壊れゆく日々

私の名前は谷田実、三十六歳、財界の名門である冷泉家のお抱え運転手として働いている。この仕事を始めてもう三年になる。もともとは冷泉コンツェルンの中核企業である冷泉商事出入りのハイヤー会社でドライバーをしており、主に社長の冷泉隆信氏を担当していたのだが、ある日社長から直に「ウチの専属運転手として働いてくれないか」と誘われた。「給料は今の倍、マンションだって借りてやる、勿論冷泉商事の社員として保障だってする、どうだ?」そう言われて、私に異論などあろう筈がなかった。冷泉商事としいえば一流企業だし、当時の私には夢のような話だった。考えるまでもなかった。だから私は即座に「よろしくお願いします」と社長に頭を下げた。

なぜ社長に気に入られたのかいまだによくわからないが、それからの毎日はとても充実したものとなった。仕事自体はこれまでと何ら変わらず、ただ運転する車がプレジデントからロールスロイスになっただけだが、私は冷泉家の邸宅から五分ほどの場所に2LDKのマンションを与えられ、約束どおり給料も倍になった。おまけに社長が意味深な場所へ行った時などは、夫人への口止め料として幾ばくかの小遣いも頂けた。

そんな社長の隆信氏は勿論のこと、奥様である知佐子夫人も非常によくしてくださった。私は決して社長の浮気の報告はしなかったが、夫人はどうやら薄々気づいているようだった。しかし言及はせず、少なくとも表面上、夫婦はうまくいっていた。私立中学に通う一人娘の静香嬢も上品な良い娘さんだった。

その幸福な歯車が微妙に狂いだしたのは、二年前の出来事がきっかけだった。冬のある日、知佐子夫人が急逝したのだ。しばらくして、隆信氏の前に亜希子という女性が現れた。彼女は会社がよく利用している高級クラブのホステスだったが、夫人を失って寂しかったのか、隆信氏が口説き落とし、周囲の反対を押し切って強引に入籍してしまった。それが、知佐子夫人が亡くなって一年が経った頃だった。

私は最初から亜希子夫人とうまくいかなかった。亜希子夫人は当時まだ二十二歳で、社長が見ていないところではかなりの我侭だった。一介の運転手に過ぎない私などまるで虫けら同然のように扱い、あからさまに軽蔑した。

こういう家庭事情だからか、静香嬢も高校生になってかなり派手になってきた。夜遊びも頻繁になり、言葉遣いもぞんざいになり、運転手の私を顎で使うようになった。気のせいか、だんだん社長もやつれた顔をしていることが多くなり、私は心配したが、社長はいつも「大丈夫さ」と気丈に笑って見せた。

私は、そろそろ潮時かもしれないな、と考えるようになった。はっきりいって嫌気がさしていた。だから思い切って、ゴルフコンペの帰り道、私は社長に辞意を申し出た。すると社長は「私をひとりにしないでくれよ」と気弱に笑い、「申し訳ないがもうしばらく我慢してくれよ」と言った。そんな風に言われたら、拾ってもらった恩のある私としては首を縦に振るしかなかった。

しかし半年前、決定的なことが起きた。隆信氏が急性心不全で亡くなったのである。その日、私は休暇で、朝寝をしていた。すると亜希子夫人から電話が入り、急いで屋敷に駆けつけたのだが、社長は既に布団の中で事切れていた。

私は、これで終わりだ、と思った。葬儀が済み、私は密かに再就職先を探し始めた。しかしたいした特技もない私に世間の風は甘くなく、何社か面接を受けたが、ことごとく失敗した。私は新しい勤め先を探しながらも一応はそれまでどおり冷泉家の運転手をしていたのだが、やがて給料は激減し、マンションも取り上げられてしまった。すべて亜希子夫人の仕業だった。私はそうした仕打ちに耐えかね、ついに辞意を申し出た。一回り以上も年下の亜希子夫人に頭を下げるのは嫌だったが、雇い主であるからは仕方の無いことと腹をくくって面会した。しかし亜希子夫人は、辞意伝える私を冷徹な目で見据えながら、「それは認められない」と言った。「どうしても辞めるというなら別にいいけど、オマエはすぐに逮捕されるわよ」そう言って笑った。私は訳がわからず、なぜかと問うた。すると亜希子夫人は一枚の写真をつきつけた。それは以前社長が或る代議士と密会した時の、不正の金を渡している現場写真で、そこには私も写っていて、「オマエも共犯だからよ」と亜希子夫人は高笑いした。

結局私は冷泉家に残った。住処は、屋敷の中の納戸を宛がわれた。一応食事は与えられたが粗末なものだった。亜希子夫人は住み込みのお手伝いさんを解雇し、その代役を私に命じた。私は冷泉家の小間使いとなった、傍から見れば辞めればいいのにと思われそうだが、逮捕されるのは嫌だったし、何より辞めたところで仕事があるわけではなかった。仕事がなければ食べていけないわけで、それならば、とりあえずしばらくはこのままのほうが得策のように思えた。耐え難い侮辱は多かったが、明日の腹の心配が無いだけまだ救いがあった。若い女性に顎で使われるのは屈辱だったが、それさえ我慢すればわりと自由な時間も持てた。

三十六歳にもなった大の男が二十二歳の小娘に顎で使われるというのはかなりストレスが溜まるもので、私は夜の空き時間を利用してよく風俗へ出かけては憂さを晴らした。金は貯めたものが少々あり、それを切り崩してヘルスやイメクラ、時にはソープへ出かけた。しかし環境とはすごいもので、毎日来る日も来る日も女性にモノのように扱われていると、その反動から、金で買った女くらい荒々しく自分の思うようにいたぶってやろうと思うのだが、なぜかうまくいかず、つい奉仕してしまうから不思議であった。女性を尊い存在と捉えてひたすら肌を舐めながら、おこがましいといった感情を抱きつつ、自分なんか女性には鼻にも掛けてもらえない汚らわしい人種だ、と妙に卑屈になってしまうのだった。

