ア・ウォーク・オン・ジ・アザー・サイド

そのドアを開けた時、いきなり、あまりにも常軌を逸した光景が視界に飛び込んできて、私は思わず言葉を失ってしまいました。部屋の広さは二十畳くらいでしょうか。マンションの一室としては、かなり広い方です。都心の一等地に建つマンションで、この広さを有するとなると、おそらく億は下らない物件でしょう。当然建物の最上階、ペントハウスです。この十三階のワンフロアを占有しています。そして、この部屋はその中のリビングとして使われているスペースで、部屋は他に五部屋あるそうです。これは今回案内して頂いたH氏に聞いたのですが、この部屋の持ち主は都心にいくつものビルを所有している企業グループのオーナーで、しかし名義は別のようです。

大きなガラス戸には今、分厚いカーテンが弾かれ、壁と天井に埋め込まれた間接照明が淡く室内を浮かび上がらせています。床には毛足の長いグレーの絨毯が敷き詰められていて、調度品の類は何もありません。

いや、窓際に、椅子が並んでいます。数えてみますと、それは五脚あり、それぞれに美しい女性が優雅に脚を組んで煙草を燻らしながら座っています。空いている椅子はありません。そして、それぞれの女性の前には全裸の男性が跪いていて、しかも驚いたことに、男達は一心不乱に女性の足の臭いを嗅いだり、口に含んだりしているのです。

ドアを開けたら、いきなりそんな光景が目に飛び込んできたのです。言葉を失って当然でしょう。私はH氏と並んで間口に立ち尽くしたまま、口をあんぐりと開け、しばらく痴呆のようにその異常な光景を眺めていました。男達はとうに私の存在に気付いている筈なのに、全く意に介さない様子で、黙々と女性の足先に集中しています。女性達も、ドアを背にして立つ私達に視線は送ってくるものの、足元に跪く全裸の男達に足を与え続けています。

部屋にBGMはありません。聞こえてくるのは、男達の荒い息遣いと、ピチャピチャという足の指を舐める音だけです。女性達はほぼ無言ですが、時折小声で隣の人と何か囁き合い、含み笑いを漏らしています。

私は隣のH氏の袖口を引っ張り、耳元に口を寄せました。別に声を出してはいけないとは聞いていなかったのですが、何やら声を立てるのが憚れるような雰囲気だったので、私自身それに飲まれていたのでしょう。

「Hさん、これは何なのです?」

「面白いでしょう。まあ、いわゆる足フェチパーティーですよ」

H氏は唇の端を歪ませてニヤニヤと笑いながらそう言います。私は再び部屋を見渡し、ひとりの男が目の前の女性の足を舐めながら自分自身の性器をシゴいていることに気付き、そのことをH氏に告げました。

「右から二番目の人、マスターベーションしているみたいですけど」

「ハハハ、そうですね。やってますな」

相変わらずH氏は慣れたものです。そんなH氏を横目に、私はその時ようやく気付いたのですが、この部屋は空調が切られているうえに閉めきられているので、非常に暑く、何やら饐えたような匂いに満ちていました。多分、ここにいる人達の汗や体臭でしょう。よく見ると、全裸の男性陣はびっしょりと汗を掻いています。椅子に座っている女性達も暑いのでしょう、顔がテカっています。しかし、五人とも化粧映えのする派手な顔立ちの美人なので、濃厚なフェロモンを発散しているようです。それを眺めながら私は、うっすらと汗を掻く女性というのもなかなか魅力的だな、と思いました。

全裸の男達に対して、女性は皆、服を着用しています。OL風のスーツを着ているのが二人、ジーンズにTシャツといったラフな格好が三人です。中でも、一段と目を引く女性がいます。これは私見も多分に含まれますが、その女性は凄い美人です。ロングヘアで、二十代前半でしょうか、まるでモデルのようです。その女性は、一番左端の椅子に座っていて、さっきから両手を頭の後ろに回して組み、椅子の背凭れに反り返っています。その彼女は超ミニの黒いスカートに、体にぴったりと密着した濃い赤色のTシャツを着ているのですが、そのTシャツにはところどころ汗沁みが出来ていて、私はこういう美しい女性の汗沁みなどこれまで一度も見たことがなかったので、少しドキリとしてしまいました。腋の辺りなど、丸く色が変わってしまっていて、汗の多さを物語っています。

これだけ暑いのですから、足も相当きているでしょう。いくら美人でも、汗を掻いた足は臭い筈です。しかし男達は嬉々として匂いを嗅いだり口に含んだりしています。

「凄いことになっていますね」

私が呆れ気味にそう言うと、H氏はゆっくりと首を横に振ってこう言いました。

「こんなのまだ序の口ですよ。見ててください、だんだんもっとすごいことになっていきますから。なかなか面白いですよ。他では絶対に見られないですから」

それからほどなくして、例の私好みの女性の足を舐めていた男が動きました。男は女性の長い脚を自らの股間に引き込むと、その脹脛あたりに性器を擦りつけて腰を振り、鼻先を汗沁みの出来た腋の下に押し付けてフンフンと匂いを嗅ぎだしました。女性も男が匂いを嗅ぎやすいようにさらに腕を上げて、まとわりつく盛りのついた犬のような男を冷ややかな目で見据えながら、男の股間に引き込まれた脚を、脛で男の性器を擦るように動かしています。男は殆ど女性にしがみつくような格好です。左手で女性の脚を引き込み、右手を腹から腰にかけてに回して抱きついています。

「ほら、真ん中も面白いですよ」

H氏が私の腕を引いて促しました。見ると、なんとその男の顔はべっとりと唾に塗れています。女性が浴びせたのです。男はそんな屈辱的なことをされてもなお恍惚の表情を浮かべています。見ているうちにも、女性はペッペッと唾を男の顔に吐き、男はそれを両手の手のひらで顔を洗うように伸ばしては、さらにそのベトついた手で勃起した性器をシゴいて喘ぎ声を漏らしています。

正視に堪えられない光景です。脚に性器を擦りつけてヨガる者、女性の足の裏で包み込まれてシゴかれながら腰を浮かせている者、スカートの中に顔を突っ込んでいる者、顔に揃えて両足の裏を押し付けられてそれを狂ったように舐めている者、そして件の唾塗れの者。五者五様の倒錯した性欲が咲き乱れています。やがて次々に射精が始まりました。あちらこちらで精子が飛び散っています。私は頭がクラクラしてきました。部屋はおそろしく暑く、しかし眩暈の理由はそれだけではありません。生まれて初めて目の当たりにした異常性愛に、私はノックアウトされていたのです。半袖のシャツは汗でべっとりと肌に張り付き、喉はカラカラです。大きく見開かれた目は乾き、体は金縛りにでもあったかのように動きません。いや、動けないのです。そんな私に向かってH氏が言いました。

