永遠

僕は松山ケイという女性と出会って、初めて本当の愛を知った。これまで三十二年間生きてきて、ようやく愛とは何か、その本質が分かってきた。僕にとって愛とは、ケイ様から受ける様々な折檻だ。僕は彼女に責められ、服従することに、海よりも深い愛を感じる。彼女は僕より十歳年下の二十二歳だが、僕なんかより遥かに大人で、仕草のひとつひとつにも気品が溢れている。そんな彼女の足許に裸になって跪く度、僕はこの上ない幸福を覚えるのだった。

ケイ様は、とても美しい。身長は一七二センチ、すらりと脚が長く、バストは張り出していて、最高のプロポーションを誇っている。体のラインが素晴らしい。出るところは出ているし、くびれるところは悩ましいくらいにくびれている。チビで貧相な体型の僕に比べたら、夢のような存在だ。同じヒト科の生物とは思えない。化粧映えのする顔は、ノーメイクでも充分美しいが、完璧な化粧を施すことによって、絶世の美を獲得する。僕はそんなケイ様に見つめられる度、被虐感でゾクゾクしてしまう。

僕は先月、長年勤めた会社を辞めて、晴れてケイ様の専属奴隷となった。現在は、ケイ様の所有する軽井沢の別荘で暮らしている。この別荘は、三百坪の敷地に、プールやテニスコートまで揃っていて、周囲を深い木立に囲まれているため、表の道路からは完全にプライバシーが保たれている。ちなみにセキュリティシステムも万全だ。怪盗ルパンでさえも、侵入は難しいだろう。

そんな小さな、隔離された世界で、僕は生きている。いや、ケイ様の慈悲によって生かさせてもらっている。別荘で暮らしているのは、僕とケイ様だけだ。ケイ様は仕事などしなくても人生を十回は贅沢三昧で過ごせそうなほどの大金持ちだから、人間ひとりを飼うことくらい、どうってことはない。僕はこの別荘で、飼われている身としては当然だが、常に全裸だ。まるで犬のように扱われている。首に首輪だけを装着して、ケイ様の身の回りの世話から、炊事洗濯までやらせてもらっている。充実した日々だ。

かつて僕には、ハラダカツノリという名前があったが、今ではもうそう呼ばれることはない。奴隷に名前など要らないからだ。では何と呼ばれているかというと、初めのうちは、『おい』とか『変態』とかだったが、やはり固有の呼び名があったほうがいい、ということになって、ケイ様が『ポチ』と名づけてくださった。命名の理由は、ただ単に僕が犬のように扱われているからで、犬ならば『ポチ』と、あっさりと決定した。以来、僕の名前は『ポチ』だ。

夏の眩い日差しがプールの水面を輝かせている。プールサイドの木陰に、サングラスを掛けたケイ様が、大胆なビキニの水着姿で、白いリクライニングチェアに座って本を読んでいる。テーブルの上には、細長いシャンパンのグラスがひとつだけあって、時折、心地よい風が吹いている。

僕はその足許で、お座りの姿勢を保っている。すぐ目の前に、艶かしいケイ様の素足があって、僕は涎を垂らしそうになるのを堪えながら、しかし勃起していた。いつものように僕は全裸だから、破廉恥な股間を隠すものはなく、明るい夏の陽光が、色素沈着気味の性器にあたっている。僕の股間は、綺麗に陰毛が剃られているので、かなりグロテスクだ。僕は仮性包茎だから、エレクトしていない時は、まるで赤ちゃんみたいだが、こうしてギンギンに勃起すると、思わず目を覆いたくなる。

ケイ様は、ワインレッドの、切れ込みの激しいビキニを着て、官能的な脚のラインを惜しげもなく晒していらっしゃるから、僕はむしゃぶりつきたい衝動を抑えることに必死だった。時々テーブルのシャンパンに手を伸ばしながら、ケイ様は僕の存在など完全に無視して読書をしていらっしゃる。それでも、僕が悶々としていることは、百も承知だ。その証拠に、たまにわざと足の指を思わせぶりに動かして、僕の思いを弄んでいる。