やがて、当然のことだがそうそう金が続かず、私はエロ本を買って自慰で済ますようになった。しかしいつも同じエロ本を使っていると、次第に飽きてきて、それでもその頃の私は亜希子夫人から貰う一月一万円の小遣いで生活していたから、エロ本一冊を買うにも慎重にならざるを得ない状況で、いくら欲求が募っても耐え忍ぶより他なかった。

亜希子夫人はそんな私の心情を弄ぶように挑発的なファッションを見せつけた。水商売出身のせいか、またそういう格好がよく似合った。短いスカートや胸が大きく開いた服で私の運転する車のリアシートに乗り込み、わざと脚を組み替えたりして、それを私がルームミラーで盗み見ると、軽蔑しきった目で私を蔑み、私の存在など完全に無視した。静香嬢も同じだった。高校生ともなるとボーイフレントもできて、よくロールスロイスのリアシートで見せつけるようにイチャついた。私はルームミラーに映る、時折スカートの奥にちらりと覗く静香嬢の白いパンティに欲情した。おそらく彼女は、見えていることなど計算済みで、わざとそうしていたのだろう。

そんな毎日を送っていたある日、私は深夜にエロ本を買いに出て、本屋で自分の特殊な性癖に気づかされた。それはまるである種の天啓のようだった。いつもは普通のエロ本を購入するのだが、その日はなぜか別の雑誌を手に取っていた。最初にページを捲ったのは、男性が女性を責めるオーソドックスなSM雑誌だった。その美しい女性が緊縛されているグラビアは充分刺激的ではあったが、何か違和感があった。続いて、私は隣の雑誌を取った。それは女性が男性を責めるスタイルのSM誌だった。私はグラビアのページを捲っていくにつれて、激しく勃起し始めた。そして、あるページで体に電流が走った。それは、美しい未亡人が男の使用人を折檻している写真だった。みすぼらしい使用人は全裸に剥かれて縛られ、未亡人の足元にひれ伏し、鞭を打たれていた。次のグラビアはさらに衝撃的だった。未亡人が股を開き、使用人の顔をめがけてオシッコぶっかけていたのだ。私は、これだ! と胸を高鳴らせた。私が亜希子夫人にどんなに蔑まれても傍から離れられないのは、自分の中にこういう願望があるからなのだ! 私はもっとページを繰った。すると今度は制服姿の女子学生が全裸の男をいたぶる写真があった。これにも私はときめいた。思わずその写真の男に自分を重ね、女性に静香嬢を重ねた。

これこそ自分が求めていた世界だ、と思った。私はその雑誌を、少々値段はいつものエロ本より張ったが、購入した。そして急いで邸宅へ戻り、納戸に引き篭もると、雑誌を広げ、その夜はいくつかのグラビアで立て続けに三回自慰をした。

それからの私は完全にマゾヒストとしての暗い欲望に支配された。無性にSMクラブなる場所へ行きたかったが、そんな金はなかった。だから私は古本屋でその手の雑誌を買ってきて、ひたすら自慰をした。亜希子夫人や静香嬢を意識的にそういう目でみるようになり、私は彼女達に責められることばかりを夢見て、毎晩ひとりで発情した。

それが昂じて、私は彼女達の下着に手を出すようになった。ふたりが寝静まった頃を見計らって自室を抜け出て、洗濯室へ行き、まだ洗濯前の下着を手にとって芳しい香りを嗅ぎ、暗い洗濯室の隅でドキドキしながら自慰をした。最高の気分だった。しかし、せっかく忍び込んでも既に洗濯が終わっていることがあり、というのも彼女達は下着の洗濯だけは私にやらせなかったからなのだが、落胆しながらとぼとぼと部屋へ帰る日もあった。

下着だけではなく、靴下もよく使用した。主に静香嬢の紺色のハイソックスが多かった。亜希子夫人は普段パンストだし、またその殆どを一回で捨ててしまうらしく、なかなか入手できなかった。その点、静香嬢の靴下は比較的容易に入手が可能だった。何度も洗って着用するから、いつも洗濯物の籠の中にあった。私はその匂いも好きだった。

そして先日、ついに素晴らしい下着に出会った。いつものように洗濯物を漁っていると、まず亜希子夫人の薄いピンク色のパンティが見つり、なんとその股間には黄色い染みと、アナルの辺りに微かに茶色いものが付着していたのだ。私は歓喜してそれを反射的にポケットにしまった。いつもは決して拝借はしないのだが、このときばかりは気持ちの制御ができなかった。一枚くらい消えてもわからないだろう、と思った。続いて、静香嬢の白地に水玉模様のパンティを発見した。そのクロッチには、赤い染みが滲んでいた。生理の血だ! と私は興奮した。本当はこちらも欲しかったのだが、さすがに二枚も同時になくなったら不審がられるだろうと考え、その場で鼻を押しつけるだけで我慢し、断念した。その代わり、私は母屋のトイレへ直行し、汚物入れを漁った。すると思ったとおり、使用済みのナプキンが捨てられていた。私は逸る気持ちを抑えてそれを取り出すと、そっと広げて、まじまじと眺めた。そこには何本かの陰毛も絡みついていた。私はそれを大事にポケットにしまった。