「やはり、少し刺激が強すぎましたかね。では、あちらの部屋へ行きましょうか。このパーティーは、一度射精したからといって終わりではありません。パートナーを代えて延々と続きます。多分、終了は明け方になるでしょう。ですから、はっきりいって、いつまでも見ていたらキリがありません」

H氏はそう言うと、半ば放心状態である私の手を引いてドアを開けました。既に精神が弛緩していた私は、数秒遅れて頷くと、ヨロヨロとした頼りない足取りでH氏に引かれるままに部屋を後にしました。

ドアが閉じられる寸前、私は好奇心に駆られてもう一度内部を覗き込みました。すると、薄暗い室内では、男性陣全員が射精を済ませて、ぞろぞろと移動を始めたところでした。

「まあどうぞ。飲み物は何がよろしいですか」

H氏は私にソファを勧めてから、そう聞きました。私は、何か冷たいものを、とこたえてから、崩れ落ちるように深々とソファに腰を降ろしました。

この部屋は、応接間兼オフィスといった趣の部屋で、ソファセットと事務用のデスクがあります。そのデスクの上にはパソコンと電話機だけが載っています。どこかの壁にスピーカーが埋め込まれていて、小さくショパンのノクターンが流れています。ブラインドの閉じた窓の前には大きなサボテンの鉢があり、H氏はその脇に設置された小型の冷蔵庫からアップルタイザーの壜を取って、キャビネットからグラスを取り出しました。私はそんなH氏をぼんやりと見続けながら、シャツの胸ポケットから煙草を出して、テーブルの上の灰皿と対になった大理石の卓上ライターで火をつけました。そこへ、H氏が冷たいアップルタイザーをグラスに満たして持ってきてくれました。

私は会釈をしてそれを受け取り、半分ほどを一息に飲みました。喉を下っていく炭酸の感触が、私を現実の世界へと引き戻してくれていくみたいです。さっきまでの暗い部屋とは違い、この部屋は人工的な明るい蛍光灯の光で満ち満ちています。座り心地の良いソファに身を沈めながら煙草を吸い、飲み物を飲んでいると、ようやく私は落ち着きを取り戻していきました。

「噂には聞いたことがありましたが、実際にこういう世界があるのですね」

短くなった煙草を灰皿に揉み消してから私は言いました。するとH氏は軽く微笑んで、飲みかけのグラスをテーブルに戻してから、ゆっくりと煙草に火をつけて脚を組みます。

「そうですね。まさに変態どもの宴ですな」

「宴というより、巣窟といった感じですが」

そう私が言うと、H氏は声を上げて笑います。

「ハハハ、巣窟。確かにそうですな」

H氏は、この部屋のオーナーとは古くからの付き合いだそうで、そのオーナーから各種パーティーの開催を依頼されてプロデュースをしていらっしゃる方で、頂いた名刺の肩書きはプロデューサーでした。年齢は四十代前半と思われ、三十五歳の私よりは年上の筈ですが、全然年齢を感じさせません。イタリア製のダークスーツに身を包み、手首にはローレックスのデイトナが覗いています。薄い茶色の縁なし眼鏡の奥の瞳は穏やかで、物腰には品の良さが滲み出ています。それに比べて、そんなH氏の前に座る私ときたら、色褪せた半袖のダンガリーシャツにカーキ色のチノパン姿で、釣り合いが取れないといったらありません。しかし、こちらはしがないルポライターですから、それは仕方のないことです。

私は、普段署名記事を書いている週刊誌から先日、ルポの依頼を受けました。大学の先輩でもある編集長から、面白い所があるからルポしてきてくれ、と頼まれたのです。が、どういう場所のなのかは一切教えてもらえず、命の危険は絶対にないからその点は心配ない、と言われ、私は訝しみながらも義理があるので引き受けました。そして、そういう返事を返したにもかかわらず、それ以上のことはどれだけ頼んでも編集長はニヤニヤ笑うばかりで、何も明らかにはしてくれませんでした。

という訳で、私は何の予備知識もないままに、この変態の巣窟に足を踏み入れたのです。H氏については、窓口にあたる人物だ、と言って編集長から渡された一枚の紙片に名前と電話番号が記されていました。私は早速アポイントメントを取り、今夜の約束を交わしたのです。

「まあ今のも充分面白い見せ物ですが、今夜はもっと異常なプレイが見られますよ」

H氏はそう言うとグラスの中の飲み物を飲み干し、煙草を消しました。

「どんなものですか?」

今目の当たりにしたもの以上に異常なものなどあるのだろうか、と首を捻りながら私は聞きました。するとH氏は脚を組み替え、もうすぐある女性とある男性がやってきます、と言いました。そして、こういうパターンはあくまでも特別なのですが、と前置きした上でH氏は説明を始めました。

「普通、ここでのパーティーというのは、複数対複数が基本なのですが、会員から強い希望があり、こちらでパートナーを探して対応出来ると判断した場合に限って個別のプレイが提供されます。当然、そのために掛かる費用は普通の場合に比べて高くなります。ここでは基本的に男性陣から会費を頂き、女性陣にはギャラを支払っているのですが、個別プレイの場合は男性の側から出されるリクエストがかなりマニアックなので、なかなか相手がみつかりません。運良くこちらで連絡先を把握している女性のリストの中からパートナーを探せればいいのですが、見つからない場合はインターネットなどを使って募集します。しかし、今回はそれも出来なかったのです」

「どうしてですか?」

私は聞きました。俄然、今夜これから行われるというプレイに興味が湧いてきました。H氏が言葉を続けます。

「説明します。まず今夜の場合、あるリクエストがある男性会員から出されました。その内容は後で実際に見ていただいた方がより衝撃的なので明らかにはしませんが、かなりマニアックな要望でした。というのも、プレイの内容はともかく、問題だったのは、要望として出されているパートナーの年齢指定だったのです。このリクエストを出された男性会員というのは、名前は言えませんが、財務省に勤める四五歳のキャリア官僚で、ここの創立以来の会員なのですが、相当なマニアです。これまでにも何度か個別プレイの依頼を受けてはきたのですが、今回は特別でした。なんと彼は、現役のコギャルとプレイしたいと言うのです。年齢は十四歳から十七歳まで。学校は行っていても、行っていなくても構わないが、絶対にギャル風の女の子で、というものでした。さすがに私は困りました。なぜなら、ウチのリストに載っているのは十八歳以上の大人ばかりですし、ネットで募集を掛けるにも、最近は新しい法律で未成年の勧誘はかなり厳しいですから、ままなりません」

