悪戯病棟

予備校生の田所則行は、午前中の授業を受けている最中に、猛烈な腹痛に襲われた。朝にコンビニで買って食べたサンドイッチが当たったのかと思い、携帯している薬を飲んだが全く効果がなく、やがてどうにも耐えられなくなって早退した。

家に戻り、母親に腹痛を訴えると、病院へ行きなさい、と言われた。しかし、その頃には、あまりに腹が痛くてもうまともに歩けないくらいだったので、そのまま則行は母親の運転する車で病院へ向かった。

診断の結果は、急性虫垂炎だった。いわゆる「盲腸」だ。治療方法としては、選択肢のひとつとして薬で散らすなどの方法もあったが、則行の場合は即入院で、午後には早速手術が執り行われることになった。

則行は、診察室から病室へ入った。母親は入院の支度のため、いったん自宅へ戻った。病室は、個室だった。それはべつに則行の家が大部屋では満足できないほど裕福だからではなく、緊急入院だったので、他に空いているベッドがなかっただけだ。

ベッドに寝転がると、窓の外には抜けるような初秋の青空が広がっていた。柔らかい光線が室内に差し込み、温かい色に染めている。則行は、テレビも雑誌もなく、何もすることがなかったので、雲がゆっくりと流れていく様子をぼんやりと眺めた。

腹の痛み自体は薬によってだいぶ抑えられていたが、神経が下腹部に集中してしまっていて、ひどく落ち着かない気分だった。もう刺すような痛みはなかったが、絶えず鈍痛は合った。

やがて、母親がパジャマやらタオルやら洗面道具やら入院に必要なものを持って戻ってきた。ついでに則行は一階の売店で漫画の雑誌を買ってきてもらい、手術の時間までそれを読んで過ごした。

そして手術開始予定時刻の少し前に、看護婦がやってきた。「早瀬」と名札が付いていて、薄いピンクのナース服がぴったりと尻に貼り付いていた。彼女は、名前を早瀬香織といい、二十四歳の美人だったが、もちろん名札に書かれた苗字以外は、何も則行にはわからない。香織は付き添いの母親に席を外してくれるよう促し、則行の傍らへ来ると、きわめて事務的な口調でにこりともせずに言った。

「それじゃあ、今から剃毛しますから、下を脱いでください」

則行は恥ずかしかったが、言われるままにパジャマのズボンを膝の辺りまで下ろし、下半身を露出した。仮性包茎のペニスに陽が当たった。それは、まだ童貞の則行にとって、顔から火が出るくらい恥ずかしい瞬間だった。母親以外の女性に性器を見られたことは初めてだった。則行は、盲腸の痛みがあるので勃起は免れたものの、内心ではかなり興奮していた。というのも、則行はまだ十代で、キスすら経験のない完全無欠の童貞だったが、マゾヒストなのだ。むろん、実際の経験はなく、妄想しているだけだが、自分がマゾであることに対する自覚は既にあった。そして、「今、自分は美しい看護婦さんの前でみっともない包茎のペニスを露出しているのだ」と思った瞬間、マゾとしての興奮が爆発した。

香織は、黙々と下腹部の陰毛を剃っていく。時々ペニスにも手が添えられ、玉袋の裏側にまで刃を這わせた。則行の視界に、俯いて剃っている香織の白い項が映った。半開きの唇が悩ましかった。ナース服の胸元から、ちらりとベージュ色のブラジャーが覗く。もしも今が健康な状態なら間違いなく速攻で勃起してしまっただろう、と則行は思い、このときばかりは盲腸の痛みに感謝した。痛みのお陰で、いくら弄られても性器は萎えたままだった。

剃毛が終わると、則行の股間はまるで赤ん坊のようだった。剃り跡が青い。香織は、剃刀をしまうと、何事もなかったかのように病室から出て行った。しかしその短い時間の記憶は、則行の脳裏に深く、鮮明に刻まれた。

手術は無事成功に終わった。則行が病室に戻ったとき、窓辺には夕暮れが忍び寄っていた。真っ赤な夕焼け空が町の上空を被っていて、建ち並ぶ建物の無数の窓にはそろそろ明かりが灯りはじめていた。

ベッドに入った則行は、どうしようもない倦怠感に包まれていた。盲腸の手術は全身麻酔ではなく局部麻酔なので、手術中も意識はずっとあり、下半身にかけられた麻酔はもう解け始めていたが、まるで腹から足の先までが鉄の塊と化してしまったみたいに重く、たるかった。なんだか下半身だけがベッドに沈み込んでいるみたいだった。

夜になると、父親が会社の帰りに顔を出し、母親と一緒に帰っていった。病院は完全看護だし、そもそも単なる盲腸なので、夜の付き添いは必要ない。則行は病室でひとりになると、テレビを観て時間を潰した。術後の経過をみるために、香織が病室を覗いた。そして検温などをした後、「何かあったら頭の上のブザーを押して呼んでくださいね」と言い残して去っていった。

やがて消灯時間になり、則行は、いったんはテレビを消したものの、そんな早い時間から寝られる訳もなく、どうせ個室なのだし、と思い、電気は消したままだったが、再びテレビを点けた。そして十一時近くまではこっそりと観ていたが、そのうちに飽き、消した。

テレビを消すと、カーテン越しに青く弱い夜の光が差し込む病室は全く静かだった。その静寂の中で、次第に則行は悶々としてきた。もっとも、性的な意味でそうなってきたのではない。則行は、もっと切実な問題を抱えていたのだ。

それは、尿意との戦いだった。さきほどからなんとなく尿意を覚えて、尿瓶を当てているのだが、一向に出ないのだった。ただでさえ寝転がった状態で排尿をした経験などないのだし、とにかく下半身が麻酔の影響で石みたいになっていて、力が入らないのだ。最初のうちは、そのうちに出るだろう、と軽く考えていたのだが、だんだん焦ってきた。膀胱には相当溜まってきている感覚があるのに、全く出せる気配がない。やがてそのもどかしさは、苛立ちに変わり、次第に激烈な焦燥感へと変質した。

