Flower

増田肇のオフィスでの一日は、夏ならば冷房を、冬ならば暖房のスイッチを入れることから始まる。始業は九時だが、増田はその一時間前の八時には出勤し、室内の清掃や郵便物の仕分け及び担当者のデスクへの配布、コンピューターやコピー機の起動など、やることはいくらでもある。花瓶に花を活けるのも、その水を換えるのも彼の仕事だし、もちろんコーヒーやお茶の準備もしなければならない。一般的には新入の女子社員がするような雑事全般が、彼の唯一の職務といってよい。それ以外に、このオフィスに増田の仕事はない。

主に新製品のマーケティングを業務とするこの部署は、本社とは別のオフィスビルに入居していて、そこに勤めているのは増田を除いて部長以下五人いる部員全員が女性だ。増田は今春の異動で製品管理部門からこのマーケティング部門に移ってきた。一応の肩書は課長代理であったが、そんなものは全く無意味で、増田は単なる雑用係だ。そもそも女性ばかりのオフィスであることは知っていたし、マーケティングのことなどまるでわからなかったから、いきなり肩書を振り回すつもりもなかったのだが、まさか雑用をやらされるとは思わなかった。三十二歳にもなって、二十六歳の部長に顎で使われ、十八の高校を出たばかりの新入社員の朝のコーヒーをいれる羽目になるとは、この部署へ実際に配属されるまでは考えたこともなかった。しかし現実にそういう状況に身をおいてみると、意外に居心地が良かった。もし自分以外にも他の男性の目があればまた違っただろうが、周りは美人の女性ばかりだったし、本社から誰かが来た時は彼女達も自分をそれなりに立ててくれるので、対外的にたいした問題もない。

時には部長の地方出張に同行することもあって、そういう時は移動手段や宿泊の手配から、移動中の荷物持ちまで、すべて増田の仕事だ。だから出張へ行くと、普段の倍は疲れる。朝はモーニングコールをしなければならないし、夜はマッサージがある。このマッサージというのがなかなか難しくて、初めのうちは叱られてばかりだった。しかも相手が若くて美しい女性なのだから、健康な男性ならば誰だって妙な気を起こしそうになるものだが、絶対にそれは許されないから、悶々とした気持ちを抱えて眠らなければならず、これほど辛いことはない。そんな時は、自分の部屋に戻ってから自慰で紛らわすことになる。深夜、地方のホテルの一室で自慰に耽る三十男……それはかなり虚しい光景だ。だが、相手にその気が全くない以上、それはどうしようもないことだった。

その朝も定刻どおりに出勤してきた増田は、いつものようにまずブラインドを開け、エアコンのスイッチを入れ、数種類の新聞をラックにセットし、床に掃除機をかけた。部員達のデスクを布巾で丁寧に拭き、吸殻が溜まった灰皿を掃除し、花瓶の水を換え、乱雑に積まれた書類棚のファイルをきちんと整理した。それからパソコンを起動させ、コピー機やシュレッダーのスイッチを入れた。昨夜のうちに届いたファックスをデスクに配り、電子メールをチェックする。

オフィス内は静まり返っている。同じフロアの別の会社のオフィスにもまだ人気がなく、ビル全体が、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。眩しい朝の光が薄い水色のカーペットの床に落ちている。増田は応接室に入り、テーブルの上の煙草を補充し、ソファの埃を払った。踝まで埋まるくらい毛足の長い絨毯に掃除機をかけ、読み散らかしてある雑誌をマガジンラックに片付けた。

またオフィスに戻り、増田は、今度は部長の個室へ入った。部長の部屋は、ガラスで仕切られた十畳ほどのスペースで、ブラインドを下ろすとプライバシーが確保される。増田はその部屋に入って、ブラインドを拭き、まるで大統領が執務机のような立派なマホガニーのデスクを掃除し、卓上カレンダーの日付を合わせ、パソコンを起動させ、今日のスケジュールをメモにしてデスクに置いた。そしてクリスタルの小さな花瓶に、今朝出勤途上に買い求めてきた花を早速活けた。赤い可憐な花びらがテーブルに淡い影を落とす。部長の椅子は革張りのゆったりとした背凭れの高い豪華なもので、背後の窓越しには、高速道路の高架の向こうに、林立する超高層ビル群が見える。高速道路上にはトラックや乗用車などが行き交っているが、この窓ガラスは防音になっているため、騒音は一切届かない。