「で、どうされたのですか?」

私はいったんそこで言葉を切ったH氏に先を促しました。

「仕方ないので、知り合いのホストに頼んで夜の街で探しましたよ」

「それで、見つかったんですか?」

「ええ、苦労の甲斐がありましてね。何せ、私もホストと一緒に街に立って、会員から出されたリクエスト、例えば、大柄だとか、少しヤンキーっぽいとか、下品な感じだけど顔はあくまでも可愛いとか、難しい注文を箇条書きにしたメモを持って街を行く女の子を品定めしたのですから。それで、確か十人目くらいでしたね、ようやく話がまとまったのは。とにかく、プレイの内容を話すと、殆どの子が顔を顰めて去って行ってしまうんですよ。まあ、その反応が普通なんですけどね。ほんと、リクエストが異常ですから。まあ、ですから、パートナーが見つかったこと自体、私は奇跡と思っているんです」

「その女の子がもうすぐここへ来るのですね」

「ええ、間もなく来ると思いますよ。十時の約束ですから」

腕時計を見ると、九時四十分でした。私はその女の子がどういう子なのか気になってH氏に訊ねました。

「その子のことは教えていただけませんか」

「簡単なプロフィールで良ければいいですよ。男性会員については規約で一切明かせませんが」

「お願いします」

私は取材用のメモを開き、ボールペンを持ちました。

「名前は春香、季節の春に香りと書きます。十六歳です。高校は一年で辞めたとかで、現在はプーですね。もう、見るからにコギャルですよ。背はリクエスト通りで、かなり高いですね。一七五はあるんじゃないでしょうか。体格も立派ですよ、到底私や貴方では太刀打ち出来ません。まるで可愛いプロレスラーみたいな子ですよ」

「へえ、そんなに体格が良くては、相手の人も相当逞しい感じの人じゃないと釣り合わないですね」

「いやいや、後で見てもらえば分かりますが、男性の会員の方は、かなり小柄な方ですよ。背も低いですし、痩せていますしね。まあ、しかしキャリア官僚ですから、態度だけはかなりタカビーですけど」

「そういう人って多いんですか? つまり、社会的地位の高い人という意味ですが」

「そうですね。一概にそうだとは言い切れませんが、確かにそういう人は多いですね。上級公務員や、会社の幹部クラスとか。でも、それ以上に多いのが、学校の先生とか警察官とか、堅い職業の人ですね。それでも、最近は普通の人も多いですよ。中にはガソリンスタンドの店員とか、スーパーの店員とか、普段からサービス業で客にペコペコしている人なんかが会員として増えていますね」

私は新しい煙草に火をつけて、さらに質問しました。

「あのう、本当に素人じみた質問で恐縮なんですが、ここの会員であるフェチという性癖のある人は、俗に言うSMのマゾとは違うものなんですか? 私なんか一緒に思えてしまうのですが」

「うーん、難しいところですが、深い部分では繋がっているでしょうね。確かに、今夜これからやって来られる財務省のキャリアの人も、いざプレイになると、普段の態度からは想像出来ないくらいオドオドして、敬語を使ったりしていますからね。ですから、まあ彼の場合はかなりマゾの度合いが強いでしょう。というか、いわゆるエゴマゾと呼ばれる範疇に含まれますね。でも、本来は微妙に違うらしんですよ、彼らにとっては」

「どういう意味でしょうか?」

「まあ、私にもよく分からないのですが、つまりSMプレイの場合だと、女王様のオシッコや唾を浴びたり飲んだりというのは、あくまでもご褒美的要素が強いのです。しかし、彼らフェチは、最初からただ女の人のオシッコや唾だけが目的ですからね。ご褒美ではないのです。この違いが分かりますか?」

「うーん、難しいですね。でも、なんとなく分かるような気がしますね。もちろん、なんとなくそんな気がするだけで、理解が出来るのとは違いますが」

私は正直に感想を述べました。H氏も首を縦に何度も振って同意します。

「そうでしょうね。実は私も分からないんですよ、もうこの企画を始めて五年になるんですが、未だに彼らの心情を把握しているとは言えません。何せ、こちらはいたってノーマルな人間ですから」

「そもそも、彼らは何が嬉しくて臭い足なんかを喜んで舐めたり、匂いを嗅いだりするのでしょうか?」

私はいまいち彼らの心情が理解出来なくて、H氏に訊ねてみました。するとH氏は腕組みをしてしばらく考えた後、こう言いました。

「結局、ギャップに尽きるでしょうね。つまり、見かけはすごく綺麗なのに足は信じられないくらい臭い、という。誰も自分は足が臭いとは言いませんからね。そのギャップというか落差に痺れるのでしょう。だから、足の臭いその相手の女の人が美人であればあるほど彼らは歓喜します。おそらく、本人しか知らない臭い足を自分は舐めている、という状況そのものに酔っているのでしょう。ですから、彼らは決してブスとはプレイしませんよ。臭い匂いはブスでも美人でも大差ないのに、彼らフェチにとっては全然意味合いが違うらしいのです。そういう意味では、とてもプライドが高いですね、彼らフェチという人種は」

H氏はそう言うと、ソファの背凭れに力を抜いて凭れ掛かりました。と、その時、ピンポーンとチャイムが鳴りました。H氏は時計を見て、来たようですね、と席を立ちました。

「これからルームの方で今夜のプレイの内容について簡単なレクチャーをしますので、あなたはしばらくここでお待ちください。何と言ってもリクエストがリクエストですから、ちゃんと説明しておかないと大変ですからね。一応女の子にはギャラを払うのですから、ちゃんと会員の方のリクエスト通りにやってもらわないと困りますし。相手の会員さんが来られたら、そちらのインターフォンで連絡しますので、廊下の一番奥の部屋へ来てください。そこからルームの中が、マジックミラー越しに鑑賞出来ます。では、ちょっと行ってきます。それで、一応プレイの開始時刻は十時半の予定ですので、それまでそこの書棚の本や雑誌でも読みながら待っていてください、では」

H氏はそう言い残して部屋を出ていきました。取り残された私はH氏に言われた通り、書棚から雑誌を抜き出してソファに戻りました。雑誌はこの部屋の雰囲気とは全くそぐわないアウトドアの専門誌でした。私は河原での正しいテントの張り方という記事を読みながら、数十分後に遭遇するであろう異常なプレイを想像していました。ですから、記事の内容など全然頭には入ってきません。

