青春の肖像 十七歳・夏

〈1〉

梅雨はまだ明けていないが、窓の外には真夏を思わせる青空が広がっている。校庭に散らばる人の影が短くて濃い。七月上旬の火曜日、もうまもなく正午になろうとする時間だった。

葛西学が通う高等学校は今週、期末試験の期間にあたっていた。午前中に二科目のテストが行われ、午後は休みとなる。この時間帯、今日の試験の日程はほぼ終わりに近づき、問題を解くことを諦め、退室が許される三十分を待って早々にテストを切り上げた生徒達は、そろそろ下校を始めていた。

気温は日が高くなるのに比例してぐんぐん上昇し、教室の中は暑い。葛西学は後ろの方の席で窓の外を眺めていた。数学の答案用紙はまだ半分ほどしか埋まっていない。しかし、もうこれ以上埋まることはない。赤点ギリギリだな、と学は想像した。

ふと教室を見回してみると、もう三分の二の生徒は退室してしまっている。残っているのは、諦めの悪い生徒か、寝ている生徒だけだった。窓は全て開け放ってあり、充分に暑い日差しと微かな風が流れ込んできている。教室の廊下寄りのほうは陰になっていて涼しそうだが、学の席にはしっかりと陽が当たっていて、とくに何もしていなくても汗ばんでくる。

残り時間が十分を切ったところで学は鞄を持って席を立ち、教壇に答案用紙を提出して教室を出た。廊下には誰もいなかった。学は階段に向かって歩いた。2-Aの教室は二階の端にあり、校舎から出るためにはB、C、D、Eと四つの教室の前を通って階段を下り、一階の昇降口へ行かなければならない。ひっそりと静まり返った廊下を歩いていくと、やがて2-Dの前に差し掛かった。このクラスには、学ぶが密かに想いを寄せている吉森夕子が在籍している。学はその教室の前を通り過ぎるとき、ちらりと中をさりげなく覗いたが、夕子の姿は見えなかった。もっとも彼女はバリバリのギャルだから、こんな時間までテストを受けているはずがなく、もうとっくに校門を出て、今頃はファストフードの店にでも入り込んでいるのだろう、と学は思った。

葛西学は身長163センチ、体重68キロで、十七歳の高校生にしてはきわめて真面目に見える。実際に真面目なのだが、しかしだからといって頭が良いわけではない。どちらかといえばバカの部類に含まれる。ならば、その代わりにスポーツができるかといえば、体型から推察されるとおりこれが全くの運動オンチで、勉強以上に出来ない。もちろんハンサムでもないし、取り柄といえば真面目なことだけだ。髪も染めていないし、制服のボタンもちゃんと留めているし、校則違反はまずしない。

そして当然のことだが学は童貞だった。キスすら経験がない。それに比べて、学ぶが憧れている吉森夕子はとかく破廉恥な噂の多い女の子で、関係を持ったという男の話は数え切れない。上は援助交際のオヤジから、下は同級生のサッカー部員まで、両手に余る噂がある。どこまでが真実なのかはわからないが、まんざら嘘ともいえない。実際に学も町で、かなり年上のサラリーマン風の男と腕を組んで歩いている夕子の姿を見かけたことがあった。彼女は美人で格好が派手だから、見間違うはずがない。いつも短いスカートを履いて、健康的な太腿を見せつけて歩いている夕子の体格は、かなり立派だ。身長が170センチ以上あり、骨太のがっしりとした体型で、胸も大きくて迫力がある。そんな彼女と、チビデブといって差し支えのない、はっきりいってダサい学との組み合わせなんて、傍から見れば滑稽でしかなく、どう考えても冗談のようで全く釣り合わないのだが、学にとって夕子は常に気になる存在だった。近頃では、毎晩の自慰の対象でもある。もう何回空想の中で彼女を裸にし、組み敷いて、乳房を揉みしだき、乳首に吸い付き、脚を大きく開いて股間に顔を埋め、いつも隠されているその秘密の部分に舌を這わせ、執拗に舐め、そしておもむろに挿入して激しく腰を振ったことだろう。といっても、学ぶにはまだ実際の経験がないから、たぶんこうするのだろう、という想像をするだけだ。しかし、それだけでも学には充分過ぎるほど刺激的だった。学はいまだ嘗て、女性の性器を見たことがない。図解などで知識としては知っているが、生ではもちろん、写真でも見たことがなく、だから想像ばかりが膨らんで仕方なかった。生の陰毛というのも、見たことがない。エロ本などで見たことはあるが、誰の股間にもあんなに卑猥な毛が生えているなんて、童貞の学には到底信じられなかった。テレビに出てくるかわいらしいアイドルだって、澄ました美人女優だって、パンティを脱げば黒々とした毛が股間を被っているのだ。そして大好きなアヤヤの股間もそうなのだろう。学はアヤヤの陰毛に覆われた亀裂やアヌスのことを考えると、舐めたいという気持が迸っていつも気が狂いそうになる。そして、町を歩いていても、ついつい擦れ違う人々をそういう目で見てしまう。綺麗なOLのお姉さん、近所の若奥さん、学校の女子生徒たち……みんなそれぞれ様々な衣服に身を包んでいるが、その下の股間にはいやらしい縮れ毛を生やしているのだ。その光景を想像すると、いつでも学はたちまち勃起してしまう。

階段を下りて一階につき、昇降口までやってきた学は、ずらりと並ぶ下駄箱の間を歩いた。辺りには誰もいない。学は2-Aの下駄箱へと進む。その途中に2- Dの下駄箱があった。学の視線は、無意識のうちに吉森夕子の下駄箱を探していた。誰も見ていなかったが、学はなるべく何気ない感じで、目だけで探した。すると、一番下の段に彼女の下駄箱があった。中には薄汚れた上履きが無造作に突っ込まれている。

学は、もう一度注意深く周囲に目を配ってから、その場にしゃがみ、生唾をゴクリと飲み込んで、彼女の上履きに手を伸ばしかけた。なぜ突然そのような行動に出てしまったのか、学ぶにもよくわかっていなかった。それは本能的で衝動的な行動だった。そして、あと数センチで上履きに手が届くというところで、廊下のほうから人の喋り声が聞こえ、近づいてきた。学は慌てて手を引っ込め、立ち上がった。それとほとんど同時に、数人の一年生の生徒が姿を現した。学は、間一髪のところでその破廉恥な行動を見つからずに済んで、ほっと胸を撫で下ろした。誰かに女子生徒の上履きを手に取っている現場を目撃されようものなら、どんな風に思われるかわかったものではない。間違いなく変態の烙印を押されてしまう。危ないところだった……。学は涼しい顔を取り繕って自分の下駄箱からスニーカーを取り出すと、心を落ち着かせながらゆっくりと履いた。

校舎を出て、暑い日差しが降り注ぐ晴れた空の下に踏み出した。あと二週間もしないうちに学校は夏休みに入る。その前に追試があるかもしれないが、とりあえず試験は明日の古典と英語で終わりだ。ようやく長い一学期が終わる。

それにしても今は危機一髪だったな、と学は歩きながら思った。しかし、なぜ上履きなんかに手を伸ばしてしまったのだろう。匂いを嗅ぎたかったのだろうか。それとも、中敷に残る彼女の体温を感じたかったのだろうか。しばらく自問自答を続けたが答えは出なかった。学自身、つい数分前に自分が取った行動の意図がつかみきれなかった。ただ、あの上履きに手を伸ばした瞬間の高揚感はいつまでも消えず、学はそのことに戸惑っていた。心臓の鼓動は今も激しく、何やら得体の知れない初めての感情が胸の内に生まれて、学はドキドキしっ放しだった。

夏休みが始まった。どうにか全教科ギリギリ赤点を免れた学は、追試を受けずに済んだ。それでも来年は入試だから夏休みだからといって遊び惚けることは許されず、塾の夏期講習が待っていた。別に進学はしたくもなかったが、このまま就職するのも嫌だったので、とりあえず試験勉強だけはするつもりだった。

学習塾は駅前の雑居ビルの三階にあり、授業を終えて階段で一階へ下りてきた学は、建物の外に出た。時刻は午後十時過ぎだった。夜になっても気温は一向に下がらず、冷房の効いた教室から出てくると、外の暑さは不快以外の何物でもなかった。湿度が高く、風もなく、ムッとするほど蒸し暑い。太っている学はたちまち額に汗を浮かべた。ただでさえ得意ではない数学の勉強を三時間に亘って詰め込まれたうえ、それから解放されてもこの暑さでは、頭がぼうとしておかしくなってしまいそうだった。学は夢遊病者のような足取りで、明かりの乏しいアーケードの商店街を自宅の方向に向かって歩きだした。

駅前から自宅まではゆっくりと歩いて二十分の距離だ。商店街には、もうほとんど人気がない。建ち並ぶ商店もあらかたシャッターを下ろしている。しかし、ところどころ明るい場所がある。それはたいていゲームセンターとかカラオケ店とか居酒屋とかファストフードの店だった。

慣れない勉強を三時間もみっちりとやらされたせいか、学はひどく空腹を感じていた。ジーンズのヒップポケットに差し込んである財布を覗くと、五千円ばかり入っていたので、学はハンバーガーショップに立ち寄ることにした。シャッターを閉ざした大きな構えのケーキ屋の隣にマクドナルドがある。

