駅前残酷通り午後十時

六月最終週、雨の予感を充分に含んだ蒸し暑い夜だ。まだ雨は降り出してはいないが、空は分厚い雲に覆われていて、湿度が高い。ただ表にいるだけでじっとりと汗ばんでくるような、息苦しさすら覚える不快な湿気だ。

いつもの駅で準急から下車した持田信夫は、改札を抜けて駅前広場に立ちながら、ズボンのポケットからハンカチを取り出して額を拭い、ついでにネクタイを緩めて首筋も拭った。スーツは夏物の薄手のものだが、上着を脱ぎたくなった。しかし、脱げば荷物になるので、我慢して着続けることにする。

持田信夫は二十九歳のサラリーマンで、ぱっとしない風体だ。小太りで、早くも頭は薄くなりつつあり、背広にも皺が寄っている。独身だ。しかも、二十六歳の時と二十八歳の時にソープへ行って以来、童貞を守っている。二十九年間で、女性と体を交わらせたのは、ただの二回だけだ。ちなみに、キスの回数は、たまにヘルスへ行くので、それより若干上回る。いずれにせよ、代金を支払わずに女性と体の関係を持ったことは、一度もない。例外はなく、皆無だ。もっとも、信夫はマゾヒストなので、そもそも体の関係をそれほど重視してはいない。もちろん、たまには女性の柔らかい体に溺れたくなることはあるが、稀だ。

信夫は、二十代の前半からSMクラブへ通っている。この頃では、月に一度の頻度でクラブへ行っていて、直近では、二週間前に出掛けたばかりだ。

キスやセックスより先にSMを体験してしまった信夫は筋金入りのマゾだが、もちろん自身がマゾヒストであることを周囲に公表してはいない。さすがに、そこまでの開き直りはない。それでも、見栄えからして、異性にもてるはずがないし、職場関係の女性たちには、陰で「キモい」と囁かれている可能性は高い。信夫の生活の中で、言葉を交わす女性なんて、職場にしかいない。彼女たちを除けば、時間をカネで購入する風俗の女性くらいのものだ。

しかし、たとえ世間から冷たい目で見られても、気にはならない。むしろ、若く美しい女性から軽蔑の眼差しをむけられることは信夫にとって、密かな楽しみでもある。だからといって、一応は真っ当な社会人としての生活がある手前、その変態的な衝動を公表するのは、さすがの信夫でもリスクが高過ぎる。職場には綺麗な女性もいて、信夫はしばしば自らのM性を開示して責められたいと夢想するが、それを実行に移してしまえば、たちまち立場が危うくなってしまうから、じっと我慢して耐え忍んでいる。

そんな信夫がM性を堂々と解放できる場所が、SMクラブだ。ヘルス等のライトMコースでは物足りない。なぜならば、信夫はハードなマゾヒストだからだ。とくに、鞭で打たれることに快感を覚える。女王様の前で文字通り身も心も裸になり、縛られて吊るされ、何十発と鋭い鞭を受け続けていると、何かから解放されていく快感がある。

だから、信夫の体には、いつもたいていは常に鞭の跡がある。そのため、人前で裸になることには抵抗がある。しかし、サウナも行かないし、夏場の海水浴だってもう何年も行っていないし、同僚たちと裸の付き合いをする事は無いし、そもそも一人暮らしで他人に裸を見られる機会など皆無だから特に問題はない。

もっとも、体には鞭以外にも緊縛の跡などが刻まれていて、それは胸元や腹や背中だけではなく腕や脚にまで及んでいるから、いまのような暑い季節でも半袖のワイシャツは着られないし、休日に短パンを穿くのも躊躇してしまう。とはいえ、家にいるだけなら短パンでもべつに問題はない。どうせ誰かにその跡を見られることなどないのだ。

信夫は孤独だが寂しくはない。寂しさを覚えるのは、その孤独感に対してではなく、むしろ自らが背負っている重い十字架のようなMの性に対してだ。自分よりも遥か年下の美しい女性に踏まれ、征服されている時、その心には充足感とともに強烈な孤独が湧き起こる。それは、外部から襲いかかられるのではなく、内部から発生して精神を蝕んでいくのだ。そして信夫は心身の両面で陥落する。プレイ直後の信夫は、心も体もボロ雑巾のようになってしまう。しかし、それが信夫にとっては快感なのだ。

そんな性癖は、自分でも異常だと思っている。少なくとも、一般的ではない。そもそも理屈では説明できないのだ。だいたいが信夫の場合、単に責められることが好きなだけではない。女性の体臭に、異様なまでに執着心が強いのだ。いわゆる「臭いフェチ」なのだが、自分でもなぜそんなものに惹かれるのかよくわかっていない。しかし、これも理屈ではない。美しい女性を見れば、その股間や腋や爪先、そして下着や靴下に思いを馳せずにはいられないのだ。いまみたいな時期は、とくに危険だ。朝の通勤電車はまだマシだが、夕暮れから夜の時間にかけて、妄想は一気に肥大する。電車に乗ってベンチシートの隅に座り、目の前に美しい女性が立てば、ついついその足元を凝視してしまうし、吊り革に掴まればさりげなくその腋を覗き見してしまうし、短いスカートを穿いた女性が向かいの席に座って脚を組んでいれば、物欲しげなねっとりとした目でその太腿の肉感を眺め、そのスカートの奥の部分の臭いを想像してしまう。

信夫のストライクゾーンは、広い。下は女子高生から、上は五十代の熟女まで守備範囲だ。だから、妄想の対象には困らない。テレビで見かける雲の上の存在のようなタレントから、街で擦れ違う学生、職場の女の子、夕方のスーパーで買い物をしている綺麗な奥さんまで、自分の好みのタイプであれば、年齢的なこだわりは全くない。もっとも、こだわりはないといっても、信夫がその対象の女性たちと現実に接触することはありえないので、どうでもいい話ではある。いくら心の中で妄想を逞しく羽ばたかせようと、それに気づく者などいない。信夫のように見栄えも良くなく、しかも変態となれば、世の中の女性の多くは無意識のフィルタリングでその存在を透明化してしまう。だから、信夫程度の男は、路傍の石以下なのだ。おそらく、存在していないに等しい。

実際、信夫は地味な生活を送っている。毎日、自宅と職場の往復で過ぎていき、たまに風俗でアクセントをつけるくらいのものだ。趣味らしい趣味もない。週末はたいてい暇で、休日に限らず、暇さえあれば自慰に耽っているような生活だ。一人暮らしの部屋には、夥しい数量のエロ本やDVDが溜まっている。しかも、そのほとんどがM男向けのもので、どうせ誰も訪れないことをよいことに、それらは堂々と室内に散乱している。自慰で使用したティッシュもゴミ箱に無造作に捨てられていて、適当に放り投げたものはゴミ箱に入らず床に溢れているが、そのままだ。