「ポチ、何を悶々としているの。涎が出てるわよ」

ケイ様は少し体を起こし、僕に言った。慌てて僕は口元を拭った。するとケイ様はケラケラと笑って、椅子から足を下ろすと、おもむろに足の指を開いて僕の性器を挟んだ。

「バカ。口じゃないわよ。チンポの先から涎が出てるって言ったの。ほんとに節操のないチンポね」

「す、すいません」

僕はケイ様の足の感触に酔いしれながら、半ば腰を浮かせて謝罪した。しかしケイ様はすぐに足で性器をいじるのをやめ、お尻の位置をずらして、両足をコンクリートの上に下ろすと、ゆっくりと脚を組んだ。僕はその黒いペディキュアが塗られた指先を凝視する。

「舐めたい?」

ケイ様が僕の瞳を覗き込んで挑発する。僕は何度も大きく首を縦に振った。

「はい。舐めたいです。舐めさせてください」

「仕方ないわね。ほら、舐めなさい」

「ありがとうございます」

僕はケイ様のおみ足を口一杯に頬張った。そして一本一本丁寧に口に含んで、丹念にしゃぶっていく。指の間にも舌を伸ばす。

「おいしい?」

呆れたような微笑みを浮かべながら、ケイ様が僕に聞く。僕は足の裏のふっくらとした指の付け根に舌を這わせながらこたえた。

「とてもおいしいです」

見る間に柔らかい足全体が、唾まみれになってしまった。僕は無我夢中でおみ足に奉仕した。踵から爪先、そして甲もペロペロと舐めていく。黒いペディキュアが、僕の唾で光る。

ケイ様の尊いおみ足は、日向の匂いがした。

僕がマゾヒズムに目覚めたのは、高校二年の夏休み後、二学期に入ってすぐのことだった。ちょうどそれまでの担任が、何かの病気で長期入院することになって、代わりの教師が赴任してきた。以前の担任は四十代後半の冴えない男性教諭だったが、新しく来た先生は、まだ女子大を卒業して間もない、若くて綺麗な女性だった。僕は人目で虜になってしまった。高校二年といえば、十七歳で、性への興味が頭の中のほとんどを締めているような状態だから、僕の妄想は爆発的に拡がった。

その先生の名前は、今井恵理香、今でもよく覚えている。覚えているどころか、一生忘れることはないだろう。なぜなら、僕を男にしてくれたのが、恵理香先生だからだ。勿論、当時の僕はキスの経験すら無いバリバリの童貞で、夕日が差し込む放課後の音楽室で犯されるようにして童貞を喪失した。

あの日、僕は職員用の昇降口に忍び込んで、恵理香先生のパンプスの匂いを嗅いでいた。どうしてそんな行動に出たのかは分からないが、気が付くと、先生の靴を手に取っていた。残暑厳しい九月の夕方のことで、僕は暑さと緊張で汗を掻きながら、クンクンと匂いを嗅いだ。誰もいない昇降口はしんと静まり返っていて、僕は我を忘れて夢中になっていた。憧れの先生の足の匂いが嗅ぎたくて、夜な夜なオナニーをしていたから、たぶんにその頃からMの資質を備えていたのだろうが、まだ僕にその自覚はなかった。本当は、靴の匂いではなくて、パンティの匂いが嗅ぎたかった。授業中でも、先生のぴったりと尻に張り付いたスカートを見る度、その奥を想像しては、机の下で勃起していた。だからあの日、靴の匂いを嗅ぐという破廉恥な行動に出てしまったのも、決して衝動的というわけではなく、その下地は充分に日々の妄想によって育まれていた。

どれくらいの時間匂いを嗅ぎ続けていたのか。僕は完全に自分を見失っていたから、時間の観念というものが全く欠如していて、突然背後から、ハラダ君、と呼ばれた時は、心臓が止まりそうなくらい驚いた。先生の白いパンプスを手に持ったまま、恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちしている恵理香先生の姿があった。

「せ、先生……」

僕はしどろもどろになりながら、パンプスを背中に隠した。

「何やってるの? こんなところで。今、何を隠したの? 出して見せなさい」

「すみません……」

僕は観念してパンプスを差し出した。現行犯だったから、どんな言い訳も通用しそうになかった。きっとあからさまに軽蔑されるだろうなあ、と思いながら先生の顔を覗き見ると、案の定、冷ややかな目で僕を見据えていた。