私はふたつの宝物を抱えて部屋に戻り、早速裸になると、まず亜希子夫人のパンティで自慰をした。茶色い染みを舌先で辿って味わい、黄色い染みを吸い、心の中で何度も「亜希子様ー」と叫んだ。一回発射すると、すぐに今度は静香嬢のナプキンを広げた。匂いを嗅ぎ、陰毛を舐め、「静香様ー、とてもおいしいです!」と悶え、静香嬢の侮蔑の視線を夢想し、射精した。

その後、しばらく放心状態に陥った。私は口に含んだ陰毛を出し、それをナプキンとは別のティッシュに包んで、亜希子夫人の下着と一緒にエロ本の間に挟んで布団の下へ隠した。万年床の下には、既に十冊近くのSM雑誌が保管してある。これがもし彼女達に見つかったら果たしてどんな目で見られるだろう、そう考えだすと、また歪んだ欲望がムクムクと湧き上がってきて、私はもう一回抜いた。しかし、さすがにもう液は殆ど出なかった。

どうやら下着をくすねたことはバレずに済んだようだった。それでもしばらくの間は自重して様子を窺った。しかし一週間もすると誘惑に勝てなくなってきて、昨日、またしても手を出してしまった。

昨日は梅雨の合間のよく晴れた日だった。日中の気温は夏本番の到来を思わせるほど高く、ずっと雨が続いていたせいか、ギラギラとした日差しがやけに眩しかった。

夕方、いつものように私は静香嬢を学校へ迎えにあがった。校門の前で車をとめて待っていると、終業のチャイムが鳴ってすぐに静香嬢は姿を見せた。そしてリアシートに乗り込むなり、「アッツーい」と言って靴を脱ぎ、クーラーを強くするよう私に命じた。「全くこんなにくそ暑いのに六時限目に体育なんて信じられない、ああ早くシャワーしたい」静香嬢はそんなこと言いながらスカートの裾を摘んでハダバタと扇いだ。私はさりげなくその姿をルームミラー越しに注視し、そして、その何気ない言葉に欲情した。愚息は即座に反応しており、私は平然とハンドルを握りながら、今夜こそムレムレに違いない静香嬢の靴下を手に入れよう、と心の中で決意していた。

私は深夜になるのを待って、静かに自室を出た。時刻は午前一時を回り、屋敷内はひっそりとしていた。足音を殺して私は廊下を進んだ。やがて洗濯室に到達し、窓から漏れる月の光を頼りに、私は祈るような気持ちで洗濯物の籠を見た。

差し込む月光の中に、それはあった。私はそっとハイソックスを手に取った。思ったとおり、その手触りはしっとりと湿っていた。その場で鼻を押し付けたいという衝動に駆られたが、なんか勿体無い気がして、私はぐっと我慢し、それを素早くポケットの中に入れた。本来ならそれで満足の筈だが、その脇には、まるで後光が射すように亜希子夫人のパンティがあった。しかもそれは、亜希子夫人には珍しく素材がシルクではなくコットンで、私はツルツルとしたシルクよりコットンの感触のほうが断然好みだったから、どうしようか? と一瞬迷ったが、結局欲望には抗えず、気づいた時にはもうそれを握り締めていた。

私は心の中で万歳を叫びながら部屋に戻り、SM雑誌を広げると、グラビアを見ながら早速靴下の匂いを嗅いだ。きつい芳香が鼻腔を突き抜け、私はそのエキスを吸い取るように爪先の部分を口に含んだ。ズボンとパンツを下ろして全裸になり、もう既にいきり立っているペニスを握り、激しく上下させた。静香嬢の靴下を味わうと同時に、亜希子夫人のパンティの股間の香りも堪能した。私はふたりに責められている場面を想像し、我を忘れて妄想に耽った。

その時だった。いきなり部屋のドアが外から開かれた。もともとこの部屋は納戸として使用されていたのだから鍵はなく、私も当然そのことは承知していたのだが、まさかこんな時間に誰かがここまでやってくるとは思ってもいなかったので、不意を衝かれた。私は靴下を咥え、左手にパンティを持って右手で露出した性器を握ったまま、恐る恐る振り返った。するとそこには静香嬢が腕を組んで立っていた。下半身をさらけ出して正座の姿勢から腰を浮かしてオナる私を、呆れたように目を見開いて見下ろしていた。

「オマエ、何やってるの!」

私は呆然となりながら靴下を落とし、パンティを離して静香嬢を仰ぎ見た。そして慌てて額を床に擦りつけると、両手をついて謝罪した。

「すいません、つい出来心で……」

「出来心? なんか様子が変だと思ってつけてきてみたら、何よこれ」

静香嬢は雑誌を拾い上げてペラペラとページを捲りながら私を蔑んだ目で見据えた。私はまともに静香嬢の顔を見ることができず、ずっと視線を伏せていた。すると静香嬢は脚の爪先を私の顎に掛け、ぐいっと上を向かせて、ペッと勢いよく私の顔に唾を吐いた。

「オマエ、こういうのが嬉しいんでしょ、変態ね。前からなんとなくそんな気はしてたんだけど、まさかここまで変態だったとはねえ」

馬鹿にしきった口調で私は詰られ、また俯くと、今度は思いっきり頬を張られた。夢にまで見た状況の中に、私はいた。しかし実際に十七歳の女性の前でこんな姿を晒すと、想像していた以上に自分が情けなく、恥ずかしかった。それでもペニスは猛々しく勃起していて、静香嬢が素足でそれを踏んだ。柔らかい足の裏の感触に、自然に腰が浮き上がった。

