Island Tripper

夕暮れのルワーズ通りには、穏やかな風が吹いている。最近ビーチウォークの再開発で綺麗に整備されたばかりの舗道は、光と影の中に佇んでいる。日中 の暑さは和らぎ、涼しささえ感じる。沿道に並ぶトーチに火が入った。どこからかスチール・ギターとウクレレが奏でるハワイアン・ミュージックが聴こえる。

佐々木泰史は、ベージュのハーフパンツに、くすんだ赤のシックなアロハシャツを着て、ぶらぶらと歩いている。その手には、分厚いペーパーバックを 持っている。それは、到着してすぐにアラモアナのバーンズ&ノーブルで買ったクライトンの新作小説だ。小額の現金とクレジットカードとルーム・キーは、ク リップで留めて、そのままポケットの中だ。

一昨日、一週間の休暇で、泰史はひとりでホノルルにやってきた。とくに何か予定があるわけではない。ルワーズ通りの突き当たりに建つホテルに滞在 し、気持ちをリフレッシュする。目的は、それだけだ。ビーチやプールサイドで太陽の光を浴びたり、モールをうろついたり、風が吹き抜けるカフェのオープン テラスでコーヒーを飲んだり、そんな毎日だ。昨日はバスでビショップ博物館へ行き、今日の午前中はマノアへハイクに出掛けたが、いずれも午後からはプール やビーチにいた。泰史は特に、ホテルのプールが気に入っている。温水なので冷たくないし、ブルーの水の底に描かれた白いオーキッドの絵が美しい。騒がしく ないのも、良い。もっとも、ホテル全体的に、ワイキキの喧噪とはほぼ無縁だ。たまに、舞い上がった日本人の結婚式の連中が鬱陶しいが、敷地内に一歩足を踏 み入れた途端、たいていの人がワイキキ周辺の他のホテルとは明らかに雰囲気が違うと感じるはずだ。飛び抜けて豪奢なわけではないが、シックで端正なのだ。 昼下がりの静寂の中、開放的なロビーの大きな籐の椅子に身を沈め、緩やかな時間の流れに漂いながら、緑の豊かな中庭を軽いシャワーが微かな音を立てて通り 過ぎていく風景をぼんやりと眺めているだけでも、心が洗われる気がする。

そして今、泰史はプールを切り上げ、夕食のためにホテルから出てきたところだ。何を食べるかは、まだ決めていない。一人旅は、夕食が難関だ。とくに ワイキキのような町では、周囲が家族連れやカップルやグループばかりで、なんとなく浮いてしまう。かといって、ホテルの自室にこもってルームサービスとい うのも、たまにはいいが、いつもでは味気ない。もちろん、ホテル内のレストランでディナーという手もあるが、状況はワイキキの町中と変わらない。

だから結局、街角の店でハンバーガーやサンドイッチやピザを食べたり、モール内のフードコートで済ませてしまう。しかし泰史は、そういう食事が嫌い ではない。巨大なフードコートの片隅で、様々な人達に囲まれて食べるのは、そんなに悪くない。何より、安上がりだ。ホテル内にあるレストランの十分の一程 度で済んでしまう。

カラカウア通りに出て、泰史はしばし立ち止まる。右へ行けば、賑やかなワイキキビーチ、左へ行けばアラモアナ方面だ。しかし、アラモアナへ向かうには、徒歩にせよバスに乗るにせよ、既に遠回りだ。ホテルから直接西へ行き、サラトガ通りへ出たほうが、断然近い。

腹は空き始めているが、耐えられないほどではなかった。だから泰史は、散歩でもするか、という気分で、いったんカラカウア通りを北へ横断し、東へ向 かった。ロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンターが大規模な改装中なので、反対側の歩道のほうが広いし、賑やかだし、歩きやすい。

泰史はポケットに両手を突っ込みながら、東へ歩いていく。さすがに、周囲には観光客が多い。しかし、日本人は意外に少ない。それでも、レストランな どの看板には、日本語が目立つし、DFS周辺は日本人観光客で占められている。時々、カンカンとベルを鳴らしてトロリーが走り抜けていく。ヤシの葉が風に 揺れ、空を見上げると、オレンジが溶けかけた水色の中に、白い月が浮かんでいる。

やがて、右手にモアナの豪壮なエントランスが見え、左手前方にハイアットのツインタワーが現れると、じきにワイキキビーチだ。泰史は再びカラカウア 通りを渡り、ビーチへ入っていく。トーチの中で炎が燃え、カハナモクの像の前では様々な人達が記念撮影をしている。そろそろあたりが暮れ始めているので、 シャッターが切られる度にフラッシュの白い光が瞬く。その場所の光景は、有名なウェブカメラによって、全世界に配信されている。

世界的に有名なビーチのわりにはそれほど広くもなく、あまり洗練されている印象はないが、沖に沈みゆく太陽の光を浴びながら、風が吹き抜けていく波 打ち際を歩くと、どこからともなくコパトーンの甘い匂いが漂ってきて、心が安らぐ。さすがにもう泳いでいる人は少なく、ふと東を見れば、無骨なダイヤモン ドヘッドに夕日が正面から当たっていて、その先端の麓の建物群が白く輝いている。

泰史は波打ち際を離れ、舗道の脇まで戻ると、植え込みの縁に腰掛けて、光を散らばらせる凪の海を見つめた。

泰史はしばしばゲイと間違われるが、もちろんゲイではない。しかし、見映えはそれほど悪くないわりに五十近くになっても独身を通しているし、女性の 誘いはさりげなくいつも交わし気味なので、そう思われても仕方ない部分はある。もちろん、女性との食事や割り切った交際の経験はある。ただ、それ以上先へ と進展することがない。数回デートをして、体の関係ができても、いつしかフェイドアウトしてしまう。その原因は、明らかだ。それは泰史自身が、それ以上深 い関係を望まないことにある。ただし女性と付き合うことが怖いわけではない。むしろ、泰史は女好きの部類に含まれる。それなのになぜ泰史が女性との深い関 係を避けるかというと、決してプレイボーイを気取っているわけではない。それには、泰史自身が抱える切実な問題に起因しているのだ。

切実な問題とは、泰史の性癖だ。泰史は、極度のマゾソストで、女性に跪き、責め抜かれないと満足できない人間だった。それは、体の感覚に限らない。精神的にも、屈服させられないと満たされないのだ。

もっとも、プライベートでも信頼できるそういう相手を見つければいいだけかもしれない。しかし、ここが泰史の身勝手な言い分なのだが、日常的にマゾ ヒストであり続けることはできないし、かといって、それを完全に隠して生活を送ることも不可能で、普遍的な愛情とマゾヒストとして女性に抱く感情はそれぞ れ独立していて、両立する瞬間は有り得ないため、結局は究極の選択を迫られる格好で、日常の中の何割かを占めるマゾヒストの部分を優先させている結果、つ いつい女性を避けてしまうのだった。

もちろん、男としてのプライドの問題もある。人間としてタイプが古いのかもしれないが、やはり愛する女性は守りたい気持が強い。なのに、愛する人に マゾヒストであると開示してしまったら、その説得力が足元から瓦解してしまいかねない。いや、たぶん瓦解するだろう。どこの世界に、跪いて足を舐め、聖水 を喜んで口にする男に守られたいと思う女性がいるというのか。どう考えても、そんな女性がいるとは思えない。もちろん、世の中にはSの女性Mの男性の間で 愛を成立させている人達もいるだろう。しかしたとえば、泰史の場合は、ふだんはそれで上手くいくかもしれないが、もしも痴話喧嘩になった時、Mの側が正し く真っ当な理屈で怒ったとしても、女性に「おしっこ飲んで喜んでいるような男が偉そうに何よ」と言われ鼻で笑われたら、それで終わりだと思ってしまうの だ。決してそんなことはない、それとこれとは話が別だ、といわれるかもしれない。しかし泰史自身の感覚として、やはり男女の普遍的な愛に「SM」的なもの は一切持ち込みたくはない、という気持がとにかく強い。これは、理屈ではないのだ。たぶん、生理的な感覚だ。江戸時代の「士農工商」やインドの「カース ト」が絶対であったように、世の中の男女の構図も、許容のベクトルとして「S男→M女、S女→M男」という感覚は、無視できないはずだと感じている。い や、別に難しい話ではないのだ。単純に、「S男」や「S女」や「M女」であることは堂々と公言してもそれほど実害はないが、「M男」であることを公表する ことにはかなりのリスクがある、それだけのことだ。たとえば、SM趣味のある政治家が週刊誌の餌食になる場合、「S男」であることを暴かれるか、それとも 「M男」であることを暴かれるか、を比べれば、一目瞭然だろう。「M男」であることを暴かれるのは、「S男」であることを暴かれるより、明らかにダメージ が大きいはずだ。そのダメージは計り知れない。議員バッチをちらつかせてふんぞり返り、偉そうに天下国家を語っていた男が、実は跪いて女の足をしゃぶり、 下着の匂いを嗅ぎ、縛られて鞭を打たれて罵られて興奮する変態のM男であることが暴露されてしまったら、大衆は鼻で嘲笑うだろうし、以後、何を言ってもそ の威光は機能しないだろう。しかし、これが「S男」で、夜な夜な女を縛って責め立てている、と書かれるパターンなら、全くダメージは無いに等しい。もちろ ん、健全な常識派気取りの人々やフェミニスト団体などからは袋叩きにあうかもしれないが、そんなものは一過性のものだろう。太古の昔から、狩猟民族は、男 が外で狩りをして獲物を捕ってきて、女はそれを待ち、料理をし、衣服を作った。農耕民族でも、男は田畠に出て作物を作り、収穫し、女もたまには手伝うが、 基本的には家を守ってきた。S女とM男の関係は、その古から続く男女関係の普遍性を根底から覆してしまうほど、逆転的なのだ。

ただし、昔から「女王」はいる。クレオパトラや卑弥呼など、男たちの上に立つ女性はいたし、近代でもエカテリーナのような女性が存在した。しかし、 彼女たちと配下の男たちとの関係は、「愛」ではない。たとえば、卑弥呼は生涯独身だったらしいが、クレオパトラは、他国の王たちに女としての最大の武器を 駆使して生きた。エカテリーナだって、愛欲の人だ。そのプライベートな男女関係の中に、たぶんS性は存在していないだろう。むしろ、彼女たちの場合はおそ らく「M」である可能性が高い。対外的には「強さ」を顕示し、愛する人の前だけでは「弱さ」を晒け出す、それはある意味、よくある強い女性のスタンダード なパターンだ。もっとも、このパターンの「女性」の部分を「男性」に置き換えると、M男にも当てはまりそうだが、その置換は決して簡単ではない。その置換 は、前提として想定外にある。一般的には置き換えないし、そもそも置き換えようとはしないものなのだ。

だいたい泰史には、マゾヒストの自分を憎んでいる部分がある。だから、それを大々的に開示することができない。そんな自分は、自分でも認めたくない し、許していないのだ。ときどき泰史は激しく、マゾヒストの部分の自分を殺してしまいたい、とさえ思う。そうすればたぶん、自分も、たとえばワイキキを楽 しそうに歩いているカップルのように、ごく一般的な恋愛関係を築くことができるだろう。しかし紛れもなくマゾヒストであることは厳然たる事実なので、この ままでは無理だ。いや、自らのM性を隠して、取り繕いながら、その「振り」をすることは可能だろう。実際、これまでに何度なくそれは試してきた。しかし、 結局は、子供が自分で造った砂の城を自分で壊してしまうように、泰史自身が己の内部に居座るM性に敗北し、その偽りの関係を終わらせてしまうのだ。厳密に は、べつに「偽り」ではないのだが、立ち位置をM男サイドに置けば、それは「偽り」になってしまう。そして、もうそのような無駄な努力には疲れた。それが 今の泰史の状態だ。格好よくいうなら、ニュートラルな状態だ。前進だろうがリバースだろうが、そしてどちらが前進でどちらが後退なのかはわからないが、好 きな時に自由に好きなギアを入れることができる。ただ、どちらにギアを入れるにせよ、アクセルの開閉に関する制御には注意が必要だ。調子に乗ってアクセル を踏み過ぎれば、前進にしろ後進にしろ、暴走の可能性が常にある。基本的に泰史自身、精神的にそれほど強いわけではないので、アクセルを開けすぎていった ん暴走を始めてしまったら、ブレーキの性能は試したことがないので、実際にその時になってみないとどれくらい効くかわからない。たいていは止められると 思ってはいるが、過信は禁物だ。自動車だって、知らないうちにブレーキ・フルードが抜けてしまっているような故障は、珍しいわけではないのだ。

ただ、マゾヒストの自分の部分を殺したいと願う心は、実際のプレイに於いて、更なる被虐嗜好に直結してしまう面が否めない。淫微なSMのための部屋 で、縛られ、ときには吊り上げられながら、壮絶な鞭を女王様から受けているとき、泰史の中には「このまま自分の中のM性を破壊してくれ!」という強い気持 があり、激しく打たれれば打たれるほど、鞭の跡などの傷が深く刻まれれば刻まれるほど、自分を死へと追いやっていく既視感に捕われる。そして、やがてその 既視感はMの悦びとして昇華し、泰史は絶頂に達する。

その高みから見下ろす下界は、炎に包まれる煉獄だ。無数の魂が浄化を求めて焼かれ、蠢いている。その瞬間、泰史は天上界の住人として、煉獄の炎を透かして生き地獄である濁世をも見下ろしている。

しかし、その視界は長く続かない。プレイが終わる時、泰史はまた下界へと下りていくからだ。それはまさに、かつてニーチェが神の死を宣告し、一度は 善悪の彼岸に立ちながら現世に舞い戻った感覚に近い。そしてニーチェは正義や道徳までも破壊しまくったが、泰史も、自分の中の正義や道徳とまた戦うことに なる。もっとも、ニーチェは自らの意思でその再び戻る道を選択したが、泰史の場合は、自らの意思というより、戻らざるを得ないから戻るだけだ。留まろうと 思えば留まれるはずだし、決して戻りたいわけではないのだが、留まることができない以上、戻らなければならないのだ。何度も山を上ったり下りたりしたツァ ラトストラとは、根本的な部分で違う。泰史は、誰にも、何も説かない。ただ自らが抱える暗く歪んだ性の悦びの深い淵に漂うだけだ。