その店の前に、派手な装いのギャルがふたり、背中を見せて立っていた。何やらお喋りしているようだった。学は彼女達の後ろを通って自動ドアを潜ろうとした。すると、その一人が学を見て声をかけてきた。

「あれっ、葛西じゃん。こんな時間にこんところで何やってんだよ」

もうひとりも、何がそんなにおかしいのか、ケラケラ笑いながら言う。

「あ、ほんと、葛西だ。ちょうどいいところで会った。ねえ、何か奢ってよ」

ふたりは、学と同じクラスの川島かなえと牧村美樹子だった。ふたりとも派手なサンダルに花柄のノースリーブのワンピースを着ている。そのスカートは極限まで短く、日焼けした太腿を惜しげもなく露にしていた。首から携帯電話をぶら下げ、手には吸いさしの煙草を指に挟んでいる。金色に近い茶色の髪が店内の明かりを受けて光って見える。そして学校にいるときより化粧も派手で、柑橘系の香水の匂いをプンプンさせていた。学は、入り口で立ち止まったままふたりに言った。

「なんだ、川島と牧村か。そっちこそこんな所で何をしているんだよ。それに、なんで俺が奢らなくちゃならないんだよ」

かなえが、煙草を路面に落としてサンダルの爪先で踏み消しながらこたえる。

「別にそんなことどうでもいいじゃん。とにかく、ここで会ったのも何かの縁だしさあ、おまえだって女の子とマックに入った経験なんてないだろ? だから私達が付き合ってやるよ。さ、何か奢って。私達腹ペコなんだ」

とても人に物事を頼むときの口調とは思えなかったが、かなえの言うことは的を射ていて、実際、女の子とファストフードの店へ入った経験などなかった学は、咄嗟に反論する事が出来なかった。だから、正直なところ、ふたりに誘われて嫌な気はしなかった。それどころか、嬉しくさえあった。ふたりとも言葉には品がないが、なかなかかわいい。といっても、憧れの吉森夕子には到底及ばないが。そんなことを考えていると、美樹子が学の手を取って無理やり引っ張った。

「ほら葛西、行くよ」

自動ドアが開く。「ラッキー」と言いながら、かなえが学の背中を押す。学は二人の女の子に前後を挟まれながら店の中に入った。「いらっしゃいませ」という店員の声が響いてくる。

三人はカウンターに寄り、まずは学がオレンジジュースとテリヤキバーガーを注文した。続いてかなえがバニラシェイクとビッグマックとチキンナゲットを注文し、美樹子はフィレオフィッシュとストロベリーシェイクとポテトのLサイズを注文した。そして、店員が注文の確認を終えた後で、ふたりはさらにそれぞれベーコンポテトパイをひとつずつ追加した。

「それじゃ、葛西。席を取っておいてあげるから、私達の分、ちゃんと持ってきてね」

美樹子はそう言うと、学をカウンターに残してかなえと一緒にさっさと二階へ上がって行った。ひとり取り残された学は、店員の好奇の視線に耐えながら代金を支払った。そして注文の品が出てくると、三人分をふたつのトレイに分けてもらってそれを持ち、バランスを崩さないよう慎重に階段を昇った。

二階は空いていた。かなえと美樹子は窓際のテーブルで並んで座っていた。学はその席まで進み、ふたりの分が載ったトレイを彼女達の前に置き、差し向かいに座った。

「なんで俺がおまえらに奢らなくちゃならないんだよ」

もう一度学はブツブツと、先ほどと同じセリフを呟いた。口ではそんなことを言いながらも内心では、かわいい同級生とこういう状況になれて満更でもなかったが、痛い出費ではあった。何せ彼女達はまるで遠慮というものを知らない。学のトレイにはテリヤキバーガーとオレンジジュースしか載っていないのに、彼女達の前にはポテトやらナゲットやらバーガーやらパイやら山積みになっている。学はその格差を見て溜息をついた。

「何、溜息吐いてんだよ。私達と一緒にハンバーガーが食べられるなんて、おまえにとっては夢みたいなもんだろ。普通だったら考えられないことよ。おまえが私達とこうして同じテーブルで何かを食べるなんて」

そうかなえが言うと、美樹子も、シェイクをストローでかき回しながら調子を合わせた。

「本当、葛西は幸せ者よねえ」

それからふたりは「いただきまーす」と言って、ハンバーガーの包みを開いた。美樹子が自分達の前にあるポテトやナゲットを示して言う。

「あっ、葛西もこれ食べていいよ

「そりゃ、どうも」

ストローを咥えてジュースを吸いながらそう答えた学は、もうすっかり諦めの境地だった。

「しかしさあ、葛西ってこうやってマジマジと眺めると、本当にダッサいね」

かなえがビッグマックにかぶりつきながら、学を真正面から見つめて言った。

「まあ、奢ってもらっておいてこんなことを言うのも何なのだけどさ、おまえ、もうちょっと格好とか気にしたら? そんな格好じゃ、マジでモテんよ」

フライドポテトを一掴み口に放り込んで美樹子が追い打ちをかける。学は自分の服装を再確認してみた。バドワイザーのロゴが入った白いTシャツ、エドウィンのジーンズ、薄汚れたナイキのスニーカー。確かに今風ではない格好だった。だいたい、スタイルが小太りで良くないから。特に見栄えが悪く、派手なギャルである美樹子やかなえとは、まるで釣り合わない。かなえと美樹子は日に焼けた肌にたくさんのジュエリーをつけていて、このままクラブなんかへ行っても全然問題ない格好だった。かなえが口の周りを紙ナプキンで拭って言う。

「ところでさあ、おまえ、この後どうせウチへ帰るだけだろ? だったらさあ、私んちへ来ない? 今日は親も旅行に行っていていないし、アニキもクラブの合宿で留守だから。本当はこれから美樹子と電車に乗ってクラブに行くか、そのへんのカラオケにでも行こうかって話していたんだけど、なんかおまえを家へ連れてって遊んだほうが面白そうな気がしてきたんだよね。なあ、これからウチへ来いよ。いいだろ?」

「それはいい考えだわ。かなえ、あんた、本当に面白いことばっか考えつくね。なあ葛西、そうしよ。ビールとつまみをどこかのコンビニで買ってさ、かなえんちでパーティーしよ。うん、そのほうがクラブやカラオケより全然楽しいわ」

美樹子もすかさず同意した。学は、迷った。このチャンスを逃したら今後、彼女達と遊ぶ機会などまずないだろうとはわかった。それでも、ただでさえ今みたいな調子で半分バカにされて遊ばれているというのに、アルコールが入ったらどうなるものかわかったものではなかった。きっと今よりもっとあからさまにオモチャにされるに違いない。そんなことを考えながらさんざん迷った末、学は答えた。

「でも、このまま家へ帰らなかったら親が心配するだろうし……どうしようかなあ」

そう言うと、美樹子が自分の首から携帯電話を外して差し出した。

「仕方ないから電話を貸してやるよ。ほら、家へ電話しな。友達とばったり会っちゃったから、そいつのところへ寄ってくって言えばいいじゃん」

学は、ほとんど強引に押し付けられる感じでその携帯を受け取り、自宅に電話した。すぐに母親が出た。

「もしもし、俺だけど。あのさあ、今、塾が終わったところなんだけど、友達にばったり会っちゃってさあ、それで、ちょっとそいつの家へ寄っていくから、帰るの遅くなる」

何時くらいになるの? と母親に聞かれ、学は咄嗟に「ニ、三時間だと思う」と答えた。それじゃあ、なるべく早く帰って来るのよ。そう念を押され、学は「わかったよ」と返事をして電話を切った。そして携帯電話を美樹子に返した。

「よし、そうと決まったらさっさと食べて、早く家へ行こう」

チキンナゲットをバーベキューソースつけながら、かなえが楽しそうに言った。学は、嬉しいような、怯えるような、複雑な心境だった。

〈2〉

川島かなえの家へ向かう途中、三人はコンビニでビールやポテトチップやポップコーンを買い込んだ。もちろん支払いは学だった。おかけで学の財布はすっかり軽くなってしまった。紙幣は綺麗に消滅し、どうにか僅かな小銭が合計で三百円あまり残った。

かなえが言っていたとおり、彼女の家には誰もいなかった。三人はかなえの自室に入った。学は生まれて初めて女の子の部屋という場所に足を踏み入れて、ときめきを隠せなかった。心なしか空気の中に甘酸っぱい匂いが漂っているようだった。床にはピンクの絨毯が敷かれ、白いカバーが掛けられたセミダブルのベッドには大きなクッションがふたつ置いてあった。壁に寄せて化粧品の壜がたくさん並んだドレッサーがあり、ほとんど使用されている形跡がない勉強机は、肩身が狭そうだった。そして部屋の中央には低いテーブルがあり、学はそのうえに買ってきたビールやお菓子が入った袋を置いた。三人はそれを囲むように座り、かなえがリモコンでエアコンのスイッチを入れてから、CDコンポを鳴らした。学には全く縁のない外人のヒップホップが流れてくる。当然学はその曲を知らない。牧村美樹子が袋から買ってきたものを出してテーブルに並べる。

「じゃ、とりあえず乾杯しよっか」

かなえが美樹子と学にビールの缶を渡し、三人は乾杯してから飲み始めた。学は、部屋に入ってからずっと緊張しっぱなしだったことと、慣れないアルコールのせいで、あっという間に酔っ払ってしまった。