このように、基本的にだらしない性格の信夫だが、女性から買った生下着の保管だけは厳重だ。信夫はしばしば携帯の出会い系や中古ショップを利用して女性の着用済み下着を手に入れているのだが、それらは一枚一枚、ジップロックに収めて管理している。そのコレクションの数は、三十点ほどだ。その大半がパンティで、紺色のハイソックスやルーズソックスが数点ある。

女子高生から直接交渉で手に入れる場合は、オプション的に、ついでに苛めてもらうパターンもある。最近はMオヤジが多いのか、彼女たちも特に抵抗なく、顔に唾を吐いてくれたり、ビンタをしてくれたり、自慰を鑑賞してゲラゲラと笑ってくれたりする。もっとも、それらはあくまでもオプションなので、別途料金が発生するが、仕方ない。しかし、相手が十五、六の女の子だと、信夫にとっては自分の約半分の年齢で、その年齢差に煽られる被虐感は、残念ながらクラブ等では絶対に体験できない禁断の蜜の味だ。

こんな信夫のような変態だと、正規の手段で買っているだけではなく、深夜にゴミを漁ったり盗んできたりしているように思われるかもしれないが、あいにくそんな度胸は持ち合わせていないので、一度もそのようなことをした経験はない。信夫は正真正銘の変態だが、異常なまでの小心者なのだ。もっとも、出会い系を利用して未成年から下着を購入することも厳密には条例違反の可能性が高いが、一応は双方同意の上だし、言い訳として有効なのかどうかはわからないが、とりあえず直接買い取り交渉をするのではなく、タテマエとして、「新しい下着をプレゼントして、不要になったものは捨てておいてあげる」という設定を用いて入手している。つまり「使用済みの下着や靴下を買っている訳ではなく、新しい下着や靴下をプレゼントして、そのついでに古い物の処分を請け負っているだけ」という姑息なストーリーだ。

ただし、そのように小心者の信夫も、最近、少々足を踏み外してしまった。全く言い訳が通用しない、あきらかに犯罪にカテゴライズされてしまう「ある行為」に目覚めてしまったのだ。それは、携帯のカメラ機能を使ったスカートの中の逆さ撮りだ。まだ数回しか経験はないが、いずれも簡単に撮影できてしまって、暗い興奮を覚えている。

ターゲットは主に、ミニスカートの制服を着ている女子高生だ。二人組とかでキャッキャッと騒いでいるような場面を狙えば、たいてい意識は外側に向けられていないので、案外簡単に撮影できる。駅のエスカレーターなどで、女性がひとりで上っているようなパターンは、意外に難関だ。何より周囲の目があるし、ただでさえ小心者の信夫には、無理だ。

信夫はたいてい、書店やコンビニや生活雑貨のディスカウント店などで実行する。そのどれにも監視カメラが設置されているだろうが、万引きをするわけではないのだから、それほど恐れる必要はない。どうせ、一瞬なのだ。たとえば、雑誌などを立ち読みしている二人組の背後を通り過ぎる瞬間、さっと撮影する。どのように映っているか、それは一種の賭けだ。しかし、その一瞬のスリルに、信夫はゾクゾクしてしまう。自宅に戻ってファイルを確認するまで、結果は分からない。それに、そもそも携帯カメラの画質なんてたかが知れているし、堂々とフラッシュが焚けるわけでもないので、もしきちんと綺麗に撮れていたとしても、実用価値はそれほど高くない。なのになぜハマっているかといえば、やはり一瞬のスリルに尽きる。見えそうで見えず、見たいのに見せてもらない秘密の場所をコッソリと我が手中に収める、その興奮が、信夫にはたまらない。

本当は職場でも実行に移したいのだが、さすがにリスクが高過ぎて手が出せない。若くて綺麗な女の子の紺色の制服のスカートに包まれたむっちりとした尻を見ているとたまらなくウズウズしてくるし、ストッキングの脚やパンプスが視界に入る度に「画像にして保存したい」という欲求に駆られる。その尻は、手を伸ばせば簡単に届く位置にあるのに、決して届かない。コピー機の前で偶然、魅力的な女の子の隣に立ったりすれば、香水や髪の甘い香りが鼻腔をくすぐるし、手のひらをほんの数センチ動かすだけでその柔らかい体に触れることができるのに、その距離は果てしなく遠い。書類か何かを床に落として、不意に女の子が背中を向けて屈む時、尻のボリュームが迫り来て信夫を激しく挑発する。どさくさに紛れてその背後で小銭でも落として拾う振りでもすれば、スカートの中を覗けるのではないか? と真剣に考えることさえあるし、いっそ、何もかも捨てて抱きつきたいと思うこともある。しかし、所詮は夢想するだけだ。そもそも、業務以外の会話の経験すらないのだ。だからそのような衝動に襲われたときは、終業後、イメクラ等へ行ってOL風のコスチュームを選んで発散する。

信夫の場合、女の子の体だけではなく、その対象が身に着けていた衣服も妄想の守備範囲なので、女子用のロッカー室なんてきっと宝の山だろう、といつも思う。できることなら就業時間後に忍び込んでみたい、と常に信夫は考えているが、絶対に実行不可能だ。バレたら、間違いなくクビになるだろうし、そんな理由による解雇は、たとえば業務上横領などより何百倍もみっともなく、いくら背負っているものの少ない信夫といえども、さすがに思いとどまってしまう。

基本的に、信夫の性癖は、内向的だ。しかも、暗い。まるで妄念の深い淵の底に溜まったヘドロのようにドロドロとしていて、外側へ向かうことは少ない。常に内面で自己完結してしまっている。その極地に、逆さ撮りがある。どうせ誰にもその成果を披露することはできないのだし、密かな楽しみ以外の何でもない。

そして今夜の信夫は、ムラムラしていた。きっとこの蒸し暑さのせいだ、と思う。じめじめとした湿気には、人の正常な精神を狂わす作用がある。しかも、先ほどまで乗っていた列車で、隣に座っていた女性がなんとも甘い香水の香りを漂わせていたし、ドアの近くに立つ制服姿の女子高生はミニスカートから惜しげもなく肉感的な太腿を顕示していたし、信夫が理性を保つには、そろそろ限界に近かった。もしも夕方から夜にかけての列車が、立すいの余地もないくらい人間が許容量一杯まで満載された朝のラッシュほどの混雑度なら、と想像すると、信夫は決まって興奮してしまう。朝と違って夜なら、女性たちは一日分たっぷりと汗をかいているだろうから、スカートやズボンや靴の中はじっとりと湿り、押し合いへし合いとなれば、薄いブラウス越しでも、その体の生の匂いが充分に堪能できそうだ。その想像は、信夫の貧弱な妄想力を最大限まで増幅させる。汗をかいた女性たちに囲まれ、体を密着させている場面で、平静を保つのは無理だ。少なくとも信夫の場合、勃起させずにその場にいられる自信はなかった。おそらくは、どさくさに紛れて目の前に立つ女性の髪の匂いを嗅ぎ、シャツの襟元にも鼻先を近づけて静かに深呼吸し、不自然な手の動きで尻や太腿を探り、魅惑的な臀部があれば列車の傾きに乗じてすかさず勃起を押し付けてしまうはずだった。もしもあらゆるタガが外されるのであれば、その場で全裸になって跪きたくなるに違いない。そして、犬のように女性たちの爪先にじゃれつきまわりながら、匂いに翻弄され、獣の如く発情するその姿を晒しながら罵倒と嘲笑に包まれることを強く望んでしまうだろう。