はっきり言って、苦痛だった。暗い部屋の中でひとり、則行は孤独に尿意と戦った。テレビでも観て気分を紛らわせようかとも思ったが、下腹部の違和感がそれを拒否した。全神経が、破裂しそうな膀胱に集中していた。何度も尿瓶をペニスに近づけ、排尿を試みた。しかし、何をどうしてもやはり駄目だった。

そしてついに則行は限界を迎え、頭の上のブザーを押した。すると、すぐに香織が病室に現れ、「どうしました?」と訊いた。

「あのう……おしっこが出なくて苦しいんです」

恥ずかしさを押し殺しながら則行は訴えた。香織は、枕元の電球を点し、言った。

「そう……じゃあ、カテーテルで強制的に出しましょうか?」

「カテーテル?」

「尿道に細い管を入れると、力を入れなくても勝手に出てくるの。管を入れるとき、ちょっと痛いと思うけれど」

その情景を想像して則行は躊躇した。いくらマゾといっても、実践経験はないし、ペニスの先に何かを差し込んだこともない。ペニスに管を挿入するなんて、想像するだけで相当痛そうなイメージだった。それでも、排尿の誘惑には勝てず、則行は小声で言った。

「お願いします」

香織はいったん道具を取りに戻り、すぐに再び病室へ入ってきた。そして、則行の下半身を露出させ、慣れた手つきでペニスを持つと、その先端に透明な管を挿入した。ベッドサイドの弱い光が、則行のペニスを照らしていた。尿道カテーテル、それはかなり激痛を伴う行為だった。管はどんどん奥へと深く入っていき、やがて膀胱に達したらしく、尿が流れ始めた。

快感だった。恥ずかしさも何もなかった。則行は張り詰めていた緊張を解かし、ただただ排尿の幸福感に酔い痴れ、その快感に身を委ねた。香織は、優しくペニスを持って垂直に保ち、管の中を流れる液体を観察していた。則行はまた勃起しそうになったが、麻酔の影響で下半身の感覚がおかしくなっていたので、最後までペニスは萎えたままだった。

翌朝、病室のドアをノックして検温にやってきたのは、香織ではなく、べつの看護婦だった。名札には「藤沢」と記されている。彼女は藤沢詩帆、看護学校を出たばかりの二十歳の女性だった。則行には、もちろん彼女に対して「藤沢」と書かれた名札以上の情報を得ることは不可能だったが、そんなことより香織が現れなかったことに落胆した。この藤沢という看護婦もかわいい人だったが、則行はもう完全に香織の魅力の虜になっていたのだ。もっとも、この時点では香織に対しても「早瀬」という名札に書かれた名字しかまだ知らないし、年齢も不明で、情報は圧倒的に不足していたが、則行は彼女に対して憧れに近い気持ちを密かに抱き始めていた。

昨夜はカテーテルの後、膀胱の苦痛から解放されてよく眠れたし、目が覚めたら、下半身のだるさは相変わらずだったが、その重たい感じは、鉄から湿った真綿くらいにまで軽減していた。まだベッドから出ることはできなかったが、気分は悪くなかった。ただ、香織に会えないことだけが残念だった。

病院の退屈な一日が始まり、則行は漫画とテレビでその退屈を紛らわせた。病院では、ほんとうに何もすることがない。もう手術も終わり、経過も順調で、苦痛にのたうち回っている訳でもないので、個室の病室で過ごす時間は、太りすぎた亀の歩みのように、のろのろとしか進まなかった。そして暇であれば暇であるほど、ふとした瞬間に、昨日のいくつかの光景が脳裏にフラッシュバックした。ペニスを押さえる香織の白い指、ジョリジョリと陰毛を剃っていく優しい手の動き、尿道カテーテルを挿入していく時の真剣な眼差し、ナース服からチラリと見えたブラジャー……それらはすべて香織と直結していた。

何もすることのない昼下がり。則行は盲腸の痛みのせいでしばし忘れていた暗いマゾの炎が胸の内で再びメラメラと燃え上がりつつあるのを実感していた。化粧映えのする派手な顔立ちの美しい香織の印象がちらついて、則行は悶々とした感情を抱えながらベッドに横たわっていた。しかし、午後になっても、香織は姿を見せなかった。

そして夕方になると、友人達が見舞いにきた。則行は歩行の許可が出て、談話室で彼らと応対した。友人のひとりが、早退した則行を心配して自宅に電話を入れたら盲腸で入院したと知らされ、早速みんなと連絡を取り合って来てくれたのだった。則行は嬉しかったが、まだ完全に体調が回復していないせいもあって、しばらく話をしているうちに頭がふらついてきた。だから、申し訳なかったが、適当なところで引き上げてもらった。

ベッドに戻ると、ひどく疲れていた。則行は寝転がり、白い天井をぼんやりと見続けた。また香織の顔が浮かんでくる。下の名前は何というのだろう? という疑問が浮かび、なんとかして知りたい、と強く思う。そして、まだ勃起する元気はない自分の状態を省みながら、性的不能に陥った老人の苦悩が、ほんの少しだけわかるような気がした。それは非常にもどかしく、そして自分自身に対して立腹してくる状態ではないかと思われた。ただ、いくら憤りを覚えたとしても、その怒りにはぶつけ場所がなく、やがて失望感に置き換えられるに違いない。

則行は試しに、憧れる香織の顔を思い浮かべながら布団の下でペニスを握り、扱いてみた。しかし、全然駄目だった。やがて則行は諦め、まるでEDのオジサンだな、と自嘲気味に思った。

体は順調に快方へ向かった。二、三日もすると、傷口もほとんど痛まないようになり、食事も流動食からマトモなものに戻った。しかし、そうなると、則行はますます暇を持て余した。入院は一応一週間の予定だったから、まだ数日は病室にいなければならなかった。

そして、そんな則行には、ひとつだけ気がかりなことがあった。それは、手術の夜以来、香織が一度も病室に来てくれないことだった。もっとも名前は知らないので、「早瀬さんが来ないな」と則行は思うだけだったが、すっかり一目惚れしてしまっていたので、会えない時間が辛過ぎた。藤沢詩帆という担当看護婦もなかなか可愛い人で、その詩帆という下の名前はナース同士の会話の中で偶然知ることができたのだが、香織には匂い立つような大人の色気があり、いくら詩帆が可愛くても、残念ながらその魅力には到底及ばない。則行は香織のことを考えながら、きっとあれをフェロモンというのだろう、と思った。

