のようなスペースに一台だけ小型の青いクーペが止まっていた。
「あ、もう来てるみたい」
飼い主の女性がその車を見て、言った。
どうやら青いクーペは友人のものらしかった。
君の緊張がにわかに高まる。
飼い主の女性の友人とはどんな人だろう、という楽しい気持ちに支えられた期待のような感情はあったが、それ以上に君の脳裏に重く暗くのしかかってくるのは、同行者である奴隷の存在だ。
どんな顔をして会えばいいのだろう、と不安になる。
最も、もしかしたら、それは向こうも同じかもしれない。
ただ、向こうは案外男が相手でも平気な性質の、M男として突き抜けた、ある意味ハイレベルな猛者かもしれない。
そういう相手だと、それはそれで君は困惑してしまう。
とはいえ、もう逃げ場はない。
そもそも最初から、この旅行が決まった時点から君に逃げ場などない。
君には、拒否権などない。
飼い主の女性に対して、男の奴隷一緒なんて嫌です、なんて口が裂けても言えない。
飼われている分際で、そんな選択の自由など存在しない。
どんなことであれ、君には常に「受け入れる」という選択肢しかないのだ。

青いクーペの隣に車を止めて荷物を降ろしていると、事務所からよく日に焼けた体格の良い初老の男性が出て来て、飼い主の女性の苗字で「──さん?」と君に問いかけた。
「はい、そうです」
そう君が答えると、男性は友人の女性の名前を告げ、言った。
「──さんは、朝一で来られて、もう島に渡っています。で、ご友人のカップルが到着したらお連れするよう言われているんですが、すぐ出られます?」
「ええ、はい」
「じゃあ、船へどうぞ」
男性は、君が車から降ろした荷物の中で最も大きな、食材を詰め込んだクーラーボックスをひょいと持つと、飼い主の女性と君の前に立って海の方へと歩き出した。
「私の友達の顔合わせは島までお預けね」
飼い主の女性が妙に意味深な雰囲気を込めて小さく笑いながら言った。
君は、どう答えたらいいものか考えあぐねながら、曖昧に「はい」と頷いておいた。
乾いた埠頭を歩いていると、強い日差しのせいで、汗が噴き出してくる。
歩きながら飼い主の女性は携帯で電話をかけていて、会話の断片が聞こえてくる。
「……うん、今着いた……これから船に乗るところ……食べ物とか飲み物とかはどっさり仕入れて来た……わかった」
女性の会話は続いている。
君はハンカチで額の汗をぬぐい、男性について行った。
煌めく海の先に、小さな島影が横たわっている。
「これから渡るのは、あの島ですよ。今日は海も穏やかだし、五分もかかりません」
男性は振り向き、君に言った。

凪の海はキラキラと輝き、船の舳先が白い飛沫を上げる。
湾内はほとんど波がなく、ぐんぐんと島陰が近づいてくる。
海上タクシーは港を離れてほんの五分ほどで島の反対側へと回り込んだ。
そして小さな入江へと回り込むと、やがて、こじんまりとした桟橋が見えてきた。
それはコンクリートで固められた、簡単な「船着場」という趣きだった。
実際、この海上タクシー以上の大きさの船は着けられそうにない。
そこに、人影が見えた。
派手なピンクの水着を着た女性がひとり、日差しの中に立っている。
「あ、迎えにきてくれたんだわ」
君の隣に立っていた飼い主の女性が言った。
すでに何度もこの島を訪れている彼女は続ける。
「あの先、ちょっとした森を抜けていくと小さな砂浜に出るのよ」
「そうなのですか」
そう答えながら、しかしもう君は気もそぞろだった。
ついに島に着いてしまう。
もともと逃げ場はなかったが、とうとう追い詰められてしまった。
船を操舵している男性が君たちに声をかける。
「ちょっと揺れるから何かに掴まってください」
「はい」
船は減速し、桟橋に接岸した。
船体が、古タイヤを取り付けた岸壁に横付けされ、男性がロープを岸の杭に巻きつけて船を舫いだ。
「到着です、足元、気をつけてください」
男性はそう言いながら手慣れた様子で荷物を下ろす。
飼い主の女性の友人が、船のそばまで来て、「いらっしゃい」と言った。
背の高い美人で、大きなサングラスをかけ、派手なピンクのビキニを着ている。
足元はビーチサンダルで、爪には綺麗に真紅のペディキュアが塗られている。
「久しぶり」
船を降りて飼い主の女性が言い、君も続けて言った。
「初めまして」
「どうも」
小首を軽く傾げて微笑しながら女性は答えた。
「それじゃあ、夕方、また迎えに来ますんで、電話ください」
海上タクシーの男性がロープをほどきながら言い、女性はこたえた。
「はい、お願いします」
「それでは」
海上タクシーが桟橋を離れた。
飼い主の女性が、友人に訊く。
「で、奴隷は?」
「ビーチにいる、で、この子が例の?」
「そう、私の犬」
「ははは」
女性は軽く笑い、言った。
「犬のくせに生意気に服着てるのね、うちのはもう犬らしくマッパよ」
「すみません」
君は俯く。
「とにかく、行きましょう」
「ちょっと待って」
飼い主の女性が言い、君を見る
「やっぱり裸の方がいいわね、犬なのだから、脱ぎなさい」
「はい、失礼致します」
君は一旦荷物を降ろし、手早く服を脱いだ。
友人の女性がその様子を、腕組みして見つめている。
その視線のせいか、裸になった時、君の性器はすでに半ば勃起していた。
しかし仮性包茎のため亀頭のほとんどが皮に包まれている。
「ははは、半勃ち、しかも恥ずかしそうに皮被ってる」
女性が嘲笑する。
「申し訳ございません」
いきなりの洗礼に君は全身が真っ赤に染まるのを自覚しながら反射的に股間を手で隠す。
その手を、飼い主の女性がぴしゃりと平手で叩く。
「何、してるの」
「申し訳ございません」
弾かれたように君は手を退けて頭を下げる。
強い日差しのせいで全身から汗が噴き出してくる。
「素直なワンコね」
友人の女性が笑いながら言い、飼い主の女性を促した。
「いつまでもこんなところにいても仕方ないし、行きましょうか」
「そうね、首輪とリードは後でいいわね。こいつもあなたの奴隷と早く会いたいだろうし」
「うちのはもう全身に日焼け止めを塗って準備万端のはずよ」
そう言って、付け加えた。
「あ、この子も、さすがにこのままだとまずいから、うちのに日焼け止めを塗らせるわ」
「ありがと。いっそ、お互いに塗らせてもいいわね」
「手を使わせず、体で塗り合いっこさせるとか?」
「それ、面白そうね」
飼い主の女性も軽やかに笑いながら同調し、君に言った。
「じゃあ、行くわよ」
「はい」
そうこたえ、両手に荷物を持ちながら、男同士で裸で日焼け止めを塗り合うなんて……と、そのおぞましい光景を想像して、君の心は深く沈んだ。
しかし、支配者層の女性ふたりは君の消沈など意にも介さず、森の中の小道を進んで行く。
君は、陰鬱な気持ちを拭い去れないまま、木漏れ日の小道を、トボトボとその二人の後を追った。