気が付くと、スピーカーから流れてくる音楽が、ショパンからモーツァルトの魔笛に変わっていました。

それからどれくらい経った頃でしょうか、私は雑誌を諦めてメモを整理していたのですが、コンコン、と控えめなノックがされて、ドアが細く開きました。見ると、H氏が顔を覗かせています。

「今、例の春香ちゃんを連れてきているんですが、ちょっとインタビューしてみます?」

私はメモ帳をテーブルに置き、是非、とこたえました。

ドアが大きく開かれ、H氏の後に続いて春香という娘が入ってきました。なるほど、大きな女性です。完璧にギャル風で、金色に染めた髪を後ろで束ねています。ノースリーブの体にぴたりと張り付いた青いシャツに、白いデニムのホットパンツを履いています。そのパンツの裾は極限まで短く、小麦色に日焼けした逞しい太腿が剥き出しです。足元は真夏だというのに十センチはソールのある編み上げの厚底ブーツで、灰色のソックスが覗いています。この季節にブーツでは、足は蒸れ蒸れでしょうが、たぶんそれも客からのリクエストのひとつなのでしょう。

それにしても、いい体格をしています。二の腕も力強そうですし、脚もムッチリとはちきれんばかりです。背丈もH氏より頭ひとつ分は抜き出ていて、なんともいえないオーラを放っています。マゾの気のない私でも、少したじろいでしまうほどです。顔立ちは派手です。きつい眼差しの大きな目の周りにはラメ入りのアイシャドウが塗られており、唇には白い口紅です。眉毛はおそらく描いているのでしょう、少し吊り上っています。感じとしては、タレントのミヅキアリサをギャルっぽくして体格を良くした感じです。

「じゃあ、春香ちゃん、こっちに座って」

H氏は私の向かいのソファに春香嬢を座らせました。彼女はソファに身を沈めると同時に脚を組みました。やましい気持ちはなくとも、自然と目はムッチリとした太腿にいきます。さすがに十代の少女だけあって、二十代や三十代とは肌の張りが違います。続いてH氏もその隣に腰をおろしました。そして、私に向かって言います。

「彼女が春香ちゃんです。ほんと、私にとっては女神ですよ、訳の分からないリクエストに応えてくれるのですからね。ところで、一応彼女には、これから行われるプレイをあなたがマジックミラー越しに鑑賞することは了承してもらっています」

「お願いしますね」

私は春香嬢に言いました。

「こちらこそ。今、この人に詳しいことを聞いたんだけど、早い話が、変態を苛めればいいってことでしょ」

そう言って春香嬢はH氏の方を見ました。H氏が満足そうに頷きます。

「その通りです。相手の方もそれを望んでいますから、心置きなく馬鹿にして、苛めてやってください」

H氏はそこでいったん言葉を切り、私に言います。

「彼女、この暑いのに、これ見てください、ブーツですよ。これもリクエストですけど。しかも彼女、今日は一度もこのブーツを脱いでいないんですよ。靴の中がどうなっているか、想像出来るでしょう。それと、彼女が今履いている下着、これなんかもう三日履きっ放しですからね。どうですか、すごいでしょう。まあ、みんな相手方からのリクエストなんですけどね」

それを受けて春香嬢が続けます。

「ついでに、腋毛もここ数日、剃ってないわよ。だって、この前Hさんに剃らないでおいてくれって言われたもん。だから、ぽつぽつ生えてきてるの。見てみる?」

私は別にそんなものは見たくないので首を振りました。その代わり、春香嬢に訊ねました。

「こんなことを聞いたら失礼かもしれませんが、やっぱり靴下も下着もムレムレですか?」

すると、春香嬢は面白そうに笑います。

「あったりまえじゃん。パンツも靴下も相当きてると思うよ、ハハハ」

あっけらかんとしたものです。恥じらいなんて、どこにもありません。私も思わずつられて笑ってしまいました。

「そりゃそうですよねえ、しかも、今日はまたかなり暑かったし」

「うん。でも、こんなに楽なバイト他にないし。だって、臭い匂いを嗅がせて苛めてればいいんでしょ? かなり楽じゃん」

すかさずH氏が口を挟みます。

「春香ちゃん、ガンガン苛めてやってよ。手は抜かないでね。なんといっても、相手は財務省のエリートだからね。プライドの塊みたいなもんだよ。だから、それを思いっきり叩き潰してやって」

「オッケー。任しといて。変態のくせにエリートとは生意気な奴だね。たっぷりとお仕置きしてやらなくっちゃ」

にっこりと笑って春香嬢が言います。ぞっとするほど冷たい笑みです。唇の端を歪ませ、カラーコンタクトの青い瞳にはサディスティックな光を宿しています。もう早く始めたくてウズウズしている感じです。その頼もしい返事にH氏は何度も頷き、私に言いました。

「それじゃあ、私達は行きます。もう間もなく会員の方も到着されますからね。では、後五分くらいしたらインターフォンで呼びますから、先程説明した部屋へ来てください」

H氏はそう言うと、春香嬢を促して部屋から出ていきました。再びひとりになった私は、言い知れぬ期待感がふつふつと湧いてきて、果たして、どんなプレイが見られるのだろう、と胸が高鳴りました。

腕時計を見ると、十時半まであと五分くらいでした。私はソファの背凭れに背中を預けて、煙草に火をつけました。

その部屋は四畳半くらいの広さで、壁の一面が、床から天井まで鏡張りです。その鏡の前に椅子が三脚並んでいます。明かりは小さな間接照明が灯っているだけです。H氏はドアを閉じると、私に椅子に座るように言いました。

私はH氏と並んで椅子に腰掛けました。H氏は手に持ったリモコンで間接照明を完全に落とすと、続いて鏡の向こうの部屋に明かりを入れました。

目の前に、ぽつんと真ん中に椅子が置いてあるだけの部屋が浮かび上がりました。床は板張りで、壁はコンクリートの打ちっぱなしです。

「それでは始まりますよ。こちらからは向こうが見えますが、向こうからこちらは見えません。音はスピーカーで聞こえるようになっています。それと、さっきの春香ちゃんは我々がここで見ていることを知っていますが、相手の方は知りません。だから、かなり破廉恥な姿態が期待出来ますよ」

H氏はそう言ってリモコンを床に置き、腕組みしました。私は息を詰めて鏡の向こうを凝視しました。

数秒後、ドアが開いて、春香嬢がひとりで入室してきました。椅子に座り、脚を組んで煙草に火をつけます。ちらりとこちらを見て、含み笑いを漏らします。見られていることを知っていての笑みでしょう。しかし、どこに我々がいるかは分からないから、どことなく視線が定まっていません。そして、煙草を二回くらい吹かした後、床で踏み消し、春香嬢は、暑いわね、とシャツの胸元をパタパタさせました。H氏によると、向こうの部屋には冷房が効いていないそうです。まあ、それも匂いフェチの会員の為にそうしているのでしょう。汗を掻けば掻くほど匂いは強まるものです。スピーカーから春香嬢の声が響いてきます。彼女は、もうひとつのドアに向かって声を掛けました。