「それ、私の靴じゃない。いったい、何をしてたの? はっきりと答えなさい」

先生は僕より背が高いので、きつい視線が上から降り注ぐように向けられていた。僕は俯きながら、何も言える筈がなかった。すると、先生は、いきなり僕の胸倉を掴み、下駄箱に押し付けた。その力があまりに強かったので、僕は完全に圧倒され、為すがままだった。先生は胸倉を掴んだまま、ぐいっと捻り上げるように腕に力を込めた。僕は爪先立ちになって、しかし依然として項垂れていた。

「すみません、すみません、すみません……」

口の中で何度も小声で謝った。先生の目をまともに見ることなど出来なかった。それでも勃起はさっきよりも硬度を増していたから不思議だった。

「何をしてたのか答えなさいって言ったでしょ? 聞こえなかったの? もう一度聞くわよ。今度ちゃんと答えなかったら、生活指導の先生に言いつけるわよ。分かったわね。それじゃあ、もう一度聞くわ。お前、ここで何をしてたの?」

このままでは絶対に許してもらえそうになかったので、僕は本当のことを告白することにした。

「すみません。僕、先生の靴の匂いを嗅いでました。どうか、許してください。もう絶対にこんなことしません」

しかし、先生は不敵にニヤリと笑うと、僕を下駄箱に押し付けたまま、いきなりビンタを張った。

「なんてイヤらしい子なの。ちょっとついていらっしゃい」

僕はそのまま音楽室へと連行された。途中では、誰ともすれ違わなかった。先生は僕を音楽室に連れこむと、ドアに鍵を掛け、僕の体を床に放り出した。僕は無様に床に転がった。室内用の踵の低いパンプスが、僕の視界を占めていた。そんな僕を先生が見下ろして言った。

「お前、私の靴の匂いなんか嗅いだりして。変態ね。どうせ、溜まってるんじゃないの? 毎晩私でオナってるんでしょ」

僕は先生の足許にひれ伏し、額を床にぴたりとつけた。

「すみません。僕、先生の言う通りです。毎晩、先生でオナニーしています。僕、先生のパンティの匂いが嗅ぎたくて、気が狂いそうなんです」

「パンツの匂い? お前、相当欲求不満みたいね。ちょっと立ちなさい」

「はい」

僕は立った。と、いきなり先生の手が僕の股間に伸びてきて、有無を言わさぬ調子で、むんずと掴んだ。

「イヤだ、お前。叱られてるっていうのに、何おっ勃ててんの? お前みたいのをマゾっていうのよ。どうせ、まだ女を知らないんでしょ? 童貞でマゾなんて、救いようがないわね」

先生は僕の性器を握ったまま、じっと僕を見つめ、甘い吐息を吹きかけつつ言った。

「ほら、こんなことされて感じてるんでしょ? 変態ね。私のパンツの匂いが嗅ぎたいんでしょ、じゃあ、この場で下だけ全部脱いで、チンポを出しながら、こう言いなさい。僕は変態マゾの童貞です、って。大きな声で言えたら匂いを嗅がせてあげるわ」

その一言で僕は目を輝かせてしまった。 憧れの先生のパンティの匂いを嗅がせてもらえるなら、何だって出来ると思った。だから、即ベルトを緩め、ズボンとブリーフを一気に下ろした。性器が限度一杯まで反り返っていた。

「先生、僕は変態マゾの童貞です。どうか、パンティの匂いを嗅がせてください」

先生は手近にあった椅子を引き寄せて腰を下ろし、脚を組んだ。そしてまじまじと僕の性器を眺めながら、パンプスの爪先でつついた。

「これが童貞のチンポか。お前、ちゃんと洗ってるの? 何か臭いそうよ」

「い、一応、洗ってます」

「でも、お風呂の後でオナってたら、一緒よ。ほら、ここ見てごらん。亀頭の下。ティッシュのカスがまだ付いてるわよ」

「えっ」

僕は思わず自分の股間を覗き込んだ。しかし何も付着してはいなかった。

「嘘よ。じゃあ、約束だから、そこに跪きなさい」

「はい」

僕は先生の足許に膝をつき、身を乗り出した。先生はゆっくりと大きく脚を開いた。スカートの奥に、黒いレースのパンティが見えた。そのレース越しに、陰毛の陰りがあった。僕はごくりと唾を飲み込んで、魅力的な三角地帯を凝視した。生まれて初めて間近で見る女性の生の股間だった。