やがて唐突に森が途切れて、空と海が広がった。
光が横溢する。
君は思わず目を細めた。
ビーチはさほど広くない。
しかし湾の外に向けて開けているし、砂はサラサラと細かくて白く、降り注ぐ日差しが一段と眩しくて、開放感が凄まじかった。
ふたりの女性が立ち止まり、ビーチを見渡した。
「うちのはどこかしら」
友人の女性が呟くと、バーベキューコンロが設置してあるエリアで、テーブルをセッティングしている人影があった。
「あ、いた」
女性は言い、鋭く指笛を吹いて、声をかけた。
「こっちにいらっしゃい」
反射的に君はその人影の方を見た。
そして次の瞬間、驚倒してしまった。
そこにいたのは、全裸の女性だったのだ。
どういうことだ?
君の脳内は激しく混乱する。
しかも全身をオイルで光らせた体は肉感的で、かなりの美人だ。
しかし奴隷であることは確かなのか、首輪をつけている。
小走りで駆けてくる彼女の大きなバストがたわわに躍動する。
その光景に、君は恥ずかしげもなく勃起してしまう。
女性に飼われている奴隷という立場の君にとって、裸の女体なんて全く縁がない。
裸の女性が君たちの前に来た。
そして君を見て大きく目を見開き、左手で胸を、右手で股間を隠した。
顔を真っ赤にして俯いている。
「うちの子、一丁前に照れてるのかしら?」
友人の女性はそう言うと、ビーチチェアの上に無造作に放ってあった電動バイブを手に取ると、スイッチを入れ、裸の女性に命じた。
「手を退けて、足を開いて立ちなさい」
「はい」
女性が命令に従うと、その股間にバイブを差し入れ、膣の中に埋めた。
「ああん」
裸の女性が切なげな熱い声を漏らす。
「後でこのマゾ犬と交尾させてあげるから、しばらくバイブで我慢してなさい」
「は、は、はい……」
息を殺しながら裸の女性が頷く。
(交尾!?)
何気なく発せられたその言葉に君が激しく反応を示すと、飼い主の女性が、君の勃起に気づいて呆れたように言った。
「もおう、こいつもフル勃起よ、困ったものね、この変態たちは」
裸の女性は「落としたらお仕置きだから」と飼い主に言われて、律動するバイブをキュッと咥え込み、腰をモジモジとさせながら、かろうじて立っている。
(この美しい女性とセックスできるのか!?)
君が内心でマゾ豚にあるまじき分不相応な歓喜を爆発させていると、友人の女性が唐突に君に言った。
「ねえ、ちょっと」
「は、はい?」
君はふっと我に帰り、何だろう? と訝しみながら彼女を見た。
「あたし、おしっこしたくなっちゃったんだけど、この島、トイレはないのよね。どうしよう?」
彼女が探るような目で君を見つめる。
君は生唾をごくりと飲み込み、どうするべきか、と問いかけるように飼い主の女性を見た。
飼い主の女性は、顎を軽くしゃくった。
君は、女性に向かって言った。
「よろしければ、僕の口をトイレとしてお使いください!」
「いいの?」
「はい!」
「じゃあ、早くして、もう漏れそうなのよ」
「わかりました、お待ちください」
君は砂の上で仰向けに寝て、「どうぞ」と言い、大きく口を開いた。
背中の砂が焼けるように熱かったが、君は堪えた。
強い日差しが垂直に降り注いで君の目を射抜く。
その眩しい視界が影で覆われる。
女性が躊躇することなく君の顔を跨いだのだ。
君はさらに大きく口を開いた。
もちろん、浅ましいと思ったが、目も大きく開いた。
噴き出した汗が流れて目に入り、慌てて指先で素早く拭う。
女性が水着のショーツを脱いだ。
高まる期待に君の貧相なペニスは限界まで猛々しくそそり立つ。
女性はショーツから片足だけ抜いて、腰を落としてきた。
君の目前に、涼やかな隠毛に包まれた股間が迫り、その奥に、ピンクの亀裂が開く。
そして、勢いよく尿が放出された。
それはまるでホースの先を指で潰して迸らせた水のように、君の口に鋭く注ぎ込まれる。
苦味のきつい、濃厚な尿だった。
君は必死に喉を鳴らして飲むが、あまりの水量に追いつかず、たちまちゴボゴボと溢れさせてしまう。
大量の尿が口元から流れ出て、顔の周囲の砂を濡らす。
女性が放尿を続けながら君を見下ろす。
「何よ、詰まってるの? このトイレ」
笑いながらそう言うと、大きく腰を前後に揺すった。
温く苦い尿が君の顔面を盛大にぶちまけられる。
それはすぐに顔面だけでなく、上半身のほとんどを濡らした。
君はたまらず目を閉じたが、しかし口は開いたまま、必死に飲んだ。
飼い主の女性の笑い声も聞こえてきた。

じきに放尿が止まった。
まるで南の島の通り雨が唐突に去るように、不意に水流が途切れた。
女性が腰をあげる。
君は、目を開いた。
そして尿でぐしょ濡れの顔のまま、体を起こした。
飼い主の女性が腕組みしたまま君を見下ろしている。
排尿を終えた女性はショーツを戻し、尻の部分に指を入れて位置を整えている。
バイブを咥え込んだままの女奴隷は、尿と砂に塗れたままの君のそばでまだ快感に耐えている。
君の勃起はまだ全く萎えることがない。

君は、凪の海を見た。
いつのまにか水平線近くに入道雲が湧き上がっている。
尿塗れの濡れた体を、海からの小さな風がそっと撫でた。
口の中に残る芳醇な苦味が鼻から抜けて、君は誰にも知られず微笑みを浮かべる。
日差しが熱い。
夏だな、と思う。
汗が止まらない。

入道雲は、もくもくと暴力的に立ち上がり続けている。
そして、睫毛に止まった金色の雫で、その先端が鋭くきらりと光る。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

For You

2017/07/14 2件のコメント

君はもう何年も同じSMクラブに通い、同じ女王様を指名してプレイしている。
他の女王様とプレイする気持にはならない。
彼女以外の女性に跪く気にはなれない。
彼女だけを崇拝している。
心構えとしては、個人奴隷のつもりだ。
実際、女王様にも「おまえは特別な存在」と言われていて、遅い時間の予約になっても融通を利かせてもらえる。