増田はミスがないかどうか見回してから部屋を出て、オフィスを横切り、給湯室に入った。ポットの水を替えてコーヒーメーカーの準備に取り掛かる。棚から急須や湯呑みやコーヒーカップを出し、トレイに並べる。

腕時計を覗くと八時四十五分だった。まもなく皆が出勤してくる。増田はコーヒーメーカーのスイッチを入れて給湯室を出た。そしてオフィスの入り口にあるカウンターの前に立つ。ネクタイの歪みを点検し、ジャケットの襟を正す。

増田は毎朝、姿勢を正して入り口に立ち、出勤してくる全員を出迎えなければならないのだった。それは増田にとって、とても重要な仕事だ。

ドアが開き、部員の中でもっとも若い、今春高校を卒業して入社したばかりのカワイユウコがグレーのビジネススーツに身を包んで颯爽と入ってきた。

「おはようございます」

増田は体を四十五度折って頭を下げた。

「おはよう」

頭を下げている増田にカワイユウコは軽く会釈をして自分のデスクについた。続いてスズキヒロミとマキハラユキとサイトウケイコが一緒に出勤してきた。三人はそのまま窓際に置かれた休憩用の応接セットに腰を下ろし、それぞれ新聞を広げた。

「増田、コーヒー」

課長のサイトウケイコが煙草に火をつけながら言う。俄かに増田は忙しくなる。

「はい」

増田はカウンターを離れ、給湯室に飛び込んで、急いでコーヒーをカップに注ぐと、応接セットへ運んだ。

「どうぞ」

「ありがと」

細く煙を吐き出しながらサイトウケイコが言い、他の人の分のコーヒーを増田がテーブルに並べていると、背後からカワイユウコの声が聞こえた。

「増田、今日は私、お茶にするわ」

「はい、今すぐ」

増田はトレイを抱えて給湯室に戻り、今度はお茶を湯呑みに注いでカワイユウコのデスクへ持って行った。するとカワイユウコは爪にマニキュアを塗っているところで、お茶を差し出す増田を見もしないまま白いパンプスを床から浮かせて言った。

「ちょっと、ここ、汚れてるでしょ。拭いてよ」

「はい」

増田はお茶をデスクに置いてから、手近にあったティッシュを取ってその場に跪き、パンプスの甲の汚れを拭き取った。間近に見る肌色のストッキングの光沢が眩しい。増田はその光沢に心を奪われながら、パンプスの汚れを丁寧に拭き取っていく。

と、そうしているうちに不意に入り口のドアが開き、間口に部長であるサギサワアイが現れた。

「おはよう」

「おはようございまーす」

部員たちの返事に微笑みながらドアを閉じたサギサワアイは、自分のオフィスに向かって歩いていく。増田は、しまった、と思いながら立ち上がり、頭を下げた。

「部長、おはようございます」

とんだ失敗を犯してしまった。いちばん肝心な部長の出勤を玄関で出迎えなかったなんて最悪だ。いくらカワイユウコに命じられて彼女のパンプスの汚れを拭き取っていたという理由があるとはいえ、そんなものは言い訳にはならない。案の定、サギサワアイの視線は冷たく、増田の挨拶に返事は無かった。ただ冷徹な視線が投げられただけだった。

「ああ、かわいそう。タイミングが悪かったわね、増田」

爪のマニキュアに息を吹きかけながらカワイユウコが言う。増田はパンプスの汚れを拭き取ったティッシュを握り締めながら立ち尽くしている。すると、自分のオフィスのドアノブに手を掛けたサギサワアイが振り返って、増田に言った。

「増田、朝のコーヒーはいらないから、十分後にちょっといらっしゃい」

「はい」

サギサワアイがオフィスに消えた。応接セットで寛いでいたマキハラユキが、読んでいた新聞を片づけながら肩を竦めて自分のデスクへ向かう。

「あらあら増田くん。朝から部長の機嫌を損ねちゃったわね」

「ほんと、おまえってトロいわね」

サイトウケイコも呆れたように言って応接セットを離れた。スズキヒロミはソファに残っていたが、バッグから分厚いシステム手帳を取り出すと、縁なしの眼鏡をかけながら増田に声をかけた。