窓の外はもう暗い。真正面、夜の海の先に、ダイヤモンドヘッドのシルエットが黒く横たわっている。ラナイに出ると、風が涼しい。眼下を覗けば青くライトアップされたプールが美しく、そのプールサイドで奏でられている音楽が風に乗って届く。

泰史は、白いバスロープに身を包みながら、ラナイの椅子に座って缶ビールを開けた。そして、昼間の眺めも良いが夜も素晴らしい、と思った。完全なオーシャンフロントだと、夜になれば真っ暗な海しか見えないだろうが、このカテゴリの部屋からの景色は違う。

貿易風に吹かれながらビールを飲み、夜の風景に包まれながらリラックスしていると、背後から洩れる室内の柔らかい光の効果も手伝って、本当に天国にいるのではないか? と思えてくる。騒がしすぎない音楽も心地よい。『天国のような館』とはよくいったものだ、と思う。

夕食は結局、コリアンBBQのブレートを買って、クヒオビーチパークに置かれたテーブルで海を見ながら食べた。涼しい夜で、外で食べていても暑くはなく、そのスペースには、周囲に大勢の人がいたが、ひとりの夕食としては上出来だった。

食後は、夜風に吹かれながら、さらにカラカウア通りを歩いた。その歩道は観光客たちでごった返していたが、日本人よりも圧倒的にアメリカ人が多かっ た。アメリカ人のツーリストは陽気だったが、そんな中でひとりでいても、とくに淋しさは感じなかった。むしろ、心地良ささえ覚えた。そして、最後に近くの ABC ストアへ立ち寄り、ビールやジュースやスナック菓子を手に入れてホテルに戻った。

夜の時間は、静かに流れていく。微かに酔いが回り始めて、上質な絹のようなしっとりとした夜気に身を委ねていると、穏やかなまどろみがやがて肩に止まる。泰史は、ビールが空になると、そのまま目を閉じた。

ふと目を覚ますと、いつしかプールサイドの演奏は終わっていた。泰史は室内に戻り、窓は開け放したまま、シンクで顔を洗った。そして、窓の側に置かれているデスクの上の手帳と携帯電話の端末を見つめる。

椅子に座り、手帳を開く。栞の紐が挟んであるページまで進み、そこに記されている数字の羅列を見る。見開きの左のページにその数列と、下に「オークランド、チャーリー」という文字だけが書かれている。他の部分は、右のページも含めて空白だ。

泰史はいったん椅子から立ち上がり、ミニバーからミネラル・ウォーターのボトルを取ってきて戻った。キャップを取り、冷たい水を一口飲む。

手帳に記されている数列は、ホノルル市内のある番号だった。しかし、どこに繋がるのかは知らない。泰史は、この電話番号を、ある人から手に入れた。

それは、外国人の利用者も多い日本国内にあるSMクラブの事務所から出てきたときだった。そのクラブはM専で、そのとき泰史はプレイの後だったのだが、事務所から出てきたとき、たまたまそこに居合わせた外国人の紳士から声をかけられた。

「チョット、スミマセン。アナタハ、ニホンジンマゾヒストデスカ?」

辿々しい日本語で、直感的に「胡散臭い」と感じた泰史は、そのまま無視しようとしたのだが、その気配を敏感に察したのか、外国人紳士は英語に切り替 えて同じことを言い、「わたしは怪しいものではありません。突然、声をかけたりして、すみません」と付け加えた後、「英語は大丈夫ですか」と訊いてきた。

邪気のない笑顔でそう訊く外国人は、高価そうなスーツを着ていて、とくに悪意があるようには感じられなかったが、しかし見ず知らずの人間に「そうです、自分はマゾヒストです」と答える必要も義理もないので、泰史は解答を濁し、逆に「あなたは?」と尋ねた。

「もちろんわたしはマゾヒストです。ここに来ているんだから、当然ですが」

外国人はクラブの事務所のドアを手で示して笑った。つられて泰史も小さく笑った。すると外国人は、「よかったら近くでコーヒーでもどうですか?」と 誘ってきた。泰史は、なぜこの外国人は自分を誘うのだ? と不思議に思ったが、別に予定はなかったし、何のために声をかけてきたのか、その理由を知りたい 気もした。

「ほら、日本の諺にもあるじゃないですか。『袖触れ合うも多生の縁』でしたっけ?」

外国人は茶目っ気を見せてそう言い、泰史は、ついつい「いいですよ」とこたえた。

その外国人は、泰史より少し年上のように見えた。白い肌にくすんだプラウンの短髪で、口髭を生やしていた。大柄で、身長は180センチ近く、体重も三桁に届きそうに思えた。

泰史はその外国人と近くのカフェに入った。それぞれ自分のコーヒーを買い、奥まったテーブルについた。しかし、互いに自己紹介をするでもなく、席に着くと外国人は、「わたしは日本人のミストレスが大好きなんです」と笑った後、泰史に訊いた。

「あなたは、外国人のミストレスとセッションの経験はありますか?」

泰史は素直に、「ない」とこたえた。これまでに一度も外国人ミストレスとのプレイ経験はなかった。

「それは、興味がないのですか?」

コーヒーを一口飲んで、外国人はさらに訊いた。

「ないのは興味ではなく、機会ですね」

「なぜ? あなたの英語はコミュニケーション・ツールとして充分機能すると思いますが」

「いえいえ、わたしの英語なんてレベルは低いですよ。しかし、わたしの場合、語学力というより、外国のSMそのものに、気後れのようなものを感じる のです。たとえば、外国でSMクラブへ行こうと思っても、どういう手続きを踏めば良いのか等、セッション以外の部分で物怖じしてしまうのです」

「なるほど。その気持はわかります。わたしも、初めて日本の店へ入ったときは緊張しました」

泰史は頷いた。すると、外国人は言った。

「あなた自身、仕事やバケーションで外国へはしばしば出掛けますか?」

「まあ、たまにですね」

「アメリカへは?」

「ときどき」

「では、わたしが日本人の方でも利用できる『あるネットワーク』を紹介できると言ったら、あなたは行ってみたいですか?」

「何のネットワークですって?」

「日本流に言うなら『女王様プレイ専門』のサービスを提供する、本物のマゾヒストのためのアンダーグラウンドなネットワークです」

「SMのエスコートサービスですか?」

「簡単に言えば、そうです。しかし、宣伝は一切していませんし、口コミというか、会員の紹介がないと利用できません」

「なるほど」

「そして、わたしは会員なのです。だから、わたしはあなたをひとまず『ビジター』として紹介できます。あとは、あなたが実際に利用してみて、気に入ったら会員になれば良いのです」

「年会費とか、あるんですか?」

「いいえ、そういうものはありません。ビジターで利用する場合は、ワンナイトで千ドル程度です。会員になるためには、登録時に一万ドル支払う必要が ありますが、一度会員になれば、一回のセッションは三百ドルで、回数に制限はありません。もちろん、更新もありません。永久会員です」

「つまり、こういうことですか? わたしがあなたにそのネットワークを紹介してもらうと、とりあえず千ドルで一晩、外国人ミストレスとセッションが可能だ、と」

「そうです」

「そのネットワークは、日本国内でも利用可能なのですか?」

俄然興味を覚えた泰史は、訊いた。すると、外国人は申し訳なさそうに首を横に振った。

「いいえ、答えは残念ながらノーです。そのネットワークはアメリカ国内だけなのです。しかし、全米の主要都市で利用が可能です。たとえばニューヨーク、ワシントン、ロス、シスコ、シカゴ、アトランタ、ダラス、マイアミ、ホノルル等です」

「具体的には、どうすればいいのですか?」

「もしもあなたが利用したいと思うのなら、わたしはその利用する都市にあるネットワークの支部の電話番号を教えます。そこへ電話し、利用するだけです」

「わたしを紹介するあなたのメリットは?」

「そんなものは、何もありません。わたしがネットワークにあなたを紹介したって、紹介料などが支払われるプログラムはありません。もちろん、あなた からわたしが何かしらの代金を受け取ることもありません。そんな必要も心配もありません。いうならば、これは『布教』みたいなもので、金銭的な見返りは何 もないですし、そもそも求めるべきではありません」

「では、仮定の話として、もしもわたしが来月あたり、夏の休暇でハワイへ行こうとしていて、そのネットワークをホノルルで利用してみたいと思った場合、どうなるのですか?」

「その場合、わたしは今ここですぐホノルル支部の電話番号をあなたに伝えることが可能です」

「予約とかは?」

「そんなものは不要です。たとえばホノルルならホノルルに着いてから、気が向いた時に電話をすればいいだけです」

「なるほど。それで、どのようなミストレスとセッションが可能なのですか?」

「それは、あなたの望むタイプです。ただし日本の風俗店のように『アルバムを見て指名』は無理です。クローズドなネットワークですから、ウェブサイ トもありませんしね。その代わり、電話であなたは詳細な希望を伝えることができます。肌や髪の色、体型、人種、ランゲージ、その他です。なかには、日本語 や韓国語などアジアの言語に精通しているミストレスもいます。もっとも、コリアンやチャイニーズのミストレスはいますが、ジャパニーズはちょっとわかりま せん。少なくとも、わたしはニューヨークやロスで利用していますが、会ったことがありません」

そんな話を一通り聞いて、泰史の心は揺れ動いた。こんなうまい話があるのか? という懸念はあったが、うまい話といっても一晩で千ドルはかかるのだし、見ず知らずの人間を担ぐつもりだったとしても、わざわざそんなことをする意味が分からなかった。

「本当に紹介していただいてもよろしいのですか?」

泰史が訊くと、外国人は、「もちろん」と笑い、訊いた。

「ホノルルで良いですか?」

「ええ」

「ちょっと待ってください」

外国人は上着の内ポケットから黒い小さな手帳を取り出し、ページを繰った。そして泰史を見た。

「メモ、できますか?」

「あ、はい」

泰史は慌ててブリーフケースから手帳を取り出し、ペンを持った。

「では、控えてください」

外国人は市外局番を含めた番号を言った。泰史はそれを書きとめ、復唱した。外国人はそれを聞いて頷き、「大丈夫です」と言った後、付け加えた。

「その番号に電話をすると、たぶん女性が出ます。そのとき、会員番号を聞かれると思いますが、その際にはビジターであることを伝えてください。すると、誰の紹介かと訊かれると思うので、オークランドのチャーリーの紹介だ、とこたえてください。それでOKです」

「あなたがチャーリーさんですね」

「まあ、そうです」

「わたしは……」

そう自己紹介しかけると、外国人は手を振って制止した。

「本当に自己紹介は必要ありません。会員同士が横の連携を築くことをネットワークは推奨していません。それと、ひとつだけ注意事項があります。それ は、ネットワークについて深く知ろうとはしないでください。たとえば、わたしは今あなたにホノルル支部の番号を教えましたが、その事務所がどこにあるの か、調べようとかしないでください。わたしも知りませんし、ネットワークも知らせようとはしません。会員になっても、基本的には各支部がどこの街にあるの か程度しかわかりませんし、接触方法は電話のみです」

「わかりました。いや、ご紹介いただき、ありがとうございました」

「いえいえ『タショウノエン』ですよ」

そう言って外国人はコーヒーを飲み干し、「それでは」と席を立とうとした。泰史はそれを引き止めて言った。

「コーヒーをもう一杯いかがですか? それとケーキでも。せめて、それくらいはわたしに礼をさせてください」

すると、外国人は辞退したが、さらに泰史が誘うと、やがてにっこりと笑って座り直し、言った。

「では、オコトバニ、アマエテ、イタダキマス。あまり頑に断ってあなたに失礼になるといけませんしね」

「良かった。では、注文してきます」

その後、短い世間話をして過ごし、そのまま泰史はその外国人とアドレスの交換等もないまま別れたーー。

「オークランドのチャーリーか……」

水を一口飲み、手帳を見つめたまま泰史は呟いた。ホノルルに着いて三日経つが、まだこの番号にかけたことはなかった。そして、今夜あたりどうだろう、と考えていた。携帯電話を持ち、手帳の電話番号を見つめる。

テレビやラジオの点いていない室内は静かだった。泰史は緊張しながらその番号をゆっくり、間違えないように慎重にプッシュしていく。

番号を押し終え、端末を耳に当てると、じきにコール音が始まった。そして5回目の途中で相手が出た。

「ハロー」

女性の声だった。泰史は「ハロー?」とこたえた。すると相手は、感情のない声で「会員番号を教えてください」と言った。

「わたしはビジターなのですが」

そう泰史がいうと、相手は、「どなたのご紹介でこの番号を知りましたか?」と訊いてきた。

「オークランドのチャーリーさんです」

ここまではあの外国人が言った通りだった。その名前を伝えると、相手は「少々お待ちください」と言い、ラインが沈黙した。

泰史は窓の外の暗い海を見ながら待った。その間に、また水を飲む。やがて、相手の女性が「OK」と言った。その口調は、先ほどまでとは違い、柔らかく変質していた。フレンドリーでさえあった。

「どのようなタイプのミストレスをお望みなのかしら?」

「えっと」

泰史は考え、こたえた。

「ハワイアンな感じとか、大丈夫ですか?」

すると電話の向こうで、相手の女性が軽く笑った。

「ハワイアンな感じって、具体的にはどんな感じかしら?」

「たとえば、フラのダンサーみたいな」

「フラのダンサー……つまりポリネシアンな雰囲気ね。ええ、大丈夫よ。他に、希望は?」

「と、いうと?」

「年齢とか体型とか言語とか」

「あ、年齢は極端な歳でない限り、とくに希望はないです。でも、できれば大柄な人が良いです。言語は、たぶん英語で大丈夫だと思います」

「OK。ハワイアンで大柄なミストレスだと、ジェニーがいいと思うわ。厳密には生粋のハワイアンじゃないけれど、ポリネシアンな雰囲気の強いエキゾチックな美人だし。年齢は確か二十台の半ばの筈。いいかしら?」