「なんだ葛西、おまえ、もう真っ赤になってるじゃん」

かなえが言い、美樹子が笑う。ふたりとも、飲み始めてまだ五分と経っていないのに、早くも二本目を開けている。しかし、ほんのりと頬がピンクに染まっているだけだ。それに比べて、まだ一本目の半分も飲んでいないのだが、学はもう頭がぼんやりしてきている。

彼女達のピッチは早い。そして、さすがのふたりも、二本目が空になる頃には、さすがに酔ってきたようだった。目がとろんとして赤く澱んだように充血している。そして、その酔いの度合いと比例して、さらに饒舌になっていった。

「ほら葛西、おまえ男だろ。何をたかがビール半分で目を回してるんだよ」

かなえが笑いながらそう言うと、美樹子が学に「おい、一気にいけよ」と強要した。もうかなり酔っていた学は、どうにでもなれ、という気持ちで缶を持つと、その中身を思い切って一息で喉に流し込んだ。

「おお、やるじゃん」

ふたりが歓声を上げる。学は、プハー、と息を吐いて空き缶をテーブルに置いた。今の一気で完全に目が回った。彼女達の笑顔が霞んで揺れる。冷房が効き始めているというのにひどく暑かった。額に汗が滲む。学はポケットからハンカチを取り出し、その汗を拭った。

「ったく、デブはマジですぐに汗を掻くわね」

バリバリとポテトチップを齧りながらそう美樹子が呆れると、かなえが、「そんなに暑いなら、そのダサいTシャツを脱げば?」と言った。学は顔の前で手を何度も振った。

「い、いいよ……このままで」

「おまえが良くても、見てる私達が暑苦しくて嫌なんだよ。ほら、さっさと脱げ」

笑いながら美樹子が言う。その時、片膝を立ててビールを飲んでいる彼女の短いスカートの奥にちらりと白いものが覗いて、学の目はその部分に釘付けになった。すかさず、その学の視線にかなえが気づいて、美樹子の肩を叩いた。

「ちょっとミキ、こいつあんたのパンツ見てるよ」

「えっー、マジで?」

美樹子は膝を直してそこを隠した。そして学に向かって「何見てんだよ、変態」と言った。学は急いで手を振って否定した。

「み、み、見てなんかないよ。そっちこそ何を言っているんだよ」

そして新しいビールの缶に手を伸ばして蓋を開け、グビグビと飲んだ。

「怪しいー」

二人は声を揃えて、うろたえ気味の学をじっと凝視した。学は強く頭を振る。

「本当に見てないって」

「ふーん」

かなえは唇を尖らせて見せながら冷めた目で学を見て、そして唐突に訊いた。

「まあ、それはそれとして、ねえ葛西、おまえ童貞だろ?」

不意を衝かれて学は動揺する。

「何だよ、それ。別におまえらには関係ないだろ」

動揺はしていたが、なるべくそれを悟られないように平静を装って学は言った。しかし彼女達にはバレバレだった。かなえが見透かしたように言う。

「やっぱりねー。そりゃあおまえみたいにダサくちゃ、誰も相手にしないわよね。勉強も出来なければスポーツもダメ。おまけにチビでデフだもん。全く良いところがないもんねー」

追い打ちをかけるように美樹子も訊く。

「じやあさあ、キスは?」

もちろん学には答えようがない。そんな経験があるわけなどないのだ。だから返答に詰まっていると、美樹子が鼻で笑った。

「さてはキスもしたことないな?」

「別にどうでもいいだろ!」

拗ねたように学は言った。その時、かなえの携帯電話が鳴り出した。かなえは、すぐに応答のボタンを押して耳に当てた。

「もしもし? あっユウコ? いま? ウチにいるよ。うん……いいよ。おいでおいで。今ね、ミキと一緒にいるんだけど、ここにウチのクラスの葛西っていう男もいてさあ、こいつがめっちゃ面白いの。ビールもあるし、早くおいでよ。十分くらい? オーケー。玄関は開いているから勝手に上がってきて。うん、待ってる。じゃ」

ボタンを押して通話を終え、かなえは学に言った。

「2-Dの吉森夕子って知ってる? 彼女、今から来るって」

思いがけずこんなところで夕子の名前を聞いて、学の心は踊った。しかし、かなえや美樹子は、学が密かに吉森夕子に対して憧れている気持ちを知らない。だから彼女達は単純に「葛西は本当に幸せ者よねえ、女の子と三対一で飲めるなんて」と言った。学はまた額の汗を拭った。自分が夕子に憧れているこの気持ちを美樹子やかなえに知られたら、今より更に茶化され、酒のつまみにされることは明白だったから、学は努めて気のない振りをした。美樹子がビールの缶を空にして言う。

「あらあらすごい汗じゃない。遠慮せずに早く服を脱げば? 自分で脱げないんだったら、私達が脱がせてあげようか? ね、童貞くん」

そして二人は大爆笑する。冷静に考えみれば、学は先ほどから相当あからさまにバカにされ続けている。しかし、それほど嫌な気がしないのが不思議だった。それどころか、経験豊富な同級生の女子にオモチャにされるということ自体が、まるで年上のおねえさんに弄ばれているようで、なぜか心地よくさえ感じられていた。しかし実際には同級生なのだから、学にはもう何が何だかまるでわからなかった。ただひとつ確かなことは、今のこの状況を楽しんでいる自分がいる、ということだった。アルコールが全身に回っている。顔が、体が、火でもついたかのように熱く、心臓の鼓動が激しい。こめかみもドクドクと脈打っている。そんな状態の学に向かって、かなえが強い調子で言う。

「何グズグズしてるの? 私達の言う事が聞けないっていうの? ほら、早く脱ぎなさい」

その責め立てるような彼女の口調に、学はつい反射的に「はい」と答えていた。彼女達の前で脱ぐことに抵抗はあったが、既に暑さは限界に達していた。学は恥も外聞もなくTシャツを剥ぎ取るように脱いだ。

「うわっ、こいつマジで脱ぎやがった。やだ、体まで真っ赤」

ふたりは学の上半身を見て盛大に笑った。ふたりとも、さすがにもう酔っ払っている。美樹子が学の体をまじまじと眺めて「女の子みたいなオッパイ……しかも巨乳」と笑った。学はハンカチで胸の汗を拭った。

「ねえねえ、ついでだから下も脱いで見せてみろよ。私達がおまえのモノを品定めしてやるよ」

かなえが目に涙を溜めて笑いながら言う。学は大きく首を横に振る。

「嫌だよ、そんなの」

「いいじゃん別に減るもんでもないし。いっそのこと全部脱いで楽になりなよ」

美樹子も調子に乗ってテーブルに身を乗り出した。かなえがおもむろに立ち上がり、学のそばまで来て、渋る学の体を押さえ、美樹子を促した。

「ほらミキ、捕まえているからこいつのズボンを脱がせて」

「オッケー」

美樹子が立ち膝で絨毯の上を滑るように進んできて、かなえによって羽交い絞めにされている学のジーンズのボタンを外しにかかった。

「やめろよ。本当にやめてくれって」

学は足掻いた。しかし、想像以上にかなえの力は強く、しかもちょうど背中に彼女の柔らかい胸の感触が伝わっていて嬉しかったから、その抵抗はオザナリなものにしか過ぎなかった。それに、まさか本気だとは思っていなかったし、あくまでも冗談で、そのうちに終わるだろうと高を括っていた。しかし、残念ながら彼女達は本気だった。学はじきにそのことを知ったが、いかんせん気づくのが遅すぎた。学はあっという間に完全に押さえ込まれ、身動きが取れなくなってしまった。加えて、鼻を擽る彼女達の香水に、学はペニスを勃起させてしまった。それでも一応は足をばたつかせて抵抗は続けた。正確には抵抗の振りだった。なぜなら学は、彼女達の行動に抗いながらも、その意識は背中に伝わるかなえの胸の隆起の感触にすっかり奪われていたからだ。そして、そうこうしているうちに、ジーンズのボタンは美樹子によって外され、ジッパーが引き下ろされた。白いブリーフが覗く。

「うわあ、さすが童貞。こいつ今時ブリーフたせよ、ははは」

学のジーンズの腰に手を掛け、一気にずりおろしながら美樹子が笑う。かなえが学の背後からそのブリーフを覗き込んだ。するとその瞬間、彼女の長い髪が学の顔にかかり、仄かなシャンプーの香りが学を翻弄した。密着している部分からはかなえの体のボリュームの感触と体温が伝わっている。それを意識したら最後、学のペニスの硬度は一段と増した。

「やだ、ちょっとカナ。こいつのココ見て。もうギンギンになってる」

不自然な形で膨らむ学の股間を指差して、美樹子はかなえを見た。学を背後から捕まえているかなえが、学の頭に胸の膨らみを載せるようにして前へ屈みこむ。

「すっごい単純! 私のオッパイの感触でもうおっ勃てちゃってるー」

さらにわざと強く胸を学の頭に押し付けながらかなえはケラケラと笑った。大きく開いた学の足の間に、美樹子が四つん這いになって入ってきた。もう既にジーンズは完全に脱がされ、ベッドの上に放り捨てられている。美樹子が、学のブリーフに手をかけた。