「変態、早く入ってこいよ」

すると、間髪入れずにドアが開いて、全裸の男が股間を手で隠して入ってきました。予め財務省のキャリア官僚と聞いていなかったら、とてもそうとは思えないほどオドオドした物腰です。男は背中を丸めてチョコチョコと春香嬢の前まで歩いてくると、とても自然な動作で彼女の足元に跪きました。そして、前もって彼女の名前だけは教えられていたのか、こう挨拶しました。

「春香様、よろしくお願いいたします」

私は思わず爆笑しそうになりました。だって、財務省のキャリア官僚が、十六歳の高校中退の無職少女に敬語を使って跪いているのです。どう考えても異常でしょう。見ると、春香嬢も大笑いしています。笑い声がこの部屋にも大きく響きます。春香嬢は笑いながら男の後頭部にブーツの足を置きました。男はそうされても文句のひとつも言いません。

「お前、最低だな、えっ。こんなことされてるのに、情けなくないの?」

ケラケラ笑いながら春香嬢が聞きます。男は床に額を付けたままでこたえます。

「私は変態のマゾですから、嬉しいです」

「ギャハハハハハハ」

春香嬢の大爆笑が響き渡りました。

「お前、何言ってんの? 自分で自分のことを変態だなんて、よく恥ずかしげもなく言えるわね。どれどれ、ちょっと、その変態の顔を見せてみな」

そう言うと春香嬢は頭からブーツを下ろし、男の顎に手を掛けると、ぐいっと上を向かせました。

「ふーん、確かに変態な顔をしてるわ」

「す、すいません」

男が消え入りそうな声でこたえます。そして俯こうとしたので、すかさず春香嬢はビンタを浴びせました。

「誰が下を向いていいって言ったの」

「すいませんっ」

今度は弾かれたようないい返事です。そんな男の顔を、春香嬢は唇を歪めて蔑んだ目で見据えます。

「お前、今、自分のことを変態って言ったけど、具体的にどう変態なの? 説明してごらん」

「はいっ」

男は背筋をピンと伸ばしました。心なしか目がキラキラと輝いているようです。

「私は何はさておき、匂いフェチなんです。それも春香様のようなコギャル様の足や股間や腋の下の匂いが嗅ぎたくてたまらないのです。ど、どうか春香様。この変態に、おみ足をお与えください。お願いいたします」

再び男は額を床に擦りつけました。春香嬢がさっきよりもあからさまに軽蔑した顔で男を見下ろします。

「ねえ、お前、頭大丈夫? 何? 私の足の匂いが嗅ぎたい?」

「は、はい」

男は床で体を小さくしています。その男の顎に、春香嬢はブーツの爪先を宛がい、また前を向かせました。そして、いきなり、ぺっと唾を男の顔に吐き掛けました。

「ありがとうございます」

男が礼を述べています。どこの世界に唾を顔に吐かれて礼を言う人がいるでしょう。私は何だか出来の悪い学芸会の演劇を見ているような気がしてきました。とんだお笑い芝居です。

しかし男は真剣でした。その証拠に、男の性器はギンギンに勃起しています。それを見つけた春香嬢は、何チンポ勃ててんだよ、と言って分厚いブーツの底で踏みました。

「ああ、気持ちいいです」

男が歓喜のうめきを漏らします。そして、図に乗って言います。

「春香様、お願いでございます。そのブーツに包まれたソックスのおみ足の香りを嗅がせてください」

もう男の暴走は止まりません。春香嬢もだんだん調子づいてきて、男を詰る口調にも熱がこもってきました。

「このブーツは今日一日中履きっ放しだったから、相当ムレムレだよ。きっとかなり臭いと思うよ。お前、そんな臭い足の匂いなんか嗅ぎたいの?」

「はい、嗅ぎたいです」

男は腰を浮かして、爛々と目を輝かせながら言います。今にも涎を垂らさんばかりに昂ぶっているようです。

「しょうがない変態だね。ほら、嗅がせてやるから、自分でブーツの紐を解いて脱がせてみな」

そう春香嬢が言うと、男は飛び上がらんばかりに歓喜して額を床につけました。

「ありがとうございますっ」

そして男は春香嬢の右足のブーツを大事そうに持つと、まるで大切なギフトの包み紙でも開けるように丁寧に紐を解きにかかりました。春香嬢はそんな男を冷ややかに見下ろしています。心底軽蔑しているのが態度にありありです。しかし男にとってはそんな視線すらも悦びの対象なのでしょう、全くめげる様子はありません。それどころか、ボルテージは上がっていく一方です。男はまず蝶々結びを解き、次に紐を緩めていきます。そしてある程度緩んだところで、そっとブーツを脱がせていきました。

かなり慎重に作業を進めたこともあって、ブーツを完全に脱がすまで多少の時間を要しましたが、どうにか男は目的を達しました。男の目の前にいかにも蒸れていそうな春香嬢のソックスに包まれた足が出現しました。が、男はすぐに鼻を押し付けるような真似はしません。まるで、待て、とお預けをくった犬のように、春香嬢のお許しが出るのを待っています。このあたり、さすがに躾がなされています。私はそんなところに妙な感動を抱いてしまいました。

男は悶々としています。それはそうでしょう。ずっと憧れ続けていたコギャルの蒸れた足がすぐ目の前にあるのです。男にとっては蛇の生殺しに近い状況です。おそらくは、臭気が、いや男にとっては香気が鼻先に立ち昇っている筈です。やがて、男はついに耐え切れなくなって言いました。

「春香様、おみ足の香りを嗅がせていただいてよろしいでしょうか。どうか、お許しをお願いいたします」

泣きそうな顔で男は哀願します。見ているこちらが切なくなってくるような表情です。しかし春香嬢は相変わらず冷たい目で男を見据えています。

「そんなにこの臭い足の匂いが嗅ぎたいの? 変態だねえ」

「はい、私は変態です。どうか春香様、お願いいたします」

男の性器は激しく天を衝いています。春香嬢はそれをブーツを履いている方の足で弄びながら、ようやく許可を下しました。

「ほら変態、嗅ぎな」

そう言って足を男の顔に押し付けました。男は、ありがとうございますっ、と絶叫して春香嬢の足首から踵にかけてを両手で持つと、一気に足の匂いを嗅ぎだしました。

先程別の部屋で見たパーティーよりも、何か濃密な感じがします。一対一であるからでしょうか。男は、しばらくの間、ソックスに包まれた春香嬢の足の裏の匂いを恍惚の表情で嗅いでいましたが、そのうちに、それだけでは我慢出来なくなったのか、こんなことを言い出しました。