昼食後の退屈な午後、何もすることのない則行はまた「早瀬さん」のことを想った。剃毛の際の、ペニスに触れられた時の指先の感触が甦ってくる。すると、唐突にペニスがムクムクと勃起した。それは入院以来、初めての勃起だった。

則行はそのことに感動しながら、ベッドから降りると、パジャマの上にジャンパーを羽織った。そして、小遣いが入っている財布を持ち、病室を出た。病院の近くに商店街があって、入ったことはなかったが、その中に小さな書店があることを知っていたから、則行は何かエロ本を仕入れてこようと考えたのだった。

午後二時過ぎの商店街は空いていた。町の小さな本屋にはなぜかエロ本が豊富に揃っている店が多いから、則行の期待は高まっていた。せっかく勃起したのだから、是非ともズリネタを入手したかった。香織を想像してやってもいいのだが、やはり視覚も刺激したほうが気分は盛り上がる。さすがに病室でDVDを観るわけにはいかないので、現実的に選択肢を絞ると、やはりエロ本が無難そうだった。

本屋に入ると、おばあさんがひとりで小さなテレビを観ながら店番をしており、思っていた通り、棚には夥しい数のエロ本が並んでいた。万引防止のためか、その棚はおばあさんのいるレジのすぐ近くで、則行は気恥ずかしさを覚えたが、迷わずその棚へ直行した。そして、グラビアの多いマゾ雑誌を選んでレジに差し出した。店番のおばあさんはとくに反応も示さず、値段を告げ、その雑誌を紙袋に入れた。則行は代金を支払い、その紙袋を受け取ると、ジャンパーの中に隠すようにして持ち、いそいそと病院へ戻った。

そして病室に入ると、ジャンパーを脱いでベッドへ上がり、早速紙袋から雑誌取り出してビニールの包装を引き剥がし、逸る気持ちを抑えながらページを繰った。

すると、刺激的なグラビアのオンパレードだった。たちまち則行の性器は強度を増した。パジャマの下で、それは完全に硬直した。廊下の方からは、入院患者同士の話し声や誰かのスリッパの足音が微かに聞こえていたが、病室内は則行ひとりだった。

室内は、窓から差し込む陽光によって、壁も天井もシーツも、すべて真っ白に輝いている。それはまるで露出過多の印画紙の上にいるみたいな錯覚を起こさせた。則行は、その真っ白な狭い世界の中でパジャマのズボンを下ろし、完全に屹立しているペニスを見た。もっとも仮性包茎のため、だいぶ皮は剥けていても、亀頭が完全に露出してはいない。そんな性器は、陰毛が剃られているせいか、とても異様な姿だった。

それでも則行はベッドの上で正座をすると、左手で雑誌のグラビアを開いてシーツへ押し付けるようにして置き、そのページを抑えながら、右手をペニスに添えて皮を剥き、若干前屈みになりながらそのまま扱き始める。

だんだん昂ってくる。開いたグラビアの中では、長身の美女が全裸のM男の口にストッキングに包まれた爪先を突っ込んで笑っている。則行はそのM男に自分を重ね、激しくシゴいた。

そして、やがて興奮が頂点を迎え、射精の衝動が沸き上がってきたまさにその時、不意にドアがノックされ、則行が答える間もなく、いきなりドアが開いて香織が姿を見せた。則行は咄嗟に布団を下半身に被せ、一緒にエロ本を隠そうとしたが、一瞬行動が遅れた。病室に入ってきた香織は瞬時に事態を察知したようで、慌てて必死に平静を装う則行を見下ろしながら、すべてを見透かしたような冷笑を唇の端に滲ませた。しかし、すぐにその笑みを消し、何も見なかったような顔で普通に「田所さん、検温の時間ですよ」と言った。則行は顔を真っ赤にして俯きながら、目の前に差し出された体温計を受け取り、腋に挟んだ。

まともに香織の顔を見ることなんてできなかった。気付くと、布団の間から雑誌の表紙が覗いていて、そこに香織の視線が注がれていた。表紙は、ボンデージファッションの女王様が短い乗馬鞭を手に、椅子に座って優雅に脚を組んでいる写真だった。則行は慌ててそれを布団の中に押し込んで隠した。香織は、そんな則行を蔑む目で見下ろして小さく微笑み、しかし何も言わず、やがて計り終えた体温計を受け取って記録した。その時、同僚の誰かがドアから顔を出し、「あ、香織さん。先生が呼んでます」と言った。香織は、「わかりました、すぐ行きます」とこたえ、則行には「平熱ですね。どこか具合が悪いところとかありますか?」と訊いた。則行は、偶然この早瀬さんの名前が「カオリ」だということを知ることができて歓喜しながら、しかし雑誌と自慰をたぶん見られてしまった恥ずかしさから顔を上げることはできず「別に、どこも大丈夫です」と俯いたまま小声でこたえた。

「では、お大事に」

香織は、口ではそう言いながらも、明らかに侮蔑の視線を則行に注ぎ、それを隠そうともせずに冷笑を口許に滲ませたまま、病室から出て行った。

則行は項垂れて床の日溜まりを見つめながら、遠ざかっていく彼女の足音を聞いた。香織の軽蔑しきったような眼差しが、瞼に焼き付いていて、なかなか消えなかった。

その夜、則行は十二時近くまでテレビを見て過ごした。消灯後もこっそりとテレビを観ていられるのは、個室の利点のひとつだった。しかし、さすがに十二時近くになると眠くなってきて、「もう寝ようか」と思い、テレビのスイッチを切った。