「どれどれ、童貞のチンポでも見せてもらおうかな?」

美樹子はそう言うと同時に、勢いよくブリーフを下ろした。

「出たー」

ふたりの歓声が爆発的に響く。学はついに、不様に卑猥な股間を同級生の女の子の前で晒してしまった。陰毛に覆われた股間が露わにされ、いきり立ったペニスが反り返っている。学は恥ずかしくてたまらず、とてもではないが目を開けてはいられなかった。ブリーフが足から抜き取られ、ベッドに投げられた。さすがの学もこの状況にはもう耐え切れず、夢中で両手をかなえの拘束から振り解くと、その手で慌てて股間を隠した。

「どけろよバカ。見えないだろ」

冷たい目で学を睨んだ美樹子は、そう言いながら学の頬を手のひらで張った。そのビンタで学が怯んだ隙に、かなえが再び学の手を強引に後ろへ引き離した。美樹子が学の足を広げてガッチリと押さえ込む。ふたりの力は、非力な学ではとうてい太刀打ちできないくらい強かった。学は、またしても卑猥な勃起を披露させられる。

その時、ノックもなくいきなり部屋のドアが開いて、吉森夕子が現れた。

「おじゃましまーす」

そう言った後、夕子は部屋の中で繰り広げられている異様な光景に目を丸くし、一瞬フリーズした。学はそんな夕子と目が合ってしまい、顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。しかし夕子が固まっていたのは数秒だった。彼女はすぐに大笑いしだした。

「何やってんのよー。めちゃくちゃ楽しそうじゃん」

「あ、ユウコ」

美樹子が夕子を見上げて言った。かなえも振り返って、軽く手を挙げた。

「早かったね。ねえ見て、こいつどう? 面白そうでしょ?」

「ていうか、相当笑える」

夕子は笑いながら学の正面に回ってしゃがみ、ビールの缶を取って蓋を開け、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んでから、冷めた目で学を見つめ、いきなり頬を強く張って訊いた。

「ところで、おまえ誰だよ?」

学は以前から彼女に憧れていたが、実際には口をきくのも、こんなに近くで向かい合うのも初めてで、夕子は学のことなど知らないのだった。かなえが、学を背後から羽交い絞めにしたまま促す。

「そうだ、葛西。おまえ、ユウコとは初対面だろ? ちゃんと挨拶しなきゃ」

「は、はい……」

そうは言われても、その初対面でいきなり憧れの人にこんな姿を晒してしまって、学は混乱していた。こうして会えた嬉しさよりも、性器を晒して嬲り者になっている自分の今の姿が恥ずかしくてたまらなかった。だから学はなかなか口を開くことが出来ず、下唇を噛んで俯いてしまった。しかし彼女達は容赦しない。かなえは、学の両腕を締め上げながら強引に前を向かせた。

「ほら、自己紹介しなさいよ」

学は観念し、足を開いて股間をだらしなく晒した格好のまま、名乗った。

「あ、あ、あの……か、葛西といいます。葛西学です」

夕子がそんな学の顔を覗き込む。

「葛西かあ、しかしおまえ、すごい格好してるね。そんなモノ見せびらかしちゃって」

そう言われても答えようがなかったので学が黙っていると、美樹子が、さらに学の足を開いて言った。

「ねえユウコ、こいつね、十七にもなって童貞なんだって。しかもキスすらしたことないらしい。笑えるでしょ?」

「童貞? マジ? キッモーい。じゃあさあ、相当溜まってるんじゃないの? っていうか、ねえ、もしかしたら毎晩この汚いモノをシコつたりしてるんじゃないの?」

夕子が学の性器を指差して言い、かなえがさらに詰問する。

「どうなの、葛西。その通りなんでしょ。ほら、正直に答えなさい。おまえ、毎晩コレをシコってるの?」

「そ、そんなこと……してないよ」

学は咄嗟にそう大袈裟に首を横に何度も振って否定したが、悲しいかな、本当は彼女達のいうとおりだった。現実には、一晩で二回することも珍しくはない。ベッドのマットレスの下には多くのアダルト雑誌が隠してある。なかには結構過激でグロテスクな雑誌も含まれている。近頃では欲求不満も限界にきていて、 AV女優がにっこりと笑っているだけの綺麗なグラビアでは全然満足できず、より過激なものばかりを選ぶようになってきている。見開きのページいっぱいに女の人が大きく股を開いてそこに極太バイブを咥えこんでいる写真や、精液をぶちまけられている顔のアップなどでないと、なかなか満たされない。

「おまえ、見え透いた嘘をつくんじゃねーよ。本当のことを言わないと、この姿を写真にとって学校中にバラまくよ。それでもいいの?」

美樹子がこれ見よがしに携帯を出してチラチラさせながら言う。いくらなんでも、こんな姿を写真に撮られてはまずい。そう思った学は、項垂れた。いつのまにか夕子の素足が、学の剥き出しになっている玉袋を下から甲で刺激している。その感触があまりに気持ちよかったのも、学が観念した理由のひとつだった。さらに、夕子は無造作に足を開いていたので、スカートの奥に灰色の下着がちらりと覗いていた。脇から少し陰毛がはみ出している。夕子は無論、下着が見えていることなど百も承知だった。ウブな学をからかい挑発するために、わざとそうしていたのだ。しかし学にそこまで考えが回るはずもなく、ただドギマギするばかりだった。かなえが、もうすっかり抵抗することを諦めている学の腕を離して、いたずら半分に学の乳首をコリコリと弄びながら言う。

「ほらほら、正直に言っちゃいなさいよ。楽になるわよ。ほーら、乳首をこうされると男でも気持ちいいでしょう?」

学はこの常軌を逸した異常な状況下で、アルコールの酔いも手伝って、完全に自分を見失っていた。乳首への責めと絶え間なく続けられている玉袋への刺激が、気持ちよすぎて身を捩った。そして、淫靡な魔法にかけられたかのように、恥ずかしい告白を始めた。

「すみません……嘘をつきました。本当は毎日シコってます。女の人に触りたくて、セックスしたくて、オナニーをしないと気が狂いそうなんです」

その告白を聞いて、三人は腹を抱えて笑い転げた。しかし学には、こういう風に切実な告白をすれば、もしかしたらヤラせてもらえるかもしれない、という淡い期待が実はあった。どうせ三人とも遊びまくっているのだから、一回くらいヤラせてくれてもいいじゃないか、と思っていた。しかし、世の中、そんなに甘くはない。次の瞬間、夕子の口から、俄かには信じられない言葉が発せられた。

「ふーん、そんなに溜まってるんだ。哀れねえ。じゃあさあ、その毎晩やっているっていうオナニーをここで実演して見せてよ。ねえ、ミキもカナも見たいよね」

「見たい、見たい」

ふたりは声を揃えて学を煽る。

「ほら、いつものようにやってみな。おまえの究極に恥ずかしい姿を見てあげるから」

夕子は優しく微笑みながらそう言った。しかし、その口調には、拒否することは許さないという強い響きが内包されていた。かなえも美樹子も瞳を輝かせて好奇の視線を遠慮なく全裸の学に注いでいる。三人の視線が学を捕らえ、グイグイと縛り上げていく。それはまるで透明な鎖のようだ。

その刹那、学の全身に電流が走り、なぜか学の内部で、この同級生達にオナニー姿を見てもらいたい、という爆発的な欲求が沸き起こった。見られることが、途轍もない快感へと繋がる予感がした。これから、いつものように猛然と擦り始めれば、きっとすさまじい嘲笑が浴びせられるだろう。しかし今の学は、その笑い声を浴びたくてたまらなかった。そして、その蔑みの視線と嘲笑の中で果てることができれば、これまでに経験したことのない快楽を得られるに違いない。確かな理由もなく、学はそう思った。それは、本能的な確信だった。

やがて学は意を決すると、強く目を瞑り、ものすごい勢いでシコり始めた。

〈3〉

どうやって川島かなえの家を出てきたのか、葛西学にははっきりとした記憶がなかった。気が付くと学は真夜中の住宅街をひとりで歩いていた。頭がボーとしているうえに酷く痛くて、後頭部がガンガンしていた。

学はフラフラと無人の街路を歩いた。飲みすぎだった。吐き気もする。ねっとりと首筋に絡みつくような夏の夜の熱気が不快だった。ただ歩いているだけでも、タラタラと汗が流れてくる。

学は、いったい何時だろう? と思って立ち止まり、手首に嵌めているGショックを覗いた。ボタンを押すと、青い光に時刻表示が浮かび上がった。0:37。マクドナルドを出てかなえの家に入ったのが11時くらいだったから、彼女の家には一時間半あまりいた事になる。思ったほど時間は経っていない。学はもっと時間が過ぎているような気がしていたのだが、実際には短い。

再び歩き出しながら、頼りない思考能力でこの一時間半あまりの間に自分の身に起きた出来事を思い返してみる。それは濃密な時間だった。あれよあれよという間に全裸に剥かれ、結局三人の同級生の目前で自慰を強制され、少なくとも三回は射精した。なんとなく三回までは覚えているのだが、もしかしたらそれ以上かもしれない。なぜ断言できないかというと、学は缶ビール一本半で完全に酔っ払ってしまったから、途中から記憶が飛んでいるのだ。

とにかく、疲労感が全身を被っていた。歩くことさえ億劫で、学は何度も座り込みたい誘惑に駆られたが、一度腰を下ろしてしまったらもう二度と暫くは立ち上がれそうにはなかったので、我慢してひたすら機械的に足を前に出し続けた。