「春香様、どうか直に生足にご奉仕させてください」

その哀願する姿には悲壮感すら漂っています。しかし春香嬢は完全にナメきった態度で、そんな男の気持ちを弄ぶように笑っています。それでも、男の顔に足の裏を押し付けながら、こう命令しました。

「どうしても舐めたいなら、手を使わずに口だけで靴下を脱がせてごらん。それが出来たら舐めさせてやるよ」

「ありがとうございます」

男は嬉々として両手を床につくと、ソックスの爪先を咥えました。そして、体全体を使って、つまりソックスを咥えたままじりじりと後退し、一緒に首を後ろへ反り返らせて、必死に脱がせていきます。器用なものです。春香嬢も呆れています。

「よくやるわ、このバカ」

男はもう汗だくです。そしてその苦労の甲斐もあって、するりと靴下が春香嬢の足から抜けました。男にとっては、念願の生足です。目はもうペディキュアの爪に釘付けです。

「春香様、舐めさせていただいてもよろしいですか?」

もう男には遠慮がありません。大胆に、果敢に、春香嬢に迫っていきます。春香嬢もたいそう面白がって、マジで変態だあ、と言いながら足の指を男の口に突っ込みました。

「オラオラ、臭い足を舐めな。どう? 美味しいだろ?」

「はい、素晴らしいです」

何がどう素晴らしいのか全く理解に苦しみますが、男は念願の生足を口に含むことが出来て、とても幸せそうです。そして、だんだん調子付いていきます。

「春香様、腋の下の香りを嗅がせてください」

いつのまにか男は春香嬢の太腿に抱きついています。どさくさに紛れてとは、まさにこのことでしょう。向こうの部屋はひどく暑いので、春香嬢ももう額に汗を浮かべています。青いシャツも、胸元や腋の辺りが、汗で色が変わってしまっています。

「しょうがない変態だね。ほら、嗅いでみな。ここのところ毛を剃っていないから、ぽつぽつと生えてるわよ。お前、変態だからそういうのが嬉しいんでしょう」

春香嬢は腕を持ち上げ、シャツの袖口を肩まで捲って男を挑発します。なるほど、ここから見ていても、腋毛が生えているのが分かります。

「ありがとうございます」

男は腰を浮かすと、飛びつかんばかりに顔を春香嬢の腋の下に押し込みました。クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいます。

「どう? いい匂い?」

「はい」

男は目を閉じ、夢見心地です。そのうち、男はこんなことを言い出しました。

「春香様、お舐めしてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ」

男は舌を尖らせてツーと腋の下をなぞります。鼻を鳴らしつつ、舌先で生えかけの腋毛を掻き分けていきます。

よほどその格好が面白いのか、春香嬢はさらにこんなことを言って男を煽ります。

「ねえ、お前。マジで面白いから、私の臭いパンツの匂いも嗅がせてやろうか?」

「はい、お願いします」

現金なものです。男はすぐさま腋の下の匂いを嗅ぐことを中断して、再び春香嬢の前で土下座をしました。春香嬢は、デニムのホットパンツを脱ぎました。彼女の下着は白地に薄いピンクのストライプです。男はその股間ににじり寄りました。十数センチのところまで鼻先を近づけます。目を閉じ、鼻腔を大きく開いて、その股間の匂いを吸い込んでいます。果たして、どんな匂いがするのでしょう。

数分そうして男を焦らした後、春香嬢は思いっきりよく下着を脱ぎました。股間の茂みが現れます。なかなか毛深くて、あまり手入れをしていないのか、生え放題という感じです。そして春香嬢は、下着を男の目の前に差し出しました。

「ほら、ホカホカのパンティだよ。匂いを嗅いでごらん。三日履きっぱなしだから、かなりいい匂いがするわよ。嬉しいでしょ」

ニヤニヤ笑っています。男は、まるで警察犬が犯人の遺留品の匂いを嗅いで記憶するみたいに、床に手をついたまま鼻をその下着に押し付けました。それもちゃんと、股間の厚くなった布の部分にです。鏡のこちらからでも、その部分にはくっきりと沁みが出来ているのが分かりました。

男はそこの匂いを嗅ぎ、そのうちに舌先を尖らせて沁みをなぞるように舐め始めました。

「面倒くさいから、頭に被せてやるよ」

春香嬢はそう言うと、自分の下着を男の顔に被せました。もちろん、一番汚れている部分を男の鼻にあたるようにしてです。

世にもおぞましい姿です。エリートと呼ばれる種類の人間が、全裸で性器を勃起させながらコギャルの汚れた下着を被っているのです。私は隣の椅子にH氏の方を見て、すさまじい光景ですね、と言いました。するとH氏は向こうの部屋を見据えたまま、まだまだこんなものではありません、と首を横に振りました。

確かに、H氏の言う通りでした。男は下着を被ったまま、こんなことを言ったのです。

「春香様、私を人間便器にしてください。そして、聖水と黄金をお与えください」

「聖水とか黄金とか、何それ?」

春香嬢が首を傾げて聞きます。もちろん、彼女は言葉の意味をちゃんと理解しています。しかし、男にそれを言わせることで、男の羞恥心をさらに煽っているのです。男はそれを承知しているのかどうか分かりませんが、必死の形相で説明します。

「聖水は春香様のオシッコのことです。そして黄金は、は、は、春香様のウンチのことでございますっ」

「ゲー、キモー。最低ー」

春香嬢が顔を顰めて言います。それでも、もうここまで来たら男も引き下がりません。この程度の侮蔑では、全然へこたれる様子が見られません。春香嬢はほとほと呆れたように肩を竦めると、救いようのない変態だな、お前、と言いました。

「それじゃあ、お前をトイレとして使ってやるか。ほら、そのパンツ取って、そこに寝な」

その一言で、下着の脚を通す部分から覗く男の表情が華やぎました。大袈裟ではなく、目がキラキラしています。

「ほら、グズグズしてんじゃねえよ。あんまり遅いと本当のトイレ行って流してきちゃうよ」

「そ、そんな勿体無いことを」

「だったら早くしな」

「はい」

男はせっかくのチャンスを決して逃すまいとして、頭をこちらへ向けて、急いで仰向けで横になりました。その男の顔を覗き込みながら、春香嬢が跨ぎます。さすがにこちらへ顔を向けるのは恥ずかしいのか、向こうの壁を向いてゆっくりと男の顔の上にしゃがんでいきます。まるで桃のような、大きな春香嬢の尻が、こちらから丸見えです。股間を彩る陰毛の茂みは、しゃがんだ為に拡がった尻の割れ目に覗くピンクの蕾周辺までびっしりと生えています。