日に日に彼女に対する気持は高まるばかりだ。
とはいえ勿論、マゾとして奴隷として、分は弁えているつもりだ。
だから「付き合いたい」とか「奴隷として飼われたい」とか、そんな烏滸がましいことは望まない。
クラブへ赴き、代金を支払ってプレイをし、別れる。
それだけだ。
彼女の本名も住所も知らない。
知っているのは営業用の携帯電話の番号だけだ。
考えてみれば、否、考えるまでもなく、空虚な関係だ。
それでも君は彼女への想いが抑えきれない。
そこで君はブログを書くことにした。
そのブログでは、自分の変態性やマゾ性を隠すことなく開陳し、一匹の奴隷として支配者である彼女への気持を綴る。
そして、そのブログのアドレスは彼女にだけ伝え、他の誰にも読ませない。

或る夜、君はブログを開設した。
タイトルは仮として『For You』にした。
女王様にこのことを話して、許可が出たら『For My Mistress』とか、マゾ奴隷らしいものに変えるつもりだ。
その夜は、結局タイトルを付けたそこまでで、記事は書かなかった。
今度のプレイの時に「ブログを作っても良いか」と伺いを立て、お許しがでたら改めて想いのすべてを文章にぶつけるつもりだった。
そしてそれから三日後、クラブへ行き、プレイの後、女王様にこの話をした。
すると彼女はあっさりと「いいよ」と許可した。
たたしタイトルについては「変えなくていい」と言った。
君は「ご許可、ありがとうございます」と礼を述べ、「最初の記事をすぐ書きますのでアップしたらご連絡させていただきます」と頭を下げた。
「待ってる」
女王様は言い、プレイの時間は終了した。

その夜、君は早速記事を書き始めた。
タイトルは既に決めていた。
『隷属の誓い』
これ以外は考えられなかった。
それから三日かかって君は最初の記事を書いた。
言い回しとか誤字脱字とか何度も確認し、深夜に公開した。
そしてブログのアドレスをメールで女王様に伝えた。
勿論、時間も遅いし、女王様の手を煩わせることはしたくなかったので、『返信は不要です』と記しておいた。

女王様のためだけにブログを開設して以来、君は舞い上がってしまい、仕事も手につかなくなってしまった。
とはいえ、社会生活を放棄するわけにはいかないから、一応は平常心を装って過ごしたが、一日中彼女のことを考えるようになってしまった。
これまでももちろん崇拝する気持ちが強く、何毛ない平凡な日常の中でふと女王様のことを考えることはあったが、その頃とは気持ちの濃度が違ってきた。
濃度の違いというか、単純に君の内部で静かに、しかし劇的な変化が起きたのだ。
女王様は営業用に、ブログとツイッターとインスタグラムをやっているので、これまでの君はコソコソと覗いていたのだが、なんだかそれらを見ることが辛くなってしまった。
というのも、当たり前のことだが、彼女はプロの女王様として毎日いろいろなM男とプレイしていて、オンライン上には君の知らないM男たちと色々なプレイに興ずる様子がアップされる。
それを見ることが辛くなってしまったのだ。
無論、見ず知らずのM男たちに嫉妬のような感情を抱くことは間違っているし、そもそも意味がないというか、そんな感情を抱く資格など自分にはないことくらい君はよくわかっていた。
女王様を独占するなんて、おこがましいにもほどがあるし、ありえない話だ。
女王様は君だけのものではない。
君にとって女王様は唯一の存在だが、女王様にとっての君はたくさんいる客の中の一人に過ぎない。
ただ、そういうことは、理屈では分かりすぎるくらいわかっているのだが、感情の点でどうしても引っかかってしまうのだった。
仕事中など、ふとした瞬間、今頃女王様は何をしているのだろう、と考えてしまうと、もうダメで、頭がおかしくなりそうになった。
クラブに出勤中ならばどこかのM男と色々なプレイをしているだろうし、プライベートの時間なら、彼氏や旦那がいて、普通の女としてセックスをしているかもしれない。
もしかしたらM男に小便を飲ませて稼いだ金で子供にミルクを与えているかもしれない。
いずれにせよ、SMプレイにしろセックスにしろ、君の与り知らないところで、君の知らないペニスが彼女の前にそそり立っていることだけは間違いない。
だとしても、その詳細について、君に知る手立てはないし、そもそも彼女を詮索する資格などない。
しかしその想像が、君を苦しめた。
ただ、それは単なる自縛にすぎず、実は解除することなど簡単なのだが、君は無間の地獄に自ら身を投じて苦悶した。
そんなこと想像しなければいいのに、つい君は想像してのたうちまわった。
そして君は苦しくなる度に、その淫らな幻影を振り払うかのように、いきり立つペニスを狂ったようにしごき上げた。
そういう時、君はたまらなく女王様に会いたくなった。
しかし、お門違いの嫉妬心に突き動かされながら週に何度もクラブへ通って「しつこい」と思われたら元も子もないから、会いたいけれど会えなかった。
そんなに通いつめたら、ドン引きされかねないし、最悪、警戒されてしまうかもしれない。
ただでさえ風俗嬢と客の関係というのは、客の勘違いからストーカー的な問題に発展しかねないイメージがあるから、適度な節制が重要になるはずだった。
そもそも、幸か不幸か、君には先立つものがなかった。
彼女と会うためには、常に数人の諭吉が必要で、残念ながら君の財布には肝心なその諭吉がそんなにたくさんいなかった。
故に、君は耐えた。
いや、正確には耐えるしかなかった。
その代わり、プレイ時に撮らせてもらった彼女の尻や足の指の画像をおかずにして、ひたすらオナニーをした。
まるで発情期の猿のように、君は毎日毎日彼女とのプレイを夢想して自慰に励んだ。
これまでも君はほぼ毎日のように自慰をする人間だったが、おかずはその時々で色々だった。
SMの映像や画像を使う際でも、その時の夢想の相手は色々な女性だったし、一般的なAVを使う際は、普通にAV女優が相手だった。
その状況が一変した。
君にとってのオナニーの対象は、いつしか女王様だけになってしまった。
こんなことは初めてだった。
だいたい、一人の女王様にこれほど固執するというか傾倒すること自体が初めてのことで、君はそんな自分自身に対して若干戸惑った。
しかし、どうしようもなかった。
この歪みを内包した熱い感情は、恰もいったん坂を転がり始めた雪の球のように、ひたすら加速しながら大きくなっていくだけだった。
だから君は、彼女に対する気持ちが沸き起こってくるたびに、知らない男たちの幻を振り払うかの如く、いきり立つ貧相なペニスを狂ったようにしごき続けた。
仁王立ちする女王様の股の間で跪き顎を上に向けて大きく口を開きながら飲む聖水、椅子に足を組んで座る女王様の足元に平伏しながら投げ出された足を両手で掲げ持ってむしゃぶりつく足の指……そんな記憶の断片を呼び起こしながら、君はひたすら己を擦り上げた。
そして精液を放出すると、少しだけ平静さを取り戻すことができた。