窓から流れ込んでいる夜の薄明かりの中で、則行はぼんやりと香織のことを考えていた。昼間の鮮烈な光景が脳裏に甦ってくる。結局、あの後、香織は全く姿を見せなかった。看護婦の勤務時間のローテーションはよくわからなかったし、もう帰ったのかもしれない、と則行は思った。それにしても、あの時の香織の目は、強烈だった。ウブな童貞のマゾヒストである則行にとって、あからさまな侮蔑の眼差しで実際に見下ろされたのは、初めてだった。則行のマゾヒズムは、これまでずっと妄想の中で完結していた。実際に誰かに苛められたことも、もちろんSMクラブの体験もないので、現実にあのような目で蔑まれ、則行はこのうえなく興奮してしまった。ああいう冷たい目が、きっとサディストの目なのだろう、と則行はしみじみと思った。

廊下を、夜間の巡回らしい誰かの足音が近づいてくる。懐中電灯の光芒が磨りガラスの向こうで踊っている。則行はその光を見て、布団を体にかけると、目を閉じた。

ドアが開き、誰かが病室内に入ってきた。たぶん看護婦だろう、と則行は目を閉じたまま思った。看護婦は、シューズの足音でわかる。則行は寝たふりを続けながら、人の気配を感じていた。

やがてドアが閉じられた。しかし、まだ室内には人の気配がある。則行は、ん? と不審に思い、薄く目を開けた。しかし、室内は暗く、陰は廊下を背にして立っているので、それが誰であるかはわからない。

と、そのとき、思いがけない声が降り注いだ。

「寝たふりなんかはやめなさい。どうせまたコソコソとオナってたんじゃないの?」

それは香織の声だった。そして、懐中電灯の光が則行の顔に向けられた。則行はその眩しさに顔を顰め、手をかざした。香織は、懐中電灯を消し、ベッドに近づいてきた。

「ねえ、昼間見てたあの本、よく見せてよ」

そう言って香織は枕元の電気を点けた。柔らかい明かりがベッドの周囲を円く照らし、則行は、「カ、カオリ様」と呟きながら身を起こして彼女を見た。ナース服に身を包む彼女は深夜の時間でも相変わらず魅力的だった。

「どうして私の名前を知ってるの?」

不思議そうに香織が訊き、「さっき、別の人にそう呼ばれて返事していたので……」と則行は緊張しながらこたえた。すると香織は、「そっか」と頷き、懐中電灯をベッドサイドのテーブルに置くと、改めてまじまじと則行を見下ろした。その蔑みを含んだ視線に則行は激しく困惑し、つい目を逸らしてしまう。そんな則行を弄ぶように香織は見つめ続けながら、折り畳み式のパイプ椅子を作ると、それをベッドサイドに置き、腰を下ろしてゆっくりと脚を組んだ。

「ねえ、早く見せなさいよ、M男クン」

その声音には嘲笑が含まれていて、則行は真っ赤になって俯いた。それでも、「M男クン」とはっきり言われて、どうしようもなく興奮してしまった。これまでも散々M的な妄想をしていたが、誰かにその嗜好を知られることはなかったし、面と向かって「M男クン」なんて言われたことは皆無だったのだ。大袈裟な表現をすれば、自分以外に、自分がM男であることを知る人間は誰もいなかった。それが今、とうとう他人に知れてしまった。

「ほら、早く」

香織が急かし、則行は観念すると、枕の下に隠しておいた雑誌を彼女に差し出した。香織は脚を組み直してそれを受け取り、パラパラとページを繰った。そして、時折則行の顔に視線を投げ、誌面と則行を交互に見ながら、無言のまま唇を歪めてグラビアを眺め続けた。

いつのまにか則行はベッドの上で正座をしていた。香織はグラビアを見終えると、ふう、と呆れ返るような溜め息を大きく吐きながらページを閉じ、改めて則行を真正面から見つめた。

「まだ若いのに、ほんとに変態なのね。こんなものを見てオナるなんて。ところでボク、女の子は知ってるの?」

「えっ?」

則行はその質問に戸惑い、頼りなく視線を宙に泳がせる。

「い、いえ……そのう」

「童貞?」

「は、はい……まあ」

「キスは?」

「いや……そのう」

「キスもしたことないの?」

「は、はい……」

「やだあ。ってことは、キスすら経験のない完全童貞なのに、もうこんな世界に惹かれてるの?」

雑誌を則行の前でひらひらさせながら香織が言う。則行は何も言い返せないまま、視線を落としていた。しかし、膝に掛けた布団の下ではペニスが勃起している。則行は無意識のうちにその部分を手のひらで抑えていた。

香織が椅子を立ち、雑誌をベッドの上へ捨てて、則行の顔に自分の顔を近づけていく。美しい顔が迫って、則行の鼓動は速まり、緊張していく。未だ全く女性経験のない則行にとって、そんな間近で異性の顔を見るのは初めてだった。香織は、思わせぶりに舌を出して自分の唇をゆっくりと舐めた後、数センチの距離から則行の顔に向けてふっと息を吹きかけた。その甘く微かな風が則行の顔を撫でていき、ペニスがビクンと反応する。

もう則行は全身を完全に硬直させていて、息が詰まりそうなくらいの緊張状態だった。香織は、含み笑いを漏らしながらそんな則行を眺め、椅子に戻って小首を傾げ、言う。

「ねえボク。お座りする場所が違うんじゃない? ふつう、M男って女の子の足元に跪くものだと思うのだけど?」

「あ、すいません」

則行は慌ててベッドから下り、香織の足元に跪く。そしてその床に置かれたナースシューズの足を両手でそっと包み込みながら、ストッキングの甲の部分にひれ伏し、頬擦りする。

「ああカオリ様ー」

そう則行が言うと、香織は、「しっ」と人差し指を立てて唇に当てた。

「あんまり大きな声を出すんじゃないの。いい?」

「はい」

素直に則行が小声でそうこたえると、香織は、「よしよし」とまるで犬にそうするみたいに則行の頭を撫でた。それから、上体を屈めて靴のストラップを外すと、その白いストッキングに包まれた脚を則行の前に投げ出した。

「ずっとストッキングを履いて仕事してるでしょ? だから、すっごく蒸れるのよ。ほら、臭いを嗅いでみて」

そう言って脚を更に上へ上げ、爪先を則行の顔の前に突きつけた。甘酸っぱい匂いが則行を包み込む。たまらが則行はその足を両手で支え、爪先に鼻を近づけていく。すると、不意に香織は「ちょっと待って」と制した。則行は白いストッキングに包まれた脚の温もりに触れたまま、香織を見上げた。まるでおあずけを食った犬みたいな心境だった。