信夫はそれほど広くもない駅前広場で立ち止まり、腕時計を覗く。午後九時半、少し前。まだ駅前通りの商店街は、明かりを煌煌と点している。しかし、この町に風俗の店はない。もしもあるなら、迷わず飛び込みたい心境だった。デリバリーならこの町でも遊ぶことは可能だが、まだ週の前半だし、これからわざわざホテルに入るのも面倒臭い。よって、今夜のこの発情状態を鎮めるには自慰しかないな、と信夫は観念する。繁華街ならともかく、都会と田舎の中間のようなこの町で、こんな時間に信夫のような男が女性の体にありつける場所は、ない。

ハンカチで額と首筋を拭い、それを手に持ったまま、駅前通りを歩いていく。駅前通りは、往復二車線の狭い道路の両側に商店街が形成されていて、その歩道にアーケードが取り付けられて続いている。

ただ夜の中に身を置いて歩を進めるだけで汗がじんわりと噴き出てくる。上着の下のシャツも、すっかり汗ばんでしまっている。周囲には勤め帰りらしい女性や大学生風の若い女性や、高校生か中学生かは分からないが私服や制服の若い女の子がいて、信夫はふと、「涼しげに闊歩しているけれど、実際には汗だくではないのか?」と想像してしまう。とくにパンティや靴下は一日分の分泌物をたっぷりと吸収していて、素晴らしい状態に熟成されていることだろう。信夫は、近くにいる女性たちをさりげなくチラチラと観察しながら、それらの状態を夢想して暗い妄念に身を浸しつつ歩いていく。

やがて、商店街の中、前方に比較的大きな規模の書店が見えてくる。午後十一時まで営業している店で、いつも賑わっている。今夜も、人の出入りが目立つ。信夫は、べつに欲しい本などなかったが、書店ならクーラーが効いているだろうと考え、ちょっと涼んでいくつもりでその明かりへ向かった。駅から自宅までは、ふつうに歩いて十九分かかる。この暑さを抱えたまま二十分歩くのは、ちょっときつかった。電車の中はクーラーが効いていたが、それほど涼しくはなかったし、駅からここまでまだ数分しか歩いていなかったが、既に汗は止まる気配がない。

それに、どうせこのまま家へ帰っても、することなんかないのだ。待っている人がいるわけではないし、夕食は済ませているし、風呂へ入ってテレビをちょっと観て、自慰をして寝るだけだ。そして寝て起きれば朝で、十二時間もたたないうちに、またこの道を逆に辿らなければならない。

単調で、何の感動もハプニングもない、のっぺりとした日常だ。たとえば恋でもしているなら何か違うかもしれないが、信夫は恋なんて完璧に無縁だった。女の子とは信夫にとって、果てしなく遠い存在で、相手にしてもらいたい場合は常に代金を支払う必要がある。そして今夜のような場合、たとえ代金を支払いたいと思っても、供給が存在しないのだ。いや、どこかのラブホテルにしけこめば、電話一本でありつくことができるので、厳密に供給が絶たれているわけではないが、駅から自宅までの道すがらにホテルはないし、わざわざ遠方へ足を伸ばしたり、いったん家に戻ってから改めて出掛ける気にはなれない。何せ、明日の始まりまで、既に十二時間を切っているのだ。明日が土曜や日曜なら話は別だが、六時半には起きて支度を始めなければならないから、九時半の現在、残されている自由の時間は九時間しかない。しかも、そのうちの大半は、眠らなければならないのだ。

そんなことを考えながら自動ドアを抜けて書店に入ると、冷気が心地よかった。内部は三階まであって、上の階へ進むほど空いている。一階は雑誌や単行本やコミックなど、二階が各種専門書と文具の売り場で、三階がコンピュータ関係専門のフロアになっている。

店内は、わりと広く、明るく、それなりに客がいる。まだ閉店まで時間があるので、立ち読みの客も多い。信夫は、たいしてあてもなく、棚の間を移動していく。小綺麗な店で、通路は広めだ。

と、女性向け雑誌の棚が視界に入った時、そこに制服姿の女子高生と思われる二人組がファッション誌を読み耽っている場面に遭遇した。ふたりとも、上は白いブラウス、下は紺色のスカートで、足元にナイロン製の薄いボストンバックを無造作に置いて、一冊の雑誌を一緒に見ている。そのスカートの丈は短く、白いルーズソックスが浅黒い肌に映えている。後方からなので顔立ちは確認不可能だったが、かなり退色した茶色の巻き髪が今風で、近づけば良い匂いがしそうだった。

彼女たちの姿を捕捉した瞬間、信夫の脳内で何かがパチンと弾けた。右手をズボンのポケットに突っ込み、携帯を握りしめる。上手くいくかどうかは分からないが、書店というのはたいてい誰も周囲に気を配っていないし、しかもターゲットの女の子たちは雑誌に集中している。信夫はさりげなく歩きながら、ポケットの中で、指先の感覚だけを頼りにカメラモードを設定する。動作音を最低限に抑えるために、ハンカチで端末を包むことも忘れない。そうして周囲に目を配りながら彼女たちの背後に向かい、申し訳なさそうに通路を進む仕草でゆっくりと接近しつつ、静かに鼻腔を膨らます。香水と僅かに汗が入り交じったような官能的な芳香が信夫の理性を陥落させた。あくまでもさりげなくふたりの顔立ちを確認すると、ふたりともそうとうかわいかった。化粧のせいもあるだろうが、目鼻立ちのくっきりとした派手な雰囲気だ。信夫は、雑誌を探している風を装いながらゆっくりゆっくりと進み、ふたりの真後ろに到達した瞬間、素早く携帯をポケットから取り出し、スカートの真下に差し入れてシャッターを押し、また素早くポケットに戻した。