そんな苦しい毎日の中、最初の記事をアップしてすぐ君は二本目を書き始めた。
一本目の記事について女王様の反応を知りたかったが、こちらから催促できることではなかったし、そもそもメールは送ったが本当に見てもらえたかどうかすら不明だったので、そのことについては考えないようにして、キーボードを叩いた。
二本目の記事のタイトルは『初めてお逢いした夜のこと』にした。
内容はそのまま、初めて指名してプレイした時の気持を、下書きとしてテキストエディタに綴った。
その記事をローカルで書いている途中、ブログを公開してちょうど一週間が経過した夜、コメントが付いた。
君は自分のブログを開いた。
すると、コメントは女王様からだった。
それはそうだろう、彼女にしかブログの存在を知らせていないのだから、彼女以外からコメントなど付くはずがない。
検索エンジンのロボットも弾く設定にしてあるから、偶然何者かがアクセスすることもないはずだった。
それでも、まさか書き込んでもらえるとは思っていなかったので、君は心の中で小躍りしながらコメント欄を開いた。
するとそこには短いメッセージが書き込まれていた。

『わたしです。
この度、クラブを退店しました。
SMから引退することにしました。
もう女王様もやりません。
さようなら。』

君はそれを読んで呆然となった。
やがて我に返り、深夜だったが、我慢できずに女王様の営業用の携帯電話にかけた。
しかしその回線は既に使われていなかった。
無情に流れるガイダンスを君は未練がましく最後まで聞いて、切った。
そのまま眠れぬ夜を過ごして、翌日、なんとか仕事に行き、勤務時間中だったが、君はトイレの個室からクラブの営業開始時刻を待って店に電話した。
そして何も知らない風を装って指名予約しようとしたのだが、あっさりと「彼女は退店しました」と言われた。
「どこか別の店に移ったのですか?」と食い下がってみたが、店員は「いいえ、詳しくは知りませんが、業界から上がったみたいですよ」とさらりと告げた。
そして「他の女の子はどうですか?」 と勧めてきた。
しかし君はとてもではないが到底そんな気にはなれず、「またにします」と電話を切った。

どうしたらいいかわからなかった。
君は夢遊病者のような、魂の抜けたゾンビのような足取りでトイレから出ると、とりあえず洗面台で冷たい水を出し、顔を洗った。

カテゴリー:金の鎖、銀の鞭

越境者

君はこれまでに二度、越境している。
一度目は、もう随分以前だ。
「大人」と呼ばれる年齢になってさらに時間が経った頃、君は一度目の越境を果たした。

あれは雪がちらつく二月の寒い夜だった。
その日、君は仕事を終えて既にいったん帰宅していたのだが、午後十時を過ぎた頃、突如、不退転の決意で部屋を出た。
唐突に、SMクラブへ行こう、と思ったのだ。
急に思い立ってそのまま行動に走ったきっかけは、わからない。
ただそれまでの君は妄想系の変態M男で、実践経験は全くなかったのだが、その夜、何かが変化した。
理由は思い当たらない。
風俗雑誌等で街の盛り場にSMクラブがあることは情報として知っていたし、その店の広告を見れば在籍する女性が多く掲載されていて憧れを抱いていたし、実際にそのクラブの前を(たまたま通りかかっただけ)という風を装って徒歩で通過したことが何度もあった。
だから場所や大まかな料金体系等については既に承知していたのだが、なかなか踏み出せないでいた。
やはり心のどこかで、妄想だけで済ますことと体験することの間には明確な違いがあり、現実的に経験してしまうと正真正銘真性のM男になってしまいそうで、二の足を踏んでいた。
そもそも君は、風俗の店へ行ったことすらなかった。
ヘルスもソープも未経験だったから、そういうレベルでいきなりSMクラブはあまりにハードルが高すぎるという意識もあった。
そんな状態なのに、なぜあの夜、君がいきなりSMクラブの門を潜ろうと思ったのか、それは雪が降っていてひどく寒く、こんな夜なら街にも人は少なく、クラブも空いているのではないか、と考えたからかもしれなかった。
もともと行きたいという気持ちは高まっていたのだから、足りないのは実行に移る動機付けだけだった。
今ではもう全く考えられないことだが、当時はSMクラブへ行くということに尋常ではない背徳感というか、人としての後ろめたさみたいなものや恥ずかしさを君は感じていて、できる限りクラブ周辺の路上で他人に会いたくなかった。
その点、降りしきる雪がヴェールの役割を果たしてくれるのではないか、と思った。
雪の中、傘を差して徒歩で店に近づき、さっと入ってしまえば、誰にも見咎められることがなさそうで、それが君に安心感を与えた。
それ以外にも、君の背中を押す要因はいくつかあった。
まず、給料が出た直後で懐に余裕があった。
それから、当時たまたま数日にわたって多忙を極めており、自慰をしない日々が続いていたから、充分に溜まっていた。
そして、風俗情報誌を買ったばかりで、気分が密かに盛り上がっていた。
こういったいくつかのピースがひとつにぴったりとはまって、君がついにSMクラブデビューを果たす、という一枚の壮大な絵を完成させた。