「ねえ、せっかくだから服を脱いで裸になろっか。ボクの毛のない赤ちゃんみたいなチンポを見せてよ」

「はい」

則行は香織の口から発せられた「チンポ」という赤裸々な単語に敏感に反応しながら、いったん彼女の脚を離すと、服を脱いで全裸になった。パンツを下ろすと、跳ねるように、勃起しているペニスが飛び出した。そしてその無毛の股間を晒け出しながら再び正座をした。

仮性包茎の性器は既に限界までそそり立っている。香織が靴を履いたままのほうの足でそれを弄びながら、「皮被りのくせに、ビクンビクン」と笑い、改めてストッキングの爪先を則行の顔に突きつけた。

「ほうら、どう? 臭いでしょ?」

そう言って香織は足の裏の指の付け根の辺りを則行の鼻に押し付けて笑い、更に、その指先を動かして則行の鼻を器用に摘んだ。

確かにそれはなんとも形容し難い独特な匂いだった。しかし、そんな悪臭といっても過言ではない臭気でも、香織のような美人の爪先から立ち昇れば、それは世界中のどんな高価な香水でも到底かなわない崇高な芳香に変質した。もしも同じ臭いがブスの足から臭ってきたら、鼻がひん曲がり、吐き気を催してしまうだろう。そう思いながら、則行は両手で香織の足を支えて持ち、指の付け根の柔らかい肉の部分にフンフンと鼻を鳴らして押し付けながら言った。

「いいえ、とても素敵な香りです」

すると、香織は小馬鹿にした笑いを漏らしながら、「本当? じゃあ、こっちの臭いも嗅がせて上げるわ」と、もう片方の足も靴を脱いで、両足の裏を則行の顔に置いた。則行は、温かく柔らかい足の裏に顔面を被われながら、ふと気付くと、手がいつのまにか自らの股間に伸びていて、そのまま扱き始めていた。

「やだあ、何やってるの?」

憐れむように苦笑しながら香織が言う。

「オ、オナニーです」

則行は腰を浮かせて扱きながらこたえた。顔を塞ぐ足の裏の隙間から、香織の白衣のスカートの奥が覗けた。ベージュのパンティだ。則行は少しでもその部分に近づこうと、どさくさに紛れてにじり寄っていく。しかし香織はそれを許さず、膝を伸ばして則行の進撃を食い止めた。

「すっごく恥ずかしい格好よ。何必死になってシゴいてんの? やだあ、変態」

則行は左手を床につき、顔に押し当てられた足の裏で体を支えながら、右手でペニスを刺激し続けた。ツルツルとしたストッキングの感触が顔を被い、香織の体温が足の裏から匂いとともに伝わってくる。

もう限界だった。則行は息を荒げながら、香織に射精の許可を仰いだ。

「カオリ様、もういきそうです。いかせてください!」

「いいわよ、いきなさい、ほら、さあ」

更に強く足が顔に押し付けられる。則行はその部分の匂いに陶酔しながら、やがて射精した。白濁液がピュッピュッと飛び、放物線を描いて床に落下する。香織は、則行の射精を確認して呆れたように笑うと、ゆっくりと足を下ろし、靴を履いてストラップを留めた。そして、いつのまにか捲れ上がってしまっていたスカートの裾を直しながら立ち上がる。

「出したものは自分でちゃんと拭いておきなさいよ。それと、興奮するのもいいけど、あんまり激しく動くと傷口が開いちゃうから、程々にね」

香織は立ち上がって則行を見下ろしながらそう言うと、懐中電灯を持ち、まるで何事もなかったかのように、呆気なく病室から出て行った。則行は床に膝をついたまま、ドアが閉まる音を背中で聞いた。

窓から差し込む夜の光に、床に落下した精液が光っている。包茎のペニスも、亀頭やそれを半ば包む皮が白濁液に塗れている。手のひらもベトベトだ。乱れた呼吸が次第に鎮まっていく。

やがて則行は立ち上がり、ティッシュの箱に手を伸ばした。そして、裸のままベッドに座ってまずは自分の股間を拭き、それから床に屈み込んで噴出させた精液もティッシュで包み込むようにして除去した。

鼻腔の奥には、まだ香織の爪先から漂っていた饐えたような匂いが残っていた。則行はティッシュを丸めてゴミ箱に捨て、パジャマを身に着けると、ベッドに入った。そして、香織の香気の余韻に浸りながら、ゆっくりと目を閉じた。

翌日、午前中に医者の回診があって、「明日、退院して良い」と則行は言われた。その宣告は則行にとって、複雑なものだった。病気が治って退屈な病院から出られることは単純に嬉しかったが、昨夜、夢のような体験をして、入院生活の中に一筋の光を見出したばかりだったので、香織にもう会えなくなると思うと、胸が張り裂けそうだった。香織は、昨夜が夜勤だったので、さすがに今夜は違うだろうと思われた。ということは、このまま明日の午前中に退院してしまうとなると、もう彼女と顔を合わせることがなさそうだった。しかし彼女の家も電話番号も何も知らないのだし、則行にはどうしようもなかった。

則行はその日一日、入院生活最後の日を、ぼんやりと、そして悶々としながら過ごした。白々しく晴れ渡る青空が憎らしかった。流れてゆく雲が、そんな則行の焦燥を見透かしたように、ゆっくりと窓を横切っていった。

味気ない昼食をもそもそと食べ、つまらないワイドショーを観て時間を潰した。そしてその途中で、則行はベッドを降り、昨日購入した女王様の雑誌をパジャマの中に隠して病室から出た。明日の退院には母親が来て荷物をまとめるから、いつまでもこれを持っているわけにはいかなかった。だから、勿体なかったが、病院の隣にある公園のゴミ箱へ捨ててくるつもりだった。

病室を出ると、廊下は無人だった。ずらりと並ぶ病室のドアはほとんど開いていたが、話し声は聞こえなかった。ベッドに寝ている入院患者は、基本的にテレビもイヤホンで音声を聴いているから、その音も聞こえてこない。午後二時過ぎの病棟は、ひっそりと完全に静まり返っている。