かなえの家から自宅までは十分ほどの道のりで、彼女の家がそこにあるとは知らなかったが同じ町内だったから、こんなに酔っているからといっても迷うことはなかった。学はよく知っている町内をぼんやりと歩いていった。帰る間際、打ち震えるような屈辱感に塗れながら何度目かの射精の後始末をして服を身に付けているとき、三人のうちの誰かが「またこうやって遊ぼうね」と言っていたのをおぼろげに覚えている。それはかなえだったかもしれないし、美樹子だったかもしれないし、夕子だったかもしれないが、学は自分がそれに対してどう答えたのか覚えていない。その頃にはアルコールが全身に回っていて、気持ち悪くて仕方なかったのだ。酔いと吐き気と快感がグチャグチャに入り混じっていて、学の正常な思考回路はショートしていた。ようやくどうにか落ち着きを取り戻しつつある今、あの異常な光景を改めて思い出してみても実感に乏しく、夢を見ているような気がしてならなかった。普段なら口もきいてもらえないようなかわいい同級生の前で自慰を晒すなんてどう考えてもマトモではないし、正気の沙汰とは思えなかった。しかし、そう思うと同時に、これまで十七年間生きてきた中で、今夜の出来事が最高の出来事だったことも否定しがたく、学は深い自己嫌悪に陥りそうだった。女の人に馬鹿にされ、笑われながら自慰をすることがこんなに気持ちいいことだと知ってしまって、この先自分はどうなってしまうのだろう? という漠然とした不安に襲われる。依然としてセックスへの憧れはあるが、今夜のような体験も捨てがたかった。むしろ、どうせセックスできないのなら露出オナニーのほうがいいようにさえ思えてきて、そう考えた瞬間、そんな風に思う自分に愕然とした。

自宅に帰り着くと、門灯だけを残して窓の明かりは全部消えて真っ暗だった。学は門を抜け、飛び石の上を歩いて玄関まで行き、マスター・キーで鍵を開けて中に入った。靴を脱ぎ、廊下を進んで居間のドアを開け、電気をつけてソファに倒れこむ。その気配を察した母親が二階から降りてきて、居間を覗いた。そしてソファでのびている学に言った。

「学、お酒を飲んでいるわね。まったく何をやっているの。お酒なんか飲めないくせに。いくら夏休みだからって、あんまり羽目を外しちゃ駄目よ。早く寝なさい」

「わかったよ」

学は面倒くさそうに手を振ってこたえ、上体を起こした。そのだらしがない姿に母親は呆れたように肩を竦めてまた二階へ戻っていった。

家の中は静かだった。つい今しがたまで冷房をつけていたらしく、居間にはその余韻の冷気がまだ漂っていた。学はいったん、風呂に入ろうと思って立ち上がりかけたが、もうそんな気力は残っていなかった。服を脱ぐことさえしたくなかった。しかしこのまま汗をかいたTシャツのまま寝るのも気持ち悪かったので、脱衣所へ行って裸になり、パンツとシャツだけは替えた。そして台所で冷蔵庫から冷たい麦茶が入った瓶を出して、それをグラスに注ぎ、その場で一息に飲み干した。そうすると、やっとひと心地つけた。

学は二階へ上がり自室に入った。六畳の和室。電気をつけてベッドに腰掛ける。窓は開いているが風が殆ど無いため、部屋は蒸し暑かった。学は扇風機を回し、ベッドに寝転んだ。ひとりになると、かなえの家で体験したあの異常な光景が甦ってきた。そして冷静になってみるとやはり、とんでもないことをしてしまった、という後悔の念が沸き起こってきた。どう考えても、やはりあんなことをしてしまったのは間違いだった。女の子の前で自慰をするなんて、いくらああいう状況だったとしても、断固として拒絶するべきだった。今夜はともかく、今度彼女達と会う時、どんな顔をすればいいのだ? 夏休みの間は学校がないから、まだいい。しかし一ヵ月後には二学期が始まり、いやでも彼女達と顔を合わせなければならない。なんといっても川島かなえと牧村美樹子は同じクラスなのだ。吉森夕子は別のクラスなので避けることはできるかもしれないが、クラスメートのふたりとは毎日一緒だ。一体どういう風に接してくるつもりなのだろう。まさか今夜の出来事をクラス中に言い触らしたりしないだろうか……。

考えれば考えるほど学は自分がしでかしてしまったことの重大さに気づき、恐ろしくなってきた。

ああ、俺はなんてことをしてしまったんだ!

学はベッドに座り直して頭を抱えて項垂れた。

梅雨が明け、本格的な夏が始まった。そして七月が終わり、八月になった。しかし学の毎日は単調だった。昼間はテレビを観たり勉強したりし、夜は週に三回、塾へ通った。八月の第一週には塾から三泊四日の合宿にも行った。しかし、一日たりともあの夜のことを忘れたことはなかった。少しでも気を抜くと、その記憶はしなやかに心の隙間に入り込んできて、何も手につかなくなった。

三人からは何の連絡もなかったし、どこかでばったりと会うこともなかった。学はあの夜の出来事を、忌まわしい記憶として忘れ去りたいと願うと同時に、心のどこかでは忘れたくないと思っていて、まるで振り子細工のように気持は頼りなく揺れ動く日々だった。一刻も早く忘れたい。でも忘れられない。いや、忘れたくはない。彼女達には会いたくない。でも会いたい。いやいや二度と会いたくはない。

学はあの夜、彼女達から声を掛けられたマクドナルドにも、塾の帰りに何気なく何度も立ち寄ったりした。そのくせ、街で彼女達と同じようないでたちのギャルを見かけると、必要以上にドキドキしてしまい、思わず隠れたりした。自分がいったい何をどうしたいのか、学は見失いかけていた。激しく後悔しているくせに、どうしてもあの時の快感が忘れられなくて、正直な話、学はあの夜の光景を思い浮かべて自慰をすることさえあった。しかし射精した後には決まってそんなことで興奮してしまう自分が嫌になった。

相変わらず女の子には縁がなく、悶々としているのは確かだった。毎晩、夜な夜な自慰に耽るのは以前と変わらず、性欲自体が衰えることは全くなかった。おかずは、あの夜の出来事を思い出すこともあったが、幸いエロ本のグラビアを見て興奮したり、あややを想像したりすることのほうが多くて、学は少しだけ安心した。あの夜のような歪んだ性欲ではなく、オーソドックスな妄想を膨らましている自分に気づいたときは、骨の髄まで変態ではないことが確認でき、安堵した。ただしなまじかアブノーマルな快感を知ってしまったがために、しかもそれを完全に拒否することも出来ずに気持が揺れ動いている自分自身は相変わらず存在しているから、どうしようもなく不安になってしまうのも事実だった。

その電話が鳴ったのは、翌日から両親が盆休みを利用して夏の旅行に出かけるという日の午後九時過ぎだった。学が自室で塾の宿題をやっていると、階下から母親の声がした。

「学―、電話よ」

学は宿題を中断し、誰だろう? と思いながら下へ降りて行った。そして電話が置いてある居間に入っていくと、母親が不思議そうな顔をしながら「女の子よ」と言って子機を差し出した。それを聞いて、学はすぐに、あの夜の三人のうちの誰かだ、とピンときた。他にここへ電話を掛けてくるような女の子などいるはずがなかった。どんな理由でその電話がかかってきたのかはまるで見当がつかなかったが、その内容を親に聞かれるのは嫌だったので、学は努めて無表情を装いながら子機を受け取り、「部屋で話すよ」と母親に言って居間を出た。送話口を手で塞いで階段を上がり、自室に戻った。そしてベッドに座り、ひとつ呼吸をして心を落ち着けてから「もしもし?」と話しかけた。

「私。誰だかわかる?」

耳に聞こえてきたのは、川島かなえの声だった。すぐにわかった。

「ああわかるよ。川島だろ?」

学はぶっきらぼうな感じを装って言った。しかし実は彼女の声を聞いて、学の心臓の鼓動は俄かに速くなっていた。脳裏に、あの夜の出来事が鮮明に甦った。自分の恥知らずな姿が浮かんで、顔が赤くなる。

「『川島だろ』だって……あんな格好を見せつけておいて、偉そうに、ハハハ。まあ、そんなことはどうでもいいわ。ところで、あれからどうしてた?」

かなえは鼻で笑った後、そう訊いてきた。

「別にどうもしてないよ。普通だよ」

誰も見てはいないというのに、学は俯き、自分の足先を見つめながら答えた。

「それにしてもこのまえの晩は楽しかったねえ。おまえも楽しかっただろ? もしかして癖になっちゃって困ってるんじゃないの?」

「そんなことないよ」

「あらあら、またあ、無理しちゃって」

「無理なんかしてないって」

「ふーん」

短い沈黙が生まれた。学は足の先を見るのをやめ、意味もなく本棚に並ぶ本の背表紙を眺めながら訊いた。

「で、用事は何?」

「そうそう。あのさあ、おまえ、明日と明後日、何か用事ある?」

「明日と明後日?」

反芻しながら、そういえば明日からの三日間は両親が旅行に行って不在になることを思い出した。そして、用事など何もない。

「別に、何もないけど」

するとかなえは声を弾ませて言った。

「実はね、私とミキとユウコの三人でね、明日からユウコの別荘へお泊りで遊びに行くんだけど、あれだったらおまえも連れていってあげようかなあ、と思って。だ明後日の夜にはそれぞれの彼氏が来ることになっているから、おまえは明後日の昼過ぎにはひとりで帰ってもらわないといけないんだけどね。私達は向こうに一週間いるんだけど、明日の夜だけぽっかり空いちゃってさ、女ばかりっていうのもいいんだけど、どうせだったらおまえを呼んで、またこのまえみたいに四人で遊ぼうかなあ、って思ったんだ。どう? 来ない?」