「はい」

「ところであなたはどこの国の人なのかしら?」

「日本です」

「OK、ジャパンね。じゃあ、現在あなたがいるところを教えてもらえるかしら。ホテル?」

「はい」

「そのホテルへ送ればいいわね?」

「はい」

「では、ホテル名とルームナンバーを教えて。それとあなたの名前」

泰史はホテル名を告げ、ルームナンバーを伝えたあと、「ササキ」と名乗った。相手はそれを復唱し、続けた。

「OK。ササキサンね。ジェニーは、たぶん三十分くらいでそちらへ行けると思うわ。ミストレスの名前は、ジェニーよ。忘れないでね。それと、ビジターの料金は彼女に渡して」

「わかりました」

「では、オールナイトでエンジョイしてね」

「はい」

「マハロ」

唐突に電話は切れた。呆気ないほど簡単な手続きだった。これで、三十分後にはジェニーというハワイアンの女王様がこの部屋にやってくるのだ。なんと なく、そのことが泰史には信じられない気がした。そして、ミストレスが訪れるというのにバスロープ姿ではまずいだろう、と思い、バスルームへ向かった。念 の為に再びシャワーを浴び、髭を剃り、歯を磨いた。

室内に戻ると、早くも電話を終えてから十五分近く経過していた。泰史は、急ぎながら新しい下着を身に着け、白い綿のスラックスを履いて、黄色い地にグリーンのヤシの木がプリントされたアロハを素肌の上に着た。

その後、気持を落ち着けるために、ラナイに出た。夜風が心地良い。泰史は椅子に座り、深く息を吐いた。そして、夜の海と、ホテル群の明かりを見つめながら、どんなミストレスが来るのだろう? と考えた。そう考えた時、泰史は密かに、控えめに勃起した。

ドアが静かにノックされ、室内に戻ってベッドに寝転がっていた泰史は弾かれたように飛び起きると、デッキシューズを履き、「イエス」とこたえながらドアへ向かった。

「ジェニーよ」

と声がして、ドアを開けると、そこには小麦色の肌の長身女性が立っていた。

「アロハ」

ジェニーはそう言って微笑み、泰史は「どうぞ」と部屋に招き入れた。彼女が室内に入ってきた途端、甘いプルメリアの香りが満ちた。

ジェニーは、しなやかで引き締まった肢体をピンクのタンクトップと白いミニスカートに包み、踵の高い銀色のサンダルを履いていたが、そのヒールを差し引いても泰史より遥かに長身で、向かい合うと、簡単に見下ろされてしまった。

そしてその視線が、ドアが閉じた瞬間、変質した。それまでの微笑みが瞬間的に消滅し、サディストの冷たい目になって泰史を見つめた。泰史は、いきな りその視線に囚われて、ドアのすぐ前でジェニーと対峙しながら、たちまち緊張した。ジェニーは、手に持っていたシャネルの大きなバッグを床に置き、泰史の 顎に手をかけ、その瞳を覗き込んだ。

「奴隷がどうして服を着ているのかしら?」

そう呟き、唇を歪ませる。エキゾチックな美しい顔にサディストの影が差し、泰史の内部でM性が爆発した。泰史は、顎に手をかけられたまま「すみません、ミストレス」とこたえ、視線を外した。すると、ジェニーは、その泰史の頬を平手で張り飛ばした。

「勝手に目を反らすんじゃないわよ。黄色い猿のくせに生意気に」

「申し訳ございません」

怯えた目で視線を泳がせながら泰史は言う。もちろん、そう答えながら、早くも泰史は完全に勃起していた。綿パンの上からでも、はっきりとその隆起が確認できた。やがてジェニーは、そんな泰史を軽蔑の笑みで見つめながら、言った。

「荷物を運びなさい。そしてさっさと裸になりなさい」

「はい、ミストレス」

ジェニーに軽く突き放され、解放された泰史は、床に置かれたバッグを持つと、「こちらへどうぞ」とソファへとジェニーを誘い、バッグをソファの隅に 置いてから、窓辺へ歩いてカーテンを閉じようとした。すると、ソファに座って長い脚を組みながらジェニーが、「カーテンはそのままでいいわ」と言った。こ のカテゴリの部屋はダイヤモンドヘッド方向に向いて窓があるので、その先には、夜の海やダイヤモンドヘッドだけではなく、ワイキキのホテル群の窓明かりも ある。だからこそ泰史は閉めようと思ったのだが、あっさりと却下されてしまった。泰史の中で、「もしもどこかから見られたら恥ずかしい」という羞恥心が湧 き起こった。しかし、ミストレスの命令は絶対で、逆らえない。だから、泰史はカーテンをそのままにし、ベッドの陰で服を脱ぎ始めた。すると、「ヘイ」と ジェニーが声をかけて手招きし、窓の前で全裸になるよう命じた。泰史は、「はい」とこたえ、既に殆ど脱ぎかけていたアロハシャツだけをその場でベッドへ急 いで脱ぎ捨てると、窓の前まで進み、残りを脱いでいく。デッキシューズを脱いで裸足になり、ズボンを、そしてパンツを脱いで裸になる。開いたままの窓から 涼しい風が吹き込んで、全身をそっと撫でていく。

裸になった泰史は、完全に勃起している股間を手で隠しながら窓を背にして、ジェニーの前に立った。ジェニーが長い脚を伸ばしてサンダルの爪先で軽く 泰史の膝の裏あたりを蹴り、ジェスチャーで「手をどけなさい」と命じる。泰史は、手をどけ、勃起を晒す。そのペニスを見て、ジェニーは軽く笑い、「小さ い」と呟いた。そして、「まるで子供のペニスね」と鼻で笑った。

「それで勃っているの?」

小首を傾げてジェニーが訊く。もちろん完全に勃起していた泰史は「はい」とこたえる。すると、ジェニーは大きく目を見開き、驚く。

「えっ? 本当? もしかして、それでマックス?」

「は、はい……」

自分の半分程度の年齢でしかない外国人の若い年下女性に軽蔑され、泰史の内部で羞恥心が爆発する。自分でも恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になるのを自覚し、俯いてしまう。剥き出しの尻に、海からの風が絶えず当たっている。

「信じられない……黄色い猿って生物として下等なだけじゃなく、ペニスも酷いのね」

苦笑しながら脚を組み替え、ジェニーは嘲笑う。その脚を組み替えた瞬間、スカートの奥にチラリと白い下着が見え、泰史はさらに興奮してしまう。浅黒い肌と白い下着のコントラストが鮮やかだった。

「まあ、いいわ」

ジェニーは言い、続けた。

「とりあえず、そのままラナイに出て、こちらを向いて跪きなさい」

「えっ?」

驚いて、思わず泰史が聞き返すと、ジェニーは苛立たしげに吐き捨てた。

「聞こえなかったの? そのまま外に出るの」

「はい!」

静かでも強い調子を秘めたジェニーの口調に気圧され、泰史はビクビクしながら、ラナイへ出た。すると、無防備に中空に放り出されたような感覚に陥 る。衣服を身に着けていないだけで、まるでラナイは異次元空間のように感じられた。隣の部屋からは覗かれないが、眼下のガーデンやブールサイドは無人では ないし、ワイキキの窓明かりは無数瞬いている。

泰史がその状況に怯えていると、ジェニーは静かな声で言った。

「わたしは跪けって言わなかったかしら?」

「あ、すいません」

慌てて泰史は跪いた。その前に、ジェニーが腕を組んで立った。サンダルの爪先が泰史の目の前に置かれる。爪のひとつひとつに、白っぽい銀色のペディキュアが綺麗に塗られている。その指先が、挑発するように動く。泰史が見上げると、ジェニーは笑っていた。

「黄色い猿の分際で、そんなにこの足の指が気になるのかしら?」

サンダルの足を床から浮かし、泰史の顎の下に宛てがう。僅かな香気が泰史の鼻腔をくすぐる。泰史は生唾を飲み込み、両手を床について身を硬直させたまま、ジェニーを見上げる。

「ジェニー様……どうかおみ足にご奉仕させてください」

そう懇願する。しかし、ジェニーは、そのままサンダルの底で泰史の胸元を蹴り飛ばした。

「猿が奉仕する必要なんかないわ。調子に乗るんじゃないわよ」

不意を衝かれた泰史はそのまま後方へ仰け反り、倒れる。それでも、ラナイには手すりがあるため、落ちることはない。泰史はすぐに体勢を立て直し、再び跪くと、額を床に擦り付ける。

「申し訳ございません」

その後頭部をジェニーは足で踏み、「生意気な猿ね」とその足に体重をかける。泰史は「すいません、すいません、お許しください」と何度も謝罪する。

やがてジェニーは足をどけ、その場に泰史を残したままベッドの端に腰を下ろした。そして嘲笑を浮かべ、「そこでマスターベーションしてみなさい」と右手で筒を包むような輪を作り、その手を数回上下させた。

「はい……失礼いたします」

どこからも丸見えのラナイで? と思ったが、もう誰かがどこかで見ていても構うものか、という半ば自棄な気分で開き直った泰史は、一度深々と頭を下 げた後、跪いたまま尻を浮かし、右手でペニスを握った。ゆっくりと扱き始める。ジェニーは唇を歪ませて笑いながら、そんな泰史を眺めている。

「わたしを見つめたまま扱きなさい」

床に視線を落とし気味の泰史にジェニーはそう言い、脚を組み替えた。また下着が覗く。更にジェニーは、タンクトップの腋を全開にして頭の後ろで両手を組む。泰史はその光景に身悶えながら、徐々に扱くスピードを加速させていく。

だんだん息が荒くなってきて、感覚が狭窄していく。大きく腕を振り上げて頭の後ろで両手を組んだままのジェニーの冷ややかな視線が、泰史を燃え上がらせていく。

やがて体が熱くなってきて、射精の衝動がせり上がってきた。泰史はジェニーを見つめ、一心不乱に必死に扱きながら、「あ、あ、あ」と呟きを漏らし、そのままビュッピュッと射精した。その様子を見て、ジェニーはようやく腕を下ろすと、呆れたように笑った。

放出された精液は、弧を描いて室内へ飛び、清潔なカーペットの上に落下していた。そのぬめりは、室内の柔らかい光を反射して、艶やかに煌めいていた。

射精を果たした泰史は、しばらくその場に佇み、乱れた息を整えた。手に付着していた精液を自分の太腿に擦り付けて拭く。すると、その前に、ベッドから立ち上がったジェニーがしゃがみ、ティッシュを差し出した。その表情は、サディストのモードを解除し、和らいでいる。

「はい。これで拭いて」

「ありがとうございます」

泰史はそれを受け取り、自分の性器を拭った後、ついでに床に落下している精液も、摘むようにして除去した。

それが済むと、ジェニーはソファに戻り、「こっちへいらっしゃい」と泰史を呼んだ。泰史は途中でゴミ箱にティッシュを捨て、裸のまま、ジェニーの足元に正座した。ジェニーは泰史の頭を撫でながら、「とりあえず、こんな感じだけど」と笑った。

「素晴らしかったです」

泰史は跪いたまま言った。すると、ジェニーは長い髪をかきあげ、泰史を見つめた。

「一応、道具は一通り持ってきているけれど、この部屋で一晩中セッションする?」

そう訊かれて、一瞬意味が理解できず、泰史は訊き直した。

「失礼?」

「つまりね、べつにここで調教してもいいけど、ホテルって、防音がいまいちじゃない? だから、鞭にしても、どうしても思いっきり打てないし、真夜中に叫び声とか上げたら、まずいと思わない? ここはハワイだから、窓を開けたまま眠る人も多いし」

そう言われれば、確かにそうだ。ここは決してレベルの低いホテルではないが、専用のスタジオのような防音性はもちろん望めない。

「あなたさえ良かったらだけど、別の場所でのセッションも可能よ?」

「別の場所?」

若干警戒しながら泰史は訊ねた。

「ええ。といっても、まあ、わたしの自宅だけど」

「ジェニー様のご自宅……突然僕なんかが行ってもいいんですか?」

「いいわよ、一人暮らしだし」

そう言った後、ジェニーは付け加えた。

「いきなり知らないところへ連れて行かれることに不安があるかもしれないけれど、わたしはネットワークの人間だし、その点は心配いらないわよ。ID やキャッシュはここへ置いていけばいいし。どう? 来る? 家なら、思う存分マゾ性を解放できるわよ? わたしも、思う存分責めることができるし」

誘うようにジェニーは言った。大きな瞳で泰史を見つめる。

「ここから近いんですか?」

泰史は訊いた。すると、ジェニーは、「車で三十分くらいかな」と答えた後、「車で来てるし、明日の朝、ちゃんとここまで送るから、そのへんの心配は不要よ」と言った。

「ただ、家を覚えられるのはちょっと抵抗があるから、詳しい場所は言えないし、途中で十数分間、目隠ししてもらうことになるけど」

外国で、会ったばかりの女性に、どこだかわからない場所へ連れて行かれることに、なんとなく怖い気がしたが、ジェニーの魅力を前にしてその提案に抗うことは難しく、不安は抵抗力として無力だった。だから、次の瞬間、泰史は「お願いしてもいいですか」と言っていた。