「叱られるわよ、きっと」

増田は緊張のあまり、カワイユウコのデスクの傍らから動けないでいた。

「ちょっと、おまえ、仕事の邪魔よ。することないなら、これ十部ずつコピー取って」

カワイユウコはデスクの上の書類の束をボールペンで叩きながら示して増田に示した。

「わ、わかりました」

増田は我に返り、その束を持ってコピー機へ向かった。しかし、心ここにあらずだった。

きっかり十分後、増田は部長の部屋のドアをノックした。背中に注がれる部員達の視線が痛い。ガラスのブラインドは閉じられていて中は見えない。増田はドアの前で呼吸を整えた。

じきに「どうぞ」というサギサワアイの声がして、増田は「失礼します」と言いながらドアを開け、中に入ると、きちんとドアを閉じてから改めて深々と頭を下げた。

サギサワアイは執務のデスクでコンピューターのキーボードを叩いていた。背後の窓にはブライントが下りておらず、渋滞の高速道路が望める。

やがてサギサワアイはコンピューターのディスプレイから目を上げ、黒い縁の眼鏡を外して増田を見た。それはぞっとするほど冷たく威圧的な目だった。増田はそんな目に射抜かれて萎縮しながら、しかし精一杯背筋を伸ばした。サギサワアイは無言のままデスクの上のシガレットボックスから煙草を取り出し、唇に咥えた。増田はすかさず「失礼します」と言って卓上ライターを取り、点火すると、その火をサギサワアイの煙草の先へ近づけた。フン、と小さく鼻を鳴らしてサギサワアイはその火を移し、煙を深く吸い込んだ。そして瞳に冷たい炎を宿らせたまま増田を睨みながら、吐き出す煙を増田の顔に吹きかけた。増田は卓上ライターを元の位置に戻して下がった。

「おまえ、この頃、ちょっと弛んでいるんじゃない?」

サギサワアイが灰皿に灰を落としながら言う。増田はそのしなやかな指の動きに心を奪われたまま、すいません、と俯いた。

「えっ、何? 声が小さくて聞こえないわ」

薄い唇の端に斜めに咥えた煙草を苛立たしげに吹かしながら、サギサワアイは椅子を後ろへ引くと、ゆっくり脚を組んだ。増田は両手をぴたりと体に合わせて直立不動の『気を付け』の姿勢を取りながら、目を瞑り、大きな声でもう一度同じセリフを言った。

「すいません!」

「大きな声を出せばいいっていうものじゃないのよ。ちょっと、こっちへいらっしゃい」

増田はサギサワアイの傍らへ、おずおずと近づいていった。そして彼女の前に立つと、いきなりハイヒールの先で軽く向う脛を蹴られた。

「お仕置きをしないと駄目みたいね。おまえは今叱られてるのよ。なのに立っているなんて失礼じゃない? 普通、こういう場合は言われなくても土下座するものだと思うけど」

「申し訳ございません」

増田は急いでその場に跪き、カーペットに額をつけた。その後頭部にハイヒールの踵が置かれる。

「今更遅いわよ、ほら、立ちなさい」

増田はサギサワアイにネクタイを掴まれ、そのままぐいっと上へ引っ張り上げられた。そして膝をついて中腰になったところで強烈なビンタが頬に飛んだ。視界に星が瞬く。続けざまに数発の往復ビンタが炸裂し、増田は口の中を切ってしまった。錆びた鉄の味がして、増田は顔を顰めた。その表情が、またサギサワアイの怒りを買った。

「何、その顔は? 何か不服なの?」

「いえ、そんなことはありません」

増田は夢中になって首を横に振って何とか誤解を解こうとした。しかしサギサワアイは相手にせず、さらに強烈なビンタを張った後、ネクタイを掴んだまま椅子から立ち上がり、増田を完全に立たせると、煙草を消してネクタイを離し、オフィスとの仕切りのガラスに下りているブライントを全開にした。そのガラス越しには、いつのまにか集まっていた部員達の顔が並んでいる。

「ほーら、みんなおまえがどういうお仕置きをされるのか、興味津々なのよ」

そう言いながらサギサワアイはデスクの後ろへ戻り、再び椅子に腰を下ろすと、立ち尽くしている増田を近くに呼んで命じた。

「上はそのままでいいから、下のズボンとパンツだけ下ろしなさい。さあ早く」

「はい」

増田はベルトを外し、まずスボンを下ろし、次に白いブリーフを一気に下まで下げた。露わになった股間では、肉棒が猛々しく天を衝き、反り返っていた。それを見てサギ゜サワアイは呆れたように鼻で嘲笑いながら、弛んだネクタイを引っ張り、ちょうど目の前に差し出された格好で屹立しているその増田の破廉恥なペニスをハイヒールの裏で踏んだ。