「じゃあ、いくわよ」

春香嬢がおもむろに力みました。まず、プー、と可憐なガス音がして、蕾が収縮します。私は思わず我を忘れてその蕾を凝視しました。なんといっても、他人の排泄行為を見るのは生まれて初めてです。私にその手の趣味はありませんが、ついつい見入ってしまいます。

やがて、蕾が大きく膨らんで、茶色い物体の先端が出現しました。そして、それは見る間にニュルニュルと捻り出されて、男の顔へと落ちていきます。男は落下位置に合わせて体の位置を微調整して、落下物がちょうど自分の口へ落ちてくるように修正しました。

蕾から生まれた排泄物は、だんだんその全容をあらわにしていきます。それは何だか神々しい光景です。やがて、その柔らかそうな茶色い物体は、自らの重みに耐え切れなくなって千切れ、ぽとりと見事に男の口へと落下しました。しかし、次の塊がもう蕾から顔を出しています。春香嬢が笑いながら、自分の排泄物に塗れている男の顔を覗き込んでいます。そして尻を前後に振って、排泄物を振り落とします。どちらかというと、軟便のようです。かなり見事な量です。なので、それはたちまち男の口を塞ぎ、その周辺へと溢れていきます。男はまるで泥を被ったみたいです。こちらまで匂いは伝わってこないからまだいいですが、あちらはすごい臭気が立ち込めていることでしょう。だいたい、人間の排泄物を口にして、大丈夫なものなのでしょうか。私は少し心配になってきましたが、当の口にしている本人は幸福の絶頂を迎えているように、満ち足りた表情です。

春香嬢は排便を終えると、続いて排尿を始めました。すごい勢いです。まるでホースの先を指先で潰して水を出したような勢いです。ですから、たちまち男の顔の排泄物を流していきました。金色の輝きを放つその尿は、容赦なく男の口の中にも注がれ、そこに溜まっていた排泄物を溶かしていきます。やがて、まるで下水が詰まって逆流したみたいに、男の口から尿に溶けた排泄物が噴き出しました。もう、とんでもないことになっています。まさに男は糞塗れです。エリートのキャリア官僚が今、コギャルの排泄物に塗れています。これほど倒錯した光景があるでしょうか。しかも、驚いたことに、見ると、男はそんな状態で自慰をしていました。右手で自らの性器を握り、すごいスピードで上下させています。その性器へ、春香嬢がたっぷりと唾を垂らして言います。

「シコってんじゃねえよ、バーカ」

私は頭がクラクラしてきました。春香嬢は男の胸の上に腰を下ろし、汚れた蕾を男の胸板で拭くように尻を前後に動かして擦りつけながら、男の自慰を鑑賞しています。徐々に男の動きが激しくなります。射精が近いのでしょう。腰が浮き上がり、膝を立てています。

そして、男は発射しました。射精した瞬間、男の体はピクピクと痙攣しました。いつのまにか身を乗り出して膝の上に置いた拳をぎゅっと握っていた私は、男の射精で一気に緊張が解けて、腰が抜けたように椅子に座りなおすと、ようやくその拳を広げました。こちらの部屋は冷房が効いているのに、私はびっしょりと汗を掻いていました。手のひらも湿っています。あまりに異常な光景を目の当たりにしたせいでしょう。

鏡の向こうの部屋では、床で排泄物に塗れて伸びている男を置き去りにして、春香嬢がドアに向かいかけているところでした。下着を男に与えてしまったので、当然下半身を覆うものはありませんが、まるで何事もなかったように、手に自分のデニムのパンツを持っています。その姿は、排泄を終えて、まさに清清しいといった感じです。春香嬢は、ごく自然にまるでトイレから出ていくみたいに、ドアの外へと消えました。男はまだ立ち上がりません。

「どうでした?」

隣のH氏が私に感想を求めてきました。私は床に伸びている男を見遣りながらこえます。

「ちょっと一言では表せませんね。まさに衝撃的としか言えません。世の中には、こんな世界が存在するのですね。ある意味、とても勉強になりました」

ようやく男がヨロヨロと立ち上がりました。両手で顔の排泄物を取り除き、その手のひらを自分の腿で拭いています。床には泥状の残骸と、尿の溜まりが出来ています。

「では、オフィスに戻りましょうか」

H氏が椅子から立って私を促します。

「ええ」

私は肘掛に手をついて、腰を浮かせました。なんだか何もしていないのに、体がぐったりと疲労しています。

ドアを抜ける前に、一度だけ振り返って向こうの部屋を見ました。すると、ドアへと向かう、背中を小さく丸めた男の後ろ姿が見えました。気持ち的には願望を果たして満ち足りている筈なのに、なぜかその男の背中は一抹の寂寥感を漂わせていて、それが妙に印象的でした。

我々はオフィスに戻って、再び向かい合ってソファに腰を降ろしました。まだ私は興奮さめやらぬ感じで、H氏から渡されたアイスコーヒーを飲みながら、ゆっくりと時間をかけて煙草を一本灰にしました。

「ところで、あの部屋、相当汚れてしまったと思うのですが、Hさんが掃除されるのですか?」

しばらくしてから、そう私が聞くと、H氏は笑いながら首を振りました。

「勘弁してくださいよ。私は動物園の掃除係ではありませんよ。あれは、汚した当人、といっても女の子の方ではありませんよ、サービスの提供を受けた側、つまり男性の方が掃除をする決まりになっています。今頃、黙々とひとりで清掃に励んでいるのではないですかね」

「なんか、その光景を想像すると、かなり侘しいですね」

「そうですね。しかし、それは我々常人の側の感性ですからね。あの人達にとってはどうだか分かりません」

「なるほど、確かにそうですね」

私は妙に納得して煙草を灰皿に消しました。頭の中では、さて、今見た光景をどのように読み物として仕上げようか、と考えています。しかし、ありのままに書いていいものだろうか、という杞憂があります。おそらく、一番最初に覗いた部屋では、まだあの異常なプレイが続いているのでしょう。そして同じ空間の別の部屋では、財務省のキャリア官僚が排泄物を掃除しているのです。あの男はたぶん、まだシャワーを浴びる前で、汚れたままの全裸でしょう。

と、そこへ、着替えを済ました春香嬢が入ってきました。さっきとは、全く出で立ちが違います。白いハイネックのノースリーブに、合皮のオレンジ色のミニスカートを履いて、足元は素足に厚底サンダルです。右手にプラダのバッグ、左手の肘に大きなビニール袋を提げています。膨らんだ形から、中にはブーツが入っていることが分かります。