それは魅力的な提案だった。自分に声がかかったのは彼女達にとって単なる暇潰しに過ぎないことは明白だったし、翌日には彼氏が来るからおまえはとっとと帰れというのも、男としてはまるで立場がなかったが、それでも学は、行ってもいい、いや是非行きたい、と即座に思った。かなえの声を受話器越しに耳元で聞いた瞬間、ここ数日の逡巡などどこかへ跡形もなく吹き飛んでしまっていた。しかし、学がはっきりと同行を決意したのは、かなえの次の言葉によってだった。

「このアイディアはね、私やミキが言い出したんじゃなくて、ユウコが言ったの。またアイツを呼んで遊ぼうって。なんかね、ユウコったら、病み付きになっちゃったんだって。まあ、私もミキも人のことは言えないけどね。あれ以来、何ていうか、三人とも男を虐めることに目覚めちゃったっていうか、こう言っちゃ何だけど、そういう相手としてはおまえって最適じゃん? やっぱ彼氏相手には出来ないしさあ。そういう意味でおまえって理想的なのよ。だから是非来てもらいたいんだよねえ。ねえ、どう? 女の子と一泊でどこかへ行くなんて滅多にないことでしょ? っていうか、私達以外におまえを誘ってくれる女の子なんて世界中どこを探したっていないって」

言うことがいちいち恩着せがましく、口調は偉そうだったが、学はもう完全に行く気になっていた。どうせ両親は旅行に出かけてしまうし、この家にひとりでいても仕方なかった。それに何より、期待が大きい。今度は泊りがけだから果たしてどんなことをされるのか全然想像がつかなかったけれど、折角誘ってくれているのだから、しかも憧れの吉森夕子の誘いなのだから、素直に受けなければ罰が当たると思った。

「わかった、行くよ」

学は答えた。その返事を聞いて、かなえはクスクスと笑った。

「やっぱりおまえも病み付きになっちゃったのね」

「そんなことないよ、何を言ってるんだよ」

学は慌てて否定したが、かなえはただ笑うばかりで聞いていなかった。

それから別荘がどこにあるかとか、明日の駅での待ち合わせの時間などを決めて、通話は終わった。学は終了のボタンを押し、子機をベッドの上に放り投げた。そしてそのまま倒れこみ、天井を仰いだ。

たかだか一時間半であれだけのことをされたのだから、一泊二日となれば、いったいどんなことをされるのか、全く予想がつかなかった。駅での待ち合わせは朝の十時だ。ユウコの別荘はJRで二時間の場所にあるとのことだったから、昼過ぎには到着する。ということは、それから翌日の昼まで、まるまる一日の時間がある。その長い時間について考えると、期待と不安が激しく交錯した。それでも学は二度と同じ轍は踏まないためにアルコールは控えるつもりだったし、あの夜のように破廉恥極まりない姿はもう晒さないつもりだった。エッチな話やちょっと刺激的な会話くらいで留めておこう、と思った。会話の上でオモチャにされるのはいい。だけど、やはり普通の人間として最低限の節度は守りたかった。人前での自慰なんて、畜生のすることだ。自分は犬や猿とは違う。

学はそう決意すると、子機を居間へ戻すために起き上がった。そして畳に足を下ろして立ち、自室を出た。学は廊下を進み、階段を下りながら、明日から彼女達と出かけることは両親には内緒にしておこう、と思った。女の子三人と一泊の旅行をするなんて言ったらおそらく反対するだろうし、わざわざ話をややこしくする必要はない。旅行へ行くことになったとは伝えるつもりだが、一緒に行くのは男の同級生ということにしておこう。金田とか今井とかその辺の名前を出しておけば納得するだろう。ただ、女の子からの電話の直後に突然男友達と旅行へ行くなんて言い出したら不審がられるだろうから、とりあえず今の電話の相手は同じクラスの子で、学校の宿題について聞かれた、ということにしておいて、一時間くらい後に、「そういえば言い忘れていたけど明日から俺も金田や今井と一泊の旅行に行くよ」と何気なく告げればたぶん大丈夫だろう。

よし、この作戦でいこう。

学は頭の中で入念にシミュレートしてから居間のドアを開けた。

翌朝、両親が東北旅行へ出かけるのを八時に見送ってから、学はシャワーを浴び、そわそわしながら待ち合わせの時間を待った。両親は学が男友達と旅行へ行くということを信じて、お小遣いをくれた。学は少しだけ良心が痛んだが、ありがたく頂戴しておいた。

やがて九時半になって、学は家を出た。そして浮き立つ気持ちを抑えながら駅へと歩いた。

そこかしこで蝉がうるさく鳴いていた。空は抜けるように青く澄み渡り、日差しがきつかった。学は洗いたてのジーンズに、ギンガムチェックの半袖シャツを、裾を外に出して着ていた。肩にはアディダスのバックパック、そして靴はトレッキングシューズ。それは今の学に出来る精一杯のオシャレだった。

益には約束の時間より十五分も早く、九時四十五分に着いてしまった。待ち合わせの場所である、駅前広場に立つブロンズ像の前には、まだ誰も来ていなかった。学は周囲を見渡せる場所に立って、落ち着かない気分で彼女達の到着を待った。

彼女達の中で最初に現れたのは牧村美樹子で、彼女はおそろしく挑発的な格好をしていた。白い超ミニのホットパンツを穿き、オレンジ色のノースリーブのサマーニットを着て、足元は厚底のサンダルだった。そのニットは体にぴっちりと張り付いていたので、大きな胸の隆起が服の上からでも目立った。

「葛西、おはよう。久しぶりだね」

美樹子はそう言って意味深な笑みを浮かべた。学は眩しそうに目を細めながら彼女を見遣りながら、おはよう、とだけ挨拶を返した。

そうこうしているうちに、川島かなえと吉森夕子が連れ立って姿を見せた。

「おはよー、待った?」

かなえはジーンズのミニスカートに赤いキャミソールを着て、胸元や肩や脚を大きく露出させていた。吉森夕子は青いレンズの円いサングラスをかけ、白地にチェリーの絵がいくつも描かれたキャミソール・ドレスに、スタイルの良い長身を包んでいた。しかし学が心底驚いたのは、その格好ではなく、夕子の髪の色だった。彼女の髪は茶髪どころの話ではなく、金色に染まっていた。逞しい体格に肌の露出が激しいキャミソール・ドレスだけでも充分迫力満点なのに、コケティッシュな顔立ちに金髪とは卒倒しそうなくらい素敵で、学は早くもノックアウト寸前だった。

「おはよう、調子はどう?」

サングラスを外して夕子が学に訊いた。学はドキドキしながら「まあまあだよ」とこたえた。三人のかわいい同級生に囲まれて緊張はしているものの、心はときめいていた。道行くサラリーマンや学生らしい男がチラチラと見ていくのも、なんだかいい気分だった。今日と明日の二日間、いい夏の思い出作りが出来そうな予感がした。

「ところで葛西、おまえ、切符は買った? 私達は前もって買ってあるんだから、まだなら早く買っていらっしゃいよ」

「だって俺、どこまで行くかちゃんと聞いてないじゃん」

「あっそうか。言ってなかったっけ。ごめん」

かなえはちらりと舌を覗かせた後、行き先を告げた。学は三人の傍を離れ、自動券売機で切符を買って戻った。

「じゃあ、行こうか」

夕子が皆を促した。学はその彼女の手にホームセンターのビニール袋が提げられているのを見て、何なのだろう? と不思議に思った。その袋は彼女の格好からして全く不釣合いだった。三人ともそれぞれバッグを持っていたが、夕子とかなえはヴィトンだったし、美樹子はプラダだった。そういうスタイルにホームセンターのビニール袋は似合わない。それはいかにも今買ってきたばかりのように見えた。

「ねえ、その袋は何?」

改札を抜けて、跨線橋を渡りながら、学はどうしても気になって夕子に尋ねた。すると夕子はニヤニヤ笑いながら「あっこれ? 気になる?」と首を傾げて見せた。他の二人も顔を見合わせて笑っている。学はふと嫌な予感がした。

「これはねえ、今ここへ来る途中に買ってきたの。別荘で使おうと思って。何が入っているかは向こうに着いてから教えてあげるわ。それまでは内緒」

夕子はそう言うとわざとらしくビニール袋を背中に隠し、それからバッグの中へ押し込んだ。それでこの話はもう打ち切りとなった。学はよくわからないまま彼女達の後ろについてプラットホームにおりた。

殆ど待つことなく下りの列車が入線してきた。三両編成の普通列車だった。学達四人は先頭の車両に乗り込み、ボックスシートを占拠した。学はかなえと並んで座り、夕子と美樹子が向かいに座った。当然、彼女達の荷物を網棚に載せるのは学の役目だった。三人は席が決まると、これ見よがしに脚を組んだ。三人とも太腿を露わにした短いスカートやホットパンツを穿いているから、いやでもその魅力的でムッチリとした脚が目に入って、学は目のやり場に困った。