それはほんの数秒の、あっという間の出来事だった。呆気ないくらい簡単に終了した。信夫は緊張しつつもゆったりとした歩調は保ったままその女子高生の後ろを悠然と通過した。そのとき、何気なくふたりのうちのひとりがふと振り向き、信夫を見た。もちろん信夫の神経は過敏になっていたので、すぐにその視線に気づいたが、わざと気のない振りを押し通すように無視して歩き続け、棚の角を曲がった。そして、女子高生たちの真後ろ辺りまで戻るように、本を物色する様子を装いながら進み、適当に書棚からハードカバーの本を抜いて中身を確認する振りをしながら、棚越しに彼女たちの後ろ姿を眺めた。先ほど、一瞬だけ視線を向けてきた女の子のほうも、再び雑誌を覗き込んでいる。その様子に漸くほっと安堵しながら信夫は小さく息を吐いた。

全く興味のない本のページを無意味に捲りながら、どんな写真が撮れているだろう? とワクワクした。ほんとうはふたりとも撮りたかったが、リスクは最小限に抑えたいため、ひとりしか撮れなかった。それでも、タイミングとアングルは問題なかったと思う。あとは、光源の問題だけだ。フラッシュが焚けないため、どうしてもその部分は賭けになる。しかし、書店内は明るいし、床も明るめのリノリウムなので、真っ暗ということはなさそうだった。

信夫は一刻も早くこの場を離れて画像を確認したかったが、ここで怪しい挙動に出れば全てが台無しになってしまうので、更にゆっくりと店内を巡回する。そのうちに、女子高生たちは店から出て行ってしまった。その後ろ姿を、信夫は店の奥から確認した。一瞬、「尾行してみたい」という気持ちが湧いたが、深入りして墓穴を掘ることだけは絶対に避けなければならないから、断念した。その代わり、一瞬だけ見つめた、スカートの中を撮影したほうの女子高生の顔を脳裏に強く焼き付けた。いま撮った画像をオカズにして自慰に耽る時、顔の印象は補助装置として作用する。本当は顔写真も撮りたいが、さすがに無理なので、記憶で我慢しなければならない。

いくら信夫がパンティ好きといっても、どこの誰が穿いたかもわからないものでは、興奮できない。だから、物自体も重要だが、誰が穿いていたか、それがもっと重要なのだ。その点、今夜の女子高生は、そうとうレベルが高い。画像ではなく、できれば是非実物を入手したいところだった。追いかけていって、「売ってください」と頼んでみようか、とも思った。実際、信夫は出張先の地方都市で「旅の恥はかきすて」の精神に則って突撃してみたことがある。そのときは、三人に声をかけ、そのうち二人には罵倒されたが、三人目で売ってもらえた。その経験があるから、今夜もその気になったのだが、しかしここは旅先ではなく、自分の生活圏内だし、さすがに躊躇してしまった。もっとも、今夜みたいに狂ったように発情していなかったら、こんな生活圏内の書店で盗撮を実行することもない。ふつうなら、やはり自重するだろう。基本的に信夫は小心者なのだ。

女子高生たちが店内から去った今になって、突然信夫は自分のしたことが怖くなってきた。冷静さを取り戻したせいだろうが、もしも誰かに見られていたら? と想像した途端、生活圏内だというのに何ということをしてしまったのだ、と思った。この書店は変態的嗜好に関係なくふつうによく利用するし、この駅前から伸びる商店街は毎日通る場所だ。そのような場所でスカートの中を逆さ撮りするなんて、冷静に考えたら無謀過ぎた。そう思うと、信夫はこの書店内に止まることが辛くなってきた。早く安全圏に逃げ込んで安心したい。その思いが高まり、やがて信夫は出口へ向かった。誰かがそっと寄り添ってきて、「お客さん、ちょっとお話が」と喋りかけてくるのではないか、とドアを潜る瞬間まで緊張した。

それでも、誰にも声をかけられることなく、じきに信夫は店から出た。店から出た瞬間、ほっとしたが、気を抜くことなくそのまましばらく歩き続けた。そして百メートルほど進み、完全に書店から離れると、やっと心底から安心できた。もう大丈夫だろう。そう思ったら、汗がどっと噴き出した。信夫は商店街の街路の端に寄り、ポケットに手を突っ込むと、携帯を包んだままだったハンカチを手探りで外し、取り出して額や首筋の汗を拭った。

涼むつもりで書店に入ったのに、結局、以前より汗をかいてしまい、まるで本末転倒だった。信夫はたまらず、上着を脱いだ。タイを更に緩める。ここから家まで、商店街さえ途切れてしまえば、暗い道だ。もうどんな格好でも構わない。ただ、あと二百メートルほどは、両側に店が続く。どちらかというと、飲屋街といった風情だ。小さなスナックなどが入居している雑居ビルや、全国チェーンの居酒屋などがある。その中に、コンビニやファーストフードの店も混在している。

信夫は左手でブリーフケースを持ち、その腕に、適当に畳んだ上着をかけながら、アーケードが設置された駅前通りの歩道を歩いていく。時計を見るともう十時に近く、さすがにこれくらいの時間なると、沿道の商店街にもシャッターが目立つ。開いているのは、コンビニを除けば、飲食関係くらいのものだ。この駅前の商店街は、じきに広いバイパスにぶつかって終わる。ちなみに信夫の自宅は、そのバイパスで右へ折れ、更に途中から住宅地へと左へ曲がって進んだ先にあり、まだまだ遠い。

その道のりを思うと、うんざりとしてきて、足が竦むが、タクシーに乗るほどの距離でもないし、そもそも勿体ない。だから、信夫は蒸し暑さの中で最後の気力を振り絞りながら歩いていく。もう少し周囲に人気が無くなったら、先ほど書店で隠し撮りした画像を見てみよう、と思っているが、まだ早い。商店街は明るいし、酔客もいる。バイパスから住宅地へと続く道に入ってしまえば、たぶん大丈夫だ。ばっちりと撮れているといいな、と思い、それを希望のように胸に抱いて信夫は黙々と歩いた。

周囲はスナックの看板を掲げた低い雑居ビルが多く、いくつか狭い路地のような小路が駅前通りから更に奥へと続いている。ようやく人気も疎らになってきた。信夫は歩きながらポケットからハンカチを取り出し、立ち止まると、額の汗を拭いた。書店を出てからずっと歩き続けているので、汗は引くどころか、いっそう噴き出し続けている。

と、そのとき、不意に背後に人の気配がした。(ん?)と不審に思い、何気なく、振り返る。すると、そこには先ほど書店でスカートの中を逆さ撮りした女子高生の二人組が立っていた。

信夫は一瞬、背筋が凍り付いた。もしかしたら隠し撮りがバレていて、尾行されていたのか? と思った。しかし、そう考えたのはその一瞬だけで、それほど気に留めず、いや、実際には心臓が早鐘を打っていたが、表面上は平静を取り繕ったまま、いつのまに追い抜いてしまったのだろう? と思いながらハンカチをポケットに戻し、再び歩きだした。