「もちろん」

ジェニーは言い、立ち上がった。

「じゃあ、車を回すから、着替えて下りてきて。悪いけど、そのとき、このバッグをお願いしていいかしら」

シャネルの大きなバッグを指してジェニーが訊き、泰史は「はい」と頷いた。そして、訊いた。

「あの、場所を移すとなると、代金の千ドルはいつ払えば?」

「そうね」

一瞬思案し、ジェニーは言った。

「じゃあ、今、いい?」

「はい」

泰史は引き出しの中から封筒に入れて用意しておいた千ドルを取り出し、封筒のまま手渡した。

「きちんと入ってますが、確かめてください」

「信用するわ」

ジェニーはそう言うと封筒をそのままポケットにしまい、ドアへ向かった。

「べつに持ち物とかとくに必要ないから、着替えたら下りてきてね」

「わかりました」

泰史が頷くと、ジェニーは「では、後で」と手を振って部屋から出て行った。泰史は、なんだか信じられない事態の展開に戸惑いを覚えつつも、とりあえ ずバスルームへ向かい、シャワーを使って下腹部周辺を洗った。その後、部屋に戻り、さきほど脱いだ衣服を身に着け、小額のキャッシュを挟んだクリップから クレジットカードを抜き、かわりに部屋のカードキーを差した。それから、水を一口飲み、腕時計をつけてガラス戸を閉じ、カーテンを弾いた。そして、明かり は消さず、シャネルのバッグを持つと、部屋を出た。

一階へ下り、静かな中庭の横の回廊を通ってロビーへ行き、エントランスの車寄せに立つと、ドアマンが微笑みながら「こんばんは。タクシーですか?」と訊いてきた。泰史も微笑を返しながら「いいえ、違います。待ち合わせです」とこたえた。

そして数分後、車寄せに濃いワインレッドのアウディA8が現れた。すべての窓には黒いフィルムが張られている。アウディは、泰史の前で止まると、するするとガラスを下ろした。中から、ジェニーの声がして「助手席へどうぞ」と言った。

泰史は助手席のドアを開け、中に乗り込んで革張りのシートに身を沈めた。車内は、冷房がひんやりと効いていて、プルメリアの甘い匂いが充満していた。ジェニーが、「バッグは後ろの座席にでも置いて」と言った。泰史は言われた通りに置き、シートベルトを装着した。

「では、行きましょう」

ジェニーはそう言い、ギアをドライブに入れてアクセルを踏み込んだ。

暗いのでどこをどう走っているのかわかりにくかったが、アウディはホテルの前を離れるとサラトガ通りに出て、アラモアナ方面へは向かわず北上したようだった。途中で運河を渡ったので、泰史は何となくそう思った。

走り出してすぐ、ジェニーは煙草を持ち、泰史に「いいかしら?」と訊き、「もちろん」とこたえると、銀色の小さなライターで火をつけて、窓を数センチ下ろした。

「最近のホテルはどこも禁煙で、わたしはべつにヘビースモーカーではないのだけれど、ちょっと辛いのよね。それも、わたしがホテルにいたくない理由のひとつ。まあ、たいていのホテルなら、ラナイで吸えばいいんだけれど、あなたのいたホテルはちょっと他とは違うから」

「喫煙に関しては、ちょっとヒステリック過ぎる感がありますね」

「そうね。でも、あれは観光客向けのキャンペーンみたいなもので、在住者は全然意識していないけれど。知ってる? いまだかつて違反者なんてひとり も検挙されていないのよ。もちろん罰金を払った人もゼロ。そもそも、どこが取り締まるのか管轄も決まっていないし。試しに、ポリスの前で吸ってみて。絶対 に捕まりはしないから。だって彼らに捕まえる権限なんてないのだから。というか、彼らも適当なところで吸ってるし」

窓の隙間に向けて煙を吐きながら、ジェニーは苦笑した。つられて泰史も笑う。

「いい加減ですね」

「馬鹿みたいよね」

車内には、十年前に死んだハワイアンの伝統的なシンガーのCDが流れていた。黒いフィルムが張られた暗い窓の外を、オレンジ色で統一された街灯が流れていく。煙草を吸い終えると、ジェニーは窓を閉めた。

「あのう、ちょっと訊いていいですか?」

泰史がそう声をかけると、ジェニーはちらりと泰史を見て「何?」と促した。

「ジェニー様は、生まれも育ちも、ここハワイですか?」

「ええ。生まれたのはモロカイだけど。そして途中、何年かはメインランドにも住んでいたわ。それで、戻ってからは、ずっとオアフ」

「もうひとつ訊いてもいいですか?」

「何?」

前を向いたままジェニーが訊く。

「僕みたいな、つまり日本人の客っているんですか?」

前方の信号が赤だった。ジェニーは減速し、完全に停止すると、泰史のほうを向いた。

「お客さんについては基本的に話してはいけないのだけれど、まあ、たまにはいるわね。でも、観光客の数の割には少ないと思う。そもそも、わたしたち のネットワークはアメリカ国内だけでドメスティックなものだし。でも、クヒオとかに立ってるストリートガールの客には結構日本人がいるみたいだし、スト リップバーとかにも多いみたいよ。でも、マゾヒストは少ないみたい」

「そうなんですか」

つと目を伏せると、視界に、白いミニスカートから伸びるジェニーの小麦色の太腿が入って、泰史はドギマギしてしまった。信号が青になり、アウディが 滑るように走り出す。ジェニーは、ステアリングを操りながら前方を見据えたまま、「そんなに脚が気になるの?」と軽く笑った。泰史は慌てて視線を自分の足 元に戻し、「すみません」と言った。

更に車は進み、どこかの赤信号で止まった時、ジェニーが黒いバンダナを泰史に差し出した。

「悪いけど、そろそろ目隠ししてくれる?」

「あ、はい。わかりました」

泰史はバンダナを受け取ると、まず半分に大きく三角に折って、更にその半分、またその半分と折っていき、やがて幅が五センチほどになるまでそれを繰 り返して目に宛てがい、後頭部で簡単に縛った。わざわざ目隠しなんてしなくても、どうせどこを走っているのかなんて全くわからなかったのだが、逆らわず、 きちんと両目を隠すように巻いた。ただ、車の中で目隠しなんて経験がなかったので、視界が塞がれると、なんとも不安な感じがした。

「ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

「あと、十分くらいで着くから」

「はい」

泰史はバンダナの下で目を閉じ、車の揺れに身を委ねた。すると、交通量が減ったのか、そのうち明らかにスピードが上がり、やがて、右へ左へと曲がり くねる道に差し掛かった。たぶん山道だろう、と泰史は思った。アウディは、その排気量にものをいわせて、上り勾配のワインディングロードを豪快にぐいぐい と上っていった。そして、目隠しの状態で三曲のハワイアンを聴き終えた時、ジェニーが言った。

「もう外していいわよ」

「はい」

泰史は目隠しのバンダナを取り、視界を慣れさせるために何度か瞬きをした。アウディは走り続けていたが、窓の外は真っ暗だった。車内の計器類の明か りだけが仄かに闇を溶かしている。泰史はバンダナを小さく畳み、センターコンソールの隅に置いた。カーブを抜ける時、フロントガラスの先に、前方を照らす ヘッドライトが濃密な木々を浮かび上がらせた。

やがてアウディは舗装された道路を離れ、未舗装の細い道に入った。いっそう周囲の森が深くなり、一瞬だけその茂みが途切れると、遠くに街の灯が見え た。どの辺りの明かりなのかは全然わからなかったが、それはかなり下方にあり、ここがそうとう標高の高い場所であることを示していた。

「すごい山の中ですね」

窓の外の闇を見つめながら、泰史は思わず、独り言のように言った。

「そうね。でも、静かだし、良いところよ」

ジェニーは白い歯を見せて微笑み、それが暗いガラスの反射の中に映った。

「窓を開けてみて。ワイキキ辺りとは全然空気が違うから」

泰史はドアのボタンを操作してガラスを下ろした。すると、ひんやりとした空気が車内に流れ込んできた。

「気持ちいい」

顔にその風を受けながら泰史は言った。

「そうでしょ?」

ジェニーも運転席側のガラスを全て下ろし、エアコンをオフにした。

「家では、滅多にエアコンがいらないのよ。もちろん、だからといって寒いわけではないし、日中は気温が上がって、とても暑い日もあるのだけれど、街 とは全然違うの。もう着くけれど、降りたら空を見てみて。星の数がすごいのよ。ワイキキだと、地上が明る過ぎるからあまり星は見えないけれど、ここは本当 に山の中だから」

そう言うと、ジェニーは意味深な笑みを湛えながら、「周りに家はないし、どんな声を上げても平気よ」と付け加え、泰史を見た。泰史はその視線に猛烈な羞恥を覚えた。

やがて車は広く開けた場所に出た。ヘッドライトの中に、明かりの消えた建物が浮かび上がる。周囲は完全に手つかずの森だが、その家の周囲だけ人工的に整備されている。

「着いたわ」

車は家に近づき、そのまま軒下に入った。建物はロッジ風の大きな二階建てで、一階部分がガレージになっているのだった。そして完全に車を止めると、ジェニーはエンジンを切り、ドアを開けた。

「どうぞ」

「はい」

そうこたえ、泰史がシートベルトを外してバックシートからバッグを取ろうとすると、ジェニーは「バッグはそこに置いておけばいいわ」と言った。

「道具は家にもあるから」

「はい」

泰史は車から降りた。そしてガレージからいったん外に出た。すると、辺りは静まり返っていた。ときどき風にこすれる木々の葉の音がするが、車の音な ど生活音は全く聞こえない。そして空を見上げると、最初は真っ暗だったが、すぐに目が慣れてきて、凄まじい数の星が降ってきた。

「確かに、すごい星の数だ」

立ち止まり、空を振り仰いで泰史は感嘆した。先を歩いていたジェニーが振り返り、「そうでしょう?」と言った。

建物の外に二階へと続く階段が取り付けられていて、その二階部分には広い回廊のようなテラスが大きく張り出していた。玄関もそちらにあるらしく、 「足元に気をつけてね」と言いながらジェニーが先に階段を上がっていった。すぐ後ろに泰史も続いた。白いミニスカートに包まれた肉感的な尻が目の前で揺 れ、泰史はそのまま縋りついて顔を埋めたい衝動を必死に堪えた。

テラスから家に入ると、そこは広いリビングだった。テーブルの上に、鮮やかに咲き誇る白いオーキッドが飾られている。リビングはキッチンと繋がって いて、ジェニーはいくつかの明かりを点け、いくつかの窓やガラス戸を開放した後、キッチンの大きな冷蔵庫へ向かいながら泰史に「適当に座って」とソファを 示し、「何を飲む?」と訊いた。

「何でもいいですが、アルコールはやめておきます」

「当たり前でしょ、これから奴隷になるのに」

「そうですね、すいません」

「じゃあ、アイスティーでいい?」

「はい、結構です」

「ストレートだけど?」

「大丈夫です。いただきます」

泰史はソファに座り、改めて広いリビングを見回した。どことなくアジアンな雰囲気もある、シンプルな部屋だった。蘭の香りが強く漂い、床も壁も木 で、ハワイアンキルトが壁に飾られている。部屋数がどれくらいなのかはわからなかったが、リビングからはキッチンしか見えなかった。

やがてジェニーが大きなグラスにアイスティーを注いで運んできて、「どうぞ」と泰史の前に置いた。

「ありがとうございます。いだきます」

グラスを持ち、泰史はアイスティーを飲んだ。確かに甘みは一切なく、すっきりとしたストレートの冷たい紅茶だった。ジェニーは、ひとり掛けの大きな ゆったりとしたアンティークらしきソファにグラスを持ったまま座り、長い髪をかきあげた。そしてライトスタンドが載っている小さなテーブルにグラスを置 き、そこにある煙草の箱を取ると、一本抜いて咥え、火をつけた。細く煙を吐き出しながら脚を組み、泰史を見つめる。

「訊いてもいいかしら?」

「はい?」

泰史はアイスティーのグラスを両手で持ったまま椅子の背もたれから上半身を起こし、ジェニーを見た。

「あなたはマゾヒストとしてハードな方なの?」

泰史はじっと見つめられながらそう訊かれ、俄に緊張しながらこたえた。

「よくわかりませんが、鞭によるスパンキングや女性に跪く事はかなり好きです」

「経験は? もうマゾとして長い?」

「短くはないと思います」

「そう……じゃあ、どうしても駄目という項目はある? たいていのセッションには耐えられるのかしら?」

「もちろん最大限の努力をします」

「フフフ、わたしもスパンキングはかなり好きなのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、どこかに吊るして鞭を打っていると、エクスタシーを感じるくらい。打ってもいいかしら?」

「もちろんです。いや、是非、お願いします」

泰史は無意識のうちに身を乗り出しながらそうこたえていて、そんな泰史を見てジェニーは小さく笑った。そして、煙草を消し、グラスをテーブルに置くと、立ち上がり、「ちょっと来て」と泰史を窓辺へと促した。

「はい」

グラスをテーブルに置き、泰史も腰を上げた。ジェニーは、開け放したガラス戸からテラスに出た。広いテラスだった。籐の椅子とテーブルのセットなどが置かれているが、スペースには充分余裕がある。そして傍らに泰史が立つと、ジェニーは言った。

「セッションは主にここでやるの。ほら、あそこを見て」

天井の一点をジェニーが示す。そこには、金属製のフックが取り付けられている。

「たとえば、あそこに奴隷を吊るしたり」

テラスにはガス灯を模したようなランプがいくつか灯っていて、仄かに明るく、そして夜の空気が涼しかった。ジェニーが、更にテラスを支えている太い支柱を示す。

「あの柱も使えるの、縛り付けて後ろからディルドで貫いたり。もちろん、奴隷に飽きたら下へ連れて行って、そのまま森の木に吊るして放置しておく事もできる」

家の周囲に広がる深い木立を手のひらで示してジェニーは笑った。泰史は生唾を飲み込みながらジェニーの説明を聞いていた。並んで立つと、常にジェ ニーのつけているブルメリアの香水の匂いが強く漂い、ふと隣に立つ彼女を覗き見ると、その肩は泰史の目線よりも高い位置にあった。その視線を感じたのか、 ジェニーがふと泰史を見下ろした。