「こんなものを一所懸命シゴいちゃって、馬鹿じゃない?」

そう言ってグリグリと踏み潰す。たまらず私は「あーん」と破廉恥な声を漏らしてしまった。

「やだあ、なんて声を出してるの、恥ずかしーい」

ケラケラ笑いながら静香嬢はまたビンタを張った。

「ほら、見ててやるから続きをやってみな」

私は「はいっ!」と頷き、自慰行為を再開した。もう恥も外聞もなかった。私は責めてもらいたかった。マゾの自分を見ていただきたかった。

「静香様、ボクの恥ずかしい姿を見てください!」

私はシゴきながら叫び、嘲笑の中で呆気なくイッた。

「どうしようもない変態ね」

静香嬢は呆れ、部屋の隅から電気の延長コードを引き抜くと、私の両手を背中に回してそれで拘束した。そしてそのコードの余りをドアノブに繋ぎ、私は体の自由を奪われた。これからどうなるのだろう? 期待と不安が入り混じった気持ちで、私は静香嬢を見上げた。

「こうされてオマエ、本望でしょ? ほら、このグラビアと同じよ。じゃあちょっと待ってなさいね、今から亜希子さんを呼んでくるから」

「どうかお許しください」

私はこの時初めて自分のした事後悔した。確かに妄想としてのマゾは興奮するが、そこで踏み止まっておくべきだった。実際にそれが現実のこととなると、完全に人格が否定されてしまう。もう戻れなくなるのだ。例えばSMクラブなどは、その限られた時間の中だけのあくまでもプレイで済む。終わりがあるから、時間がくれば普通の生活に戻ることが可能だ。しかし、この状況は違った。終わりがないのだ。普通の生活があってこそ、アブノーマルな歓びもまた時として暮らしの彩りとなるが、このままでは普段の生活がマゾヒストとして存在することとなり、本末転倒になってしまう。私はこの時、まさにボーダーライン上に立っていた。

静香嬢はそんな私の焦燥など意にも介さず、「待ってなさい」と突き放すように言い残し、部屋から出て行った。私は絶望的な気分で遠ざかっていく足音を聞いた。

どれくらいそうしていただろう。やがて近づいてくるふたつの足音を私は聞いた。それは畜生道へのカウントダウンだった。私の中で僅かに残された理性とマゾとしての歓びが激しく対立していた。理性は、とにかくひたすら謝罪して誤解だと言い張ってごまかすべきだ、と言い、一方マゾ性は、偽ることはない、跪いて暗い快楽の底へと落ちていけ、それがオマエの幸福だ、と囁いた。私は目を閉じた。もうすぐふたりが現れる。態度を決めなくてはならなかった。行くか、戻るか。

足音が途切れ、私は目を開いた。しかし決断はまだついていなかった。明け放たれたままのドアの間口に、まず静香嬢が現れ、その肩越しに亜希子夫人の姿が見えた。

「ほら見て、こいつの格好、縛られて、それでも勃起してるのよ」

静香嬢が立ち位置をずらし、後に続く亜希子夫人を振り向いて言った。私は下半身を隠したかったが、あいにく両手は後ろで縛られていた。ふたりの冷たい視線が私に突き刺さった。私の周囲には亜希子夫人の下着や静香嬢の靴下、使用済みナプキンやSM雑誌が散らばっており、亜希子夫人は薄ら笑いを唇の端に浮かべて私を見下ろしていた。その強い眼差しに、私は自分の運命を悟った。跪き、服従することこそ私の歓びであり、存在理由だった。私は身動きひとつとれなかった。まるで蛇に睨まれた蛙の心境だった。しかしその恐怖は甘美なる誘惑に彩られていて、私はきらびやかな快楽の地獄への期待に胸をときめかせていた。もう迷いはなかった。私は堕ちていくのだな、と思った。目くるめく万華鏡のように華やかな、終わりのない倒錯の世界へ。

深紅のネグリジェに身を包む、身長175センチの完璧に近いモデル体型を誇る、美しい亜希子夫人。その凛然とした美は、限りない冷酷さをオーラのように纏い、身長163センチ体重75キロという小太りで醜い私を翻弄した。静香嬢もかなりの長身だ。亜希子夫人よりは低いが、優に170センチは超えていて、しかも肩幅が広くがっしりとした体型なので、実際よりも大きく見せる。だからといって太っているわけではなく、引き締まった肉体は十七歳とは思えないほど成熟している。そのグラマラスな肢体に比べて、顔立ちにはまだ幼さが残っており、そのアンバランスさが絶妙な魅力を放っているが、しかし表情にはサディズムの影が差し、冷淡な瞳が私を捕らえてぐいぐいと縛り上げていた。私など、そんなふたりの前では全く無力な存在だった。

「亜希子様、静香様、どうか私を責めてください。おふたりに絶対服従することを誓います。どうか、どうかご調教をお願いいたします。奴隷としてお仕えさせてください」

私はふたりの足元に跪き、懇願した。三十六歳の男が全裸で、二十三歳と十七歳の美しい女性の前に跪くその構図はひどく私を興奮させ、情けない姿を晒す自分に私はまた一段と激しく勃起した。

「もともと素質はあると思ってたけど、ここまで見事にマゾになるとはねえ」

亜希子夫人は冷ややかに言い、ドアノブに繋いだ延長コードを解くと、手は縛ったままで、「立ちなさい」と命令した。私は立ち上がった。それでもまだ亜希子夫人の顔は自分の目線より高い位置にあり、私は仰ぎ気味に顎を上向けた。