則行は廊下を進み、やがてナースステーションの近くまで来た。するとそのとき、中で喋っている看護婦同士の会話が聞こえてきた。則行はゆっくりと歩きつつ、何気なくその会話に耳を傾けていたが、やがてその会話の中に、唐突に自分の名前が出てきて、思わず足を止め、物陰に身を潜めた。そして、何を話しているのだろう? と耳をダンボにして聞き入る。

「ねえ、聞いた? 501の田所って患者さん、バリバリの包茎なんだって。香織さんが笑ってた」

それは藤沢詩帆の声だった。則行は、更に会話の声に気持ちを集中する。

「ふうん。わたしの聞いたところだと、あの患者さん、尿道カテーテルにひどく興奮していたらしいよ。香織さんがそう言ってた」

「えー。あんなものに興奮するなんて、実はマゾだったりして」

「うっそー。超キモーい。でも、あの患者さん、まだ十代でしょ? そんなに若い人でマゾなんているの?」

「知らないわよ、そんなこと。でも、キモいことはキモいじゃん」

「まあねえ」

則行はそんな会話を聞きながら、羞恥心に体を震わせていた。どうやら詩帆が話している相手は彼女と同年輩らしい。言葉遣いに緊張感がなく、口調もフランクで、それはいかにも友達同士のような、そして単なる暇潰しの会話のようだった。そんなたいして自分と変わらない年齢の女性達ふたりに、自分の知らないところで噂のネタにされているなんて、思いもよらなかった。しかも、あからさまに軽蔑され、笑われているのだ。則行はそれを認識した瞬間、猛烈に恥ずかしくなった。だから、それ以上ふたりの会話を聞くことはできず、そそくさとその場から逃げ出し、エレベーターを使わずに非常階段で四階へ下り、そこから改めてエレベーターで一階へ下りた。五階でエレベーターに乗るためには、ナースステーションの前を通らなければならなかったので、その回り道は仕方なかった。

そして外の公園でエロ本を捨て、また同じように四階から階段を利用して五階の自分の病室に辿り着いた。

部屋に戻ると、ワイドショーは既に終わっていて、時代劇の再放送が始まっていた。則行はベッドで横になってそれを観ていたが、ストーリーなんて全く頭に入ってこなかった。ついさっきナースステーションで盗み聞きしてしまった看護婦達の会話がまだ耳に残っていて、繰り返し響いてくる。

「包茎なんだって」

「マゾだったりして」

「超キモーい」

則行は思わず身悶えながら枕に顔を埋めた。しかし、もちろんズボンの下では、性器が硬直していた。

大きな夕日が窓の外に沈んでいく。部屋が血の色に染まる。則行はベッドにぽつねんと座って、明かりも点けず、そんな夕焼けを眺めている。

コンコン。

ノックがして、ドアが開く。則行はゆっくりとそちらへ目を遣った。そして、次の瞬間、声を上げた。

「あ、カオリ様!」

そこには、ピンクのナース服に身を包む香織が、夕食のトレイを持って立っていた。香織は、後ろ手にドアを閉めると、「香織様、はやめなさい」と苦笑しながらベッドに近づいてきた。則行はテーブルを作り、箸を用意しながら、「もう会えないかと思っていました」と言った。

「明日、退院だってね。よかったわね」

「ええ。でも、香織様にもう会えないかと思うと悲しくて」

「何言ってるの」

香織は軽く笑い、夕食を置く。

「本当は、今日はおやすみだったんだけど、ひとり病気で休んでいるから、代わりに今夜も出勤ってわけ」

「そうなんですか」

則行は、「ということは、もしかしたら今夜も昨夜のように、夜中に来てくれるかもしれない」と微かな期待を胸に抱いた。香織が、そんな則行を優しく無視して、言う。

「ねえ、M男クン。このサラダに特製のドレッシングをかけてあげようか?」

「え?」

何のことかわからず、則行は首を傾げた。すると香織はおもむろにサラダの皿に屈み込み、口の中の唾を野菜の上に垂らした。濃厚で大量の唾が糸を引きながら落下していく。そして、それを三回繰り返してから、香織は顔を上げ、則行を見つめた。

「ほら、美味しそうでしょ? さあ、どうぞ」

「は、はい。いただきます!」

則行は歓喜に震えながら箸を持つと、唾のかかっているレタスを一枚摘み、口に入れた。そしてバリバリと噛み砕きながら十分にその味を堪能する。唾は温かく、則行は幸福だった。香織は調子に乗って、お茶にも唾を垂らした。則行はもちろん、それも嬉しく飲んだ。

そんな則行を見て、香織は満足げに微笑み、部屋から出ていこうとした。その背中に、則行は思い切って言った。

「カオリ様、今夜も来ていただけますか?」

香織が、つと振り返った。しかし、こたえはなかった。香織はただ意味深な笑みを無言のまま浮かべて、ドアの向こうへ消えた。

則行は箸を置き、唾がたっぷりと付着しているレタスの葉を指で摘まみ上げ、目の前に持ってきた。唾は、泡立ちながら葉の表面に留まっている。則行は、舌先を尖らせてその唾だけを舐めとった。それは、レタスと一緒に食べたときより、もっと美味しかった。

夜が深くなった。則行は時計に目を遣った。もうすぐ午前零時になろうとしている。明かりの消えた病室で則行はひとり、布団に包まっていた。

廊下に足音が響いてくる。看護婦の深夜の巡回のようで、どうやらひとりではなくふたりいて、何やらひそひそと話す声がしたが、内容までは聞き取れなかった。則行はその気配を感じながら、香織ではないか、と心をときめかせた。しかし、もしも香織ならひとりで来るはずだ。ということは、違うのか。則行はそんなことを考えながら息を潜め続けた。

やがて、足音がこの病室の前で止まった。則行の緊張は頂点に達する。スライド式のドアが静かにレールの上を滑って開く。誰かが入ってきた。やはり、二人組のようだ。その気配がある。懐中電灯の光が部屋の壁に踊る。