「あうぅ」

増田は思わず呻いた。ちらりとオフィスを見遣ると、部員達が笑い転げながら目を輝かせていた。

「おらおら、このド変態が。何興奮してんだよ」

サギサワアイはペニスを踏む足に力を込め、それに合わせてネクタイを引いた。増田は不様に体を折り曲げながらその刺激に耐える。足に込められる力には微妙な強弱がつけられていて、その刺激が変化するたびに増田は喘いだ。硬いハイヒールの底でペニスの裏筋を擦り上げられると、今にも射精してしまいそうだったが、もしもここでそんな醜態を晒したりすればもっと酷い処罰を受けることが確実だったから、増田は歯を食い縛ってその快感に耐えていた。

「あーら、すっごい恥ずかしい格好。笑っちゃうわ。増田のMって、もしかしたらドMのMかしらねえ。ハハハ。でもね、今日はもっと恥ずかしいことをしてあげるわ」

サギサワアイはそう言うと足での刺激を停止し、ネクタイを離して増田を解放した。そしてデスクの抽斗を開けると、中からシェービングクリームと剃刀を取り出してデスクに置いた。増田はそれらをじっと凝視し、次に何をされるのか思案した。たぶん陰毛を剃られるのだろう、と思った。すると、やはりその通りだった。

「ほら、みんなにもよく見えるように、そこに気を付けをしなさい」

増田は命じられるままデスクの前へ回り、少し脚を開き気味にして立った。その股間へ、サギサワアイは屈むと、シェービングクリームの缶を振って、白い泡を増田の性器周辺に噴射した。股間が泡塗れになって白く膨らむ。続いて、サギサワアイは何の躊躇いもなく、剃刀を当てた。

ジョリジョリという毛が剃られていく卑猥な音が、淫らに続く。サギサワアイは時々剃刀をティッシュで拭いながら、手際よく見事に剃り終えた。瞬く間に、増田の股間はつるりとなってしまった。

毛の無い大人の股間はいやらしい。赤ん坊のように剃り跡が青い股間に、どす黒い肉棒がそそり立っている。サギサワアイはクリームの残りを無造作にティッシュで拭うと、増田に、机に上がって四つん這いになり、尻をオフィスのほうへ突き出して、自分で尻の肉を広げなさい、と命じた。まだ陰毛が玉袋の裏から尻の穴周辺にかけて密集しているから、それも綺麗に剃るためにはそういう格好を取らないとできないのだ、と平然と言い放った。

増田はデスクに上がり、言われた通りにオフィスの方へ尻を向けて掲げた。ガラス越しに歓声が上がり、増田は耳まで真っ赤になった。ふと目を上げると、視線の先には渋滞の高速道路があり、トラックの運転席の男が窓枠に凭れてこちらを見ながら煙草を吹かしているのが見えた。窓には鏡面加工が施されているから、外から内部を覗くことはできないのだが、増田は恥ずかしくてたまらなかった。高速道路上には男のトラックだけではなく、サングラスの女が運転する高級外車や、修学旅行中らしい学生を満載した観光バスもいる。その殆ど人が、渋滞に嵌って仕方なくこの近代的な総ガラス張りの高層建築物を退屈しのぎに眺めているものだから、おのずとそれら全部の視線が自分ひとりに注がれているような錯覚に増田はとらわれ、さらに興奮した。

尻の穴周辺にシェービングクリームの冷たい感触が伝わり、剃刀によって毛は剃られていく。やがて股間がスースーしてきた。それは毛を剃られたせいだけではなく、クリームに配合されたメントール成分の効果もあった。そして作業が完了すると、ガラスの向こうで盛大な拍手が湧き起こった。

「さあ、完成よ。ガラスに寄って、股間を突き出したり、尻を向けて屈み自分で穴を広げてみせたりして、みんなにもよく見てもらいなさい」

パシンと尻を平手で叩いてサギサワアイが促す。増田は「はい」とこたえてデスクから降りた。

増田は、遠慮なく注がれる好奇の視線の前に立ち、まずは手を腰に当てて毛の無い股間を突き出し、それから後ろを向いて腰を折り曲げ、尻を高く上げて双丘を掴んで広げた。カワイユウコとマキハラユキがカメラのフラッシュを焚いた。増田はあまりに情けない自分の姿に、思わず目に涙を滲ませてしまった。恥ずかしさで膝が震えだす。若く健康的な女性の嬌声がガラス越しに届き、目を上げれば、椅子に深々と身を沈めて優雅に脚を組んで冷笑を浮かべる、自分よりも年下の上司サギサワアイの顔があった。