「オマエは私達の奴隷になるというのね」

「はい、奴隷として犬のように扱われたいです」

「わかったわ、今日からオマエは私達の奴隷であり、犬よ。というよりオマエの場合デブだから豚ね。オマエは一匹の豚。だから谷田実なんて名前はもういらないわね。さて、どんな名前をつけてあげようかしら」

亜希子夫人は静香嬢に「なんか適当な名前をつけて」と言った。静香嬢はしばらく考えた末に「こういうのはどう?」と亜希子夫人に提案した。

「こいつ、パンツやら靴下やら、やたらと舐めることが好きみたいだから『ペロ』っていうのはどう?」

「ペロ、いいわね。三十六歳にもなる男の名前がペロ、この変態マゾ豚にはお似合いね」

そう満足し、亜希子夫人は私に向かって「オマエは今日からペロよ、よかったわね、いい名前がつけてもらえて。静香ちゃんにお礼を言わなくっちゃね」と言った。

「ありがとうございます、静香様」

私は静香嬢にお礼を申し上げた。

「それじゃあ、これから奴隷にふさわしいお部屋へ連れて行ってあげるわ、オマエはもう普通の人間じゃないのだから、こんな部屋に住む権利はないのよ」

亜希子夫人は延長コードの端を持って、私に部屋から出るよう促した。

私は引きずられるようにして部屋を出た。そこでコードは静香嬢に引き継がれ、私は亜希子夫人の先導で歩きだした。私は全裸のまま前に亜希子夫人、後ろに静香嬢とふたりの征服者に挟まれながら廊下を進んだ。どこへ行くのだろう? 私は不安になりながら歩いた。やがて、母屋の一番奥まで来た。そこには頑丈な扉で閉ざされた土蔵があった。勿論そこに土蔵があることは知っていたが、内部は倉庫となっていて、以前、掃除を手伝ったことがあったが、それ以来入ったことはなかった。それに知佐子夫人が亡くなってからは開かずの扉となっていて、誰も出入りするところを見たことはなかった。

亜希子夫人はその土蔵の扉の鍵を開けると、中に入るよう言った。私は静香嬢に背中を押されて暗い土蔵の中に足を踏み入れた。高みに小さな窓があったが、内部の様子を判別できるほどの明るさは得られていなかった。亜希子夫人は扉を閉めると、「ここがこれからオマエが暮らすところよ」と言って、明かりのスイッチを入れた。

乏しい光量の裸電球が三つ灯った。それでも土蔵の内部の様子を知るには充分だった。私は、自分の目に飛び込んできた周囲の光景に言葉を失った。そこは、SMルームとなっていた。天井の滑車から垂れ下がる鎖、磔台、巨大な鉄格子の檻。中央には足を開いて固定させることができる奇妙な形の椅子が置いてあった。私は土蔵から想像される、そのあまりにもありがちな、まるで古風な耽美小説のような舞台装置に、我が目を疑った。そして、どうしてこのような部屋がこの屋敷に造られてあるのだろう? と不思議に思った。すると亜希子夫人が、そんな私の疑問に答えるように説明を始めた。

「どう? びっくりしたでしょ、こんな風になってるなんて。どうしてかわかる? それはね、隆信がマゾだったからよ。それもかなりのハードマゾ。だから私がこの部屋を造ったの。まあもともと私はSMクラブで女王様をしていたし、そもそも私達夫婦の出会いもそのクラブで、隆信は私の客だったの。で、前の奥様が亡くなって、隆信は結婚してくれと言うようになって、でも天下の冷泉商事の社長夫人の前歴が女王様では自分の立場がなくなるから、とりあえずホステスになってくれと言って、そういう訳で私は隆信の行きつけのクラブに入ってホステスになり、まるでそこで初めて会ったような顔をして隆信と関係を持ち、結婚したの。それに、ついでに教えてあげると、静香ちゃんが派手になったのも、私達夫婦のプレイを見ちゃったからなの。まあこれはあの人が死んでから静香ちゃん本人から聞いた話だから、まさかあの人も娘に知られているとは夢にも思ってなかっただろうけど」

私には、あの社長がマゾだったなんて信じられなかったが、この部屋がこうして実在する以上信じるよりなさそうだった。

「でもね、きっと静香ちゃんもSの素質があったのね。だって、偶然とはいえ父親の責められている姿を見ちゃったのよ、普通落ち込むでしょ? なのにこの子は違うのよ。勿論多少の嫌悪感や失望感はあったでしょうけど、それより、自分でもやってみたくてウズウズしたなんて言うのよ。それを告白されてからね、私達が仲良くなったのは」

私は間口に立ち尽くしたままその言葉を聞いていた。知らぬ間にペニスが萎えていて、それを静香嬢が咎めた。

「オマエ、これは失礼でしょ、マゾ豚のくせに」

そう言い、私の前に回ってしゃがむと、上目遣いでじっと私を見つめ、指先でペニスの先を弾いた。

「しかし汚くて貧相なチンポね」

美しい年下の女性の口から発せられた『チンポ』という言葉に私は勃起した。それを見て、ふたりはおかしそうに笑った。亜希子夫人が「どうしようもない変態ね」と失笑しながら私の背後へ来て、縛っていた両手を開放した。

「オマエのウチはあそこよ。今、繋いであげるからね」

見ると、部屋の一隅に毛布を敷き詰めた木箱とペット用の砂のトイレがあった。その傍らに赤い首輪があり、太い鎖が壁に続いていた。鎖の端は壁のフックに溶接されており、外れないようになっていた。その壁には簡単な棚が設えてあった。そこにはSM関係の雑誌が並んでいた。