すると、その女子高生の一人が、「ちょっと」と声をかけてきた。信夫は無視しようかとも思ったが、こんなに人気が無い場所で聞こえない振りをするには無理があったので、仕方なく、足を止め、改めて振り返ると、「何か?」と小声で尋ねた。

間近で対峙したふたりの女子高生は、完璧に今風の女子高生だった。そして、声をかけてきたのは、スカートの中を盗撮したほうの女の子ではなく、あの時、一瞬だけちらりと見られたほうの女の子だった。

「『何か?』、じゃないだろ?」

ふたりは腕組みして、信夫をじっと見据えている。信夫はその視線に緊張しながら、下唇を小さく舐めた。何か言わなければ、と思ったが、喉は一瞬にしてカラカラに渇いてしまっていたし、何を言えばいいのか見当もつかず、結果的に口籠ってしまった。ふたりとも信夫より少し低いくらいの身長だったが、威圧感が伝わってくるので、実際以上に女の子たちは大きく感じられ、信夫は自分の立場の弱さを痛感しつつ、つい萎縮してしまった。

「あのさ、なんでうちらが呼び止めたか、わかってるだろ?」

声をかけてきた女の子が更に言う。間違いなく、盗撮がバレているのだ。信夫はそう思ったが、しかし何もこたえられず、地面を見つめてしまった。ふたりは、そんな信夫を睥睨した。

「何か言えよ」

顎をしゃくって、苛立たしげに同じ女の子が言う。この女の子は名前を北原留美といい、信夫が隠し撮りした女の子のほうは松沢恵子というが、もちろん信夫は彼女たちの名前を知らない。ふたりとも十六歳になったばかりの高校一年生で、今夜はカラオケの後で書店に立ち寄り、信夫と遭遇した。もっとも、写真を撮られた恵子はまるで気づいていなかったし、留美にしても、目が合った時に不審感は覚えたが、確証はなかった。ただ、ちょっと様子がおかしい、と感じだけだ。それで、留美は書店を出るとすぐ、「ケイコ、さっき本屋の中で変な奴がアンタのスカートの中を携帯で写真撮ったかも」と言った。すると恵子は「マジで?」と驚いて聞き返し、留美は確信が持てなかったので「たぶん」としかこたえられなかったのだが、恵子は怒り狂った。そして、「ハッキリさせよう」ということで話が決まり、書店から離れた位置で出口を見張った。そこへ、やがて信夫が出てきた。その姿を物陰から留美が指差して、「あいつ」と言った。その信夫を見て、「いかにも怪しい感じじゃん」と恵子は感想を述べ、ふたりは尾行を開始した。すぐに声をかけても良かったが、逃げられると厄介だし、野次馬に囲まれたら最悪なので、人気が無くなる場所まで待ったのだった。そして声をかけてみたのだが、案の定、男の反応は怪し過ぎて、ふたりは直感的に「こいつは、撮っている」と確信した。

「出るところへ出て話するか? あ?」

勢いづいた留美が言う。恵子もそんな留美の雰囲気に乗せられて、一歩信夫へと近づき、「何で呼び止められたのかわかってんだろ?」と目を据えて信夫を睨みつけた。

信夫は、自分よりも遥かに年下の女の子二人に詰問されて、完全に怯えていた。もう終わりだ、と思った。俯き、地面を見つめる。そんな信夫に、留美が言う。

「こらオヤジ、ちゃんとこっち見ろよ」

おずおずと顔を上げ、信夫はふたりに視線を向けた。上目遣いの、遠慮がちな視線だ。その視線を跳ね返すように恵子は冷たい目でいっそう信夫を睨みつけ、唇の端を若干持ち上げた。

「ちょっとさ、携帯見せてみろよ」

「えっ? あ、そのう……」

信夫は反射的にポケットの上から携帯を触り、逡巡した。その仕草でふたりは完全に盗撮を確信し、更に詰め寄った。

「ここではちょっとあれだから、顔貸せよ」

いくら人気がない場所といっても無人ではないし、留美は信夫のはだけたシャツの襟元を掴むと、雑居ビルの一角の暗がりへ連行しようとした。咄嗟に信夫は「あ、ちょ、ちょっと待ってください」と抵抗を示したが、その態度と口調がふたりの怒りに火を注いでしまった。

「ふざけんじゃねえよ」

恵子が反射的に信夫の腹を膝で蹴り、信夫はその本気の蹴りをまともに受けて、蹲ってしまった。いくら威勢が良くとも、相手は女子高生だから、女の子の暴力なんてたいしたことないだろう、とタカを括っていたのだが、現実は全然甘くなかった。しかも、ふたりとも容赦なかった。腹を抑えて蹲る信夫を留美が強く引っ張り、引きずるようにして奥まった階段部分へと信夫を連れて行った。その途中で恵子が信夫のズボンのポケットを弄り、携帯を押収する。そして、階段まで来ると、ようやく呼吸ができるようになった信夫の尻を二人は蹴りながら、「このまま上まで行け」と命じた。

蹴られた拍子に足を縺れさせ、信夫は転びそうになった。かろうじて階段の二段目に手をついて体を支えたが、そこでまたしても尻を蹴り上げられ、そのまま突っ伏してしまう。その尻を更に恵子が蹴り、「おら、グズグズしてんしゃねえよ」と促した。信夫は体勢を立て直しながら、「は、はい、すいません」とふたりのほうは見ずに呟き、階段を少しずつ上がり始めた。本当は逃げ出したかったが、どうやら無理そうだった。階段は狭いし、背後はふたりによって封鎖されている。大声を出して助けを呼ぶことはできるかもしれないが、非は間違いなく自分にあるから、事情を説明できない。よって、とにかく彼女たちに従うより仕方ないのだった。携帯電話も取り上げられてしまったから、このまま脱兎の如く逃走しても、再び捕捉されるのは時間の問題だった。

そのビルは四階建てで、狭い階段を上りきると、屋上に出る。ふつう、この手のビルの屋上は施錠されていて立ち入り禁止になっているものだが、スチール製のドアは呆気なく開き、背後から突き飛ばされるように信夫は外へと転がり出た。

屋上には電飾の巨大な看板が設置されていて、周囲からはほとんど死角になっているようだった。信夫は転がり出た拍子に足を絡ませて本当にすっ転び、コンクリートの床でしたたかに膝を打って体を丸めた。その背中を留美が蹴り飛ばし、恵子がその信夫の傍らに立って押収した携帯を開きながらボタンを押して画像ファイルのフォルダを呼び出し、もっとも新しいサムネイルを開く。ディスプレイに、ほとんど真っ暗な画像が表示される。それでも目を凝らすと、うっすらと輪郭がわかり、そこに映っているものが自分が穿いている下着だと確認できた。