「もういいわ」

新しい煙草に火をつけてサギサワアイは言った。

「今日はこれくらいで勘弁してあげるわ。でも、今度また今日みたいな弛んだ態度を見せたら、どうなるかわからないわよ」

「本当にすみませんでした」

増田は頭を下げた。サギサワアイは煙草の煙を吐きながら、ズボンを履くように促した。

「もういいから、その恥ずかしいものをしまいなさい」

「はい」

増田はブリーフを引き上げ、ズボンを履いてベルトを締めた。メントールのせいで涼しい無毛の股間で、放出できない虚しさを抱えた憐れなペニスがドクドクと脈打っていて熱い。しかし、それを擦って射精することなど決して許されないし、もし隠れてトイレで抜いたりして、それがバレたりすれば、今よりももっと惨めで情けなく、それでいて壮絶な処罰が与えられるから、どうすることもできなかった。いや、処罰だけなら、まだいい。一番恐いのは、事実を公表されることだ。先ほど写真まで撮られている。もしあの写真を公表されたら……それを考えると、絶対に彼女達には逆らえなかった。職場でこんな破廉恥なことをしていることがもしも会社の上層部にバレたりしたら、クビだろう。だから射精できないことは苦しかったが、今はただ自然に萎えていくのを待つより仕方なかった。

「失礼しました」

増田は一礼して部長のオフィスを出た。既に各自のデスクに戻っていた部員達の明らかに侮蔑を内包した視線が増田に集中する。増田は、その視線に熱い性器をさらに昂らせながら、床に目を伏せて自分のデスクへと歩いた。

ランチタイム。午前中に注文しておいたチャイニーズのデリバリーがオフィスに届けられた。増田はカウンターでそれを受け取り、まずは休憩用のソファに座っているサギサワアイとサイトウケイコの許にランチボックスを運び、続いてカワイユウコとスズキヒロミのデスクにランチを配った。マキハラユキは近くの別の会社に勤める恋人と食事に出て行った。増田は自分の焼きそばをデスクに置いてから、給湯室へ行ってお茶をいれた。そうしていると、オフィスの方から自分を呼ぶカワイユウコの厳しい声が聞こえた。

「増田! ちょっと、こっちへいらっしゃい!」

急いでお茶を湯呑みに注いでオフィスに戻ると、カワイユウコが自分のランチボックスを示して怒っていた。増田は手早くお茶を配り終え、カワイユウコのデスクへ行った。

「どうかしましたか?」

「どうかしました? おまえ、私が何を頼んだのか忘れたの? これは何?」

カワイユウコは背凭れに背中を預けて脚を組み、顎でランチボックスをしゃくってみせた。それはチャーハンと八宝菜と春巻のランチセットだった。増田は慌ててメモを見た。するとカワイユウコの注文は焼きそばと八宝菜と春巻のセットとなっていた。

「すいません。間違えました。あっ、僕、焼きそばですから、すぐにお取替えいたします」

「おまえ、本当に今日は弛んでいるわね。もう頭にきた」

増田は自分のデスクから焼きそばを持ってきて、カワイユウコのデスクに置いたが、彼女の機嫌は直らなかった。

「何? おまえは私にこんなにたくさん食べろって言うの?」

唇を尖らせて、二つ並んだランチボックスを見てカワイユウコが言う。増田にしてみれば勿論チャーハンは交換ということで貰うつもりだったのだが、反論すると話がややこしくなりそうだったので、黙っていた。するとカワイユウコはうんざりしたように肩を竦め、顎をしゃくった。

「皿を持っていらっしゃい、このチャーハンはあげるわ」

増田とカワイユウコの遣り取りを、サギサワアイとサイトウケイコは、クスクス笑いながら眺めている。増田は、給湯室へ行って皿を探した。しかし適当なものが見つからず、仕方ないのでクッキーの空き缶を持って戻った。カワイユウコはその空き缶を受け取ると、平然とその中へチャーハンを落とした。そして増田がそれを持って席へ戻ろうとすると、「待ちなさい」と呼び止めた。