「ほら、もっと近くに来なさい。さあ、匂いを嗅いでもいいわよ」

「ありがとうございます」

僕は狂ったように先生のスカートの中に頭を入れ、鼻腔をいっぱいに広げて、思いっきり芳香を吸い込んだ。クラクラしそうなくらいいい匂いだった。先生の股間は暖かくて、僕はフンフンと鼻を鳴らした。先生はそんな僕の頭を抱え込んで、強く自分の股間に押し付けた。僕は先生の股間の柔らかい感触に顔を埋めた。

「童貞君、先生のアソコ、いい匂い?」

「はい。最高です」

僕は先生の豊かな尻に両腕を回し、しがみつきながらこたえた。

「今日は暑かったから、蒸れて臭いでしょ」

「いいえ、素敵な香りです」

「ほんと? それじゃあ、パンツを脱がしてごらん。初めてでしょ? 女の人のアソコ」

「はい、初めてです」

尻に回していた手をスカートの奥へと差し込み、腰のゴムに指を掛けると、ゆっくりと引き抜いた。目の前に陰毛の茂みが迫る。グラビアとは光沢が違った。僕は敢然と亀裂に向かった。舌先を尖らせ、密林に分け入っていった。濃密な芳香と、甘いとろけるような蜜が、亀裂の中から湧き出ていた。僕は夢中でその蜜を啜った。突起を鼻先でつつき、大袈裟に舌を使って泉の核心に挑んだ。先生が喘ぎを漏らしながら、さらに僕の顔を自分の股間に押し付け、少し腰を浮かせた。

「ほら、もっと舌を使うの」

「はい」

僕は口に絡みつく陰毛も気にせず、一心不乱に舐めた。そのまま時間は過ぎていき、しばらくすると、先生は僕を引き剥がし、床に押し倒した。

「この変態童貞、犯してやるわ」

「ありがとうございます」

僕は床に仰向けになったまま、先生が自分の性器の上に跨るのを、夢のように見ていた。数秒後、先生は自らの亀裂に僕の性器を挿入し、深々と腰を沈め、そして振った。

「ほら、変態。犯されてる気分はどう?」

「さ、最高です。夢のようです」

僕も夢中で腰を突き上げた。柔らかいぬめりが分身を優しく、それでいて荒々しく包み込んでいた。

ものの一分と持たず、僕は暴発した。イク寸前、先生は慣れた調子で腰を浮かし、僕の精子を空中へと飛び散らせた。

放出を終えても、僕はしばらくぐったりとしていた。あまりの快感に、全身から力が抜けていた。先生はポケットからティッシュを取り出して自分の股間を拭うと、パンティを履いて、スカートの乱れを直しながら言った。

「また、苛めてほしかったら、言ってきなさい。いつでもいたぶってあげるわ」

先生はそう言い残して、ひとりでさっさと音楽室から出て行った。僕は床で下半身を露出したまま、なかなか起き上がれなかった。

窓から差し込む夕日が、床にのびる僕の体を赤く染めていた。

以来、僕はマゾヒストとして覚醒し、普通の恋愛の出来ない人間になった。しかし、恵理香先生は、三ヶ月足らずで、他の学校へと移っていってしまった。元の担任が復職したからだった。僕は恵理香先生に捨てられて、自分の欲望をどう処理すればよいのか分からず、ひたすらオナニーに励んだ。その頃にはマゾ雑誌なども買うようになって、そのグラビアをオカズにした。高校生の小遣いで買うには少々値段が張ったが、なんとか遣り繰りして手に入れた。

そしてこんな僕でもどうにか大学に進学して、文学部に籍を置いたが、一切サークル活動等には参加せず、かといってアルバイトをするでもなく、非常に暗い学生生活を送った。県内の大学に進んだので、実家から出ることもなく、ゼミの課題の短編小説を書いたりして過ごした。こんな生活だから、当然ガールフレンドなど出来ず、相変わらずオナニー三昧の日々だった。