「おまえは、わたしの奴隷なのよ」

じっと泰史を見つめてジェニーが言う。冷たい視線が降り注ぐ。その目には、いつしかサディストの暗い光が射している。泰史は体を固くしながらこくり と頷いた。その俯いた泰史の顎にジェニーが左手の手のひらを添え、くいっと上を向かせて目を合わせながら、「返事は?」と冷たい口調で訊き、右手で強くビ ンタを張った。泰史は「すいません、ミストレス」と完全に硬直しながら恐る恐るジェニーの顔を見上げた。すると、唇が片方だけ引き攣るように吊り上がって いて、瞳には苛立ちの感情が浮かび、その奥には侮蔑の色が滲んでいた。

「すいませんじゃなくて、おまえは奴隷なの。だから、それをちゃんとわかっているのかと訊いているのよ」

ジェニーは苛立たしげに言って泰史を睨み、おもむろに右手を泰史の股間に伸ばした。そして、既に勃起していたペニスを掴み、更に陰嚢を下から包み込 むようにして持つと、その手に力を込めて、そのままぐいっと持ち上げた。泰史は慌てて爪先立ちになりながら、「イエス、ミストレス」とこたえ、続けて言っ た。

「僕はジェニー様の奴隷です!」

「わかっていればいいのよ」

鼻で笑い、ジェニーは泰史の股間から手を離して解放した。泰史は漸く踵を床につけることができた。そして、すかさずその場に跪き、ジェニーを見上げて言った。

「ジェニー様、奴隷としてのトレーニングをよろしくお願いいたします!」

そうして額を床につける。ちらりと前方を覗くと、ジェニーの銀色のサンダルが見えた。艶やかなペディキュアの爪が艶かしい。その爪先がゆっくりと迫ってきて、顎の下に入れられた。泰史はそのまま顔を持ち上げられ、再びジェニーを見上げる。

「奴隷の分際で服を着たまま挨拶? いつのまにか奴隷の身分も向上したものね」

ジェニーは平坦な口調でそう言うと、足を顎の下から離し、その底を泰史の顔に押し付けた。泰史は「すいません」と謝罪したが、ジェニーは無視し、鼻や口をそのまま踏みにじりながら、言った。

「じゃあ、わたしはシャワーを浴びて着替えてくるから、おまえはここで裸になって待っていなさい」

「はい」

踏まれたまま泰史はこたえた。するとジェニーは足を離し、そんな泰史を冷ややかに見下ろした後、無言のまま踵を返して室内へと戻っていった。

唐突にひとりになった泰史は、家の外に広がる闇の濃密さに押し潰されそうになった。外に張り出しているテラスには、森の闇がそのまま迫っていた。リビングの方を見たが、ジェニーの姿はなかった。ときどきどこかで夜の鳥が鳴いていたが、それ以外はほとんど無音だった。

泰史は立ち上がり、手早く服を脱ぎ始めた。そして靴も脱いで裸足になり、一糸纏わぬ全裸になると、脱いだ衣服をまとめてテラスの隅に置き、元と同じ 場所で正座をした。ジェニーは、シャワーを浴びてから着替えてくると言っていたから、そんなにすぐには現れないだろうが、裸になると、跪いている方が落ち 着くのだった。それはマゾの性なのかもしれなかったが、夜の闇の中で手持ち無沙汰な様子で立ち続けていることに、妙な違和感があるのも事実だった。

時計がないので時刻は全くわからなかった。最後に意識して時計を見たのは、いつだっただろうか、と考える。夕食がてら散歩をしてホテルに戻ったの が、確か八時頃だったような気がするが定かではない。だいたい、ハワイに来てから、時計には縛られない生活を送っているので、時計で時刻を確認するという 習慣がなくなっているのだ。いずれによ、深夜だろう、と泰史は思った。そろそろ零時くらいかもしれない。夜明けまであと五、六時間といったところだろう か。

しかし、一晩千ドルとはいうが、厳密には何時から何時までなのか、全然わからない。そもそもオールナイトというその言葉の通り、一晩中セッションが 続くのか、それとも適当なところで終わるのか、何もわかっていない。しかも、ここは全く知らない場所だし、深い山の中なのだ。ジェニーに送ってもらわない ことには帰ることすらできない。

そんなことをつらつらと考えていると、やがてリビングに人の気配がして、見ると、着替えを終えたジェニーが立っていた。これまでのピンクのタンク トップに白いミニスカートといういでたちは全く違う、いかにも「ミストレス」にふさわしいファッションだ。肩紐のないコルセット風のトップに、小さなハイ レグのショーツ、そして膝丈の踵の高い編み上げのブーツ。それらは、すべて黒の革で、ただでさえ素晴らしいプロポーションが、更に魅力的に強調されてい る。突き出した胸は大きく、腰はくびれ、脚は肉感的で長い。そしてブーツの踵が十センチはあるようで、いっそう長身に見えた。手に、長い一本鞭を持ってい る。まさに美しきポリネシアン・ミストレスだ。

その姿に、泰史はトキメキを隠せなかった。小麦色の肌に黒革の衣装がとても映えていた。白人とも黒人とも、もちろん日本人を含むアジアンとも、全く雰囲気が違う。独特だ。泰史は跪いたまま痴呆のように見蕩れた。

ジェニーがテラスに出てきて、近づくと、強くプルメリアの香りが漂った。そしてジェニーは、跪いて床に両手をついたまま見蕩れている泰史の前に立つ と、腕を組み、下等な生物を見下ろすように侮蔑の視線を注いだ。その目に、たちまち泰史の股間が反応する。見る間にマックスまで反り返り、その変化をジェ ニーは冷ややかに小さく笑う。

「黄色い猿が発情してるわ」

そう言って尖ったブーツの先端で泰史のペニスをつつく。泰史は、しきりに唇を舐めながら「すいません、ミストレス」と声を若干震わせながら言い、 ジェニーの爪先が退かれてから上体を屈み込ませると、両手を改めて「八」の字に置き、腋を締めて小さく体を丸めて「従順」であることを体で示しながら額を 床につけた。

「ジェニー様、奴隷のトレーニングをよろしくお願いいたします」

その泰史の後頭部をジェニーが踏む。その重みに、泰史は歓喜する。そしてジェニーは足を下ろすと、いったん近くの椅子に座り、泰史が向きを変えて跪き直すと、命じた。

「一階のガレージの、入ってすぐのところの棚に大きなスーツケースがあるから、それを持ってきなさい」

「はい」

静かに立ち上がろうと泰史が腰を上げると、ジェニーは手を叩いて「早く!」と急かした。

「はい!」

急いで立ち、そのまま走って階段へ向かった。薄暗くて足元は覚束なかったが、泰史は階段を一段飛ばしで駆け下りた。ガレージに着くと、確かに入って すぐの右手に天井まで届く高い棚が設えられていて、その一番下の棚にスーツケースがあった。それは飴色に退色した革製の古い型のスーツケースだった。大き くて、角張っていて、ベルトは微妙に反り返り、金具は真鍮だった。持ち上げると、ずっしりと重かった。

泰史はそれを持ち、二階へ戻った。もちろん、階段は下りてきたときと同じく一段飛ばしだった。

テラスに戻り、泰史は息を切らしながらジェニーの前で跪き、スーツケースをその足元に置いた。ジェニーは脚を組み替え、煙草を咥え「火」と泰史に 言った。泰史は、「失礼します」とジェニーににじり寄り、テーブルの上のライターを取って点火すると、それを煙草の先に近づけた。ジェニーが息を吸い込ん で火を移す。その唇の動きを間近で見守りながら、泰史は心底から「美しい」と思った。

煙草に火がつくと、ジェニーは手で泰史を払い、指先に煙草を挟んだ手で足元のスーツケースを示した。

「開けなさい。鍵はかかってないから」

「はい。失礼します」

泰史は尻を浮かし、スーツケースのベルトを外して蓋を開けた。すると中には、SMのための道具がぎっしりと詰まっていた。バラ鞭や乗馬鞭やスパンキ ングラケット等各種の鞭、手錠や足枷、乳首を挟む金属製のクリップ、太い蝋燭、首輪、鎖、顔面に装着するタイプのフック、太さの違うペニスバンドが三点、 ディルドも数種類あった。綺麗に巻かれたロープや、ペニスを拘束するための革製の枷、更にはペニス用の首輪のようなリングとリードなども入っている。そし て体に装着するタイプの道具には、すべて鍵が付いていて、マスターキーらしい金色の鍵が、スーツケース内側のストラップにぶら下がっていた。その鍵を見つ めている泰史の視線に気付いて、ジェニーが言う。

「たとえ途中で奴隷が調教に耐えられなくなって逃げ出しても、自分では外せないように、首輪とか手錠とか、すべての拘束器具には鍵をかけるの。それを外す権利を持っているのは、支配者であるわたしだけ。素敵でしょう?」

小首を傾げて微笑みながらジェニーは泰史を見つめた。泰史は、「はい、素敵です」とこたえた。

「では、早速おまえを奴隷らしい姿にしましょう」

ジェニーはそう言うと、煙草を消し、椅子に座ったままスーツケースに屈み込み、まずは首輪を中から取り出した。そのとき、たわわな胸のふくらみとそ の谷間が泰史の視界を占めた。泰史は唾を飲み込み、「なんて柔らかそうなのだろう」と思った。そんな泰史の思いなど完全に無視してジェニーは首輪を持つ と、「いらっしゃい」と人差し指を立てて動かし、泰史を呼んだ。泰史は「はい」と頷き、跪いたままずりずりと前進して、頭を前へ差し出した。

「お願いします」

「フフ、基本的な調教はできているみたいね。日本の女王様に躾けられているのかしら?」

ジェニーは小さく笑い、両手を泰史の首に回して、首輪を装着した。その時、長い栗色の髪がさらりと泰史の顔を撫で、覗くと、視界の隅にジェニーの腋 が見えた。泰史は身を固くしながら、首輪が装着され、それがロックされるまでほとんど息を止めていた。ジェニーはその首輪のフックに鎖を付けてから、ひと まずそのリードの端は床に落とし、続いて顔面を拘束する顔枷を手に取った。それには、鼻を上へ引っ張り、口にギャグを押し込めるようフックが取り付けられ ていたが、ジェニーは「喋れなくなるとつまらないわね」と独り言のように言って、鼻フックだけを使った。泰史の鼻の穴にそれぞれフックが差し込まれ、その まま引っ張り上げられる。たちまち豚のような顔になり、ジェニーはそのベルトにもバックルの部分で鍵をかけた。

そして更に、鎖で繋がっている小さな金属製のふたつのクリップを持つと、それでひとつずつ泰史の乳首を挟んだ。バネが強力なのか、挟まれた瞬間、泰 史はあまりの痛みにビクンと体を弾ませた。それを見たジェニーが笑いながら「痛い?」と訊き、ついでにそのふたつを繋いでいる鎖の中間部分を摘んで引っ 張った。

「ぎゃあ!」

たまらず泰史は絶叫し、上体をのけぞらせた。その拍子に、更に乳首が引っ張られてしまい、泰史の目に涙が滲んだ。そんな泰史の頬をジェニーが張る。

「うるさいわね」

「すいません」

何度も目を瞬かせ、歯を食いしばって刺すように痺れる痛みに耐えながら、泰史は謝罪する。しかし、その謝罪に対するジェニーの反応はない。ジェニー は、無感情のまま「手」と命じ、泰史が両手を揃えて差し出すと、短い鎖で繋がっている革製の手枷を巻いた。もちろん、鍵をかける。

そこまで済むと、ジェニーは「立ちなさい」と命じ、泰史は立ち上がった。すると、ちょうどジェニーの前に勃起したペニスが突き出される格好になっ た。そのペニスをジェニーは指先で弾き、革製のコックボンデージを茎の部分に装着し、更に付属するベルトを陰嚢にも回して睾丸をひとつずつ絞り出すと、三 カ所のバックル部で完全にロックした。その結果、股間の異物感が極限まで強調され、剥き出しの亀頭が、軽く鬱血したみたいに赤紫色に染まって膨張する。 ジェニーは、その膨らんだ亀頭を尖った爪の先でつつき、パックリと開いた尿道口に小指の爪を差し込んで動かした。泰史は叫びたいくらいの痛みを感じ、実際 に絶叫しそうになったが、まだ叱られたばかりなので拘束されているために窮屈な顔を無理やり顰めさせて歯を食いしばりながらじっと耐えた。そんな泰史の表 情を、ジェニーは下から仰ぐように見て、「学習能力はあるのね」とさらりと言い、尿道口から爪の先を離すと、亀頭のすぐ下の部分に細いベルトを巻き、その フックに細い鎖のリードを付けて、くいっくいっと試しに引っ張った。その度に、泰史は腰を突き出し、ジェニーはその動きに軽く笑った。

「とりあえず、これくらいでいいわね」

ジェニーは満足げに言い、マスターキーをペンダントのように自分の首に掛けてから、床に落ちている首輪のリードを拾うと、ペニスのリードと一緒に左 手で持ち、右手に鞭を持って立ち上がった。そして、泰史を見下ろし、「そのケースの中の短い鎖を持ってついてきなさい」と命じた。

「はい」

泰史は腰を屈めてスーツケースの中からそれを拾おうとしたが、その瞬間にはもう、ジェニーが短く持った二本のリードをぐっと持ち上げて歩きだしていたため、泰史の動きは中途半端な体勢で留められ、上方へと引き戻された。

「何やってるの?」

泰史のノロマな仕草をジェニーが咎め、苛立った彼女は膝を泰史の下腹部に叩き込んだ。

「うぐっ」

泰史は呻いて体を折った。今度はリードが緩められていたため、抵抗がなかった。そのままたまらず体を折ると、泰史は無意識のうちに下腹部を両手で押さえながら更に屈み込み、スーツケースの中から鎖を取った。そして、いきなり引っ張られた。

「いらっしゃい」

「はい」

下腹部の痛みは続いていたが、泰史はジェニーに引かれてテラスを進んだ。リードの長さは一メートルほどなので、それがピンと張らないよう、泰史は ジェニーの後ろ姿に接近して歩いた。そのため、常に視界には彼女のTバックの尻が揺れていて、その引き締まりつつも豊かな双丘に泰史の目は釘付けだった。