「はい?」

増田はチャーハンが入っている四角い缶を抱えながら振り返った。するとカワイユウコは脚を組んだまま下から見上げるように睨んで、言った。

「その缶をそこへ置きなさい」

有無を言わせぬ口調で、顎で床を示す。増田は首を傾げながらも、言われたとおりにした。そして膝をついて缶を床に置いたところで、いきなり肩を蹴られて後方へ不様に転がった。カワイユウコが椅子から立ち上がった。増田はよろよろと体勢を立て直しながら、彼女を仰ぎ見る。

「そのチャーハンをもっと美味しくしてあげるわ」

カワイユウコはそう言うと、床の缶を跨いで立ち、おもむろにスカートを捲り上げてパンストとパンティを一緒に下ろしてしゃがんだ。そして、何事かと動転している増田を見つめたまま、勢いよく放尿を開始した。増田は目を丸くしながらその光景を凝視した。瞬く間にチャーハンが大量のオシッコの中に沈んでいき、跳ねた雫が床に飛んだ。

やがて放尿を終えたカワイユウコはティッシュで股間を拭くと、それを増田に投げつけてから、パンティとパンストを上げ、スカートを直して椅子に座った。小さな四角い缶の縁近くまでオシッコが溜まっていて、チャーハンはその中に完全に没していた。増田は正坐の姿勢から腰を浮かせて缶の中を見つめている。そこへ、カワイユウコからプラスチック製のレンゲが放り投げられた。

「お座りをしたまま、私の目の前でそれを食べなさい」

いつのまにかサギサワアイとサイトウケイコとスズキヒロミも側に来ていて、「あら美味しそう、早くありがたくいただきなさい」と煽った。増田は床に転がるレンゲを拾って持ち、オシッコの中に沈んでいるチャーハンを恐る恐る掬った。

ご飯の粒粒が特別なスープに浸りながらレンゲの中で泳いでいる。口に近づけると、何ともいえない匂いが鼻腔を擽った。視界の端にテレビがあり、その画面には『笑っていいとも』が映っていた。タモリがゲストに何か突っ込んだらしく、客席から笑い声が起こっている。

「ほら、何やってるの。これだけじゃまだ不満なの?」

躊躇している増田にサイトウケイコが言って、増田が震えながら持っているそのレンゲの中へ唾を落とした。さらにサギサワアイとスズキヒロミまでが、チャーハンの缶の中へ大量の唾を垂らした。

「これで最高の味になったはずよ。さあ、遠慮せずに食べなさい」

カワイユウコが、おどおどしている増田の目を覗き込んで促した。増田は意を決してレンゲの中のものを口に入れた。

「どう? 美味しいでしょ?」

カワイユウコが先輩に倣って、缶の中へ唾をペッと吐きながら訊く。増田は涙ぐみながら頷いた。

「美味しいです」

それは何とも形容しがたい味だった。オシッコの苦味とチャーハン本来の味が入り混じって、強いアンモニア臭に被われている。

「残さずに全部食べるのよ」

サギサワアイにそう言われ、増田は口の中のものをごくりと飲み下して「はい」とこたえながら、さらに特製チャーハンを掬って食べた。一度でも間をおいたら手が止まってしまいそうだったので、増田は一気に掻き込んでいった。それが彼女達には旺盛な食欲と映ったのか、四人の顔に満足げな笑みが浮かぶ。やがてどうにか増田はチャーハンを食べ終えた。しかし缶の中にはまだ濁ったスープが残されている。勿論、そのすべてを飲み干さなければならなかった。だから増田は缶を持ち、その角に唇を当てると、反対側を持ち上げて中身を飲んだ。そして最後の一滴まで飲み干した時、拍手が沸き起こった。

「よくそんなものが食べられたわねえ」

自分で食べさせておきながらカワイユウコは呆れたように言い、何度も首を振った。サギサワアイとサイトウケイコは無言のまま軽蔑の眼差しを増田に浴びせてソファへ戻っていった。スズキヒロミも自分のデスクで食事を始める。

「増田、お茶が温くなっちゃったわ。熱いのと替えて」

ソファに戻ったサギサワアイが増田に命じた。増田は「はい」と返事をして、空になった缶を持って立ち上がる。カワイユウコはもう自分の食事に取り掛かっている。増田はサギサワアイに「今すぐ新しいお茶をお持ちいたします」とこたえて、給湯室へ向かった。その増田に、後ろからカワイユウコが、せわしなく動かしている箸をとめることもなく、ランチボックスに視線を落としたまま言う。