そうと決まれば、君の行動は素早かった。
勇気を振り絞って自分を奮い立たせながら、財布と傘だけを持って部屋を出た。
ぼったくりが怖かったから身分証明書の類は持たなかったし、現金も必要最小限にしておいた。
携帯電話も置いていった。
ただし情報誌に入会金無料のクーポンが付随していたので、それだけは切り取って財布に入れた。
予約の電話はしなかった。
予約をすれば確実だろうが、しなかったことには理由がある。
それは、もしかしたらそれでも店の前でビビってしまい、結局行けないなんてことになるかもしれなかったからだ。
そうなると、予約は具合が悪い。
だから君は飛び込みで向かった。
もっとも結果的に、そういう心配は杞憂に終わった。
あんがい君はスムーズに入店してしまった。
粉雪が降りしきる、クラブのある通りに人気は少なく、君は傘で顔を隠すようにして黙々と歩きながら店に近づくと、さっとドアを開けて中に入った。
店の中は無人だった。
ドアを潜るとそこは待合室のようなスペースになっていて、ソファが並んでいた。
壁が鏡張りになっていて恥ずかしかったが、君の背後でドアが閉まると、すぐに事務室から黒服の、やや年配の男性が出てきて、柔和な笑顔で「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
「ご予約は、おありですか?」
そう訊かれて、その時点で君はもう心臓が裏返りそうなくらい極度の緊張状態に陥っていたが、店員の優しげな雰囲気に少しだけ気持ちの強張りが解けて、こたえた。
「えっと予約はしていません、初めてなもので」
すると店員はソファを勧めた。
「そうですか、こんなお足元の悪い中、わざわざありがとうございます」
そう言い、君がソファに座ると、いったん去り、すぐに飲み物を持って戻ってきた。
「どうぞ」
烏龍茶の入ったカップをテーブルに置き、君の足元に傅いた。
「それでは、簡単に当店のシステムを説明させていただきます、ご承知でしょうが、当店はSMクラブでございまして、コースはお客さんが責めるSコースと、お客さんが責められるMコースがございますが、どちらにいたしましょう?」
君は気恥ずかしさが内心で爆発することを自覚しつつ、小声で短くこたえた。
「Mで」
「かしこまりました、女王様コースですね」
店員は確認のために復唱し、続けた。
「申し訳ないのですが、Mコースですと、現在混み合っておりまして、早くても三十分後のご案内になってしまいますが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
今更やめるなんてできなかったので、君は頷いた。
「構いません」
「では、何分のコースにいたしましょう? 60分、90分、120分、とございますが」
店員は料金を提示した後、付け加えた。
「あと、別途プレイルームの使用料と、当店は会員制でございますから初回に限り入会金をお願いいたします」
君は、承知した、というように頷いてから、こたえた。
「60分で」
「かしこまりました」
そして君は、たぶんこのタイミングでいいだろう、と思いながら、言った。
「あのう、これ、使えますか?」
財布から入会金無料のクーポンを取り出して、示した。
「大丈夫ですよ、では」
店員はそれを受け取り、プレイ料金の総額を告げた後、女性の写真が入った何枚かのハードのクリアファイルを、トランプのように扇状に広げて見せた。
「今、ご案内できるのはこちらの女の子たちになります」
何枚のファイルが出てきたか、完全にテンパっていた君はちょっと思い出せないが、確か四、五人だったと思う。
君はファイルを吟味した。
クリアファイルには写真と身長や年齢等簡単なプロフィールが入っていて、可能なプレイが記されていた。
君はやがて一人の女性を選んだ。
本当は密かに雑誌でチェック済みの意中の女性がいたのだが、彼女のファイルはその渡された中にはなかった。
店員に、君は選んだ女性のファイルを見せて、言った。
「この人で」
「かしこまりました」
店員は頷いてファイルを回収し、料金を受領すると、訊いた。
「領収書は必要ですか?」
「いらないです」
君がそうこたえると、店員は立ち上がった。
「それでは、しばらくお待ち下さい」
店員は頭を下げ、いったん事務室へ戻った。
待合室の隅の上空にテレビがあって、ニュース番組が小さな音量で流されていた。
君はがらんとした、鏡張りのためにどこか淫靡な待合室にひとり取り残されて、完全に手持ち無沙汰だった。
烏龍茶を飲み、テレビを見た。
別にニュースなんか見たくはなかったが、他にすることもないので、仕方なかった。

肝心なプレイについて、実は君はあまり覚えていない。
というのも、緊張と興奮が尋常ではなかったからだ。
よって、記憶はコマ切れで、うまく繋がらない。
女王様は優しく綺麗な人で、ファイルの写真と髪型が全然違ったから、初対面の瞬間はびっくりしてしまったが、女性の方から「写真と全然違うよね、最近、髪切ったのよ」と言って場を和ませてくれたことはよく覚えている。
そしてプレイが始まる前に、君は「SMプレイは初めてなのです」と正直に言い、「基本的に『お任せ』でお願いしたいのですが」と付け加えた。
すると女王様はベテランらしく快諾し、いざプレイとなった。
女王様は君にシャワーを使うよう命じた。
君は部屋の隅で裸になると、シャワー室で体を流した。
その間に、女王様は着替えていた。
シャワー室から出てくると、女王様はボンデージ姿だった。
生の『女王様』を見て、君は呆気なく勃起してしまった。
君は簡単に体を拭くと、バスタオルを置き、既に足を組んで椅子に座っている女王様の前へ全裸で進み、ごく自然に跪いた。
その瞬間、君は確かに一度目の越境を果たした。

その夜、クラブを出ると、雪はいちだんと激しくなっていた。
君は痺れるような寒さの中、人気の絶えた街路を歩きながら、(ついにマゾプレイを体験してしまった!)という昏い興奮に包まれていた。
心地よい疲労感と、まだ夢の中にいるような倦怠感に浸りながら、鞭やビンタの痛みに火照って熱い体に、霏霏と降る雪や空気の冷たさが快かった。

あの初めての夜から、かなりの年月が流れた。
君はM男として場数を踏み、それなりに経験を重ねてきた。
失敗もたくさんした。
すべてのM的体験は風俗だったから、合わない相手も居たし、しっくりこないプレイもあった。
しかしもちろん素敵な相手は多くいたし、満足のゆく素晴らしいプレイもたくさんあった。
ただ、これだけマゾとしてプレイを続けていると、さすがにマンネリ感は否めなくなってきた。
SMクラブでのプレイは、バリエーションは幾つかあるが、ベースは限定的だ。
鞭、緊縛、吊り、蝋燭、ビンタ、アナル、言葉責め、匂い系フェチプレイ、唾や聖水等の体液享受、そして自慰……ほとんどがこれらの組み合わせでコースが組み立てられる。
無論、相手や状況の違いでひとつとして同じプレイはないのだが、君はこの頃、なんとなくマゾとしての限界みたいなものを感じていた。
かといって、クラブを離れて素人相手となるとリスクが高いし、エゴと言われようが相手はプロでなければMとして自らを委ねることが怖い。
たいしたものではないが、君にもそれなりに常人的な社会生活がある以上「プレイ」以外のSMは難しい。
すべてを投げ打って誰かの奴隷になってすべてを捧げるとか、シチュエーションとしての憧憬は抱くが、現実的には無理だ。
映像作品に出演してみたい気持ちもある。
しかしそれも、もしもの身バレを考えるとあまりにハイリスクで、踏み出せない。
そもそも君の場合、自分がマゾであることは認めるが、それをプレイ相手の女王様以外に知られることを、絶対に望まない。
だからSMバー的な場所も気後れして行けないし、SM系のパーティなんて以ての外だ。

そんな、或る意味マゾとして「ひきこもり」的な君だが、ついに二度目の越境を果たした。
それは、つい昨日のことだ。
尤も午前零時を過ぎたから便宜的に厳密に「昨日」といったが、時間の経過を基準にするならほんの数時間前のことだ。
だから、感覚的にはまだ「今夜」と呼んだ方がしっくりくる。
SMクラブでのプレイ以外にMとして覚醒する機会のない君が、雁字搦めで不自由な狭い世界の中に生きつつ、今夜、越境した。

今夜の君は、いつもの君とは少し違っていた。
ある決意を胸に秘め、SMクラブへ向かったのだ。
新しい未知のプレイに挑戦して自らの殻を打ち破りたいという激しい渇望を決意に変換して君はクラブに予約の電話を入れ、決してもう短いとは呼べなくなってきた自分のM人生に於いて生まれて初めてのオプションを追加した。
記念すべき相手は、初めての女王様を指名した。
広告やウェブで顔出ししている、ハードな責めで評判の高い人気の美人女王様だ。
プレイ前に君はオプションについて「初めてなのです」と正直に告白した。
女王様は「大丈夫?」と妖艶に微笑みながら訊き、君は「頑張ります」とこたえた。
それ以上、女王様は何も言わなかった。