「おまえ、何撮ってんだよ」

そう言って恵子は、膝を抱えてその痛みに耐えている信夫の頭を踏み、そのまままるで煙草の火を揉み消すみたいにぐりぐりと踏みにじる。信夫はもう観念するしかないと悟り、女子高生に屈服するなんて屈辱の極みだと思ったが、証拠を押さえられてしまった以上、謝罪するより仕方なかった。だから、後頭部を踏まれたまま、必死に詫びた。

「すいません……つい、出来心で……本当にすいません。どうか、許してください」

しかし、信夫はマゾヒストなので、その必死の謝罪と同時に、激しくマゾの炎がメラメラと燃え盛り始めていた。むしろ、彼女たちの無遠慮な蹴りや叱責の言葉が、信夫のM性に火をつけたのかもしれなかった。その証拠に、信夫は彼女たちにひれ伏し、自らが犯してしまった罪の大きさを今更ながら痛感し、後悔の念に駆られ、露見してしまった事態に恐怖を覚えながらも、ズボンの下では性器が完璧に勃起してしまっていた。

「ふざけんじゃねえよ、この糞オヤジ。ちょっと立てよ、おら」

留美が信夫の髪を無造作に掴んで引っ張り上げるように無理やり立たせ、そのまま薄汚れた電飾看板の支柱に信夫を追いつめた。そしてシャツの胸元を掴んで締め上げるように強く支柱に押しつけ、膝を鳩尾に叩き込む。

「うぐっ」

信夫は呻いて体を折った。その隣で、恵子が携帯を床に思いっきり叩きつけ、更に何度も執拗に踏んで端末を破壊する。

「おら、変態が一丁前に休んでんじゃねえよ」

恵子が信夫の髪を引っ張り、前を向かせると、拳を固めて頬に叩き込み、続けざまにビンタを何発も張った。視界に白い星が瞬き、口の中に錆びた鉄の味が広がる。信夫はパンチやビンタをすべてまともに受け、体を大きく揺らした。留美が、そんな信夫のシャツの胸元を掴もうとしたが、信夫の体が揺れているため、そのまま破いてしまう。

「面倒くせえから、脱げよ」

留美はそう吐き捨てると、シャツをビリビリに破り、既に緩められていたタイを引き抜き、信夫の上半身を裸に剥いた。すると、当然のことながら、赤くミミズ腫れとなって胸板や背中に刻まれている無数の鞭の跡が露出し、ふたりの女子高生は揃って声を上げた。

「なんだよ、これ」

「拷問の跡かよ」

「っていうか、もしかしておまえ、マゾかよ」

口々に言い、信夫は返答に詰まって俯いてしまう。

「黙ってんじゃねえよ。訊かれたことには答えろよ、おら」

俯いた信夫の顔を引き起こすみたいに髪を掴んで恵子が言う。そして、その蔑みと冷酷さに充ちた瞳で見据えられた瞬間、信夫に残されていた最後の理性の砦が崩落した。

「すいません……ぼ、ぼく……マゾなんです。どうか、どうかぼくを責めて下さい。何でも言う事を聞きたいです」

「マゾだあ? キモいんだよ、糞オヤジ」

露骨に眉を潜めて恵子は吐き捨て、またしても膝で蹴る。今度は、それが下腹部を直撃した。

「おまえ、もしかして勃ってんのか?」

膝に当たった股間の感触に、恵子が訊く。それを聞いた留美が、「マジかよ」と呆れて、股間に手を伸ばして信夫の性器を鷲掴みする。

「うわっ、マジでカチカチだよ、こいつ」

そう言って軽蔑の眼差しを信夫に注ぐ。信夫はその視線に身悶え、目を泳がせながら、更に固く勃起させてしまう。

「真剣にキモいわ、こいつ」

留美が性器を掴んだまま言い、その手を陰嚢へと移すと、ぐっと力を込めた。

「うぎゃああああああ」

信夫は悶絶した。そんな様子を見て、ふたりは残忍に笑う。

「おまえみたいな糞変態、いくらでもいじめてやるからよ、さっさと全部脱げよ」

陰嚢から手を離し、信夫の体を支柱に弾き飛ばして留美が言う。恵子が、そんな信夫の足を払う。信夫はなす術もなく、その場で尻餅をついてしまう。そして、顔面にふたりから蹴りを受ける。ローファーの底が、何度も何度も信夫の顔面に叩き付けられ、やがて信夫の鼻や唇から血が滲み始める。

「さっさと脱げよ、マゾ野郎」

執拗に蹴り続けながら留美が言い、信夫は小声で「すいませんすいませんすいません」と呟きながらベルトを外し、ズボンとパンツを脱いだ。

「マジで自分から脱ぎやがったよ。しかも、何だよそのチンポ。ビンビンじゃねえか」

「っていうか、おまえ、頭おかしいだろ」

素っ裸になった信夫を留美が髪を掴んで立たせ、よろよろと立ち上がったその信夫の股間を恵子が蹴り上げた。まるでサッカー選手が渾身のシュートを放ったときみたいに脚は綺麗に振り抜かれ、ローファーの固い甲の部分が信夫の陰嚢の裏側を的確に捉えた。

「うぎゃあ」

信夫は短く叫び、飛び跳ねる。しかし留美に髪を掴まれたままなので、体ごと逃れることはできない。たまらず信夫は両手で股間を庇って体を丸めた。その尻を横からえぐるように恵子が蹴り、信夫が大きく体を仰け反らせると、その拍子に空いた股間を留美が向こう脛で蹴り上げた。そして、恵子が信夫の頬を拳で殴りつける。

信夫はつんのめるように前方へ倒れ込んでしまった。その背中に二人が同時に乗り、何度も全体重をかけて飛び跳ねる。靴下と靴を身に着けているだけの信夫は、二人に背中で飛び跳ねられながら、何度も呻きを漏らす。時々どちらかの足が背中から外れて、擦るように信夫の頬を削った。

信夫は、いつのまにか泣いていた。肉体的な痛みと精神的な屈辱感で満身創痍の信夫は、恥も外聞もなく年下の女性たちの前で涙を流した。

「どうか、どうかお許しください」

呟くように信夫は何度も言った。しかし、そう口では言いながらもペニスは屹立を持続させているため、説得力は皆無で、当然聞き入れられることはなく、女の子たちは信夫を蹂躙し続ける。背中で飛び跳ねることに飽きると、頭をサッカーボールとでも思っているかのように蹴り飛ばし、信夫がうつぶせになって、瀕死のカエルみたいな格好でだらしなく足を開けば、真後ろからその股間を蹴り、踏みにじり、ローファーの爪先で信夫の体を反転させて仰向けにさせると、その腹や顔面に容赦なく乗った。