じきに列車が動き出した。途中で乗換が一回あるが、それは普通列車を乗り継いで百五十キロあまり、約一時間半の短い旅の始まりだった。学は依然として視線を定めることが出来ずにいたが、心の昂揚は隠せなかった。車窓を流れる見慣れた町の風景も、浮き立っている学の目にはとても新鮮に映った。

〈4〉

吉森夕子の別荘は、JRの小さな駅から、駅前で一台だけ客待ちをしていたタクシーで十分の、高原の別荘地の一画にあった。別荘地といっても一軒一軒の間隔はかなり距離が取ってあり、深い木立で仕切られているから隣の家が見えるということはなく、プライバシーは完全に保たれていた。そして別荘の建物は、二階建て、3LDKの間取りで、外観は山小屋風だった。道路際から芝生を敷き詰めた広い庭が緩やかなスロープとなって始まり、木製の階段を上がると建物をぐるりと囲むようにポーチがあって、玄関ドアの脇にはブランコ型のベンチがあった。中に入れば、一階には広いフローリングのLDKと主寝室があり、二階にベッドをふたつずつ置いた客用の寝室が二部屋あった。どの部屋も内装にはふんだんに木材が使われていて、品の良いコテージといった趣だった。

四人は列車を降りた後、駅前の喫茶店で昼食をとり、近くのスーパーマーケットで夕食の為のバーベキューの食材やビールやジュースを仕入れた。その支払いは、学は払わされると覚悟していたのだが、割り勘だった。ただ、それらを運ぶのは、やはり学の役割だった。学は片方の肩にかけていたバックパックをきちんと背中に背負い、食材や飲み物がいっぱいに詰まった大きな袋を両手に抱えて、彼女達の後ろについて駅前に戻った。そして四人はタクシーで別荘へ向かった。

別荘に到着すると、まず四人はリビングのソファに落ち着き、夕子が部屋割りを行った。彼女自身は主寝室を使い、かなえと美樹子にそれぞれ二階の寝室を一部屋ずつ割り振った。学には、寝室が与えられなかった。その代わり、「リビングのソファはソファベッドになっているから、ここで我慢して」と言われた。

「だってさあ、私達は明日からそれぞれ彼氏が来るじゃん? そうなるとやっぱり一部屋ずつないと、いろいろと拙いじゃんね。別に今夜一晩くらいおまえのために一部屋あけてあげてもいいけど、また明日から別の人が使うのなら、シーツとか洗濯しなくちゃならないからさ、面倒じゃん。だから、悪いけど我慢して」

「俺はべつに構わないよ。寝られれば問題はないからさ」

そんなやり取りの後、彼女達はいったん部屋へ荷物を置きに行き、着替えてまたリビングに集まった。学は再び彼女達が現れたとき、その格好に驚いた。彼女達は、上がピキニのトップだけになっていたのだ。下は、かなえと美樹子は来た時と同じスカートやホットパンツだったが、ワンピースのキャミソール・ドレスを着ていた夕子だけは、それを脱いで、腰にパレオを巻きつけていた。果たしてその中がどうなっているのか、学にはわからなかったが、三人ともかなり際どい水着だった。胸を被う布はギリギリまで小さく、たわわな乳房は零れそうで、学はその膨らみと谷間に目を奪われた。かなえは赤、美樹子は青、夕子は白のビキニ・トップだった。中でも、やはり夕子の胸の大きさが目を引いた。かなえも美樹子も充分標準以上のボリュームだったが、夕子は体格が逞しい分だけより迫力があった。そして三人とも、よく日に焼けた小麦色の肌をしているから、原色の水着がまたよく似合っていた。

それから彼女達はビールを飲み始めた。学はこのまえ散々な目に遭ったのでビールは遠慮してコーラで付き合った。またこのまえの夜のようにからかわれるかな? と学は期待半分、不安半分で身構えたが、一向にそんなことにはならなかった。少し肩透かしにあつたようで、学は安堵するような、落胆するような、複雑な心境だった。彼女達が交わす会話は、それぞれの彼氏の話や赤裸々なセックス体験などで、ウブな学とってはきわめて刺激の強い内容ではあったが、時々「葛西は童貞だから言ってもわからないか、ハハハ」と振られるくらいで、それ以上には発展しなかった。学はてっきり、ここへ着いた瞬間から先日のあの夜のように弄ばれるものと思っていたので、ちょっと意外だった。かなえの話では「病み付きになっちゃったから、また遊びたい」ということだったのに、これでは何のために呼ばれたのかよくわからなかった。

そのうちに学を除く女子三人は、ビールで酔ったのか、旅の疲れが出たのか、ソファでウトウトし始めた。学は、彼女達が寝てしまうともうすることがなくなって、ひとりで別荘を出た。そしてぶらぶらと近くを散歩した。そろそろ陽が傾きだして、山間の空は綺麗な夕焼けに染まっていた。どこかで蜩が鳴いていて、とても長閑で静かな夕暮れだった。

小一時間、辺りを散歩して別荘に戻ると、三人はもう起きていて、庭でバーベキューの仕度をしていた。芝生の上にテーブルとパイプ椅子を並べ、コンロをセットし、野菜を切ったり肉を用意したりしていた。学が近づいていくと、美樹子が気づいて顔を上げた。

「もーう、葛西、おまえどこをほっつき歩いていたんだよ。せっかく連れてきてやったんだから、ご飯の用意くらいやれよ。ほら、さっさとこっちに来て、後はおまえがやりな」

「ごめん、ごめん」

学は素直に謝りながらテーブルに寄り、彼女達から作業を引き継いだ。椅子に坐ってビールを飲み始めたかなえが言う。

「ほらほら、さっさと用意して、肉を焼き始めなさいよ。もう私達お腹がペコペコになんだから」

学は甲斐甲斐しく働いた。肉と野菜の準備が整うと、コンロに火を入れ、食材を焼き始めた。ジュージューと食欲を刺激する音がし始め、いい匂いが漂いだす。学は肉や野菜を焼く間に、皿を配って焼肉のタレを回し、汗が出てきたのでバンダナを取り出して鉢巻のようにして頭に巻いた。女子三人が口々に「美味しそう」と言いながら皿と箸を持ってコンロの周りに集まってきた。学は焼きあがったものから彼女達の皿に盛り、「葛西、おまえも遠慮せずに食べなよ」という夕子の許可を得てから自分の分も皿に取った。

そして四人は乾杯した。この時だけは学もビールを付き合った。この状況は、学が密かに期待していたものとは少し違ったが、学は満ち足りた気分でビールを飲み、肉を食べた。

かわいい同級生や憧れの人と一緒に、大自然の懐に抱かれて食べるバーベキューは、本当に美味しかった。

用意した肉や野菜がすべてなくなり、テーブルの上にはビールやコーラの空き缶が何本も転がっている。学は大きなビニール袋に、使った紙の皿やコップや割り箸を捨て、もうひとつのビニール袋に空き缶など不燃ごみを入れた。夕子、かなえ、美樹子の三人はもう庭から室内へと引き揚げ、学は一人で後片付けをしている。「テーブルやコンロはそのままでいいからゴミだけ片付けておいて」と先ほど夕子に命じられたのだ。別荘の建物の壁に取り付けられた照明が、カクテル光線のように庭を照らし、テーブルの辺りだけを明るく浮かび上がらせている。

じきに学は片付けを終わらせ、ゴミの袋を裏口の脇に置いてから、別荘の中へ戻った。そしてリビングに入っていくと、ソファで寛いでいた三人が口々に「ご苦労さん」と学を労った。

低いテーブルの上にはワインのボトルが載っていて、三人は長いソファに並んで坐り、グラスを片手にテレビを観ていた。「おまえも飲む?」とかなえに聞かれたが、学は辞退して、キッチンの冷蔵庫からグレープジュースの缶を取ってきて一人掛けのソファに腰を下ろした。すると夕子が、学が腰を落ち着けるのを待っていたかのように言った。

「さあて、どう? 葛西、楽しい?」

「えっ? ああ」

口許に運びかけたジュースの缶を止めて学は頷いた。夕子は肘掛に凭れるようにして学を見つめている。彼女はビキニトップを身に付けているだけなので胸の谷間がくっきりと見え、その見つめる目はアルコールの酔いのために濡れたように潤んでいる。学はその夕子の視線とバストの迫力にドギマギしてしまい、ごまかすようにジュースを飲んだ。夕子は、そんな学の反応を楽しむように思わせぶりに脚を組み、ねえ、と言った。

「おまえ、そういえばここへ来るとき、私が持ってたホームセンターの袋を気にしてたわよねえ。今から中身を見せてあげるわ」

夕子はそう言うと、ソファの後ろからビニール袋を取り、中を弄った。他の二人は、ただ笑っている。学はその笑みが意味するところをはかりかねて、何が出てくるのか固唾を呑んで待った。そして夕子は、中身を掴み出すと、「これよ」と学に突き出した。学は、夕子の手に握られているものを見て、えっ? と思った。それは、大型犬用の太い革製の首輪と引き綱だったのだ。首輪は赤で、引き綱は黄色だった。ビニール袋の中にはそれらの他に長いロープも入っていた。夕子が引き綱を首輪に装着し、ベルトのようになっている首輪の金具を外しながら言う。