「オマエは、ここにいる間は常に全裸で犬として行動するの。あっ、豚だったわね。で、私達がどこかへ出かけるときだけ服を着て、運転手として働くの。わかった?」

私は「はい」と頷き、静香嬢によってその一隅へ連れられていった。そして首輪を装着してもらった後、突然「ペロ、お座り!」と命令されて、私は慌てて犬のように膝をついてお座りをした。すると静香嬢は満足そうに「よしよし」と私の頭を撫でた。亜希子夫人が傍に来て、「これから餌は一日に二回、原則として散歩はなし、まあそこにある雑誌でも見てセンズリでもしてなさい。でも、オナニーの回数はそこのメモに記入しておくこと。発射する度に『正』の字で。わかったわね」と言った。

「はい」

私はお座りの姿勢を保ったまま頭を下げた。その後頭部を亜希子夫人が踏む。

「それじゃあ、とりあえず最初に、オマエはどんな風に責められるのが好きなのか、それと、どれくらい変態なのか一応聞いておこうかしら」

足が外され、顔を上げると、亜希子夫人が腕を組んで私を睥睨していた。ネグリジェの裾から覗く白い脚が眩しかった。そしていつの間にか静香嬢の手には鞭が握られていた。

「勿論どんな責めでもお受けいたします。贅沢など申しません。しかし特に所望させていただけますなら、アナルへの責めと言葉嬲りでございます。変態として蔑まれるとどうしようもなく興奮してしまうのです。どうか私をおふたりの玩具としてお使いください。それがマゾ豚としての最高の歓びでございます」

「そう。ところで、オマエは露出とか嫌い? 大勢の美しい女性達の前に恥ずかしい格好を晒して、それを嘲笑されるの。どう?」

亜希子夫人が訊いた。私はその光景を想像した。たまらなく魅力的だった。だから私は即座に返答した。

「大変光栄なことでございます。マゾ豚として、そんな嬉しいことはございません」

「じゃあ、明日、私の友人達を呼んでオマエのお披露目会をしましょう。みんな私と同じくらいの歳で、若くて、美しくて、そして何より天性のサディストばかりよ。オマエには記念の日になるわね。でも、その場でオマエを責めて喜ばすようなことはしないわよ。蛇の生殺しみたいに、ただオマエを私達の前に素っ裸で立たせて、私達はお喋りしながらたまにチラチラと見るだけ。オマエはオブジェになるの。どう? その場でのオナニーは厳禁よ。発射することは許さない。堪えられそう?」

果たして私にできるだろうか、と私は思案した。しかしすぐに、これはご命令なのだと気づいた。私に拒否する権利などない。やるしかないのだ。だから私は「お願いいたします」と答えた。

「決まりね。じゃあ明日の午後、庭でオマエの展覧会をやりましょう。みんなに伝えておくわ。勿論オマエが車で迎えに行くのよ。自分の恥ずかしい姿を見ていただくために自分で迎えに行くなんてマゾヒスティックでいいでしょ?」

そばでやり取りを聞いていた静香嬢が「私も参加したーい」と言った。しかし亜希子夫人はそれを窘めた。

「でも静香ちゃんは学校があるでしょ。だからまた別の日にやればいいじゃない、遊び仲間でも呼んで」

仕方なく静香嬢は納得したが、「じゃあ、その代わり今からこいつを鞭打ちしていい?」と鞭を空で切ってみせて訊いた。鞭が唸り、ヒュン、と耳元の空気を切り裂いた。

「駄目よ。明日展覧会だというのに傷がついちゃうじゃない。強制オナニーの見物くらいで我慢しなさい」

「はーい。じゃあペロ、シコって見せて。あっそうだ、これを突っ込んであげる」

静香嬢は私に四つん這いになって尻を上げるように命じ、私がそのとおりにすると、鞭の柄を私のアナルに突き刺した。あう、と私は喘ぎ、「ほら、早くやりなさい」という静香嬢の声にせかされながら、不自然な体勢でペニスを握り、その手を動かした。ふと目を上げると、そこには大きな鏡があり、なんとも屈辱的な格好をした自分自身が映っていた。それを見て、私は余計に興奮してしまった。ペニスの先から透明な汁がだらだらと溢れて、糸を引きながら床へと垂れた。

「うわあ、いやらしい。オマエ何を垂らしてるの? ほら、もっと自分で腰を振って。そう、ほんとオマエってどうしようもない変態ね。ほら、嬉しいなら嬉しい、気持ちいいなら気持ちいいって、ちゃんと言葉にして言うの!」

頭上から降り注ぐ静香嬢の言葉に私はますます高ぶり、激しく手を動かした。

「申し訳ございません、静香様。とても気持ちいいです。こんな破廉恥な姿を見ていただけて、ペロは幸せでございます!」

そう言うと同時に、私は呆気なく果ててしまった。「もうイッたの?」馬鹿にした口調でそう訊く静香嬢にわたしは力なく頷いた。亜希子夫人がティッシュの箱を私に投げつけた。

「ちゃんと自分で始末しなさい」

「はい」

私はティッシュを箱から抜き取り、床に飛び散った精子を拭った。そしてそれが終わると、亜希子夫人が「もう明日までオナニーはお預けよ」と言って、再び私の両手を背中に回させ、今度は手錠で拘束した。そして「ほら、手錠をかけてもらったのに、お礼はどうしたの」と激しく私の頬を張った。私はひれ伏し、「ありがとうございます!」と額を床につけた。