そして、その光芒が、眠っている振りをしている則行の顔を照らした。則行は、その光源へと顔を向けた。すると、ふたつの影がドアを背にして立っていた。

「カ、カオリ様ですか?」

恐る恐る則行は影に向かって訊いた。しかし、人影は何もこたえない。その代わり、クスクスと含み笑いが洩れ、ドアがぴたりと閉じられた。そして懐中電灯の明かりが突然消え、病室内は真っ暗になった。則行はベッドの中で体を固くしながら闇を凝視した。すると、影のひとりがようやく口を開いた。

「香織様だって」

呆れたように笑いながら言うその声は、藤沢詩帆のものだった。

「ほら、わたしの言った通りでしょ? この子、マゾなの。それも、わたしのペットになりたくてしょうがないらしいのよ」

香織の声だった。則行は布団をはねのけ、ベッドの上で正座をした。そんな則行に、香織が言う。

「ボク、昨日も言ったでしょ? お座りする場所が違うって」

「すいません」

則行は慌ててベッドから下り、床に跪いた。その姿に、詩帆がケラケラと笑いながら近づいてきて、ベッドサイドの淡い光を点した。

「なんか信じられなーい。マジで変態なんだあ」

詩帆はそう言いながら則行の前にしゃがみ込み、顎に手をかけると、前を向かせ、その顔を至近距離からまじまじと眺めた。則行はその視線が恥ずかしくて、俯いてしまう。いつのまにか傍らに来ていた香織の声が頭上から降り注ぐ。

「何照れてるの? 昨夜の出来事を詩帆ちゃんに話したら、この娘ったらすごく興味を持っちゃって、ぜひ連れて行ってくださいって言うの。だから連れてきたんだけど、いいでしょ?」

「はい」

則行は何度も首を縦に振った。香織が詩帆に向かって言う。

「詩帆ちゃん、この子に何か命令してみたら? 何でも言うことを聞くわよ」

「そうね。じゃあ、とりあえず裸になってもらおっかなあ。ほら、早く脱いで。で、立って、包茎のチンポをわたしにも見せてよ」

無邪気に詩帆が命じる。則行は「はい」とこたえると、即座にパジャマを脱ぎ、全裸になった。そして、まだしゃがんだままの詩帆の前に立つ。すると、ちょうど彼女の目の前あたりに、則行のそそり立ったペニスが来て、詩帆は「やだあ、何これ。半分皮被ってる」と言ってペニスの先を指で弾いた。そして、更に則行の羞恥心を煽動するように顔を見上げて訊く。

「で、このチンポを病室でシゴいていたんだって?」

「はい……すいません」

則行は立ったまま項垂れて謝った。香織は、そんな二人の遣り取りを、腕組みしながら冷笑を浮かべて見ていた。則行はその視線を感じて、ちらりと香織を見た。香織は腕を組んだまま顎をしゃくると、則行を促す。

「ねえ、昨夜ここでどんなことをしたのか、詩帆ちゃんに教えてあげたら? すっごく恥ずかしいことをしたわよねえ」

「えー、どんなことをしたの?」

詩帆が立ち上がって壁に凭れながら訊く。香織は、パイプ椅子を組み立てて腰を下ろし、脚を組んだ。則行はふたりの前に膝をつき、説明を始める。

「あのう実は、昨夜、カオリ様の足の臭いを嗅ぎながらオナニーをしました。その時、片方の足でチンポを踏んでいただいたりして……」

則行のすぐ目の前に詩帆の足があった。白いストッキングの中に、爪先が見える。詩帆が、思わせぶりにその爪先をもぞもぞと動かした。

「じやあ、もしかしてわたしの足の匂いも嗅ぎたい? 今日は結構昼間動いたから、きっとムレムレで臭いと思うけど?」

「か、嗅ぎたいです」

則行はそのままじりじりと詩帆の足ににじり寄り、爪先に鼻を近づけた。ツンとした香気が鼻腔を挑発する。その則行の顎に、香織が靴を履いたままの爪先を引っ掛け、ぐいっと上を向かせる。

「いやねえ、この子ったら。ほんと節操がないんだから。ちょっと、自分で自分のチンポを見てみなさいよ。皮被りのくせに、先っぽから涎が垂れているわよ、イヤらしい」

「すいません……」

体を小刻みに震わせながら則行は謝罪した。しかし、その恥辱に、則行は盛り、身悶えていた。白衣のふたりに翻弄されながら、興奮の極地にあった。香織が、靴のストラップを外して則行の顔に足の裏を押し付けながら言う。

「ほら、詩帆ちゃんに、昨夜したみたいにやって見せてあげなさい。すっごい変態な姿だったわよねえ」

「はい」

則行は香織の足を手で持って支えると、足の裏の指の付け根に鼻を宛てがい、クンクンと臭いを嗅いでいく。それを見て、詩帆が笑う。

「うわあ、すごい変態な姿。足の臭いを嗅いで興奮してる。最低ー」

そんな嘲笑を浴びながら、則行は調子に乗って香織の脹脛に触れ、そのまま手のひらを太腿へ這わせていった。そして脚に抱きつき、太腿の内側に頬を擦り付けた。

「ああ、カオリ様ー」

そうして更に、ハアハアと息を荒げながら、自分の勃起したペニスを香織の脚に擦り付け、腰を振った。ストッキングの感触が、敏感な則行の亀頭を刺激する。

「ちょっと何その格好。盛りのついた犬みたーい」

詩帆は自分も靴を脱ぎ、必死に香織の脚にしがみついている則行の顔を足の裏で踏みつけながら言った。則行は香織の脚に抱きついたまま、顔だけを詩帆の足の裏へ向けて、その匂いを吸引した。生温かい臭気が鼻腔を突き抜ける。

「ありがとうございます、シホ様ー」

香織と詩帆は一緒に、空いている方の足で則行のペニスを刺激した。踏み、揉み、擦る。則行はその感触に半ば狂いながら腰を浮かし、どさくさに紛れて香織のスカートの中へ顔を押し込んでいく。そして股間に顔を埋め、そこから漂う馨しい芳香を吸い込み、酔い痴れながら懇願する。