信夫の全身からは汗が噴き出している。意識も朦朧としてきた。息があがり、信夫は時々大きく肩で呼吸をした。

「おら、なに休憩してんだよ」

恵子が信夫の頭を手のひらで叩き、髪を掴むと、まるでそのまま毟り取るような勢いでぐいっと引き起こす。信夫はふらふらと上半身を起こすが、もうほとんど力は入らない。

信夫の顔は、既に腫れ上がっている。全裸を晒している体にも、無数の痣ができていた。それらはSMプレイによる鞭や縄の跡とは比べ物にならないくらい凄惨さだったが、そんな状況下でも一向に萎えず、限界まで反り返っている勃起したままのペニスが妙に生々しい。

「ずいぶん色男になってきたねえ」

恵子が信夫の顎に手をかけ、無様に腫れ上がってしまっているその顔を至近距離からまじまじと眺めながら嘲けるように笑い、茶化して言う。信夫は恥ずかしさのあまり、視線を外してしまった。すると、恵子はすっと嘲笑を表情から消して、鋭い往復ビンタを信夫の両頬に炸裂させ、その顔にペッと唾を吐き捨てる。

「変態糞オヤジの分際で生意気な態度取るんじゃねえよ」

「す、すいません」

信夫は萎縮し、怯えきった目で恵子を見、更にその傍らに立つ留美も見上げる。

「キモい目で見るな」

留美が信夫の脇腹に爪先を勢い良くめり込ませる。信夫は瞬間的に息を詰まらせて反射的に蹲りながら、両手を床について必死に詫びる。

「すいません」

その信夫の髪を留美がすかさず掴んで起こし、その顔を眺めながら言う。

「しかし汚いな、おまえ。っていうか、今の自分の格好を冷静に考えてみろよ。大人として恥ずかしくねえか?」

「は、恥ずかしいです……」

信夫は俯き、小声でこたえる。その顔を留美はまた髪を掴んで前を向かせ、唾を吐く。

「説得力ゼロなんだよ」

生暖かいべっとりとした感触が、信夫の顔面を伝い、ゆっくりと流れ落ちていく。信夫は、目の前に立つふたりの女子高生を見た。留美と恵子は腕を組み、悠然と信夫を見下ろしている。信夫の顔のすぐ前に、ミニスカートの短い裾から伸びる浅黒く日焼けした肉感的な脚があり、白いルーズソックスが眩しい。その脚の質感は、信夫にとって憧れの象徴だった。それが今、手を伸ばせば届く位置にあるのだ。そう考えた途端、いっそうペニスがそそり立った。このままふたりの脚を抱えるように縋りつき、スカートの中へ顔を突っ込みたい。そう激しく夢想する。そして、信夫は言った。

「すいません、あのう、一万ずつ払うんで、おみ脚に触らせてください。そして、オナニーをさせてください!」

もう完全に理性のタガが外れてしまっている信夫は、ふたりの返事を聞く前に、まるで瀕死のゾンビのように両手を脚に向けて伸ばしていた。

「マジでキモいんだよ」

信夫の伸びる手を撃墜するみたいに、すかさず恵子がその腕を上から渾身の力を込めて踏みつけ、前のめりになった信夫の背中を留美が何度も蹴りつけた。

「何が一万払うだよ。ふざけんじゃねえよ。触るな、キメえ」

「すいません、すいません」

降り注ぐ蹴りの嵐から身を庇うように頭を抱え、体を丸めながら信夫は必死に言う。

「ちょっと、おまえ。そこに正座しろ」

留美が凄まじい勢いのビンタを一発、信夫の頬に炸裂させる。弾かれたように信夫は背筋を伸ばし、命じられたとおりに従う。しかし、体がボロボロなので、動作は緩慢だ。

「おら、早くしろよ」

信夫の頭を恵子が横から叩いて急かす。

「はい、すいません」

信夫は脚を畳み込み、正座をする。両手を軽く握って太腿の上に置き、ふたりを見上げる。

「おまえ、まだビンビンって、頭おかしくねえか?」

跳ね上がるように勃起している信夫の性器を恵子が爪先でつつき、「ちょっと足、開け」とその爪先で信夫の閉じられた膝を内側から軽く蹴る。

「はい」

信夫は素直に若干膝を開いた。すると、すかさず恵子が、信夫のペニスを垂直から踏みつけ、そのままコンクリートの床へ圧した。そうして更に全体重を爪先に乗せて踏みにじっていく。

「うぎゃあああああああ」

靴底が陰茎を潰し、亀頭がザラザラとしたコンクリートで擦れて、たまらず信夫は絶叫した。恵子はしかし信夫の反応など全く意に介さず、そのまま加減することなく右足の爪先で肉の茎を踏みつぶしながら、左足を浮かせて全体重をかけていき、信夫が脂汗を流しながら顔を苦悶に歪め、歯を食いしばっている様子を薄ら笑いで見つめた後、浮かしていた左足を床に降ろし、しかし右足はペニスを踏みつけたまま、今度は爪先を支点にして踵を左右に振りながら、ぐりぐりと圧力を加えた。

「うぎゃあああああああああ」

信夫は背中を反らして叫んだ。その声を聞いて留美は「ホントにうるせえな」と不機嫌そうに言い、不快感を隠すことなく態度に滲ませながら信夫を殴った。そして、おもむろにローファーを脱ぎ、ルーズソックスも脱ぐと、その黒ずんだ爪先部分を先頭にして信夫の口に詰め込んだ。

「ちょっと黙ってろ」

たちまち信夫の口の中で饐えたような強烈な臭気が爆発した。それは口中から鼻腔へと突き抜け、瞬く間に、かわいらしい外見からは想像もつかないような悪臭が、まるで顔全体を被うように信夫を包み込んだ。押し込まれたコットンが、ただでさえカラカラに渇いている口の中の唾液を吸い取り、信夫は喉が貼り付くような息苦しさを覚えて呻いた。しかし、その声は、ほとんどふたりには伝わらなかった。声が出せなくなった代わりに、信夫は蹴られたり殴られたりする度に激しく体を蠢かせた。その様子を見て、恵子は、周囲に散乱している信夫の脱ぎ捨てた衣服の中からタイを取り、ねじり上げるように信夫の両手を掴んで背中に回させると、そのタイを使って手首の部分でがっちりと固く縛った。ついでに、ベルトをズボンから引き抜いて、信夫の体を蹴り倒すと、足首も括った。

信夫は手と足を拘束され、口も塞がれた状態で、まるで芋虫のように横たわった。そして、完全に無力化された状態の信夫を、留美と恵子は容赦なく蹴り、踏んだ。靴下を脱いでいる留美は、その素足で信夫の顔を踏みつけていく。蒸れた激臭が信夫を襲い、信夫は無意識のうちに顔を反らしたが、その行動が留美の激高を誘引し、留美はそのまま信夫の鼻の穴に足の指を押し込んで引っかけると、勢い良くその足を高く振り上げた。無抵抗の信夫は、不自然な格好で体を仰け反らせた。そしてエビのように体を反らせた信夫の顎を、恵子のローファーの爪先が直撃する。