「床に飛び散ったオシッコをちゃんと拭いておきなさいよ」

午後の時間は平穏に過ぎていった。昼休みに一人だけ外へ食事に出ていたマキハラユキは、同僚達からチャーハン事件を聞かされてしきりに残念がり、今度は私も絶対に参加すると言い張り、その時はチャーハンではなく焼きそばでやろう、と提案した。以前テレビの番組でスープの中に焼きそばが入っているのを見たことがある、とマキハラユキは目を輝かせて言い、きっと面白いに違いない、と断言した。するとスズキヒロミが、それだったら、白いご飯にオシッコをかけてお茶漬け海苔で食べさせても楽しい、と言い、いや、それではあんまり意外な感じがしないから、いっそジャム代わりにウンチをパンに塗って食べさせたら? とサイトウケイコが悪乗りして、オフィス内はひとしきりその話題で盛り上がった。

しかし当の増田はどうも腹の具合がおかしく、胃腸薬を服用して午後の仕事をこなしていた。吐き気などはなかったが、喉の奥というか鼻の奥というか、とにかく手の届かない頭蓋の奥の方にアンモニア臭がこびりついているようで、気分直しに歯を磨いたり、嗽をしたりしたのだが、なかなかその匂いは消えず、胃にはオシッコとチャーハンが分離したまま消化されていくような妙な違和感が絶えずあった。それでも、コピーをとったり、郵便物を出しにいったり、電話の応対をしたり、お茶をいれたり、結構増田は忙しいから、我慢するより仕方なかった。それに、疲れた社員がいれば肩を揉んだりしなければならなかったし、三時のおやつにケーキが食べたいというリクエストがあれば自腹を切ってそれに応えなければならなかったから、気の休まる時間はないのだった。

やがてブラインド越しの日差しがかなり傾き、終業の時間が近づいてくるにつれて、誰もが壁の時計を見たり、携帯電話の時刻表示を確認したり、なんとなくソワソワし始めた。そして五時五分前に、サギサワアイが自分のオフィスから出てきて、もう早々に帰り仕度を始めている部員達に、言った。

「ねえ、今日はせっかく増田のアソコの毛を剃ったのだから、記念に増田を囲んでみんなで写真を撮らない?」

その提案に、いち早く最年少のカワイユウコが反応した。

「賛成ー。で、ついに例のファイルに保存するんですね?」

例のファイル? 増田は、資料を片付けている手を止めて首を捻った。何のことだろう? そう考えていると、サイトウケイコが鍵のかかったデスクの抽斗を開けて、そこから一冊のファイルを取り出して増田のデスクに置いた。

「そういえば、おまえがコレを見るのは初めてだったわね」

皆を見回して含み笑いを漏らしながらサイトウケイコは言った。マキハラユキが側に来て「ちょっと見てごらんよ」と促す。増田は、目の前に置かれた、何の変哲もないクリアポケット型のファイルを手に取った。いつのまにか全員が増田のデスクの周りに集まっている。

増田は青い表紙を捲った。そして、最初に目に飛び込んできたページでもう卒倒しそうになってしまった。そこには、前任で同期のカネダが全裸で奇妙な踊りを踊っている一枚の写真が貼られてあった。たぶんドジョウ掬いだろう。カネダの周囲には、ケラケラと笑っている部員達の姿があった。映っている背景からして、写真はおそらくこのオフィスで撮られたものらしかった。次のページを見ると、またカネダの大きく引き伸ばされた写真があり、今度の彼はデスクの上で足を広げて股間を晒していた。勿論全裸で、勃起したペニスの先に小さなプレートが掛けられている。そのプレートには『ぼくは変態です』と書かれていた。

増田は次々にファイルを繰っていった。だいたいの写真の下には被写体本人の自筆らしいキャプションが付けられていて、『ぼくは皆様のオモチャです』とか『マゾの肖像』とか書かれている。最初のカネダのドジョウ掬いには『ダンス』というタイトルが付けられていた。