「これをね、おまえに付けてあげる。早い話が、これからおまえは犬になるの。カナがちゃんと言ったはずよ、『この前の晩みたいにまた遊ぼう』って。まさかこのまま何事も無く健康的にバーベキューだけをして帰れるとは思ってなかったでしょうね? おまえはわたしたちのオモチャになるためにここにいるのよ? 自分の立場はわかってる? どうしたの? 返事は?」

学は口を半開きにしたまま彼女の言葉を聞いていた。犬になるだって? そんなことは聞いていない。確かに電話ではかなえに『この前みたいにまた遊ぼう』とは言われたが、せいぜい言葉でバカにされるくらいだと思っていたのだ。

「おまえ、返事もできないの? ほら、さっさと服を脱いで。従順な犬になってわたしたちを楽しませてくれたら、後でとびっきりのご褒美をあげるわよ」

三人は目を見合わせて笑っている。とびっきりのご褒美だって? 学は、何だろう? と思った。しかし、いずれにせよ逃げ道は無かった。つまり犬になるしか、学の取るべき道はないのだった。そしてそう考えた瞬間、あの夜のように学の中で理性のヒューズが飛んだ。

「わかりました。犬になります」

気がつくと学はそう言っていた。爆笑が湧き上がる。

「おいおい『犬になります』じゃないだろ。『犬にならせてください、お願いします』だろ?」

笑いながらかなえが訂正を求めた。学はそのように言い直す。

「犬にならせてください、お願いします!」

学は目を瞑り叫ぶように言った。すると一層大きな爆笑が三人の口から溢れた。

「じゃあ、さっさと服を脱いで、首輪を付けてあげるからこっちへ来てお座りしなさい」

夕子が首輪を持ったまま手招きする。学は、その場で素直に服を全部脱いだ。そして股間を手で隠しながら夕子の足元に進んでお座りをし、両手を握って膝の上に置き、首を前へ差し出した。夕子は、その学の首に首輪を巻き、金具を止めて固定すると、軽く引っ張ってその締り具合を確かめてから引き綱を持って立ち上がった。

「おまえ、すっごく似合ってるわ。じゃあワンちゃん、お散歩しよっか」

学を見下ろして夕子は笑いながら言った。学は四つん這いになって、そんな夕子を見上げた。

「はい!」

するとすかさず、ソファに座っている美樹子が言う。

「おまえは犬なんだから、『はい』じゃなくて『ワン』でしょ?」

「ワン!」

学は素直に言い直した。そして夕子に引かれて四つん這いのままテーブルの周囲を回った。いつのまにか学は勃起してしまっていた。それをソファに座っている美樹子が見つけ、かなえとふたりで代わる代わる足を伸ばして爪先や甲で弄んだ。

やがて散歩が終わると、次に学は、ソファに腰を下ろした夕子を含めて三人の足元に跪き、順番に足の指を舐めさせられた。その間も引き綱は夕子の手に握られたままで、時々引っ張られながら、常に学はそのコントロール下にあった。しかしその頃にはもう学の精神は完全に破綻していて、犬になりきっていた。学は無我夢中で足の指を頬張った。まずは夕子、次にかなえ、美樹子の順だった。学はまるで骨付きチキンをしゃぶり尽くすように、三人の足の指を丹念に舐めていった。そして最後には三人の足の裏が同時に学の顔に伸びてきて、押し付けられた。学は喘ぎながらも三人の足の裏をひたすら舐めた。どの足からも、汗と脂の入り混じったきつい臭いが立ち昇っていたが、本能の赴くままに舐め続けている学にとって、その匂いは媚薬のようなものだった。学はその芳香に半ば陶酔していた。そしてその恍惚感の中で無意識のうちに夕子の長い脚に抱きつき、その脛の辺りを自分の股間に引き込んで勃起したペニスを擦り付けながら腰を振ってしまっていた。

「やだー、こいつマジで犬だよ。なに興奮して腰振ってんだよ、このド変態犬!」

夕子が歓声をあげ、かなえと美樹子が嘲るように笑った。しかし学の暴走はもう止まらない。学はその感触のあまりの心地よさに半眼になりながら、必死に腰を使い続けつつ夕子の太腿に頬擦りをしている。

「ああ夕子様、ぼ、ぼく、夕子様の犬になれて幸せですー」

学がたまらずそう叫んだ瞬間、爆発的な嘲笑が降り注いだ。夕子が「おらおらもっとヨガれ」と脚を持ち上げて学のペニスに押し付けながら擦る。学はその煽動によがり声を洩らす。

やがて、夕子が唐突にその脚を引き抜いた。そして引き綱を持ってソファから立つと、捻り上げるようにぐいっとその引き綱を引っ張った。

「おまえマジで面白いよ。気に入った。よし、約束通りご褒美をあげるからついていらっしゃい」

そう言うと夕子は歩きだし、リビングを出て、隣にある自分の寝室へ向かった。この行動は段取り通りなのか、かなえと美樹子もロープを手に持ってついていく。学は両手を前につき、膝をついて四つん這いのまま進んだ。そして寝室に入ると、学は床に大の字になって仰向けに寝るよう命じられ、従うと、広げた両手をベッドの脚にロープで括り付けられ、手と同じように両足も開くと、その足首をそれぞれかなえと美樹子に押さえられた。

これから何が始まるのだろう?

そのままの姿勢で身動きがとれないまま学が戸惑っていると、夕子が身体を跨いで立ち、見下ろしながら言った。

「おまえ、童貞だったよな。だから、これからわたしがおまえの筆下ろしをしてやるよ。嬉しいだろ? こんな風に縛られながら初体験できるなんて、変態のおまえにはお似合いじゃん。ほら、嬉しいならちゃんと犬らしく『ワン』って吠えてごらん」

学はそう言われて恥も外聞もなく「ワン」と吠えた。夕子の言葉が本当なら、夢にまで見た童貞喪失の瞬間が間近に迫っていた。それも、状況はどうであれ、憧れの夕子が相手なのだ。嬉しくないはずがなかった。夕子は上体を屈め、覗き込むように自分の顔を学の顔に近づけると、唇を尖らせて口の中に溜めた唾を大量に垂らした。学は大きく口を開いてそれを受け、飲み込んだ。それを見て夕子は満足げな冷笑を浮かべ、「さあ、いくよ」と言った。

緊張が学を貫く。学は仰向けのまま俄かに硬直した。むろん性器は既に限界まで屹立している。

夕子はまず、学の足の上に座った。そして両手の爪で学の下腹部を、性器を避けて軽く引っかき、それから天を衝いているペニスをおもむろに握るとニ、三度擦り、美樹子からコンドームを受け取って慣れた手つきで学のペニスに被せた。そして続いてかなえからベビー・ローションの壜を受け取り、それを学のペニスに垂らした。

学は首を曲げて頭を持ち上げ、息を詰めたまま自分の下腹部を覗きこんでいる。夕子がそのローションをコンドームに馴染ませるように、学のペニスを握ってさらに擦った。

そして夕子はいったん腰を上げ、次の瞬間、右手で学のペニスを持って位置を定めながら腰を落とし、それを自分の中に挿入した。

学はその温かく柔らかい、このうえない至福感に包み込まれながら、本能的に腰を突き上げた。夕子も学の髪を掴み、ケラケラと笑いながら「おらおら、どう?」と挑発的に腰を細かく前後に振った。

しかし、その行為に夢中になっているのは学だけだった。夕子は全く何とも感じていないらしく、腰を振りながらも時々かなえや美樹子のほうを見ては、呆れたように肩を竦めて見せたり、唇の端を僅かに持ち上げるように歪ませ、軽蔑の眼差しを学に注いだりしている。

射精までほんの数十秒だった。学は夢見心地で夕子に犯されながら、あっという間に昇天した。

あの夜、何かが学の中で芽生え、覚醒した。十七歳、夏。学はその息吹を、そして力強く脈打ち始めたその鼓動を今、確かに感じていた。

今日で夏休みも終わりだ。学は自室の机で頬杖をつき、窓の外に広がる、どこまでも青い八月の空を眺めている。

あの日以来、夕子たちからは何の連絡もない。いま思うと、あの夜の屈辱的ではあったが煌びやかな官能に彩られた夢のような体験すべてが幻だったようにさえ感じられたが、あれは紛れもなく現実だった。その証拠に、夕子に包み込まれた瞬間の、あの蕩けるような感覚は未だ体の芯の奥の奥に、鈍痛に似た疼きのように明確に残っている。

初体験を済ませた翌日、学はひとりで別荘を出て、ひとりで列車に乗り、ひとりで帰ってきた。彼女達はリビングのソファにふんぞり返ったまま口々に「じゃあね」と言うだけで、玄関先で見送りることさえしなかった。

しかし、べつに腹は立たなかった。なぜなら、そもそもが彼女達に遊んでもらえただけでも、学にとっては身に余るほどに光栄なことだと自分でよくわかっていたからだ。

それでも……明日、学校へ行けば会える。

学は夏の空を見上げながらそう思った。ただ、どんな顔をして会えばいいのか……それを考えると少しだけ憂鬱だった。あの夜に晒してしまった姿態は、あまりに恥ずかしすぎた。しかし、不思議に怖さは感じなかった。そして、あれほど破廉恥な姿を同級生の前で晒しておきながら怖さを感じないということ自体、以前の学とは何かが確実に違っていた。

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