「静香ちゃんにもお礼を言わなくては駄目でしょ。オナニーなんて汚いものを見てもらったのだから」

私はまだアナルに鞭の柄を咥え込んだまま静香嬢のほうを向き、同じように頭を下げた。

「ありがとうございました」

静香嬢が哀れむように私を見下ろして首を振る。

「オマエもまだまだね。言われなきゃお礼も言えないなんて。ちゃんとした躾が必要みたい。でも安心しなさい。私達がオマエを立派なマゾ豚奴隷としてきちんと調教してあげるから」

「よろしくお願いいたします」

そう私が答えると、静香嬢は私のアナルから鞭を引き抜き、それを私に放った。そして、「洗っておきなさい」と命じた。しかし私の両手は背後で拘束されているため使えなかった。だから私は恐る恐る尋ねた。

「静香様、私は今、手を使うことができません。どうしたらよろしいでしょうか」

すると横から亜希子夫人が、「オマエはバカか」と肩を竦めて言った。

「口があるでしょ、口が。舌で舐めて綺麗にするのよ。ほんと頭が悪いんだから」

「申し訳ございません」

再び私が額を床につけると、ふたりは侮蔑の視線を投げながら退室した。置き去られ、私は唐突にひとりになった。私は項垂れながら天井に灯る裸電球を見上げた。すると、深い自己嫌悪が襲いかかってきた。しかし全身には鉄の塊のような暗い充足感が満ち満ちていて、ひとりになって時間が経過していくにつれて支配されることの歓びがじわじわと湧いてきた。そして、私はふたりの女王様に対して心から感謝の気持ちでいっぱいになった。

その夜は殆ど一睡もできずに私は朝を迎えた。短い夜が去り、高みの窓から朝の光が暗い土蔵の中に差し込んで、うらぶれたSMルームを照らしていく様子を、私は感慨深く眺め続けた。そうしながら私は、自分が本当に変態の世界に堕ちたことを実感していた。

やがて静香嬢が朝の餌を持って現れ、手錠を外すと、無言のまま私に背広を手渡した。私はそれを着た。しかしパンツは履かせてもらえなかった。シャツを着てネクタイを締め、直接ズボンを履いて上着に袖を通した。朝の餌はバナナ一本だった。すぐに食べ終えると、そこでようやく静香嬢は口を開いた。

「さあ、早く学校へ送っていって」

静香嬢を学校まで送り終えた後、昼過ぎまでまた全裸で過ごし、一時過ぎに再び背広を着て、今度は亜希子夫人の指示に従って展覧会の招待客のうち、三人を迎えに行った。私は命じられたとおり三軒の家を回った。三人の招待客は、みな美しい女性ばかりだった。その誰もが、あらかじめ亜希子夫人から話を聞いているからか、恭しくドアを開ける私を冷ややかな目で眺め、ふん、と鼻であしらうような態度で車に乗り込んできた。一言も口はきいてもらえなかった。しかし私は、車内に充満する香水の香りを嗅ぎながら、これからこの方達の前で破廉恥な姿を晒すのだ、と考え、勃起した。

屋敷に着き、皆様を庭へ導いていくと、既に他の招待客の方々が到着していて、総勢十人ほどの若く美しい女性たちが思い思いのスタイルで寛いでいた。亜希子夫人も深紅のチャイナドレスに着替えていて、一際素敵だった。私は案内を終えると、急いで飲み物の用意などに取り掛かった。

夏の日差しが緑の芝生を輝かせ、招待客の方々の派手な色彩のいでたちをさらに際立たせていた。私はその間を、飲み物を配って歩いた。招待客の方々は、みな超ミニのスカートで、剥き出しの太腿が悩ましく、眩しかった。

そして、展覧会はいきなり始まった。招待客が全員席に着き、私は亜希子夫人に呼ばれた。

「さあペロ、皆様の前に立って、早く服を脱いでご挨拶なさい」

「はい」

私はその場で背広を脱ぎ、美しい女性達の前に全裸を晒した。一斉に非難の声が上がった。

「いやあ、こいつ勃ってるー」

「ほんと亜希子さんが言っていたとおり変態ね」

「最低」

そんな屈辱的な言葉を浴びて私は全身真っ赤になりながら、それでも挨拶をした。

「皆様、私の名前はペロ、今ここにはいらっしゃいませんが、静香お嬢様に名付けていただきました。私は亜希子様と静香様の奴隷でございます。しかもこのとおりの変態マゾ豚でございます」

嘲るような笑いが広がった。私は好奇の視線に堪えられなくなって、俯いてしまった。すかさず、厳しい亜希子夫人の叱責が飛んだ。

「ペロ! 気を付けしてちゃんと顔を上げていなさい!」

「はい!」

弾かれたように顔を上げると、爆笑が湧き起こった。私は震えながらその蔑みに堪えた。「オマエ幾つ?」とブルーのスーツを着た女性に聞かれ、「三十六です」と答えると、「こんな格好を晒して自分より一回りの年下の女性達にバカにされて恥ずかしくないの?」と質問された。私は「とても嬉しいです」と返答した。するとその女性は、「ほんと救いようのないバカ」と刷き捨てて眉を顰め、挑発するようにわざと大きく開いた胸の谷間を私に見せつけた。私は腰をくねらせながら、オナニーさせてくださいという言葉を必死に飲み込まなければならなかった。

「こいつ、なんか悶々としてるわよ」

イエローのスーツを着た女性がおかしそうに言って全員の目を私に向けさせた。亜希子夫人がさらりと言った。

「ああ、たぶんこの場でオナニーがしたくてたまらないのよ。でも許可しちゃ駄目よ。今日は絶対に射精してはいけないことになっているのだから、甘やかさないで」

「かわいそう」

「哀れねえ」

そんな声があちこちで上がった。

しかし、私が皆様の相手にしていただけたのはこの時までだった。後は、完全に放置された。すぐに興味の対象から外されてしまったのか、以後は一言も言葉を掛けてはもらえなかった。誰もが私の存在など無視して、それぞれ楽しそうに談笑を始めた。それでも私はその場に立ち続けていなければならなかった。性器を勃起させたままモジモジしながら、私はひたすら展覧会の終了を待った。