見ていくと、この部署に配属された歴代男性社員全員が恥ずかしい姿を写真に撮られているようだった。そこに映っている顔ぶれを見る限り、少なくとも五年分はあるように思われた。だから時代が古くなると部員達の顔も違うし、最初の部長など、驚いたことに、今では女性として初めて本社の営業統括部門の責任者まで出世し、現在も手腕を振るっている、やり手で評判のナガサワ女史だった。被写体の中には、いつもダンディに決めている専務のキザキや、子会社に出向してそこで課長になっているオサナイの姿があった。しかし、写真に撮られている人の中で、そうやって現在も会社に残っているのはそのふたりくらいで、殆どはもう既に退職した、それもこの部署を最後に会社を去った者ばかりだった。そもそも増田だって、前任者のカネダが突然退職したからこそ、この部署へ異動になったのだった。カネダが会社を辞めると聞いた時、そのあまりの唐突さにびっくりした増田だったが、こんな写真を撮られてしまっていたとあっては、あのプライドの高いカネダのことだから、発作的にそういう気持ちになってしまったのだろう、と納得がいった。このファィルの存在を知らされた今、増田は、写真を撮られた時のカネダの心情が痛いほどわかるような気がした。カネダは自分と違って社内でも将来を嘱望された優秀で完璧主義の、潔癖な性格の持ち主だった。そんな彼が、今の自分のように年下の女の子達に顎で使われ、また、トドメを刺されるようにこのような恥ずかしい写真を撮られたとあっては、とてもではないが会社に居続けることなどできなかっただろう。

「どう? 素敵な写真ばかりでしょ?」

言葉を失くしてファイルを凝視している増田に、サギサワアイが屈みこんで訊く。とてもいい匂いの香水が増田の鼻腔を挑発した。増田はファイルから目を上げ、全員の顔を見回した。カワイユウコ、マキハラユキ、スズキヒロミ、サイトウケイコ、そしてサギサワアイ。全員がこれ以上優しい顔はないという天使のような微笑を浮かべている。

「さあ増田。朝みたいに下だけ全部脱ごうか」

穏やかだけれども、反抗することは決して許さないという威圧感を声に滲ませてサギサワアイが命令した。増田は「はい」と返事をして椅子を立ち、ベルトを緩め、まずはズボンを、続いてブリーフを下ろした。そして全員の視線が無毛の股間に注がれた瞬間、ペニスが勃起した。カワイユウコが鞄からコンパクトカメラを取り出してファインダーを覗きながら構図を思案する。全員が増田を囲んでそれぞれポーズを取った。真ん中に増田を置き、その両隣にサギサワアイとサイトウケイコが微笑んでモデルのように立ち、その前にマキハラユキとスズキヒロミが片膝をついてしゃがんだ。カワイユウコがファインダーを覗いたまま後退し、構図を決めると、デスクにしまってあった小型の三脚をそこに立ててカメラをセットし、もう一度ファインダーから全体の構図を確認する。

「何か物足りないわ」

カワイユウコはいったんファインダーから目を離し、腕組みをした。その言葉にいったん全員がポーズを解いた。増田も、緊張を緩める。

「あっ、そうだ」

サギサワアイがパチンと指を鳴らした。

「増田、おまえ今朝、私の部屋に新しい花を活けてくれたでしょ? あれを一輪抜いて持っていらっしゃい」

「はい」

意図は読めなかったが、増田は股間を晒したまま部長の部屋へ行って花瓶から花を抜いて戻ってくると、サギサワアイに差し出した。

「どうぞ」

「ありがと」

サギサワアイは花を受け取ると、デスクの上に散らばっているクリップをひとつ摘み上げて、それを伸ばして針金状にし、花の茎を短く折って増田のペニスに宛がった。

「どうかしら?」

「あら、いい感じ」

そうこたえるマキハラユキにサギサワアイは微笑むと、屹立している増田のペニスに添えている花の茎を、先ほど伸ばしたクリップで巻いて固定した。もう一度ファインダーを覗いたカワイユウコが満足げに頷く。

「完璧。じゃあいきますよ」

その声に、また全員がポーズを作り、増田も股間がよく見えるようにシャツの裾を持ち上げた。セルフタイマーをセットしたカワイユウコが急いで輪に加わる。

増田は、はにかんだような笑みを浮かべながらシャツの裾を持ち、美しい女性達に囲まれて無毛の股間を恥ずかしげもなく晒している。その卑猥な股間を、一輪の可憐な花が彩っている。増田はシャッターがおりるのを待ちながら、この写真に付けるキャプションは『Flower』で決まりだ、と思った。

七秒後、白く眩いフラッシュの閃光が瞬いた。

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