それでも成人式を過ぎる頃になると、さすがに親から小遣いを貰うのにも気がひけてきて、古本屋で店番のバイトを始めた。月一万円の小遣いでは、マゾ雑誌を買うにも苦労する額だし、この頃にはSMクラブデビューも果たしていたから、小遣いをチマチマと貯めるのにも限界がきていたこともあって、ついに社会とコミットすることとなった。

古本屋のバイトというのは、僕にとって、天職に思えた。エロ本はいくらでも格安で手に入るし、学校で使う資料用の世界文学全集みたいなものも、たいした苦もなく買い込むことが出来た。

大学には、女学生もたくさんいたが、僕なんか相手にしてもらえる筈がないので、僕はますます内向的になっていった。毎日毎日飽きもせず自慰をし、小金が貯まるとSMクラブへと通った。

だから、僕の青春は、SMに捧げたといっても、過言ではない。文学部出身なんて潰しが利かないから、サラリーマンになるしか将来の選択肢はないし、心の片隅では漠然と作家になりたいなんて大それたことも考えたりしたが、自分には到底そこまでの才能などないと分かっていたから、明日への希望とは全く無縁な四年間だった。

やがて卒業した僕は、当たり前のようにソコソコのレベルの商社へ就職し、サラリーマンとして働きだした。配属先は総務だった。華のない僕にはお似合いだった。営業なんか無理だし、経理も出来ないし、総合職としてエリート街道を驀進することなんか初めから問題外だから、僕には総務が適職だった。

当時の僕は、典型的な変態だった。街を歩いていても、夏ならば、サンダルを履いた女性の素足や、キャミソールの腋なんかを覗いては、舐めたい、と考えてドキドキしたし、冬なら冬で、ブーツに包まれた足の蒸れた匂いを想像して興奮した。しかし、こんな気持ちを誰かに言える筈もなかったので、ひとり悶々としていた。だいたい週に一度は気持ちが燃え盛って、仕事なども手につかなくなったが、そうそうクラブへ行くわけにもいかないので、専らオナニーで気を紛らわせた。卒業と同時に実家を出て一人暮らしを始めたこともあって、多いときには、朝起きて一度抜いてから会社へ行き、どこかで夕食を済まして帰宅して一発、そして風呂上りにもう一回、と一日に三回もすることがあって、そんな日はさすがに軽い自己嫌悪に陥った。僕はだいたい全裸になって自慰をするので、その姿を誰かに見てもらいたくてたまらなかったが、まさかアパートのカーテンを開いてするわけにもいかなかったので、大きな姿見に自分の姿を映してすることで我慢した。自分の変態な姿を女の人に見てもらいたい、という欲求は、僕のマゾヒズムの根底を支えるベースで、僕の毎日はそんな歪んだ自分との戦いだった。街で可愛らしいコギャルの集団がいたりすると、その前で性器を露出してバカにされたい欲求が湧き起こったが、一応名前の通った商社に勤めている身だったから、あまり常識はずれな行動を取ることは、たちまち破滅への道となってしまうので、僕は細心の注意を払ってクラブのドアを潜って妄想を中和した。

私生活で欲望を満たすのは叶わない夢だったから、仕方なく代金を支払ってクラブでプロの女王様に苛めてもらうのだが、正直言って、心底満足のゆくプレイを体験出来るのは、

五回に一回あればいいほうだった。なかなか理想どおりの女王様と巡り合うのは難しいし、

たまに肌が合うなあ、と思っても、翌月行ってみるともういなかったりして、落胆することが多かった。専門誌などを見ると、プライベートで華やかなプレイライフを送っている人の記事が載っていて、そういうものを読む度、知った人に自分の性癖を告白するなんて自分には絶対に出来ないことだったから、その勇気に感銘を受けるのと同時に、とても羨ましかった。