やがて、天井に取り付けられたフックの下まで来ると、ジェニーは二本のリードを手すりの支柱のトップに引っ掛けてから、泰史が持っている鎖を受け 取った。そして、それを手枷を繋ぐ短い鎖の中央部分のフックに取り付けると、「両腕を上へ」と泰史に言った。それに従い、泰史は拘束されている両手を精一 杯上へ伸ばした。ジェニーは、泰史にその体勢を保つように命じ、近くにあった椅子を引き寄せると、その座面に上った。そして、泰史が爪先立ちになるまで鎖 を引っ張り、フックに引っ掛けた。椅子から下り、それを遠ざけてから、泰史の前に立ってまじまじと見下ろす。泰史は、腕を上に上げて短い鎖で垂直方向に、 首輪とペニスのリードを水平方向にそれぞれ引っ張られながら、完全に無抵抗な体勢だった。しかも、爪先立ちになっていて、踵が下ろせないので、ひどく不安 定だ。そんな体勢で美しい支配者に見下ろされ、泰史の内部ではマゾヒストとしての血が沸騰していた。そのマゾの目をジェニーが覗き込む。

「おまえはスパンキングが好きだったわね」

怯えた目でジェニーを見つめ返し、声を震わせながら泰史は小さく頷く。

「イエス、ミストレス」

「わたしも、奴隷を鞭打つのは好き」

ぞっとするほど冷酷な笑みを浮かべてジェニーは言い、そのまま数歩だけ後ずさると、泰史と距離を置いた。そして一度、長い鞭をヒュンと唸らせてバ シッとテラスの床を打ってから、その黒い蛇のような先端を優雅に操り、泰史の体を一閃した。鞭がしなり、泰史の体の肩口から脇腹にかけて打ち据える。痺れ るような痛みが泰史の全身を電流のように駆け抜けた。

「うぎゃああ」

泰史は絶叫した。それを見て、ジェニーは薄笑いを浮かべ、更に連発で鞭を叩き込んだ。鞭はまるで生き物のように泰史に襲いかかり、その自由な鞭は、右から左から、上から下から、情け容赦なく叩き込まれた。たちまち泰史の体には無数の跡が赤く刻まれていく。

泰史は鞭の洗礼を受ける度に絶叫し、体を大きく揺らした。しかし、体をよじれば、三点で固定している鎖のせいで必ずどこかの方向へ引っ張られ、その 接続部分に痛みが走った。前方へ揺れれば手首が痛むだけだったが、大きく後方へ仰け反れば、三点すべてに負荷がかかって引き裂かれそうになった。

静かな夜の闇の中に、鞭が空気を裂き、泰史の体にヒットする音と絶叫が響き渡った。ジェニーの鞭もまるで遠慮がなかったが、泰史の絶叫も同じだっ た。泰史はまるで生まれたばかりの赤子のように、本能の赴くままに叫び続けた。泰史は、十発くらいまでは叫びながらも頭の中でヒット数を数えていたのだ が、それから先は、もうそんな余裕は完全に無くなった。鞭はひたすら降り注ぎ、泰史はその雨に溺れた。息があがり、汗が噴き出し、体が熱くなってきた。

鞭は、胸元や腹など上半身の正面だけではなく、腕や背中や腰、更にはペニス周辺や尻や太腿や膝より下の部分にも満遍なく振り下ろされた。特に、打ち やすい上半身の正面を除けば、尻への鞭が執拗だった。ほんの数分で、泰史の尻は真っ赤に染まった。縦、横、斜め、と鞭の跡が無数刻まれた。

「どうなの? 嬉しいの?」

いつしかうっすらと汗を浮かべ、ほんのりと上気した顔で鞭を振るい続けながらジェニーが泰史に訊く。泰史は鞭を浴び続けながら、陶酔した表情で何度も何度も大きく頷く。

「嬉しいです。僕はジェニー様に鞭を打っていただけて、とても嬉しいです」

そうこたえる泰史のペニスは限界まで勃起している。しかも革のベルトで締め付けられているため、亀頭は今にも破裂するのではないかと思えるくらい膨張している。開いた尿道口から、途切れることなく粘り気のある透明な液が溢れ続けていて、床へと糸を引いて垂れている。

やがてジェニーは「ちょっと疲れた」と言って鞭を止め、泰史を吊るしたまま椅子に座った。泰史は汗をかき、肩で息をしながら、ようやく一息吐くこと ができた。夜の風が吹き、濃密な樹木の香りが全身を包み込む。木や土の匂いだけではなく、その夜の息吹の中には甘い花の匂いもあった。それは、ジェニーが つけているプルメリアの香水とは違ったが、何の花の匂いなのか泰史にはわからなかった。

体中が熱を帯びていた。鞭で打たれた部分と手枷によって擦れた手首が、じんじんと痛んだ。泰史は無防備に吊られたまま、縋るような目でジェニーを見た。

「何?」

ジェニーは無力な小動物を憐れむような視線を泰史に向けて首を小さく傾げる。泰史は怯えきった囚われ人の如く「いえ、何でもないです」と小声でこた えた。すると、ジェニーはフンと鼻を鳴らして脚を組み、煙草に火をつけた。そして、ゆっくりとそれを吸い終えると、立ち上がって泰史に近づいた。

「喉が渇いたから、飲み物を取ってきなさい」

「はい」

ジェニーは椅子に乗って天井のフックから鎖を外し、泰史を解放した。泰史は安堵しながら踵を床につけて立つと、両手を下ろし、痺れ始めていた上腕を解すように何度か腕を肩から回した。ただし短い鎖で繋がれた手枷は外されていないので、そんなに自由は利かない。

「冷蔵庫の中にパイナップルジュースの壜があるから、それとグラスをひとつ持っていらっしゃい。グラスは冷蔵庫の横の棚にあるわ」

「わかりました」

泰史は首輪とペニスのリードをぶら下げたまま小走りでテラスからリビングに入り、そこを突っ切ってキッチンまで行くと、巨大な冷蔵庫の扉を開けた。 すると、その中に、ラベルにパイナップルが描かれた壜があり、泰史はそれを持った。冷たい。続いて、ドアを閉め、隣の棚から大きなグラスを取り、不自由な 両手でそれらを持つと、急いでテラスまで戻る。

「取って参りました」

泰史はジェニーの前のテーブルに壜とグラスを置き、首輪とペニスのリードをジェニーに手渡して起立し、訊ねる。

「お注ぎいたしましょうか?」

「当たり前でしょ」

ジェニーは脚を投げ出すように組んだまま睨むように泰史を見る。

「失礼いたします」

泰史は壜のキャップを取り、それを持つと、中身をグラスになみなみと注いだ。甘酸っぱいフレッシュなパイナップルの香りがテーブルの周囲に充満する。

「どうぞ」

グラスをジェニーの前に置き、壜のキャップを閉じて泰史はその場に跪いた。ジェニーは、二本のリードを左手だけでまとめて持つと、泰史の顔の前に ブーツの爪先を突きつけるように投げ出したままグラスに手を伸ばし、半分ほどを一息に飲んだ。その様子を、極限まで喉の渇きを感じている泰史は、ついつい 物欲しげに見つめてしまった。そんな泰史に気付いたジェニーが、「おまえも飲みたいの?」と静かな口調で訊いた。泰史は俯き加減で目だけをジェニーに向け て控えめに見上げながら、「よろしければ、いただきたいです」と遠慮がちに言った。するとジェニーは「ふうん」と頷いた後、泰史の頬を強く張った。

「奴隷の分際で支配者と同じものを飲みたいですって?」

冷ややかに睨み、ジェニーはそう言うと、もう一発ビンタを張ってから、泰史の顔に唾を吐いた。

「おまえは一体何様なの?」

「申し訳ございません!」

弾かれたように泰史はひれ伏し、床に額を擦り付けた。すると、その顎の下にブーツの爪先が差し込まれ、泰史はそのまま顔を持ち上げられた。そしてジェニーに髪を無造作に掴まれ、引っ張り上げられる。

ジェニーは、泰史の髪を掴んだまま、上体を若干屈み込ませ、その顔の間近まで自らの顔を接近させると、苛立ちを表すように眉間に皺を寄せ、数センチ の距離から泰史の瞳を覗き込んだ。泰史はジェニーの温かい唾が頬を伝っていくのを感じながら彼女の視線の圧力に怯え、両手を軽く握って膝の上に置いたまま 硬直する。そして、じっと瞳の奥を凝視したまま、ジェニーが静かに言う。

「でも、わたしの強い鞭をあれだけ頑張って受けたし、特別に飲ませてあげるわ」

髪を離し、ジェニーはまだ半分ほどジュースが残っているグラスをテーブルから取った。泰史は期待に充ちた目でその冷たそうなグラスを目で追う。

「少し上を向いて口を大きく開けなさい」

グラスを持ったままジェニーが命じ、泰史はその命令に従って大きく口を開けながら首を反らした。その目の前に、ジェニーがジュースのグラスを掲げる。泰史は口を開けたまま、パイナップルジュースを視界の隅で捉え続ける。冷たくて美味しそうだ。思わず唾を飲み込んでしまう。

「もっと近くに来なさい」

ジェニーが首輪とペニスに繋がっている二本のリードを同時に引っ張った。

「すいません」

泰史は前へつんのめりながら、跪いたまま前進した。そして改めて顔を上げると、ジェニーはジュースのグラスを自分の口へと運びつつあった。それを見て、泰史は、ああ、と落胆しながら思った。ジェニーが、そんな泰史に、「口を開けていなさい」と命じる。

泰史は口を開けながら、目だけでグラスの行方を追った。ジェニーは、ジュースを口に含み、泰史を見つめながら、まるでうがいでもするように口の中で クチュクチュとジュースを弄び、更にリードを引いて泰史を引き寄せると、その開いたままの口へ、自分の口の中のジュースを注ぎ込んだ。

生温かく甘いジュースが泰史の口を満たし、喉を下っていく。その甘美な味覚に泰史は震えながら、ごくごくと飲み干した。世の中にこれほど美味しいジュースが存在するのか、と思った。そのジュースを陶酔しながら飲んでいる泰史に、ジェニーが訊く。

「美味しい?」

「はい! とても美味しいです!」

泰史は大きく頷いた。そんな泰史を見てジェニーは蔑むような微笑を浮かべ、グラスの中の残りのジュースを自分で飲み干した。そして空になったグラスををテーブルに戻し、新しい煙草に火をつけると、泰史の目の前にブーツを突き出した。

「さすがに裸足でブーツを履いてあれだけ鞭を打ったら、ちょっと蒸れちゃったみたい。脱がせてくれる?」

「はい、喜んで!」

泰史は左手でブーツを持ってジェニーの右脚を支えると、そっと自分の足の上に置き、編み上げブーツの紐を解き始めた。ブーツの踵の側面が、敏感になっている亀頭に触れて、泰史のペニスがそそり立つ。

泰史はまず蝶々結びになっている結び目を解くと、少しずつ紐を引っ張って緩めていく。そうしてブーツと脚の間に空間が生まれ始めると、俄に甘酸っぱ くて温かい芳香が立ち昇り始める。泰史は一心不乱に紐を緩めていき、おおかた広げ終えると、「失礼します」と言って静かに脚からブーツを引き抜いた。そし て、脱がせたブーツを傍らに置いた後、改めてジェニーの足を両手で踵を包むようにして掲げ持つ。温かい香気が鼻を打ち、泰史は生唾を飲み込みながら、超至 近距離からジェニーの爪先を凝視した。

それは、完璧な足だった。爪も綺麗に切りそろえられていて、角質の類いは一切なく、小麦色の肌は滑らかで、しっとりと吸い付くようだった。思わせぶ りにジェニーが足の指を蠢かせた。ペディキュアの塗られた爪が、宝石のように輝く。泰史はたまらず、恐る恐るジェニーを仰ぎ見て、「ご奉仕させていただい てもよろしいですか?」と訊ねた。するとジェニーは「いいわよ」と笑った。

「ありがとうございます!」

泰史は歓喜を爆発させ、いっそう高くジェニーの爪先を持ち上げると、半眼になって香気を胸いっぱいに吸い込んで堪能した後、「失礼いたします!」と その爪先部分の裏側に鼻を押し付け、足の裏に舌を這わせた。そして、まずは親指に舌を伸ばし、入念に舐め回した後、口を窄めてぱっくりと含み、まるでペニ スでもしゃぶるかのように首を振って咥えながらせわしなく唇をスライドさせ、更に舌を動かしてあらゆる部分をしゃぶり尽くしていく。指の間にも丹念に舌を 差し込み、一本ずつ移動していった。静かな夜の中に、泰史が指をしゃぶり続けると音と、その興奮して激しくなった息遣いだけが漂う。

やがてすべての指を一本ずつしゃぶり尽くした泰史は、足の裏を垂直に掲げ持って顔を擦り付けた。思わず知らず泰史は膝立ちになっていて、ジェニーの足を中空で固定したまま、自らが動いて顔全体でその足の裏の温もりと感触に溺れていく。

「ああジェニー様のおみ足……本当に素晴らしいです」

半ば以上目を閉じ、柔らかい足の裏の感触に顔を埋めて酔い痴れながら、泰史は手のひらをしきりに脹脛あたりに這わせつつ、うわ言のように呟いた。ジェニーは、そのように奴隷に足を与えながら、まだブーツを履いている方の脚を泰史の股間に載せ、踵でペニスを刺激し続ける。

「ああジェニー様」

泰史は顔面と股間を包み込む夢のような感触に、思わず上体を反らせて陶酔した。そんな泰史を咎めるように、ジェニーが冷静に言う。

「ちょっと、片方の足だけでやめるつもり?」

「あ、申し訳ございません」

泰史はふと我に返り、そっと右足を自らの膝の上に置くと、「こちらのおみ脚も、失礼いたします」とまだブーツを履いているジェニーの左脚を持った。 そして、右足と同じように慎重にブーツを脱がし、同じ手順で奉仕していく。それらはすべて同じ作業で、繰り返すだけだったが、泰史の中には新鮮な幸福と感 動が変わらず湧き起こった。