「カオリ様、どうか、どうか、聖水をお与えください!」

ピンクのパンティからは、陰毛が少しはみ出していた。ストッキングは太腿の途中で途絶えていて、その股間部分の皮膚は透き通るように白く、つるつるしていた。香織が則行の髪を掴みながら訊く。

「聖水って、なあに?」

「オシッコです」

「オシッコ?」

「はい」

「そんなもの、飲むの?」

「はい。カオリ様の聖水が飲みたいんです!」

則行は股間に顔を埋めたまま、そう高らかに宣言した。すると、香織は、言った。

「ほんとうにどうしようもない子ね。まあ、いいわ。でも、このままここでしたら床が濡れちゃうから、そうね、新聞紙を敷きなさい」

「はい」

則行はいったん香織の股間から離れ、ベッドの下にあつた古新聞を取り出した。そして、いそいそとそれを敷く。香織が、ストッキングを下ろし、パンティも脱ぎながら、則行に命じる。

「そこで仰向けに寝なさい」

「はい」

則行は命じられた通りに、新聞紙の上で仰向けになった。膝を立てて、到来の瞬間を待ちわびる。

「いい?」

ストッキングとパンティを下ろした香織が則行の顔を跨ぎ、下を覗き込んで訊く。

「はい。お願いします」

股間の茂みの奥に覗くピンク色の亀裂を凝視しながら、則行はこたえた。

「いくわよ」

更に腰を落として香織が力む。すると、まもなく亀裂から金色の雫が迸り出た。そして、それはたちまち盛大なシャワーとなって則行の顔面に降り注いだ。生まれて初めて見る女性の生の性器から、生まれて初めて見る女性の小便が溢れ出ていた。則行は大きく口を開け、必死にそれを飲んだ。何度も噎せて、ごぼごぼと溢れさせてしまう。苦みが舌を刺し、それでも尚、則行は諦めない。上体を僅かに浮かし、一所懸命飲んでいく。

もう上半身はびしょ濡れだった。則行はそのまま、激しくペニスをシゴいた。聖水の温もりが、則行を翻弄していく。

やがてもう一筋の放物線が則行に降り注いだ。それは、ちょうど香織の聖水の勢いが止まりかけた頃だった。香織の尻の向こうを見ると、詩帆も立ったまま放尿していた。まるで男の立ち小便のように、詩帆は則行の股間の上空でその体を跨ぎ、放水のラインを絶妙にコントロールしながら則行のペニスの周辺に命中させている。則行は、その温もりをペニスに擦り付けて執拗に扱き、時には手のひらでそれを受けて口に運び啜った。

周囲には強いアンモニア臭が立ちこめていた。やがて香織の排尿が完全に止まり、則行はたまらず体をぐいっと起こし、その股間に吸い付いた。そしてペニスを扱き続けたまま、香織の秘部を執拗に舐めた。陰毛を濡らす聖水の水滴を啜り、亀裂を入念に舐めた。

やがて詩帆の排尿も止まった。香織が、「詩帆ちゃんのも掃除しなさい」と命じ、則行は体を起こすと、改めて跪き、立ったままの詩帆の股間に顔を埋めた。顔立ちのわりに、詩帆の股間の茂みは鬱蒼としていた。則行は舌先でそれを掻き分けて進み、亀裂を吸った。

だんだん射精の衝動が盛り上がってきた。手の動きが加速する。詩帆が、則行の頭を押して股間から離れさせた。椅子に座った香織が、脚を伸ばして則行の口に爪先を突っ込み、言う。

「ほら、イキなさい」

「ふぁい」

則行はラストスパートを開始する。扱き続けながら、香織の足の指をしゃぶり、フェラチオのようにディープスロートを繰り返す。詩帆が、そんな則行の陰嚢の裏側を足の甲で刺激し続ける。そして、ついに射精の瞬間が到来する。

「ああ」

則行は短く叫び、ペニスの先から濃厚な白濁液をドクドクと噴出させた。それを見て、詩帆が「あ、出た」と笑った。香織は爪先を則行の口から引き抜き、ベッドの上に放り捨てられている則行が脱いだパジャマを手に取ると、それでその爪先を拭い、更に股間も拭いた。

則行は、ふたりの前で激しく息を乱しながら、脱力感に捕われていた。噴出した精液が床に付着している。詩帆も、香織と同じように則行のパジャマで股間を拭き、そそくさと下着を身に着けた。

そして身だしなみを整えたふたりは、まだ床に跪いている則行を見下ろし、香織が言った。

「新聞紙とか、ちゃんと片付けておきなさいよ」

「はい」

則行は精液に塗れたままの手を膝の上に置いたままこたえた。

「じゃあね、変態クン」

詩帆が笑いながら則行の頭を軽く叩いた。そして香織は何も言わず、ふたりはそのまま部屋から出て行った。

則行は、ドアが閉まり、ふたりの足音がだんだん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなるまで、聖水に塗れたままじっと体を強張らせていた。飲み続けた聖水と、その後の性器への奉仕のせいで、舌が完全に痺れていた。

母親と一緒に病院を出た田所則行は、駐車場で車に乗り込む時、一度だけ病院の建物を振り返った。病院は、明るい陽射しの下で、煌めきを放っていた。

結局、今朝は香織にも詩帆にも会うことができなかった。たぶん夜勤明けで、早朝のうちに帰宅したのだろう。しかし、昨夜の詩帆も魅力的だったが、則行にとっては、やはり香織こそが女神だった。もうこれっきり、二度と会えないのだろうか。そう思うと、退院の喜びより、その悲しみというか虚しさのほうが断然大きかった。昨夜の夢のような体験が、しっかりと則行の胸に焼きついていた。それは狂おしいほどに鮮烈な記憶だ。則行は助手席に乗り込み、香織への想いを断ち切るように、力一杯ドアを閉めた。

車が走り出す。駐車場を出て国道に合流し、病院の建物が背後に遠ざかっていく。何も事情を知らない母親が、「本当に早く退院できて良かったわね」と言った。則行は頷き、何気なく窓の外を流れていく景色を眺めながら、再び香織と会うために、わざと足の骨でも折ってまた入院しようか、と真剣に考えていた。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。