白い闇が弾け、信夫は朦朧となる。女の子たちは残忍だけれど無垢な笑顔を浮かべたまま、信夫の頭や顔を踏み、体を蹴り続けている。信夫は、手と足を縛られたまま、ただその猛攻に晒され続けている。恵子がしゃがんで信夫の顔を持ち上げると、怯えきったその信夫の瞳の奥を覗き込む。その恵子も、いつのまにか汗をかいている。顔が上気していて、接近すると、汗と香水の混じった匂いが信夫を包み込んだ。不自然な体勢で縛られているうえに、全身傷だらけで信夫は苦痛に顔を歪め続けていたが、その恵子の匂いに包まれると、なぜか脳内で快感物質が分泌されて不思議な恍惚感が湧き起こった。その顔を見て恵子が「こいつ、ホコボコにされてイっちゃってるよ」と笑い、留美も覗き込んで「あはは、でもキメえ」と吐き捨てた後、ペニスを踏みにじった。そして、恵子は信夫を突き放すように解放すると、「ああ、スッキリした。でも、あっつーい」と汗が光る顔でブラウスの胸元をパタパタと扇ぎながら壮快に言った。

「わたしも」

同じように汗だくの留美も笑う。信夫はそのふたりの足元で肩を震わせて呼吸しながら完全に伸びてしまっている。もう何も考えられなかった。視界には、ふたりのローファーの足元だけが霞みながら揺れていた。

「ついでだから、この糞変態におしっこ掛けとこっか」

留美が言い、「いいわね」と恵子も同意する。

信夫はそんな二人の遣り取りをぼんやりと聞いていた。そして数秒後、黄金色に輝く濃密な液体が勢い良く顔や体に降り注いできた。強いアンモニア臭が立ちこめる。信夫はなす術もなくびしょ濡れになりながら、薄目を開けて上空を見上げると、下着を下ろしてスカートをたくし上げた留美と恵子が立ったまま信夫に向かって放尿していた。液体が目に入って痛み、口の中に苦みが侵入してきて、切れた傷に沁みた。

やがて放尿が止み、信夫は水溜まりの中に没した。

「これからはもう調子に乗るんじゃねえぞ」

恵子が信夫の頬を踏み、尿の溜まりの中にその顔を押し付けながら言う。信夫は、尿に顔の大部分を浸したまま、口を塞がれているので声は出せなかったが、何度も首を縦に振って謝った。

「それにしても汚い、最低のオヤジだ」

信夫を見下ろして留美が鼻で笑い、恵子に「そろそろ行こっか。いつ雨が降ってくるかわかんないし」と空を顎で示して促した。恵子も、「そうね。暑いし、なんか疲れたし」と信夫の顔から足を浮かせて頷き、最後に、ドン、と信夫の腹を踏むと、ふたりは「ハハハ」と笑って信夫の側を離れた。信夫は大量に放出されたふたり分の尿の中に全身を横たえたまま、遠ざかっていくふたりを見ていた。ふたりは一度も信夫を振り返ることがなかった。そして、そのまま階下へと続くスチール製のドアの向こうへ姿を消した。

体中が痛み、信夫は不意にひとりになると、なんとか手と足の拘束を解こうと尿の溜まりの中で体を蠢かせたが、少しでも体を動かせば全身に痛みが走り、手首も足首もがっちりと縛られていて、まるで解ける気配がなかった。

信夫は空を見上げた。しかし背中で両手を拘束されているため、完全に仰向けになることはできず、斜めに見上げる空は、頬や瞼が腫れ上がっているためか歪んでいた。しかも、睫毛の先に付着した尿の雫のため、視界は霞んでいる。

上空を被う分厚い雲のため、星も月も見えなかった。呼吸が苦しい。口の中に詰め込まれた靴下が大量の尿を吸収して、膨張しているように感じられる。吐き出そうとするが、奥まで詰め込まれていて、何度となく舌や口を動かしても、一向に押し出せない。

やがて信夫はいったんソックスの排除を諦め、鼻で大きく息を吸いながら、ぼんやりと、おそらく体中が痣だらけだろう、と思った。もしかしたら骨折している箇所もあるかもしれない。腕は痺れて感覚がないし、もう体を動かす気力もない。きっと顔も酷い状態だろう。じんじんと熱いし、腫れているのが自覚できる。当分人前には出られないかもしれない。

周囲の尿が冷え始めた。六月の夜の蒸し暑さは相変わらずだったが、信夫は意識が遠のいていくのを自覚しながら、もしかしたら朝までこのままかもしれない、という絶望感に襲われた。いや、先ほどの女子高生を除けば、この場所に信夫がいることを知る人は世界中に誰もいないから、朝までどころか、永遠に放置され続ける可能性も皆無ではなかった。しかし、どうしようもなかった。手首や足首の拘束は固くて解ける気配がないし、体の痛みが尋常ではない。時間が経つにつれ、どんどん痛みが増してきていて、もうほとんど体が動かせなくなりつつある。こんな状態を誰かに発見されるのは不様過ぎるし、発見されても事情を説明することができないが、しかし誰にも発見されなかったら、いつまでもここに居続けなければなさそうで、その想像は信夫を喩えようのない恐怖の淵へと突き落とした。

もっとも、誰かに発見される可能性は、実際にはかなり低そうだった。口が塞がれていて声が出せないから助けは呼べないし、先ほどの彼女たちが信夫の身を案じて再びここへ戻ってくる可能性は他のどの可能性よりも低そうだったし、見たところ、この屋上は使用されている様子が全くなかった。スナックの従業員が休憩時間に煙草でも吸いにきてくれればいいが、その期待はきわめて薄い気がした。信夫は、温もりを失っていく尿の感触に全身を浸しながら、これから自分はどうなるのだろう、と改めて不安に駆られた。ただ、朝が来て明るくなりさえすれば、いくらこの場所が死角のような場所でも、誰かが偶然どこかの窓から発見してくれる可能性はある。もはや、その偶然の瞬間に賭けてみるより手はなさそうだった。

その時、とうとう雨の最初の一滴が、ぼつりと空から降ってきた。信夫はただ漠然と、雨か? と思った。しかし、依然として全身に力が入らないし、どうすることもできなかった。

体中が熱い。雨が、二滴、三滴と落ちてくる。冷たい小さな刺激が、傷だらけの体の表面で弾ける。やがて信夫は強く立ちこめるアンモニア臭の中ですべてを諦め、そっと目を閉じた。

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