「ここへ着てきたシャツと靴下とパンツ、さっきの変態におみやげとしてあげちゃったけど、良かった?」

そうH氏に聞きながら春香嬢は私の隣に座りました。シャワーを浴びてきたのでしょう、ボディソープの仄かな香りが鼻を擽ります。

「別に構いませんよ。相手の人、喜んでたでしょう?」

「うん」

春香嬢は脚を組み、煙草に火をつけました。脳裏を先程の排泄シーンが過ぎり、私は無遠慮にも、すぐ隣に座る春香嬢を、ついつい見入ってしまいました。その視線が気になってか、春香嬢は気まずそうに苦笑しながら私の方を見て、煙草の灰を灰皿に落とします。

「あんまり見つめないでよ、恥ずかしいから」

「あっ、すいません」

私は誤魔化すように残り少ないアイスコーヒーをストローで吸い上げました。どうしてこんなに私がドギマギしなければならないのか分かりませんでしたが、それはやはり、本来タブーであるべき排泄行為を目の当たりにしてしまったせいでしょう。

H氏が、デスクの引出しから茶色い封筒を取ってきて、春香嬢に手渡しました。

「今夜は本当にご苦労様。これは約束通り、ギャラね。一応確かめて」

「どうも」

春香嬢は咥え煙草のまま封筒を受け取ると、煙草を灰皿に置いて、中身を抜き出して数え始めました。一枚、二枚、三枚……、全部で一万円札が十枚でした。

「確かに」

そう言って封筒を無造作にプラダのバッグの中にしまいます。そんな彼女にH氏が聞きます。

「また、頼んだらやってくれる?」

春香嬢は灰皿の煙草を再び咥えて煙を吐き出しながら頷きます。

「こんなラッキーなバイトないもん。いつでもオッケーだよ」

「ありがと。じゃあ、また何かあったら連絡するよ」

「うん、携帯に電話して」

「分かった」

H氏はその返事を聞いて肩の荷が下りたのか、ソファの背凭れにどかっと凭れました。この世界では、様々な場所で、様々な形態の取引が成立していきます。私はその現場に立ち会いながら、感慨深くふたりを眺めていました。

それから少しして、春香嬢が帰っていきました。その時、H氏は車代として五千円を渡していましたから、そんなに遠い所に住んでいるのではないみたいです。マンションのエントランスまで見送りにいっていたH氏が部屋に戻ってきて、私に言いました。

「普通はあんなにギャラは出さないんですよ。しかし、リクエストがリクエストですし、なんといっても、現役のコギャルというのは最強のブランドですからね。彼女達もよく知ってますよ、自分達がどれだけ需要があるかってことを」

「まあ、この世は需要と供給のバランスで成り立っていますからね」

「そうです。しかし、注文の多い変態には本当困ったものですよ」

「ハハハ」

ちょうどそこで話題が途切れたので、私はH氏に暇を告げました。丁寧に取材協力の礼を述べ、部屋を出ました。H氏と一緒に玄関に向かって、複雑に折れ曲がっている長い廊下を歩きながら、耳を澄ませましたが、どの部屋も防音が完全になされているのか、全く物音は聞こえてきませんでした。

「それでは、もうここで結構です。今日はありがとうございました。面白い記事になると思います。雑誌が出たら、こちらへお持ちします」

玄関まで来て、私はH氏に言いました。

「楽しみにしています」

H氏は、ロックを解除して、ドアを開けてくれました。私は一礼してペントハウスを後にしました。今まで濃密だった空気の密度が廊下に出た瞬間、ふっと薄くなったような気がしました。

エレベーターホールまで来て、私は一階に停まっているエレベーターを呼びました。それを待っている間に、今、私が辞してきたばかりのドアから男がひとり出てきて、こちらへ歩いてきました。見ると、その男は先程春香嬢の排泄物に塗れて射精した、財務省のキャリア官僚です。なるほど、仕立ての良い高価そうなスーツを着て、さっきの情けない姿とは全然違います。黒革のブリーフケースを手に、背筋をぴんと伸ばしてこちらへ近づいてきます。とてもではありませんが、スカトロ趣味があるようには全く見えません。確かに社会的地位の高そうな、紳士然です。

男が私の側まできた時、ちょうどエレベーターのドアが開きました。先に私が乗り込み、続いて男が入ってきました。男は一切私とは視線を合わせようとはせず、乗り込むとすぐにドアの方を向いて立ちました。

私は一階のボタンを押し、『閉』のボタンを押しました。ゆっくりと音もなくドアが閉まり、エレベーターは静かに下降を始めました。

なんとも居心地の悪い空気が箱の中を支配しています。男は私に見られていたことを知らない筈ですが、私は一部始終を目撃しているので、それを思い出したら、こちらの方が恥ずかしくなってきました。

それにしても、これがさっきと同じ男なのでしょうか。私は男の後ろ姿を眺めながら思います。どこからどうみても、一流の紳士です。コギャルの排泄物に塗れて喜ぶような人種には見えません。男は手にブランド物の高級なブリーフケースを持っていますが、その中にはコギャルから貰ったシャツやパンツや靴下が入っていることを私は知っています。しかし男は、まさか同乗している私がそのことを知っているとは、夢にも思っていないでしょう。

そうこうしているうちに、エレベーターは一階に到達しました。ドアが開くなり、男は早い足取りで箱を出て、颯爽とエントランスを横切り、瞬く間にガラス扉を抜けて、夜の街へと消えていきました。少し遅れて私もマンションを出ましたが、路上に降りた時にはもう男の姿はありませんでした。

深夜の街は静まり返っています。今夜も湿度の高い熱帯夜で、たちまち額や背中に汗が浮いてきます。

私は、出てきたばかりの建物を振り仰ぎ見ました。もう午前二時に近いというのに、その豪奢なマンションの窓には、ところどころまだ明かりが灯っています。もちろん、最上階の窓には、煌々と明かりが点いています。今も、あの窓のどこかでは、破廉恥なパーティーが続いているのでしょう。しかし、そのことを知っているのは、この広い世界でもほんの一握りの人だけなのです。

私は今夜、世界の向こう側を歩いてきました。別に何をしたというわけではないのですが、ひどく疲れました。もう心身ともに疲労困憊です。早く家に帰って風呂に入り、冷たいビールを飲んで眠りたい心境です。

私は一時その場に佇み、まるで熱病に冒されたようにボーとする頭を大きく振ると、重い足取りで誰もいない街路を歩き出しました。

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