合法ドラッグの味を覚えたのもちょうどその頃のことで、これには一時期はまった。本来こういうものは、女性が使うものなのだが、男の僕が使っても、かなり興奮できた。ただ、あまり使い過ぎると、体中の血が頭に上ってしまうので、肝心の性器まで回らずに勃たなくなってしまうことがあって、初めてインポという状態を経験した。それは、クラブでのプレイ中での出来事だった。突然そんな状態になってしまって、僕は戸惑い、相手の女王様にそういう説明を受けた時は、愕然とした。せっかく女王様に責めていただいているのに、自分の意志とは関係なく勃起不全になってしまって、悲しかった。いくらシゴいても全く反応せず、ついには女王様にも見離されて、その日は射精を果たせないまま、トボトボと家路を辿った。あの夜ほど自分自身が情けなく思えたことはなかった。ショックだった。しかし、帰宅して時間が経つと、再び元気になってきたので、腹立ち紛れに、立て続けに二回抜いた。なんだかお金をドブに捨てたような気がして、虚しかったのだ。それ以来、使用を控えるようにした。それでも、あの恍惚感は素面では味わえないものなので、我慢するのには多少の勇気が必要だった。

ドラッグの助けを借りると、いとも簡単に変態な本性を曝け出すことが出来て、その時は尋常ではないくらい興奮するのだが、ひとつ難点を挙げるならば、後であまり記憶が残らないということだ。しかし、それを差し引いても、プラスの要素は多い。僕が最も気に入っている使用法は、たっぷりドラッグを吸引して、思いっきり淫らになっているところへもってきて、本当ならそのままシコりたいくらい昂ぶっているのに、磔台に身動きが取れないように括り付けられて、放置されることだ。両手、両足を拘束されているのでどうすることも出来ず、僕は悶々としながら腰をクネクネさせたりするわけだが、そんな破廉恥な格好を女王様に見ていただき、笑われると、異常な興奮を覚えてしまう。そんなことは、やはりドラッグを嗅がないと出来ない。あの時の恥ずかしさといったら、普通では考えられないくらいで、そのままの格好で女王様に性器を踏んでいただいたり、鞭を与えていただいたりすると、気持ちはさらに燃える。その時の僕は、まさに変態マゾそのものだ。是非とも会社のOL達や、街に屯するコギャル達に見られたいと思った。きっと、信じられないくらい軽蔑してもらえるに違いなかった。そしてそれは、僕が日々焦がれている、究極の願望でもあった。

僕の二十代は、転勤の連続だった。入社して約十年の間に、大阪支社、福岡支店、名古屋支店と経験し、その土地土地のクラブに足繁く通った。同僚との付き合いもそこそこに、スポーツ新聞や風俗情報誌で情報を仕入れ、多くの女王様と出会ってプレイをした。僕の赴任する土地には、どこも言葉に独特の響きがあったので、それがかなり新鮮だった。思えば、これまでにどれだけの女王様に責めていただいただろう。二十歳に初めてクラブのドアを開けて、三十二歳の現在まで、延べにしたら百人はくだらないだろう。たくさんの人の唾を、そして聖水を飲んだ。東京、名古屋、大阪、そして福岡。いろいろな場所に僕は足跡を刻んできた。あの思い出の中の女王様達は、今頃、どこで何をしていらっしゃるのだろう。いくつかの印象深いプレイが脳裏を過ぎる。どれもこれも、甘酸っぱい青春の一ページだ。しかし、女王様達は、きっと、大勢いる客の中のひとりに過ぎない僕のことなんか、覚えてはいらっしゃらないだろう。

そして転勤を繰り返すうちに、瞬く間に二十代が過ぎ去っていき、三十代になって再び本社に帰ってきた。肩書きは係長だった。そこで、僕は運命的な出会いを果たした。去年の春、ケイ様が入社され、僕の部下となったのだ。

ケイ様は、天才的、筋金入りのサディストだから、入社第一日目ですぐに僕がマゾだと見抜き、一週間もたたないうちに、僕はケイ様の奴隷となった。深夜、誰もいないオフィスで、差し込む月明かりに照らされながら僕は全裸になり、昼間の自分の席に脚を組んで座るケイ様の足許に跪いた。

僕はこれまでのマゾライフを全て洗いざらい告白した。恵理香先生とのこと、学生時代の妄想、転勤先でのクラブ通い、それらを全部僕は逐一メモに取っていたので、正確に述べることが出来た。ケイ様は僕の事細かな告白を聞いて、呆れていらっしゃった。