そして展覧会は一時間ほどで終わった。招待客達はタクシーで帰っていった。結局最後まで私はもう誰からも話しかけられなかった。私は全員が屋敷を後にすると、全裸のままで後片付けをし、それから服を着て静香嬢を学校へ迎えに行った。何をされたというわけでもないのに、いつまでも勃起がおさまらなかった。

「ねえ、どうだった?」

リアシートに乗り込んでくるなり、そう静香嬢に訊かれた。

「素晴らしく屈辱的でとても興奮いたしました」

私がアクセルを踏みながらそう答えると、静香嬢は楽しそうに言った。

「そう、よかったわね。じゃあ、今度は来週、私の番よ。来週中に私の友達にもオマエを見せることにしたの。でも喜んで。私達は亜希子さん達みたいにただ見るだけじゃなくて、ちゃんと虐めてあげるから」

私は今、薄暗い土蔵の中で、一糸纏わぬ姿で後ろ手に手錠を掛けられ、犬のように首輪を巻かれて鎖に繋がれながら、小さな窓の外が暗くなっていくのを見ている。いつのまにか雨が降りだしたのか、しとしとと雨垂れの音が聞こえる。この家に勤めて三年、私はその月日を思い返していた。もともとはこんな人間ではなかった筈だ。それがどこでどう道を踏み外してしまったのか、今では完璧な変態マゾ家畜になってしまった。しかし正常な精神では理解不能なこの姿こそ、紛れもない真実の私なのだ……。

やがて扉が開き、亜希子夫人と静香嬢が現れた。私は振り返り、条件反射的にふたりに向かって跪くと、額を床に擦りつけた。

「ペロ、今日はよく我慢したわね、偉いわ。だからご褒美に今夜はご馳走をあげる」

亜希子夫人は何も入っていないステンレス製の深いボウルを私の前に置いて言った。その後ろで静香嬢が、ご飯だけをよそった皿を手に持っている。私は怪訝そうに首を傾げた。しかしふたりともニヤニヤ笑うばかりで何も答えなかった。

「じゃあまずは飲み物からね」

答えの代わりに亜希子夫人はそう言うと、いきなりスカートをたくし上げてパンティを下ろし、ボウルの上にしゃがんだ。そして勢いよく放尿を始めた。私は唖然となりながらその光景を凝視した。見る見るうちにボウルの中に聖なる水が溜まっていく。撥ねた金色の雫が床に飛び散り、ツンとした香りがモワっと広がった。じきに亜希子夫人は放尿を終え、短い溜息を漏らすと、ティッシュで股間を拭ってそれを私の顔に投げた。続いて、静香嬢がご飯の皿を私の前に置いた。

「ここからが本番よ」

私の目を見て静香嬢は言い、意味深な笑みを浮かべながらスカートを捲ると、パンティを脱ぎ、皿を跨いで腰を落とした。股間を彩る黒々とした恥毛が艶やかに光る。

「今日は特別にカレーを食べさせてあげるわ。嬉しいでしょ、ペロ。なんか朝から冷たいものばかり飲んでいたせいかお腹を壊しちゃったみたいなの」

静香嬢はしゃがんだまま私を見つめて笑った。そして、数秒後、いきなり凄まじい破裂音が響いた。と同時に殆ど水状になった排泄物がご飯の上に噴射された。強烈な芳香が部屋に満ち、ご飯から湯気が上った。私は大きく目を見開きながら、その常軌を逸した情景にすっかり心を奪われてしまった。ついに堕ちるところまで堕ちたな。私は妙に晴れ晴れとした気持ちで冷静に自らの運命を受け入れていた。

静香嬢は排便を終え、「ああすっきりした」と言いながらティッシュで尻を拭くと、それを私の寝床である木箱の中に放り捨てた。

「さあペロ、遠慮はいらないわ。お食べなさい」

天使のように微笑んで静香嬢が私を促した。隣で亜希子夫人も頷いている。私の体は、自分の意思とは関係なく小刻みに震えだした。それでも私は声を振り絞ってふたりに礼を述べた。

「亜希子様、静香様、本当にありがとうございます。こんなご馳走をお与えいただけるなんて、ペロは世界一の幸せ者にございます」

私はまず聖水の皿に屈み込み、犬のように舌を使ってそれを飲んだ。苦味が舌先を刺激し、痺れが走る。次にカレーに向かった。しかし、そこで私に残されていた最後の理性の欠片が、一瞬躊躇させた。それでも私は一度ぐっと唾を飲み込み、意を決して静香嬢の下痢便がふんだんに盛られた特製カレーライスに顔を近づけた。肉体が生み出す最高かつ崇高な芸術作品が至近距離に迫り、至福の芳香が私を包む。私は後頭部に突き刺さるふたりの視線を痛いほど感じた。

「さあペロ、食べるのよ!」

揃えて発せられたふたりの声に、私の中で精神の箍が完全に外れた。私にとって、おふたりの言われることは絶対命令であり、それは神の声に等しい。私は「いただきます!」と叫ぶと、果敢に口いっぱいカレーライスを頬張った。歓喜の涙が溢れだす。

その刹那、私は人間という存在を軽やかに超越し、華々しく黄金色に輝く倒錯の世界と同化した。

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