長い時間をかけて両足への奉仕が終わる頃には、泰史の舌は軽く痺れかけていた。しかし、それは幸福な痺れだった。強すぎる香気に包まれ続け、翻弄さ れ続けたため、嗅覚も若干麻痺しつつあったが、泰史は全く不満ではなかった。むしろ、泰史は至福の時を延々と享受できたことに最大級の恍惚と歓喜を味わっ ていた。

そうしてひとまず奉仕が終了すると、ジェニーは泰史へと繋がっているリードを手から離し、「もうブーツはいいわ。代わりに、玄関のところにサンダルがあるから取ってきて」と命じた。

「はい」

そうこたえて泰史が腰を上げようとすると、ジェニーが制した。

「今度は奴隷らしく四つん這いで取りにいきなさい。そして、サンダルは口に咥えて戻っていらっしゃい」

「はい」

泰史は、首輪とペニスのリードをじゃらじゃらと引きずりながら、不自由に繋がっている両手を前につき、手のひらと膝でテラスを前進した。そして広い テラスの端にある玄関まで行くと、そこには数種類のサンダルがあり、泰史は四つん這いのまま振り返ると、椅子に座ったままのジェニーに訊いた。

「どのサンダルでもよろしいですか?」

「何でもいいわ」

パイナップルジュースを新たにグラスに注いで飲んでいたジェニーは、適当にこたえた。

「わかりました」

泰史は、いくつかあるサンダルの中から、ハイビスカスの飾りが付いた赤い革のサンダルを選ぶと、そのストラップの部分を口で咥えた。そして、歯形をつけてしまわないように唇で挟むと、そのままジェニーの元へ戻った。

「お持ちいたしました。このサンダルでよろしいでしょうか」

「なんでもいいわ」

ジェニーは興味なさそうに言い、「履かせて」と足を泰史に突きつける。

「失礼いたします」

泰史は跪き、二本のリードをジェニーに渡してから、彼女の足を持ち、まずは右足からサンダルを履かせ、ホック式のストラップで足首を固定し、それを左足にも繰り返して、全てが完了してから両足を揃えて床に下ろした。

「よろしいでしょうか」

「ええ」

ジェニーは素っ気なく言うと、リードを持ったまま、つと立ち上がった。そして泰史を見下ろし、「ちょっと下へ行くわよ」とリードを軽く引いた。

「四つん這いのままついていらっしゃい」

「はい」

泰史の返事を待たずにジェニーは歩きだし、階段へと向かった。引きずられるように泰史も四つ足で歩きだし、首輪とペニスで引かれながら黙々と進む。

階段では、数段離れてジェニーの後を追った。近づき過ぎればぶつかってしまうし、離れ過ぎれば引きずられてそのまま転落しそうになってしまって危険だし、丁度良い距離を保つことが難しかったが、なんとか一階まで四つん這いの体勢を保ったまま泰史は降りることができた。

そして、一階へ辿り着くと、ジェニーは泰史を引いて建物から離れた。敷地内は土の地面が剥き出しのため、手のひらと膝で進む泰史にとっては難儀な進 路だったが、ジェニーは気にもとめず、ずんずんと進んだ。そしてもうすぐ森が始まるという開けた敷地の際まで来ると、ジェニーは丈の低い草むらの中で漸く 足を止めた。その頃にはもう、泰史の手のひらや膝頭には小石や固い土の欠片やらがぎっしりと食い込んでいた。幸い、皮膚は剥けていなかったが、泰史はお座 りの姿勢で止まると、すぐに素早く手のひらを払った。膝は、跪き続ける以上、払ってもまた体重をかけてしまうし、そのままにしておいた。

暗い草むらの中に佇むと、樹木の香りが濃密だった。涼しい風が吹き、葉がざわめく。

「ねえ」

ジェニーの声がして、泰史は傍らに立つ彼女をお座りの体勢のまま振り仰いだ。

「おしっこしたくなっちゃったんだけど、飲む?」

泰史の瞳をじっと見つめてジェニーが訊く。泰史は背筋をピンと伸ばし、言った。

「もちろん、いただきたいです!」

「そう。じゃあ、さっきみたいに口を開けて」

「はい!」

泰史はジェニーの足元で向かい合って跪き、大きく口を開けた。ジェニーは、ショーツを下ろし、若干しゃがみ気味になりながら泰史の顔を跨いだ。泰史 の目の前に、ジェニーの股間が迫る。ヘアは薄めで、その奥の亀裂は夜目にもピンクに艶めいていた。泰史は、両手を膝の上に置いたまま、自ら首を伸ばし、更 に反らせて角度を調整し、顎を突き出し、唇を受け口にした。

「どうぞ、便器としてお使いください」

「ちゃんと飲みなさいよ」

「はい!」

やがてジェニーの股間から金色の雫が溢れ出した。それは次第に勢いを増し、一直線に泰史の口の中へと注ぎ込まれた。泰史はひたすらそれを飲んだ。 ジェニーの聖水は、仄かに甘く、フルーティーなフレーバーだった。ただし、口を開けたまま延々と飲み込み続けることは難しいため、一定の間隔で口を閉じて 飲み下さなければならず、その僅かな瞬間に迸り続ける聖水は泰史の顔面を濡らした。それでも泰史は必死に喉を鳴らしてごくごくと飲んだ。

じきに勢いが弱まり、とうとう止まった。亀裂は濡れ、陰毛の先端にとまった雫が煌めいている。それを間近で見つめる泰史は、たまらず絶叫した。

「ジェニー様、どうか、どうか、僕の舌をトイレットペーパーとしてお使いください!」

「いいわ、綺麗にして」

「はい、喜んで!」

泰史は首を精一杯伸ばし、ジェニーの股間に顔を埋めた。亀裂に吸い付き、執拗に舌を伸ばして舐め、陰毛も口に含んで付着している雫を啜った。そんな 時間が延々と続いた。やがて、そうしているうちに、泰史の内部で射精への激しい衝動が爆発した。泰史は、ひたすら高速で舌を動かし続けていたが、そのうち に我慢ができなくなり、股間からジェニーを見上げて懇願した。

「ジェニー様、お願いでございます。このままマスターベーションのご許可を!」

ペニスに装着された拘束具のため、いくら泰史が扱きたいと思っても、その願いは絶対にかなわない。ジェニーは、冷ややかに泰史を見下ろし、言う。

「べつにいいけど、抜いたからといって休憩はないわよ。おまえが精液を出そうが、我慢し続けようが、調教は続くわよ?」

「構いません! ジェニー様の亀裂に御奉仕しながらマスターベーションできるなら、そのまま死んでも構いません!」

「そう。だったら勝手に出しなさい」

ジェニーはいったん泰史を後退させ、しゃがむと、無造作に泰史のペニスを持ち、首に掛けていたマスターキーで拘束具を外した。そして再び立ち上がると、泰史の顔の前に股間を突き出した。

「お舐め」

「ありがとうございます!」

相変わらず両手は短い間隔で繋がれたままのため不自由だったが、泰史は腰を浮かせてジェニーの股間に吸い付くと、フンフンと鼻を鳴らして顔全体を押 し付け、亀裂の内部深くに舌を差し込みその内側を舐めながら、自らの股間でいきり立っているペニスを握り、猛然と扱き始めた。ジェニーは二本のリードを短 く持ち、泰史の顔に座りながら、その髪を掴んでバランスを取り続けた。

ジェニーの股間からはフルーツのような甘く官能的な香気が立ち昇り、溶けたビンクの亀裂からはさらさらとした蜜が溢れ続けていて、泰史はそのすべてを享受した。甘い香りに包まれて陶酔し、夢中になって蜜を啜り続ける。

じきに泰史は強烈な放出の胎動に衝き動かされ、手の動きを加速させた。そして、いっそう深くジェニーの亀裂の奥へ舌を差し込み、首をいっぱいに伸ば して強く吸い付きながら、「ああああ」とくぐもった声を漏らして盛大に射精した。その瞬間、泰史の体は小さく痙攣し、ジェニーの股間に密着したままフリー ズした。ペニスの先から噴射された濃密な白濁液は弧を描いて暗い虚空を飛び、夜の光に煌めきながら草むらに落下した。

ジェニーは、泰史が射精を果たした気配を感じ取ると、すかさず髪を掴む手に力を込めて股間から泰史の顔を引き剥がし、ショーツを履いてから、尚も屹立しているペニスをサンダルの底で踏んで地面に押し付けた。そして、煙草を踏み消すみたいにそのまま力を込める。

「射精しても休憩はないし、調教は終わらないと言ったはずよね」

地面にペニスを押し付けられたため、射精の余韻に浸る暇もなく、そのざらざらとした感触に痛みを覚え顔を顰めている泰史を見下ろしてジェニーは言 い、続けざまに往復ビンタを浴びせてから、ペニスを踏みつけたまま首輪に繋がっているリードを上方へといっぱいに引っ張った。泰史は体が引き裂かれそうに なって絶叫しながら、大きく背中を反らした。細かな砂利や小石が敏感な亀頭や茎に食い込み、早くも射精の快感は霧散し、泰史は脂汗を滲ませながら全身を硬 直させた。

「お許しください」

涙声になって泰史は哀願した。

「許す? 射精を望んだのはおまえ自身でしょ? いったん出してしまったら、その後の調教が辛くなることくらい、おまえほどのマゾヒストならわかっていたんじゃないの?」

「は、はい……その通りでございます。し、しかし……」

「しかし? おまえ、奴隷の分際でわたしに言い訳するつもり?」

「いいえ、とんでもありません」

完全に怯えきって泰史は大きく首を横に何度も振った。そんな泰史の髪をジェニーは掴んで引っ張った。髪を引っ張られると、同時に鼻に掛けられたフッ クも後方へと引っ張られるため、泰史の顔面は痛みに痺れた。ジェニーは、泰史の髪を掴んだまま、更に強烈なビンタを叩き込み、言う。

「だったら、さっさと今外した拘束具を自分で付けて証明しなさい」

「はい」

ジェニーが髪を離し、その足がペニスからどけられた瞬間、泰史は急いで拘束具を拾い上げると、自らそれを装着し、リードが付属しているペニス用のリ ングも巻き終えてから、立ち上がって股間をジェニーに差し出し、リードを手渡して、「施錠をお願いいたします」と深く腰を折った。ジェニーはリードを持 ち、その先端のストラップのようになっている部分を手首に引っ掛けてから、屹立しているペニスを左手で下から支えるように持ち、右手でバックル部のロック を施した。

「おまえみたいに躾のできていない猿には、もっと調教が必要ね。射精したくなったから出すなんて、奴隷以下、本当に猿だわ」

そう邪険に吐き捨て、二本のリードを持つと「上へ戻るわよ」とジェニーは歩きだした。泰史は「はい」とこたえ、二本のリードに引かれながらとぼとぼ とジェニーの後に続いた。すると、すぐにジェニーが振り返り、凄まじい蹴りを泰史の股間に叩き込んだ。泰史はその不意の攻撃に「うぎゃ」と短く叫んで蹲っ た。その頭をジェニーが勢い良く踏み、泰史はそのままうつ伏せで地面にひれ伏す。ジェニーは、泰史の後頭部を踏みつけたまま全体重をかけてその頬を地面に めり込ませる。

「おまえは四つん這いでしょ! 何を生意気に立って歩いているの!」

「申し訳ございません」

踏みつけられたまま泰史は言ったが、ジェニーは許さず、そのまま何度も激しく泰史の頭を蹴るようにガンガンと踏みつけた。頬が、額が、そして金属製のフックで吊り上げられた鼻の頭が、地面の砂利で擦れ、その痛みに泰史はたまらず泣いてしまう。

「申し訳ございません。お許しください、ミストレス……」

体を丸め、泣きながら泰史は謝り続けた。すると、やがてようやく踏みつけが終わり、ジェニーの声が降り注いだ。

「今度生意気な態度をとったら、このまま叩きだすわよ」

その声には静かな凄みがあり、泰史は震え上がりながら改めて平伏し、何度も大きく頷く。

「はい。本当に申し訳ございませんでした。どうか、厳しい御調教をよろしくお願いいたします」

長い間ジェニーは泰史を睨み続け、やがてフンと苛立たしげに鼻を鳴らすと、そのまま何も言わず建物に向かって再び歩きだした。泰史は即座に四つん這いになり、手のひらや膝の痛みを無視して必死にジェニーの後に続いた。

テラスに戻ると、ジェニーは椅子に座り、その前に泰史を跪かせると、「おまえみたいにすぐに発情する猿には、もっと強力な拘束が必要ね」と言い、 いったん泰史の首輪と手枷を外した。そして新たに、道具の入っているスーツケースの中から、今度は首輪と手枷が短い鎖で繋がっている革製のベルトを取り出 し、泰史に装着した。首輪とそれぞれの手枷を繋ぐ鎖は二十センチほどしかなく、それを付けると、泰史はごく自然に両手を首の横に上げたままの姿勢になっ た。それは、ちょうど犬の躾の一種である「チンチン」と殆ど同じ格好だった。そして更に、ノーズフックをもっと強く引っ張り上げてジェニーは立ち上がり、 スーツケースの中から短い乗馬鞭を持つと、「いらっしゃい」と泰史を引いてテラスの中央付近にある支柱まで連行した。もちろん泰史は跪いたまま四つん這い で二本のリードに引かれて進んだ。

支柱まで進むと、ジェニーは泰史の尻を蹴って「立ちなさい」と命じ、泰史が立ち上がると、「そのまま柱に向いて体を密着させなさい」とその頭を小突 いた。泰史は命じるまま柱にぴたりと体を寄せた。すると、ちょうど手首の前あたりに小さなフックがあり、ジェニーは首輪と手枷を繋ぐ鎖のリングをそのフッ クに引っ掛けた。泰史は支柱を抱きしめる感じで拘束され、冷たい木の感触が胸から股間にかけて伝わった。その揃えた足元にジェニーが爪先を入れ、外へ払う ように足を開かせた。