プレイが開始され、君はいつもより激しく責められた。
それは君のリクエストだった。
自分よりも体格的に勝る女王様に苛め抜かれ、ボロ雑巾のように満身創痍になることを熱望した。
そのために、あえてハード系の女王様を選択したのだ。
そしてその希望通り、君はボロボロになった。
散々小突き回され、やがて君は仰向けにぶっ倒れた。
その顔を、女王様が跨ぎ、おもむろにショーツを下ろした。
そして、そのまま尻を落とす。
君は肩を弾ませて荒い息を吐きながら、迫り来る女王様の股間を、吸い寄せられるように凝視した。
陰毛の茂みの奥にピンク色の亀裂が覗き、その先に、可憐な蕾があった。
その蕾が収縮し、君は息を詰めた。
次の瞬間、蕾が一気に開いて、黄金色に輝くクリームが出現した。
それはにゅるにゅると音もなくしなやかに、まるで神の使いである聖なる蛇の降臨の如く産み出され、やがて自らの重みに耐えきれなくなったのか、ごく自然にちぎれて君の顔の上に落下した。
その刹那、君は二度目の越境をした。
君はついにリアルに人間便器となった。
聖水なら今まで数限りなく浴びたり飲んだりしている。
しかし黄金は初めてだった。
憧れはあったが、これだけは絶対に無理、と君はずっと思っていて、どうしても勇気が出せなかったのだが、今夜の君は果敢に挑み、華やかに跳躍した。
そして、全面的に受け止めた。
ただ、その触感は異次元の感触で、初めから分かっていたことではあったが、想像以上の香気に、さすがの変態M男の君も嘔吐きそうになってしまい、必死に息を止めた。
本当は「食べたい」とまで思っていたし、この先にはそれがまだ待っているだろうが、今夜の君はひとまずそこまでで、それ以上先へ進むことはできなかった。
画像や映像といった二次元では、いくらでも妄想で食べられるが、現実的な三次元となると「臭い」というファクターが厳然と存在していて、その障害の威力は君の想像をはるかに凌駕していた。
口と鼻を開いて息をしたら瞬間的にリバースしてしまうだろう、と思いながら君は、なんだか、限界の境界を押し広げたが、するとすかさず更に新しい限界が出現したような、そんな感じを抱いたが、達成感は覚えていた。
女王様は、君のそんな混乱を上空から見下ろして冷笑した後、聖水を盛大に注いで君の顔を流した。
まるでホースの先端を指で潰して放水するかのような強い勢いで降り注ぐ聖水に、君は目を閉じた。
暖かい水流に黄金が君の顔の上を流れていく。
あらかた流れ落ちると、君は大きく口を開け、尚も注がれ続ける聖水を飲んだ。
やがて聖水が止まった。
君が一息つくと、女王様はいっそう尻を落として君に命じた。
「食べることもできない役立たずのクソ便器、食べられないならせめて舐めて綺麗にしろ」
「はい!」
君は仰向けのまま顔だけを起こすと、女王様の汚れた蕾に舌を伸ばした。
苦味が舌先を痺れさせたが、耐えられないほどでもなかった君は、唇を窄めて蕾に吸い付き、舌を尖らせてその奥へと挿し入れて入念に舐めた。
まるでキツツキが木を啄ばむように、君は頭を上下に動かしながら舌を出し入れし、その後、蕾の皺のひとつひとつを丁寧に舌先で辿った。
そうしながら、君は無意識のうちに、既に限界までそそり立っていたペニスを握り締め、気づくと擦り始めていた。
女王様はそんな君を冷ややかに見下ろし、嘲笑った。
尻の穴の汚れを舐め取りつつ自慰をする憐れなマゾ豚……それが君だった。
「堕ちるところまで堕ちたな」
女王様が侮蔑の響きを滲ませながら吐き捨て、君は、否、と思った。
堕ちたのではなく、むしろステージを一段上がってまた一歩高みに近づいたのだ、と思った。
君は嘲笑を浴びながら、聖水と黄金の残滓に塗れさせた顔を女王様の股間に張り付かせ、一心不乱に舐め続けた。
そしてじきに呆気なく、そのまま華々しく射精した。

射精を果たした後ももしばらく君は動けず、漂うアンモニア臭の中、仰向けで呆然としていた。
顔を拭うことすらせず、そのまま聖水と黄金に塗れていた。
そんな君を見て、女王様は軽やかに笑った。
「なかなか壮絶ね」
「すみません」
君はようやく体を起こすと、椅子に座った女王様の前に跪き、ひれ伏した。
「御調教、ありがとうございました」
女王様は君の後頭部を無言のままパンプスで踏み、その足を床に下ろした。
無事にプレイは終了した。
女王様が言った。
「シャワーを浴びていらっしゃい」
「はい」
君は立ち上がると、シャワー室へ向かった──。

人は時に、自分でも思いがけずボーダーを軽々と超えることがある。
境界線には高いフェンスが聳え、電流が流れる有刺鉄線まで巻かれていて、それを越えることは決して容易いことではない。
境界線の向こうとこちらでは、完全な別世界だ。
そんな境界線を越えた瞬間、越境者は既成の枠を超えたスペシャルな存在となる。
ただし、誰かから尊敬されるようなことはない。
なぜなら、特に他人にはそのことを告げないからだ。
ほとんどの人は他人に知られることなく越境を果たす。
その後の生き方は、様々だ。
行ったきりの者もあれば、戻ってもう二度と向こうへは行かない者もある。
或いはどちらかに軸足を置きつつ、自由に往き来する者もある。
どの生き方が正しいのかなんてわからないし、そもそも正否を求める問題ではない。
正しいとか正しくないとか、そういう価値観すら軽やかに越える者が、越境者なのだ。

この先、君はあと何度、越境していくだろう。
それは君自身を含めて、誰も知らない。
誰にも、わからない。

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地図にない道

M男は、S女性を、女王様を、異性の「女」として見ることができなくはないが、S女性や女王様がM男を異性の「男」として見ることはまずない。
M男には一応「男」という文字が付いてはいるが、それには単なる識別のための文字以上の意味はなく、女性にとってM男は「男」ではない。
かといって「女」ではないから、とりあえず「男」という文字が付いているだけだろう。
別の言い方をするなら、人間だが人間ではない、つまり最初から「人」対「人」という関係の対象ではないのだ。