僕とケイ様の逆転した主従関係は深夜のオフィス内だけには収まらず、週末やまとまった休暇にも及んだ。ケイ様はよく僕の部屋へもやってきて、散々嬲り者にしてくださった。

僕はケイ様のお導きによって完璧にマゾとして覚醒した。自らの運命を、いや、人生の意味を悟った。ケイ様にお仕えすることこそ、僕がこの世に生を受けた理由だったのだ。僕はもうケイ様のお慈悲なしでは、生きられない人間になっていた。ケイ様のおみ足や汚れた蕾、聖なる亀裂にご奉仕出来る悦び、破廉恥な姿を見ていただける光栄、僕にとってケイ様は、澄み切った冬の夜空に煌々と輝く月だった。その燦然と君臨する永遠の美に、僕は無条件でひれ伏す。その時、後頭部に硬いヒールの底を置いていただけたら、僕は天にも昇る心地になれるのだった。

ケイ様が専属奴隷になりなさいとご命令を下されたのは、出会って一年が過ぎた頃、つい先月のことだった。僕は慎んでお受けした。その後一週間でアパートを引き払い、さっさと会社も辞めた。後悔の念など一片もなかった。そうすることが、ごく自然の流れで、疑念など湧く余地はなかった。両親は既に他界していたし、親戚付き合いも希薄で、一人っ子だったから、余計なしがらみはなく、体ひとつでケイ様の懐に飛び込めた。

それからの僕の生活の場所は、ケイ様所有の軽井沢の別荘となった。ほとんど同時にケイ様も退社され、拠点を別荘に移し、そこで僕は一匹のマゾとしてケイ様に絶対服従を誓う暮らしを始めた。

ここでの生活は、僕が長い間夢想し続けてきた、所有される悦びに満ちた、何の矛盾もない暮らしだ。僕はただ真摯にケイ様に仕え、それ自体を自分の悦びとして、全てをケイ様に捧げている。マゾヒストにとって、これほどの幸福が他に存在しようか。

今や、僕はケイ様に飼われる、一匹の犬に等しい。人格などない。食事もペット用のボウルにケイ様の唾を垂らした残飯を与えられるし、時には聖水や黄金も恵んでいただける。

僕はあらゆる社会性から解放され、とても自由だ。本能のまま、あるがままに、僕は生きている。

ちなみに、僕とケイ様の間にセックスは介在しない。常に僕はケイ様に憧れ、自慰を晒すのみだ。時々ケイ様は僕を別荘に残して東京へ帰り、多くのボーイフレンド達と交渉を持っていらっしゃるようだが、僕にそれを咎める権利などはない。僕はオトコではなく、ペットなのだ。飼われている犬が主人に嫉妬しても仕方ない。僕とケイ様はひとつ屋根の下に同居はしているものの、存在の地平が違うから、そんなことを考えること自体ナンセンスなのだ。

ケイ様の足の指を丹念にしゃぶったり、汚れた下着を手洗いしたりしている時、僕は至上の悦びを感じる。そして下着の沁みに鼻を押し付け、豊潤な芳香を胸一杯に吸い込むと、僕の意識は一気に昇天する。素晴らしい、最高の時だ。ケイ様の御前で僕は猛々しく勃起する。その時僕は、わが身の幸福を再確認するのだった。

「ポチ、もういいわ」

ケイ様はやんわりと足を引くと、椅子から下りて、プールサイドを歩き出した。僕はお座りをしたまま、その豊かなプロポーションを誇る後ろ姿を、目を細めて見送った。夏の直射日光が烈しく降り注ぐプールサイドを歩いていくケイ様の姿は神々しい。あまりに眩しくて、まともには見られない。まるで後光が射しているようだ。

やがてケイ様はプールの縁に凛然と立った。それは女神の降臨を思わせる光景だった。僕はしばしその美しさに見とれた。そしてケイ様は、しなやかなフォームで、光が揺れる水の中に飛び込んだ。派手な水飛沫は上がらず、一瞬、静寂が辺りに漂った。プールに波紋が広がって、薄れていく。潜水で進むケイ様の影が、屈折した光を絡めとりつつ、水の底を滑るように遠ざかっていく。まるで永遠のような時が流れる。

涼しい風が吹いた。僕は高原の風に吹かれながら、ケイ様が浮上するのを待った。

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