「足を開いて、お尻を突き出して」

「はい」

鎖には余裕が殆どなかったが、泰史は少しでも重心を下げながら、尻を後方へ突き出した。その尻を、ジェニーは乗馬鞭で打ち据えた。鋭い痛みが臀部に炸裂し、泰史は歯を食いしばって絶叫を我慢する。

そして数発の鞭を叩き終えると、ジェニーはいったん泰史の許を離れ、道具が入っているスーツケースのところまで戻ると、中から最も太いディルドが取 り付けられている電動のペニスバンドを取り出して装着し、コンドームを被せてから、大きなローションのボトルと液状の媚薬が入っている小壜を持って泰史の 背後へ戻った。

「発情猿、もっと狂うがいいわ」

ジェニーはそう言うと、泰史の尻にたっぷりとローションを垂らし、ペニスバンドの先端でそれを入念に肛門付近に伸ばしながら髪を掴んで上体を反らさ せた。そして、泰史の肛門がクチュクチュと卑猥な音を立て始めると、深々とディルドを挿入してスイッチを入れ、腰を叩きつけた。

「ああああああ」

泰史は貫かれる快感に身を捩った。ジェニーは泰史の髪を掴んだまま何度も激しくピストン運動を繰り返す。その度に泰史は息を切らして「アンアンアンアン」と喘ぎ、腰を振った。

ジェニーはビストン運動と同時に、後方から泰史を抱きかかえると、体を密着させながら両手を前へ回し、腰の動きに合わせて乳首のクリップを繋いでいる鎖を小刻みに引いた。泰史は貫通の快感と乳首の疝痛に身悶え、引き裂かれそうになりながら喘ぎ続けた。

やがて、ジェニーはペニバンで貫いたまま、右手を乳首の鎖から離してペニスに回し、握ると、その亀頭の先端を支柱の表面に擦り付けた。その微妙な感 覚に、たちまち泰史の腰は砕け、またしても射精の欲求が湧き起こってくる。そして、それを必死に耐えている泰史の鼻先に、ジェニーは媚薬の小壜を、キャッ プを外して近づけた。

「吸いなさい」

言われるままにその小壜から立ち昇る気体を吸い込んだ瞬間、泰史の頭の中は虹色に溶け、全身が性感帯と化したみたいに敏感になった。泰史自身、媚薬 の類いは決して初めてではなかったが、それは今までに一度も経験したことのない未知の種類だった。泰史は、呆気なく発狂した。貪欲に腰を振ってディルドを 求め、亀頭を支柱に擦り付け続けた。

「あああジェニー様、ジェニー様」

泰史は半眼になり、うわ言のようにそう呟きながら「アンアンアンアン」と喘ぎ悶え続ける。両手を全く使えない不自由さが、逆に泰史の快感を挑発していた。

そんな狂った泰史を冷静に眺めていたジェニーは、媚薬の小壜を泰史の鼻先から外してキャップを閉じ、近くのテーブルに置いてから、改めて泰史に背後からのしかかり、激しくディルドを突き立てながら手をペニスに伸ばし、指の腹でしきりに亀頭を擦り続けた。そして耳元で囁く。

「何を狂っているの? あれほど言ったのに、おまえはまた射精するの?」

亀頭を超高速で擦り、ディルドを浅く深く挿入しながら耳元に息を吹きかけてジェニーが泰史を煽動する。プルメリアの香りとジェニーの柔らかい髪の感触が、狂いだしている泰史を激しく翻弄する。

「あ、ああ、す、す、すいません……ジェ、ジェニー、様……あ、ああ、ぼ、僕……」

もう英語を使うことすらできなくなっていた泰史は、小刻みに腰を律動させながら日本語で喘ぐように言う。ジェニーは、泰史の耳たぶを噛み、指の腹で亀頭を擦りながら、たっぶりと唾液を絡ませた熱い舌を耳の中に差し入れて、まるで小さな生き物のようにその舌先を動かした。

やがて、ジェニーはペニスから手を陰嚢にスライドさせた。そして手のひらで包み込み、睾丸をぎゅっと握る。

「ああああああああ」

泰史はビクンと尻を引き攣らせるように跳ね上がらせながらよがり、カエルが立って支柱と交尾しているかのように激しくペニスの先端を木の表面に擦り 付けると、そのまま白濁液を放出した。そして、その瞬間、あまりの快感に失神した。手首の鎖をフックに引っ掛けてペニスの先端から精液を迸らせたまま、 ぐったりと泰史の体が脱力し、重心を落とした。

ジェニーは苦笑しながらディルドを引き抜き、泰史の首輪の端を掴んで体を持ち上げると、支柱のフックに引っ掛けてある手枷と首輪を繋ぐ鎖を外し、そのまま手を離した。

泰史の体が引力に従ってそのままずりずりと崩れ落ちた。しかし、まだ泰史は気を失ったままだった。ジェニーは、床でうつ伏せ気味に伸びている泰史を 失笑まじりに見下ろし、椅子に座ってそんな哀れな泰史をぼんやりと眺めながらゆっくりと煙草を一本吸った後、依然として気を失ったままの泰史をテラスに残 して、シャワーを浴びるために室内へと戻った。

肌寒さを覚えて、泰史は意識を取り戻した。微かな雨音が聞こえる。目を開くと、視界は青みがかっていて、濡れた樹木と土の匂いがした。

いつのまにか夜が明け始めていて、静かに、軽い雨が降り続いていた。雨はときどき風に吹かれて紗のカーテンのように白く揺れる。

泰史は、様々な拘束具を装着したまま、裸で床に伸びていた。首輪とペニスのリードもそのままで、下腹部付近には、放出したままの精液が乾いて固まっている違和感があった。

ゆっくりと身を起こし、泰史は両手を首の横あたりに持ち上げて拘束された姿勢のまま、胡座をかいて周囲を見回した。森が青く染まってしっとりと濡れている。テラスは無人で、辺りは静寂に包まれていた。雨の音しか聞こえない。

立ち上がり、細かな雨が飛沫くテラスの手すりに寄った。涼しい風が全身を優しく撫でていく。南の島の朝の雨は、冷たくも温くもなく、ただ端正だっ た。泰史はしばらく雨の森を見つめていた。顔には鼻フック、そして首や手首やペニスにも拘束具を付けていて、泰史はまだマゾヒスト丸出しの格好だったが、 さすがにペニスは萎えていて、革のベルトで縛られた股間は夜明けの青い光の中で哀れだった。

そうして窓辺に立っていると、不意に背後に人の気配がした。泰史はゆっくりと振り向いた。すると、そこにはジェニーがマグカップを手にして立っていた。

「おはよう。目が覚めた?」

ジェニーはカップに口をつけ、微笑んで訊く。

「あ、ジェニー様。おはようございます」

泰史は慌てて跪き、ひれ伏す。

「もういいわ、セッションは終了」

そう苦笑するジェニーは、もうボンデージを脱いでいて、赤い地に白い花が描かれたムームーを着ている。小麦色の肌に、その赤いムームーは完璧に調和していた。

「はい」

泰史は自らの姿に強烈な気恥ずかしさを覚えながら頷き、「ありがとうございました」と床に額をつける。ジェニーは「どういたしまして」と笑った。そして泰史が顔を上げると、「コーヒー飲む?」と訊き、「でも、その前に」と微笑んだ。

「まずは、その拘束具を外さないとね」

泰史は裸で両手を上げた格好のまま「そうですね」と照れながらこたえた。

「よく似合っているけど」

ジェニーは軽く笑い、マグをテラスのテーブルに置くと、泰史に近づき、マスターキーですべての拘束具を取り外した。そして、外した器具をテーブルに まとめて置くと、「先にシャワーの方がいいわね」と優しく泰史の手を取り、「来て」と室内へと導いた。リビングに入ると、裸のままムームー姿の女性に引か れて歩く自分の姿が、テーブルの上の白いオーキッドと一緒に大きな鏡に映って、泰史は思わず目を逸らしてしまった。リビングを抜けて廊下を進み、突き当た りのドアの前まで来ると、ジェニーは泰史の手を離した。

「ここがバスルーム。ゆっくりシャワーを浴びて。バスローブが置いてあるから、終わったらそれを着て。簡単な朝食を用意しておくわ」

「すいません」

「いいのよ。もうセッションは終わったのだし」

ジェニーはそう言うと、剥き出しになっている泰史の性器を見つめ、一度だけその陰嚢を下から手のひらで包み込んで軽く力を込め、すぐに離した。しか し、その一瞬だけで、またしても泰史のペニスはムクムクと大きくなった。それを見てジェニーは笑い、亀頭を指先で弾くと、「さあ、シャワーを浴びてきて」 とバスルームのドアを開けた。

「はい」

泰史はバスルームに入り、広いバスタブの中に立つと、熱いシャワーを頭から浴び、全身の筋肉を解してから、ココナッツの匂いのするボディーソープで 体を洗い、同じフレーバーのシャンプーとリンスを使った。熱い湯は、鞭の跡に沁みたが、辛くはなかった。泰史はその痛みを幸福の象徴と受け止めていた。

時間をかけてシャワーを終え、泰史は白いバスロープに身を包むと、裸足でリビングに入った。すると、ジェニーはテラスにいて、「こっちよ」と泰史を呼んだ。

テラスに出ると、もう雨は上がり、日が昇っていた。濡れた森の樹木は朝の光を浴びてキラキラと輝き、風が涼しい。先ほどまでの雨が嘘のように空は すっきりと晴れて青く、南の島の透明な陽射しが降り注いでいる。どこかで鳥が鳴き、空の彼方を見遣ると、唐突に大きな虹が鮮やかに出現した。

「あ、虹」

泰史は思わず日本語で呟く。

テーブルには、分厚いマグカップに注がれたコーヒーと、朝食の皿があった。ひとつの円い大きな皿にスクランブルエッグとベーコンのフライとパンケー キが載っていて、その脇に添えられた白い紙ナフキンの上で銀のフォークとナイフが煌めいている。空のグラスに、ジェニーが冷たいオレンジジュースを注ぐ。 グラスの縁で、陽射しが撥ねる。

「何もないけど、食べて」

ジェニーが微笑んで言い、自分のマグに新しいコーヒーを注ぐ。

「美味しそうです。いただきます」

泰史は手を合わせてから、まずはオレンジジュースを一息に飲み、ナイフとフォークを持って食べ始めた。

白い小さな鳥がテーブルの足元に下りてきて、床を啄んでいる。泰史はパンケーキを口へ運び、平和な朝の空気の中でリラックスしながら、滞在しているホテルが『天国のような館』なら、ここは『天国の館』だな、と思った。

往路と同じように途中で黒いバンダナを手渡され、それで目隠しをして朝のAMラジオを聞いているうちに車はワイキキの街に入った。薄い灰色のサング ラスをかけたジェニーが「もう外していいわよ」と言った。泰史は目隠しを取り、スモークガラス越しでも明るい朝の街を眺めた。アウディの車内にはエアコン が完璧に効いていて、フロントガラスから強い光が流れ込んでいる。

やがて車はカラカウア通りに入り、赤信号で止まった。そのとき、ジェニーが一枚のカードを泰史に手渡した。

「もしもうちのネットワークの会員になるなら、ここに電話をして。そして、ホノルルのジェニーからこの電話番号を教えられた、と伝えれば、何の問題もないわ」

「わかりました」

カードには、見知らぬ外人から渡されたものとは違う電話番号が記されていた。泰史は受け取ったそのカードをアロハシャツの胸ポケットにしまってから、信号が変わってアクセルを踏み始めているジェニーの横顔を見つめた。

「会員になったら、ジェニー様を指名できますか?」

「もちろんよ」

そうこたえ、ジェニーは一瞬だけ前方から視線を外して泰史を見た。そして、すぐに運転に意識を戻して訊く。

「楽しかった?」

「はい」

泰史は本心からそうこたえた。その泰史のこたえに、ジェニーはフロントガラスの先を見つめたまま微笑んだ。

「よかったわ」

やがてアウディはカラカウア通りから右折してルワーズ通りに入った。もうホテルはすぐだった。

「もしよかったら、ホテルのカフェでコーヒーでもどうですか?」

泰史はジェニーの横顔を眩しげに見つめながら訊いた。すると、ジェニーは前を向いたまま微笑んで「ありがとう」と言った。

「でも、気持ちだけでいいわ」

「はい」

しつこく誘うのも無粋だと思ったので泰史は潔く諦め、近づいてくるホテルを見つめた。白い壁にグリーンで描かれたホテルのロゴが迫る。そして、アウディがホテルの車寄せに滑り込み、停止する寸前、泰史は言った。

「また……来てもいいですか?」

「ええ。歓迎するわ」

ジェニーはこたえ、車を停止させると、ギアをパーキングに入れた手をそのまま泰史の股間へ伸ばし、じっと泰史の瞳を見つめた後、ぎゅっと性器を握り、離した。

「いつでもまたハワイに来て」

「はい」

「それじゃあ、またね」

「はい。素敵なトレーニングを、本当にありがとうございました」

「こちらこそ。楽しかったわ」

穏やかな笑顔でジェニーが言い、泰史はドアを開けた。爽やかな風が車内に吹き込み、ジェニーの長い髪が踊る。泰史は最後にもう一度ジェニーを見た。すると彼女は右手でシャカマークを作り、「マハロ」とその手を軽く振った。

「マハロ」

泰史もぎごちなくそうこたえ、車から降りた。そしてドアを閉じると、アウディはすぐに発進し、しなやかに車寄せから出て行ってたちまち視界から消え た。フレンドリーな笑みを浮かべたドアマンが「アロハ」と泰史をホテルに迎え入れた。泰史も「アロハ」と返してロビーに入った。

涼しい風に吹かれながら静かな廊下を進む。そして、朝の通り雨に濡れて緑が瑞々しく光り輝いている中庭に差し掛かると、泰史は少しだけ歩みを緩めて眺め、そこに溢れている眩い陽射しに目を細めた。

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