無論全てがそうだと言い切れないかもしれないが、たいていのS女性には、だから、M男とは全く関係のない恋人や旦那といった異性の「男」がちゃんといる。
そして恋人関係や家庭を築いている。
その男の前で女王様は「女王様」ではなく、ひとりの「女」だ。
よって必然的にM男を相手にしている時の「女王様」とは全てが違う。
男の前ではノーマル、或いは寧ろMになってしまう女王様もいて、それは普通のことだ。
男のペニスとM男のペニスも違う、別物だ。
男のペニスは愛しいし、挿れたり舐めたりしゃぶったりすれば感じるが、M男のそれは単なるオモチャであって、それ以上でもそれ以下でもない。
だからM男の前では常に冷徹で厳しい「女王様」であっても、彼氏や旦那の前では従順な子猫になってしまう「女」になることに、矛盾はない。
寧ろ正常だろう。
そもそもM男だってそうだろう。
中には完全に真性で、崇拝対象に男女の拘りすらなく、異性に対して一切「好き」という感情を抱くことがない筋金入りのマゾもいるかもしれないが、多くのM男にそこまでの覚悟や悲壮感はない。
M男としてS女性や女王様を崇拝するが、誰でもいいわけではないし、S女性や女王様を彼女や嫁の対象とは考えないだろう。
そういう相手は別に作り、それなりに生活を営みながら、時々その世界から離脱して「女王様」に「M男」として仕える。
だから、好きな相手の前では「女」になるS女性や女王様のように、好きな相手の前では「M男」ではなく「男」になり、もしかするとマゾとは真逆な尊大で亭主関白的に振る舞う者もあるかもしれない。
そして、それにも矛盾はない。
ただM男の場合は、女王様と違って、「女王様」を「女」として見てしまう場合が、時にはあるかもしれず、それが女王様とM男の違いでもある。

「女王様」は「M男」に対してまず恋心なんて抱かないが、「M男」は「S女性」や「女王様」に恋心を抱いてしまうことがある。
しかしそれはたいてい悲劇だ。
まず報われることがない。
「女王様」と「M男」は、常に等号(=)では繋がらない。
どんな状況であっても「女王様」が常に上位にあって、不等号(>)でしか繋がらない関係なのだ。

わかりやすい喩えでいうなら、「女王様」と「M男」は、人間とペットの関係に近い。
飼い主がどれだけペットの犬や猫を可愛がり、愛おしく思っても、彼氏や旦那に対する気持ちとは当然違う。
そしてそれは違っていて当然だから、間違いではない。
ペットの犬や猫に対して、愛し合いたいとか付き合いたいとか結婚したいとか家族を築きたいとかなんて、考えないし、考える者があるとしたら、それは明らかにおかしい。
つまり、そういうことなのだ。

ただし厄介というか難しいという微妙というか、これが逆に「S男」と「M女」の場合は、この限りではないことがある。
S男がM女に恋心を抱き、M女がS男に恋心を抱いて、プレイとは別に、相思相愛になることもあり、それはそれでなぜか矛盾がない。
それが同じSとMであっても、女性上位か男性上位かで違ってくることのひとつだ。
そういう意味に於いては、S男とM女の関係は、もしかしたらS女とM男の関係より、一般的な男女関係における「幸福」という終着駅に辿り着ける可能性は高いかもしれない。
M男が女王様を対等な立場の異性同士として想ってもまず報われることはないだろうが、M女はもしかしたらS男に対して報われることがあるかもしれないし、その逆も然りだ。
少なくとも、M男よりは、S男もM女もその成就の可能性がある。
それでも、もしかしたらM男を恋愛の対象として見る女王様もいるかもしれない。
M男を財布代わりとして確保し、表面上はM男と恋愛関係を築くということも、女王様がその気にさえなれば可能だろう。
だからこれはあくまでも可能性の問題だ。

だがしかし、やはり多くのS女性や女王様は、「M男」は恋愛対象の選択肢にはなく、ふつうの男を選び、ふつうに好きな相手の前では「女」になるだろう。
だからM男は身勝手にも、時折、慕う女王様に対して、せめてレズビアンであってほしい、なんて都合の良いことを考えたりする。
しかし、その希望的観測も、たいていは叶うことがない。
女王様は「女」として、好きな男の前ではかわいい「女」となって、その時は、たとえ親しい間柄のM男がいたとしても、そのM男のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。
尤も、忘れはしないかもしれないが、ひとまずM男のことなんかはどこかに仕舞い込み、ドアを閉め、鍵をかけてしまうだろう。

中には、寝盗られ属性というか、女王様が「女」として知らない「男」と普通に男性上位的なセックスをしていることを夢想して興奮するタイプのM男もいる。
しかもその場合、淫らでふしだらで卑猥な行為を、女王様は知っていても男は気づいていないという設定のもと、たとえば寝室のクローゼットなどの中から「見せつけられたい」と願い、その状況を想像して自身のM的感覚を全開にするM男も、珍しくはない。
それでも、ここからが微妙なのだが、相手の男にM男である自分を認識されることには抵抗を示す者が、少なくはない。
つまり、たとえばセックスしている様子をクローゼットの中から女王様のみに認識されつつ「見せつけられる」ことには盛るが、相手の男も承知していて、クローゼットの中ではなく、ベッドサイドで犬のようにお座りをさせられつつ見せつけられるという構図になると、たとえM男でも複雑な感情を抱いてしまう者が多いだろう。
S女性や女王様との関係の中に別の「男」が登場することに、強烈な拒否反応を示すM男は多い。
これが「男」ではなく、同じ立場の「M男」であっても、尻込みしてしまうM男は、それほど特殊ではない。
要するにそれは、たとえば二人の女王様がそれぞれ奴隷のM男を連れて同じ空間でM男同士を会わせる、という状況だが、逆にいうと、そういう別の「男」の登場に何の蟠りもなくなると、M男としては一クラス上のステータスに上がるのかもしれない。
そして、自分と同じM属性ではなく、S男やノーマルの男にも抵抗がなくなれば、M男としてのランクは相当上位に達しそうだ。
とはいえ、それなりに一般的な社会生活を送りながら、M男としてそこまでステータスを上げることは、なかなか難しそうだ。
そもそもいくらM男といっても、殆どの場合、たとえエゴマゾと揶揄されようとも、跪く相手が誰でもいいというわけではない。
男は論外としても、仮に女であっても、跪きたい相手と跪きたくなんかない相手が存在する。
M男といっても、多くはそういうものだ。
だいたいが大前提として、M男ほど身勝手で貪欲で我儘で浅ましい者はいない。
絶対に「やりたくないこと」や「やられたくないこと」を無理やり「やらされたい」わけではなく、自分が「やりたいこと」や「やらされたいこと」を形式上「やらされる」という形で「やらされたい」と思っているのが、たいていのM男だろう。

いずれにしても、S女性や女王様は、M男を「男」としては見ない。
その最もわかりやすい例というか、象徴する行為が、所謂スカトロ系のプレイだろう。
本来、人にとって、というか特に女性にとって、排泄という行為は、羞恥心と背中合わせだ。
必ずしも全ての女性がそうだと言い切れないが、たいていの女性にとって排泄している姿というのは、人には見られたくないものだし、見られることは恥ずかしいはずだ。
排泄は、人間であれば老若男女、誰でもしていることではあるが、ふつうはアンタッチャブルな行為として、個室に籠もって、ひとりで、密かに済ます。
だから女性を辱める効果的な手段として、しばしば排泄行為は利用される。
つまり、人前でうんこをさせて、羞恥心を煽るのだ。
正確にいうと、させるだけでは足りない。
ひり出している様子を撮影し、それを後から本人に直視させることで、効果を倍増させるのだ。
そうして屈辱的な気持ちに突き落とし、その結果、女を服従させるというのは、トラディショナルな方法のひとつとなっている。
人前でうんこをさせ、それを本人にも見せつければ、どんな気丈な女でもあらかた落ちる。
この場合、自然排泄ではなく浣腸による強制排泄だと、一層被虐感が強められるだろう。
もちろん、うんこなんて、そんなに恥辱を煽るほどのものか? という意見はあるだろう。
実際、テレビのCMなんかでも、便秘解消のサプリなどの効果として「いっぱい出た」とか「毎朝、どさっとすっきりです」とか、女性がカメラの前で堂々と笑っているが、ほとんどが女性であることを半ばもう放棄しつつある年齢層の人が多いし、微妙にギリギリまだ女として魅力のある熟女も時々は登場するが、そういう人の場合は表現がソフトになり、間違っても「ドッサリ出た」なんて口にしない。
それに、ここからが肝になるのだが、たとえそういう風に平気で便秘を人前で話題に出来ているとしても、ではその出しているところを見せてくれ、と言われて、素直に見せられる女性がどれだけいるのか、ということだ。
わかりにくければ、ちょっと想像してみればいい。
たとえば、世間や周りの人間たちなど完全に見下している高慢なインテリの美人ニュースキャスターが、浣腸された状態で生放送のニュース番組に出演し、カメラの前で派手に糞便を撒き散らしてその一部始終が全国放送で流されてしまったら、最悪の場合、自殺してしまうかもしれない。
もちろん、どんな知的で勝気な美人だって、うんこくらいすることは視聴者のすべてが知っている。
しかし、それを見せるとなれば、話が違ってくる。
つまり、口ではいくらでも言えても、その行為を見せること、見られることは、全然話が別なのだ。
そしておばさんたちでさえそうなのだから、若い女性となれば、やはり話題にすることすら滅多になくなる。
女同士のざっくばらんな会話の中なら平気だろうが、女性は異性の前でうんこの話なんかまずしない。
アイドルとか女優なんて、昔から、おしっこはもしかしたらするかもしれないが、うんこはしないことになっている。
要するに、それほど排泄というのは、デリケートな行為なのだ。
普段どれだけ着飾り、化粧をしたり香水を振りまいたり、煌びやかなアクセサリーを身につけたり、素敵なレストランで豪華な食事をしたり、クールなバーでカクテルグラスを傾けているとしても、一皮剥けば、どんなに気取った美人であろうと、トイレの個室では尻を丸出しにして犬や猫や猿や熊など自然界の動物と同じように糞尿を排出する。
時には、鼻がひん曲がるほど強烈に臭くて太いアナコンダのような一本糞を捻り出したり、殺人的な悪臭を放つ下痢状の軟便を勢いよく噴出させることもあるだろう。
そういう事実を突きつけることで恥辱感を最大限に煽るのが、排泄命令という責めだ。
それくらい人前での排泄には強力な破壊力がある。
ただし逆にいうと、排泄を見られることに何の恥ずかしさも感じない相手には、全く通用しない。
そして、それを考える時、女王様とM男の関係の特殊性が浮かび上がる。
女王様は、M男の前で排泄することに、何の抵抗もない。
おしっこなんて、当たり前のようにぶっかけるし、飲ませる。
うんこでさえ、ボウルや皿に、或いは直接M男の顔を跨いで尻を落とし、鼻や口に捻り出す。
それはどういうことを意味するかといえば、M男を人間としては全く見ていない、という明らかな証拠だ。
M男サイドとしても、女性が排出する排泄物は、所詮「おしっこ」や「うんこ」なのに、崇拝する女性から与えられるものであればそれは「聖水」や「黄金」と呼んで崇めるから、もはや通常の「排泄行為」とは意味合いが違っている。
女王様にとって、M男なんて男である以前に、人間ですらないという認識だから、平気で排泄できるし、映像作品として残すことも弱みにはならない。
もしも少しでもM男を「人間」と思ったら、その前で排泄なんかできない。
おしっこくらいなら、ファッションヘルスのオプションにもあるくらいだからハードルは低いかもしれないが、やはりうんこは難しいだろう。
しかしM男は人間ではないから、そこに葛藤は生じない。
いくら女王様でも、彼氏とか好きな相手の前では、一人の可憐な女性として、その前で排泄するなんてできないだろう。
尤も長年連れ添った夫婦とかなら、今更どうってことないかもしれないが、「男」と「女」という感覚が残っている状態の関係で、女が男にうんこを見せることはなかなかできないだろうし、できないどころか、実行に移せば羞恥プレイになってしまいかねない。

だから、このような様々な事実を鑑みると──いや、本当はわかりきっていることなので最初から鑑みる必要など全くないのだが──M男がS女性や女王様に対して恋心を抱くことは無駄というか、無謀だとわかる。
それは、女王様を異性として想うなんておこがましいとか、M男として身の程を弁えるとか、そういうレベルの話ではない。
犬や猫が飼い主のことが大好きで、飼い主もペットの犬や猫のことを愛していても、それ以上の展開は存在しない。
女王様とM男も、同じだ。
主従関係の先に、展開はない。
それだけのことだ。

とはいえ、いくら君がせっせと小理屈を捏ねくり回し、わざわざ一見難解そうでその実、べつにたいしたことは述べていない面倒臭い言い回しを駆使しながら、さもM男が、さもSMプレイが、常人には理解しがたい選ばれし者のみが享受できる高尚で崇高な趣味であるかのように主張してみても、所詮君は単なる一匹の破廉恥な変態マゾだ。
可愛い女の子や美しい女性の前で恥ずかしい姿を晒して昏い歓びを感じる、憐れな存在だ。
女性の前に跪き、罵倒や侮蔑の嘲笑を浴びて嬉しく感じながら、蒸れた足だの腋だのの匂いに歓喜し、着用済みのパンティやソックスに異常なほど思い焦がれつつ執着し、犬のように首輪をつけてリードを持たれて引かれたり、鞭を打たれたり、縛られたり、吊られたり、唾を吐きかけられたり、ビンタをされたり、蹴られたり、尻で顔を押し潰されたりして昂り、時にはトイレにもなり、挙げ句には、本来はひとりで他人に知られずこっそりと済ますべき自慰を堂々と披露して惨めに果てる、救いようのないマゾ豚なのだ。

それでも、君は構わない。
君はたったひとり、孤独と手を携えながら、前へ進む。
果たして君がどこに辿り着くのか、そもそもどこかに辿り着くことがあるのかどうか、それすらわからない。
しかし、君は行く。
君にはもう、退路などないのだ。
あるのは、先へと続く不確かな、地図にない道だけだ。

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